その手は遠く
ドラゴンを討ち取ったことがBLUE TAILの名を上げて、同時にフェンの名前まで有名にすることになった。
先週にもドラゴンを一体倒してきて、その時の大通りには一度目のときに見れなかった人たちが集まって人の海のようになっていたらしい。
フェンは作戦の要となる役目を担っているらしく、まあ俗に言うエース、というやつなのだろう。
そうしてフェンは、BLUE TAILの『パレット』という異名を持つまでになっていた。
何通りもの魔法の混ぜ合わせをつかって戦うゆえの異名だろう。
それに対してハルユキ達は、Gランクを失敗したということで逆に有名になっていて、フェンを仕事に誘いづらくもなっていた。
そのせいか、ハルユキ達とはまったく別の仕事をやるので、フェンとは2、3日会えないのは当たり前で、今はもう5日ほど会ってはいない。
考えてみれば一度もフェンと一緒に仕事をやっていないということになっていた。
「祭り?」
「ああ。なんかこの町ではドラゴンを倒した年は祭りをやるそうやで? ほらあそこの広場にドラゴンの角が飾ってあるやろ? あそこを中心にやるんやて。
結構大規模らしいで? あそこの広場めっちゃ広いしな。」
「ふーん。」
「興味ないか?」
「そうでもないけどな。」
ハルユキはボーっと宿のベッドで天井を眺めたまま、適当にあしらうようににジェミニの相手をしていた。
実はもうかなりの金がたまっていていて、それはほとんどがフェンが稼いだ金だったが、次の町に行くまでの資金ぐらいは十分にあった。
もういつでも出発していいんだが、
「どうせだから、祭りまで見ていこうか」
ハルユキはなぜか今は何もしたくなく、無気力に動かないための口実を作るためにそう言った。
「よっしゃ、やっぱ祭りには参加せんとなあ」
そう言いながら、ぐびぐびと酒を飲む。もう外はすっかり暗くなっていて、ユキネはもう寝ただろう。フェンは……分からない。
おそらくまだギルドにいる。
ジェミニはひっくり返っていびきをかき始めた。
俺はそれからなんとなく眠ることができずに部屋を出て、階段を下り宿の玄関の前に腰掛けた。
今日は曇ってはいないが、大きい月が出ていて、星の光は控えめだった。
どれくらいそうしていただろうか。ザッザッと土を掻くような足音が聞こえ始めて、暗闇の向こうからフェンの小さな姿が現れた。
「よう、おかえり」
向こうはすでに気がついていたのか普通に挨拶を返してくる。
「ただいま。何、してるの?」
「なんとなく眠れなくてな」
うそだ。多分俺は待ってた。フェンが帰ってくるのを。無意識的に。
「……そう」
フェンはいつものように無表情のまま答えると、俺の隣にちょこんと腰掛けた。
「……今日、イシルに呼び出された」
腰掛けるとわりとすぐにフェンが話し始めた。
「へえ。なんだって?」
大体察しは付いていた。
「…………この村に残って、正式にBLUE TAILに入らないかって」
「へぇ。良かったじゃないか」
そのせいか俺の返事には淀みも動揺もあらわれてはいない。
「…………良かっ、た?」
何で、そんな顔してる。
表情と言うものが抜け落ちた顔のフェンに、俺は咄嗟に目を逸らしていた。
「悪い話じゃないんだろ?」
肩なんて振るわせるな。
言葉を詰まらせるな。
目を合わせるな。
「でも、………私、どうしたら、いいかな」
いつもよりもう少しだけ、たどたどしくフェンが俺に聞いてきた。どんな表情をしているかは分からない。
俺はフェンの顔を見ていなかったから。
「そんなの自分で決めろよ。俺には関係ないだろ」
そして、そんな言葉を彼女に送った。
正論だった。正論過ぎるほどに、それは間違いがない。
「……そう。ごめん」
そう言ってフェンは急ぎ足で立ち去っていった。その時フェンの体温が残ったままの雫が俺の頬に当たっていた。
「何で、泣くんだよ……あいつ」
一人ぼやく。
次の瞬間、衝撃と痛みが俺の頭を襲った。
「・・・・・・んだよ。ジェミニ」
ジェミニが近づいてきているのは分かってはいたが、無視していたら拳骨をやられた。
「お前がアホやからや」
「……訳わかんねぇよ。」
「お前はホントに、子供か、大人かよう分からんなあ……」
ジェミニもため息をついて宿の中に戻っていく。
俺もなんとなくため息が出て、夜空に鎮座している月を眺める。
─────今夜はまだ眠れそうにない。
「フェンちゃん。この前の話のことなんだけど考えてくれた?」
フェンは今、BLUETAILの団員たちと、食事をしていた。食事といっても、適当に下で頼んだものをチームの部屋まで運んで食べているというだけの"いつも"のことだ。
「・・・・・・・・・・・・。」
「うーん。ほら悩むのはよく分かるけどさ・・・・・・。
できればお祭りの日までには答えがほしいなーって思ってさ。」
「・・・・・・・・・・・・・よく、分からない。」
小さい手で口にアルコールの入っていないただのジュースを飲みながら、フェンはつぶやいた。
「それならもう、うちに来ちゃいなよぉ。今から戻っても浮いちゃうだけかもしんないしさ。
・・・・・・・・・言っちゃ何だけどさ、フェンちゃんには合わないよ。あの人達。」
思いがけない言葉に思わず息が詰まる。
「・・・・・・・・・どういう、こと?」
むしろ、突然すぎて意味を履き違えているのかも知れないと、フェンは聞き返す。
「ほら、だってさ、あの人達Gランクの依頼を失敗したって噂になってたよ?
そんな落ちこぼれみたいな所にはフェンちゃんは勿体ないと思わない?」
ドン!! とグラスの底を机にたたきつけた音が鳴り響いた。
その音は部屋中よ良く響いて、そのせいで、それまで和やかに賑やかだった空気がシン、と静まり返った。
「あ・・・・・・、ご、ごめ・・・。」
「・・・・・・・・・・今日は、帰る。」
そのまま、出て行こうとしたフェンの背中に、少女が声をかける。
「ふぇ、フェンちゃん。もう依頼は当分請けないつもりだけど、お祭りにはちゃんと来てねー!」
祭りではその年一頭目、と言っても一頭も取れない年が普通なのだが、とにかく一頭目を倒したチームが主役になって看板となるしきたりだ。
そこにフェンがいなければ盛り上がりに欠けてしまうことはフェンも理解していた。
しかしフェンとしてはもうこの村にいることだけで、苦痛になってしまっていた。
祭りに参加するかどうかを考えながら、ハルユキ達がいる宿に向かって歩いていると今となっては見慣れてしまった珍しい黒髪の後姿が目に入った。
ハルユキだ。
何かを考える前にフェンは人ゴミを掻き分けながら走っていた。ハルユキに頼んで、もう村を出て行こうと言おうとしたのだ。もちろん4人で。
────今から戻っても浮いちゃうだけかもしんないしさ。───
突然、心の中に先程の声が蘇った。
途端に足が鉛のように重くなり、気づけば小走りになっていた。しかしそれでも、もう少しでハルユキに追いつける。
必死に、足を進める。
────フェンちゃんには合わないよ。あの人達。────
歩みが止まってしまう。が、もう手を伸ばせばハルユキに手が届く。
何も考えないようにしながら手を伸ばす。
────そんなの自分で決めろよ。それは俺には関係ないだろ。────
ビクッと腕が震えて手が止まり、その隙にハルユキの背中は遠ざかってしまった。
まだ、もう一度走れば追いつくことは容易だった。
しかし、フェンは伸ばした手を引っ込めてうつむいたまま歩き出してしまう。
フェンはもうハルユキを追って足を踏み出そうとしなかった。
フェンはある日を境に宿に帰ってこなくなった。
時々ギルドで姿は見かけるが、仕事はしていないようだった。会っても特に話すことも無く、挨拶と、上手くやってるか? とか、元気か? とかしか言葉を交わさなかった。
言ってしまえば、距離が開いてしまったのかもしれない。
それがどこか俺の心を焦らせていた。
俺は、なんだか胸の中にわだかまりを抱えながら、広場に一番近い家の屋根でぼけっと祭りの準備が整っていくのを見つめていた。
今日はドラゴンを狩ったチーム、つまりBLUETAILを中心に祭りがある。別に興味も無かったのだが、祭りのせいで、ギルドが休みになり、暇だったのでこうして眺めているというわけだ。
ユキネはフェンの所へ、ジェミニは途中まで一緒だったがナンパに行った。
フェンが帰ってこなくなったことにユキネは何も言わなかった。別にフェンと会えば普通に話しているし、俺とも普通だ。
なんとなく折り合いが悪い俺とフェンにも何も言ってこない。
そのため、と言うのは嫌だが、何かあったわけでなく、何も変わらない状況のまま祭りの日を迎えている。
忙しそうに、それでも皆嬉しそうに祭りの準備を行っている。沈んでいく太陽と競うようにステージが出来、準備が整っていく。
それをやっぱり俺は、どこか気の抜けた気分で見つめている。
もうすぐ日が沈み、祭りが始まる。