距離
翌日、朝から俺たちはギルドに来ていた。
ギルドに着き次第、イシルは俺たちを二階のチームルームという、上位のチームが使用することができる部屋に連れて行った。
部屋の前には「BLUE TAIL」と青色の文字で書かれた地位だな掛札が掛かっている。
バン!とフェンを引っ張りながらイシルは部屋に飛び込んだ。
部屋の中にはすでに十人ほどの人数がたむろっていて、談笑していたが、勢い良く開かれたドアにきょとんとしてこちらを見ている。
それはかなり気まずい空気だったが、イシルはそんな空気も何のそので、自信満々に言い放った。
「見つけましたぁ!! この娘がプラチナリングです!!」
一瞬空気が止まって、ワッと歓声が上がった。
「すごい!すごい! こんなちっちゃな子が!? わ、ホントだぁ!!」
「なに、本当にか・・・。すげぇな、おい。」
「やーー! しかもこの子かわいいいいい!!!」
「おい、この子がいればいけるんじゃないか?」
フェンは、イシルと一緒に揉みくちゃにされて、質問攻めにあっている。
一人がこちらを向き、質問してきた。
「えっとこの二人は・・・・・・?」
二人? ・・・・・・・・・ってどこ行ったあの変態・・・!
「私たちはそのフェンの連れだ。」
俺がジェミニの事を目で探しているうちにユキネがぱっと答える。
しかし、俺たちが、オレンジの指輪をしているのを見つけると、苦笑いしてすぐに去って行った。
少し鼻に付いたが、まあ当然の反応だなと、俺はすぐに気持ちを切り替えた。
(んー、昨日は無かったわけだし、早く見といたほうがいいかな。)
未だフェンに群がっている光景を見ていると、これは長くなりそうだと察して、俺は先にユキネと依頼を確認しに行くことにした。
「んじゃ、フェン。後でな。」
「あっ・・・・・・・・!」
フェンが俺に向かって小さく伸ばした手に俺は気づかなかった。
「おお、あったあった。」
リクエストボードとやらに行くと薄くGと書かれた紙の上に依頼が書いてあるのを3つほど見つけた。
「これを持っていけばいいんだよな、多分。」
どれも同じような依頼だったので、あまり見もせずに、依頼が書かれた紙をむしりとる。
「俺はこの依頼をやるが、ユキネとジェミニは・・・・・・っていうかあのアホはどこに行った?」
と後ろを向くが、そこにいるのは当然ユキネのみ。
「ジェミニなら・・・・・・」
ユキネが指差した先には、女の前で熱弁をふるうジェミニを発見した。
「ユキネはどうする?」
ジェミニを完全に無視し、ユキネに聞きなおす。
「んー。フェンが戻ってきてから決めようと思っているんだが・・・・・・。」
そこに、タイミングよくフェンとイシルが降りてきていた。
「おおい、フェン。依頼のことなんだが・・・・・・・・・。」
俺の言葉をさえぎるようにフェンではなく、イシルが口を開いた。
「ごめんなさい! ユキネさん。ハルユキさん! あの・・・・・・フェンさんを貸していただけないでしょうか!」
「・・・は?」
「フェンを?」
俺に続いてユキネも呆けながら声を出す。
「お願いします! 実は私たち、結構難易度が高めの依頼に挑もうって話になってて、そこにフェンさんがいれば助かるなって。皆にも大丈夫だっていっちゃって。」
まあ、別に・・・・・・、
「俺はフェンがいいなら構わないが・・・・・・。」
「ホントに!? ありがとうございます! みんなに報告してきますね!」
飛び上がって喜んでからイシルは階段を上がっていった。
「ふーん。頑張ってこいよ。フェン。気をつけてな。」
「・・・・・・・・・うん。」
どこか沈んだ声でフェンは頷いた。
「今日も元気だ。鍬が軽い!」
そう言って鍬を地面に叩きつける。
今ハルユキ達3人はあの一番高い山ではない山の一つの中腹にある畑で鍬を振るっている。山といっても丘ほどの大きさなのでさほど高さはない。
フェンと分かれてからは3日が経っていた。なんとも時間が掛かる依頼だそうで、3日前から山に篭っているらしい。
その間にハルユキたちは3つの依頼をこなしていた。
こなしたといっても、迷子のペット探しやら、おばあちゃんの世話やらだ。
もっと働き甲斐がある仕事がいいと主張するハルユキのために今日は身体を動かす仕事を選んだというわけだ。
「あーーーー!もう嫌だあ!!」
先程まで自分に暗示をかけながら鍬を振るっていたハルユキが鍬を投げ出した。
「だからやめようと言ったんだ。この依頼はもともと4人で行う依頼だったんだろう?」
「もうフェンが帰ってくると思ってたんだけどなー。ほらそうすりゃ魔法でちょちょいと。」
「そのときにいないフェンを頼るからだ。なんにしてもこれを終わらせるまでは次の依頼は受けられないんだから。」
そう。この依頼というより、Gランクの依頼にはそもそも失敗というものがない。途中で投げ出せばそれまでだが、Gランクは魔法がなくても根気があれば達成はできるので
失敗するというのはほとんどありえないそうだ。
しかし、この広さはさすがに骨が折れすぎる。どうしたもんかと周りを見ると、ハルユキの視界の中に意外とまじめに鍬を振るうジェミニを見つけた。
「そうだ!ジェミニ。お前の魔法でどうにかできないか?」
「あいにく、この状況の助けになるような魔法は使えんのや、ワイは。」
鍬を杖にして、トントンと腰をたたきながらそう言った。
「あ、そう。」
あーーー。もうヤダ。
もう一度ハルユキは畑を見渡した。もう昼を過ぎているが、まだ半分ほど耕していない土地が残っている。
そこでちょっと思い切った手段をとることにした。
「よし、もう一気にやる。ちょっと二人とも離れてろ。」
「お、おいハル。何をする気だ!?」
「いいからいいから。離れてろ。あ、ここから上にな、あとは俺がやるから。」
そう言って、ハルユキはまだ手が着けられていない畑の中心あたりに歩いていく。
なんとなく思いついた適当な手だが、今すぐに終わるならやってみる価値はあるだろう。
ユキネとジェミニも、やれやれといった感じで山を登り比較的安全なところまで行ったのを確認すると、ハルユキは、足を広げて構えを取る。
「あれ、何をするきなんやろ?」
「さあ・・・。」
(多分、ノリでいけるだろ・・・・・・)
そんな適当な考えで、
「せッ・・・・・・・・・!!!」
思い切り拳を地面にたたきつけた。
重々しい音がして振動が畑全体に伝わり、周りの地面が盛り上がっていく。
「おお! うまくいった!!」
ハルユキは喜びの声を上げるが、人生そんなに甘くない。ユキネたちのほうを振り向くと、あることに気がついた。
「なんで俺動いてんだ?」
山の真ん中でひどい衝撃を与えればどうなるか、しかもそもそもこの依頼があったのは前日に大雨が降って地面が柔らかくなっていたからだ。
当然、地滑りが起こった。
「あああああああああああああああ!!!!!!」
ハルユキは畑と一緒に坂を滑っていってユキネ達からは見えなくなった。
「・・・・・・・まあ、死んではおらへんやろ。多分。」
「はあ・・・。まったく。」
「おい、あいつらだぜ。Gランクを失敗させた奴らってのは・・・・・・。」
畑自体を破壊してしまったので当然依頼を続けることはできずに、依頼は失敗という形に終わってしまった。
Gランクの依頼を失敗したというのは思っていたよりも珍しいことらしく、有名になってしまったらしい。
「いやーみんなこっち見てるぜ? 名が売れるってのはつらいね、ホント。」
「悪い意味でだがな。はあ・・・ハルがあんな無茶をするからだろう。」
「気にすんな。いいことあるさ。」
「もうつっこむ気も起きないよ・・・・・・。」
受付のお姉さんにGランクを失敗だなんてとことん珍しいこと好きですねと長々と嫌味を言われてめんどくさかったが、畑の修復代はギルドに出してもらうことになっているらしいので、嫌味は甘んじて受けた。
さんざん嫌味を言われてきた帰りにユキネに声をかけたら、ユキネは意外にも怒っていなかった。
「怒ってないのか?」
「ハルは昔からそうだっただろう? それにこういうのはなんだかんだで・・・・・・楽しいぞ。やっぱり。」
「左様で。」
ユキネもあまり怒っていないことも分かり、そのまま外で待っているはずのジェミニの所まで行こうとすると、入り口のところですれ違うように男が一人飛び込んできた。
「おい!!BLUE TAILの奴らほんとに仕留めてきやがったぞ!!『マダラ』だ!!」
その言葉で一気にギルド内が騒然となる。そして我先に我先にと椅子から立ち上がり、やってくるはずの一団を少しでも早く見よう入り口に殺到した。
ハルユキたちは、その波に押されたことで意図せず大通りまで出てしまって、大通りの向こう側からやって来ているそれを偶然見ることになった。
ドラゴンだった。
緑色と黒色のドラゴンで大きさは10メートルほどだろうか、体には2色の色が毒々しく入り混じっていて『マダラ』という名前が似合う外見をしている。
それが台車にくくりつけられて、馬に運ばれている。ピクリとも動かない所を見ると、どうやら死んでいるようだ。
ドラゴンを見るのはシャミラの森以来だったので、ハルユキ達も見物していると、台の端にちょこんと乗って、イシルと話している、というよりイシルが一方的に話し込んでいる光景を見つけた。
「おーい。フェン!」
ハルユキが大声で名前を呼ぶと、ぱっと顔を上げて近寄ってきた。
「よく倒したなー。こんなの。お前も手伝ったんだろ?」
ハルユキは一度戦ったから分かるがドラゴンというのはかなり強い。ハルユキでも一筋縄では行かない相手だった。
「・・・・・・うん。ハルユキ。・・・・・あのね。」
そこでハルユキはフェンの頭越しにこちらを見ているイシルとその周りの何人かの人がこちらを見ているのを見つけた。
「あ、ほら呼んでるぞ。いや、宿の場所を教えとこうかと思ったんだけどな、今から多分宴会とかやるんだろ? まあゆっくり楽しんで来い。」
「ほら、フェンちゃん行こうよー。今日の主役なんだから!!」
「あっ・・・・・・・・・・!」
そう言ってハルユキ達には名前も分からない誰かに引きずられていく。
それを最後まで見送った後、ハルユキ達はその場を後にした。