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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第三部
239/281

落日の眠る頃


「よ、ようこそいらっしゃいましたっ」


 龍谷の連中が使っている屋敷に入ると、いやにガチガチの使用人がハルユキ達を出迎えた。

 それもまだ年端もいかない少女だ。


 驚きに思わず一瞬、固まった。


「で、ぁ──」


 続く少女の声が裏返った。

 一瞬で顔が蒼白になり、小さく唇を震わせたあと一瞬だけ顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

 また一瞬固まって、ああなるほど。とハルユキは大体の事情を察した。


「先にやられましたねぇ」

「ええ、全く」


 同じく事情を察したであろうコドラクの声に頷きながら、ハルユキは手を前に出した。

 すると何を思ったのか、彼女は顔を蒼白にした。


「私共も国交の話なんぞが久しぶりでしてね」

「緊張を解してくれてありがとう、はい、これはお礼」


 ぽん、とパンがいくつか入った袋を精製してみせる。

 慌てて少女はそれを受け取って、しかし緊張しすぎて何も理解できていないらしい。


 腰を下ろして、仮面を半分だけ上にずらして笑って見せた。


「皆で食べな」


 そう言ってしばらくして、少女はようやく理解が追いついたのかおずおずと申し訳なさそうに、でも嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう、ナガラ。あとは私が対応します。下がっていいですよ」


 階段の上からタツミが現れた。

 それを見て少女は顔を輝かせると、ぺこりとこちらに一礼して去って行った。


「いつもは、皆の頼れる姉なのですが……」


 タツミは苦笑しながら、少女を背を目で追いながらハルユキ達の目の前まで下りてくる。

 ハルユキも少女の背中を追っていたが、それだけで色々な事が分かってしまった。


「ん? 混血はお前一人だけじゃなかったか?」


 少女たちには腕や首に僅かに鱗があったのだ。


「いえ。昨日言った竜人と言うのは成体となった者に与えられる名です。多かれ少なかれ彼等全員に龍の血は混じっていますよ」

「ああ、そうなのか」


 少女が廊下の角を曲がる直前に、同じような年頃の子たちがそれを出迎えていた事。

 皆が袖の長い服を着ていて、隠すように包帯が巻かれている事。

 そして、どこにも。大人の姿が見えない事。


 どこか閑散としたこの屋敷の空気は、どこか痛々しかった。


「私も、と言うよりは我が国は特に交易が盛んだったわけではないので、恥ずかしながらどこも綻びだらけです」

「……だろうな」

「でも、昨日までは笑顔などありませんでした」


 ある程度タツミに話していいと言った。

 もちろん、ロウの存在は隠して、ただ事情を知っている人間がいたと言う体でだ。


「皆燃えております。彼等はこのご恩を忘れません」

「……大げさだな」


 ただ、龍が己の意思で動いていない。そう言う噂は都合が良い。


 子供の事だ。

 口に戸は立てられず、良い具合で噂は広がるはず。

 そして民衆に、なぜ今まで沈黙を保っていた龍が突如暴れ出したのか。そう言った疑問に行き着いてもらうだけでもやりやすくなる。

 そんな魂胆。だからそんなに感謝されてもやり辛い。


「それでは、本題に移りましょう。詳しい話は二階で」


 そう言って、タツミに促されてハルユキは二階に上がった。



   ◆



「それでは、私は一旦屋敷に戻ります」

「りょうかーい……」


 ぐて、とハルユキは返事をした。

 座りっぱなしは疲れる。しかしまあ有益な話し合いではあったはずだ。


 開戦に関する事、復興に関する事、交易に関する事。

 互いの主な考えと主張を照らし合わせてもお互いに相反するメリットなどはほとんど見当たらなかった。

 末永いお付き合いができる事だろう。


 問題は時間が押した事。

 いやまあ、三十分ほどなので移動時間がほとんどないハルユキには問題はないのだが。

 ……昼飯が食えないくらいで。


「……味気ない……」


 錬成したパンは喰い飽きて、半分ほど残して消した。

 溜息一つ。またハルユキは跳んだ。


 次はこの国のお姫様とのお約束。

 とは言っても、鬼などと揶揄されて方の姫ではなく。


 彼女の名は"ナミネ・モデスト・インデゲル・ド・メロディア"。


「ここか……」


 着地したのは、また城の屋根。

 ここから眼下の町は遠く、間に薄く雲すら張っている。座って眺めてられるほどの絶景だが、まあ今は良い。


 手紙には世界会議の際のように屋根をすり抜けて来いと書かれていた。

 サヤの差し金か……?


 そもそもサヤが手紙を持っているのも変だし、時々会っているようだったし。


 手紙には簡単な城の内部地図も付いていた。


(いいのかこれ……)


 ハルユキにとってはさして価値のあるものではないが、立派な機密のはずだ。


「……まあ、いいや」


 するりとナノマシンを使って屋根を通り抜ける。

 指定の場所からの潜入はこれで澄んだ。あとは案内に従って進むだけだ。


(と言うか……)


 普通に招いてくれればいいのに。

 いやまあ、色んな事情は察せるけども。場所指定して会うとか。


 それはさておき、ここは物置か何からしい。

 辺りには布をかぶせられた何かが並べられていて、うっすらと埃の匂いがする。


 その奥に古びた木の扉が一つ。


(とりあえず、扉の外に気配は無いか……)


 巨大な巨大な城の端っこの端っこ。

 きっと今この中にいる人間だけで大きな町の一つや二つ分の人間がいる事だろう。


 進むのは少し骨がいるかもしれない。




──そんな事はなかった。

 

 この身体能力とナノマシン駆動の隠密性は無敵だ。スニーキングミッション気取りで終始半笑いだった。


 問題は、行き着いた場所が地下室だったという事だ。屋根から侵入させたくせにだ。


 ともあれ目的の場所だ。

 辺りに人もいないので、どんどんと扉を叩く。


「出て来ーい。御用改めだー」


 とたん、中でガタンと音がして、慌ただしくそんな音が続く。

 しばらくして目の前の扉があいた。


「……し、静かに、静かにお願いします」


 しー、と可愛らしい仕草で口の前に指を立てるナミネを確認して、ハルユキは面を外した。


「やっぱりお前、抜け出してきたな……」

「……分かります?」

「警備居なさすぎ」


 一国の王女がこんな所に一人でいるのはおかしい。

 と言うか、こいつは世界一の大国の王女なのだから相当偉いはずなのだ。初対面の時の状況のせいでそんな風には思えないが。


「では、入ってください。お待ちしていました」

「……あ、ああ」


 そう言ってナミネはハルユキを呼んだが、何だか躊躇う。

 いや、雰囲気が怪しすぎるのだ。目立たない場所からずっと入った所にポツンとある地下の部屋。怪しすぎる。


「ほら、このお城ってとても広いではないですか」

「うん」


 それこそ街の二つや三つ入るほどに。


「だから、未だに未開の地があったり。なかったりするんです」

「……いいな、それ」

「でしょう? ここも私と"薬師"しか知らないんですよ?」


 更に石造りの廊下を進みながら、ナミネは城の事を教えてくれた。

 あまりに広すぎるため、城のあちこちに昔誰かが作った転移魔法があるのだとか。

 日々城の謎を解くための部署があるのだとか。

 そもそも街ができる前に城があったのだとか。

 誰が作ったのかもわからないのだとか。そんな事。


 丁度話し終えたあたりで、奥にもう一つ扉が見えてきた。


 慣れた手つきで重そうな木の扉をナミネは開く。その扉をハルユキも潜って、そして思わず感嘆の声を上げた。


「こういうのが、好きなのか?」

「好き、と言うより、……何でしょう、これなら少しは役に立てるかな、と」


 その声に少し悲痛な色が混ざっていた事にハルユキは気づいた。

 二年前この国にユキネが来て、一番立場が変わってしまったのはたぶんこの子だ。無理もない。


「これ、何なんだ……?」


 その部屋に並んでいたのは、よく分からないものだった。

 何しろ数と種類が膨大で、一言で言い表すのは不可能だ。


 よくわからないガラス玉。何かの生物の角とか、爪。羽根に牙。ろ過され続ける目に痛い色の液体。


「それはですね。"水"の魔法使いの魔力を貯めておけるもので、それだけで30000リットルほどの水を取り出せるんです」

「……すごいじゃねえか、それ」


 ハルユキの場合はナノマシンで水が出せるし、旅のメンバーが有能すぎたので困らなかったが、"水"の魔法使いがいない状況も多いはずだ。

 これだけの質量、しかも詰まっているのが魔力なら重さもない。画期的だ。


「……ただ、今のところ一度に全部出ちゃうんですけど」

「おおう」


 攻城兵器に使えそう。


「四元素魔法は全部応用できますが、何だか軍事利用されそうで……」

「されるだろうな」

「あと、こういうのも」


 ハルユキはそこで色々な物を見た。

 体を温めるための液体だとか。

 星の位置から自分が世界のどの位置にいるのか計算で叩きだして示してくれる地図とか。

 辺りに浮いて常に光を照らしてくれる星玉だとか。

 中には完全にハルユキが知っている電球の原理を再現していたりして、本当に驚いた。


 まあ、それぞれ服が燃えたり結果が出るのに12時間かかったり部屋の半分を取るほど巨大だったりしたが。


「すごい。本当にすごいぞこれ」

「そ、そうですか……? 嬉しいですね、そう言われると……」


 ただ、とナミネは言葉を濁した。

 そうだ、ここからはアイデアと言うよりはとにかく量産化してトライ&エラーを繰り返さなければならない段階だ。

 一人では限界がある。


「それで、俺に頼みってのは?」

「四つ、あいえ、三つ……、二つ、あるんですけど」

「……いいよ四つで。駄目ならダメっていうから」

「あ、ありがとうございます!」


 そう言って、ナミネは小さな箱をこちらに手渡した。


「あの、シン様は色んな道具を無限に生み出せると聞いて……」

「こんなんは駄目だぞ」


 ハルユキは懐中電灯を取り出して付けてみる。

 跳ねあげるようにナミネが顔を上げた。伸びてきた手をひょいと躱す。


 本当にこれは危険だ。

 電灯はいずれエネルギーの浪費に繋がるだろう。

 例えばカメラも要人暗殺の機会を増やす事になる。

 銃などもっての外。そもそもハルユキとしては魔法としての文化を伸ばした物を見たいのだ。


「分かってます。ですので、その箱の中身の複製をお願いしたいんです」

「分かってねぇだろ」

「……見るだけとか」

「後でな」


 懐中電灯を消してとりあえず箱の中身を改めてみる。

 入っているのは、鉱石や薬草の類か。魔力とかの関係上出来るかどうかは分からないが、まあ試すのにそう時間はかからないだろう。


「あと、あの、そのですね。本当に難しいとは思うのですけど」

「何だよ」

「その、エルゼンを復興させたっていう大樹があるじゃないですか」

「ああ」

「あの苗木か種子が欲しいなぁって……」

「……うーん、それは俺の一存じゃなぁ」


 まあ多分誰も反対しないと思うけど。


「その研究結果って、こっちに貰えんの?」

「それは、……そうしたいのは山々なんですが一番にと言うのは難しいかも、です」

「うーん」


 ならばその答えは保留だろう。


「三つめは、時々資材を取ってきてほしいって事なんです」

「あんま遠い所は無しだぞ」

「え……」

「何だよ」

「いえ、即答いただけるとは……」

「この国の王女に借りを作っておきたいんだよ。何しろ今は藁にでもすがりたい状況だ」


 ナミネはキョトンと表情を無くした後、くすりと笑った。


「……イラり」

「あ、ごめんなさ──ふあっ」


 がしりと頭を掴んで締め付ける。


「よ、四つ目っ。四つ目なんですけど!」

「厚かましい奴めっ」

「ああっ」


 ハッと我に返って手を離す。

 やばいこいつ一国の王女だった。何か気を置けない空気を作るのだ、この少女は。


「……その、ですね」

「いいからはよ言え」


 口を尖らせながら、ナミネは言った。

 しかしまだモゴモゴと遠慮がちに口ごもる。今までの奴もなかなか遠慮しない要求だったが、更に言いづらそうだ。

 とんでもない要求が来るんじゃないかと、内心少しドキドキする。


「《虹色パレット》。その、フェンさん。居るじゃないですか……」

「ん? ああ」

「その、仲良さそうだなって思って。シンさんと」

「……まさか」

「紹介してくださいっ」


 がしり、とナミネの頭を素早く捕まえた。

 反応も出来ず、ナミネは妙な格好のまま固まる。


「良いか。俺も一国を代表する人間だ。それなりに忙しい」

「……ひゃい」

「加えてあいつは今やこの国の人間だ。お前が会うと言えば会えるはずだ」

「ひゃい」

「今までのは俺にしか出来なかったからいいが、お前、この野郎……」


 ああ、いや待て。

 こいつと"薬師"の所であった時、言動からしてあれはそもそもフェンと会うのが目的か。


「……はい、そうです」

「む……」


 となると、あそこで騒動を起こさなければこいつはフェンに会えていた訳だ。あれ。俺のせいだ。


「……分かった。でも、俺からフェンに説明してOK貰えたらだぞ。手紙も書いてくれ」

「それは勿論っ、これです!」


 そう言って渡された手紙を受け取った。

 いやに分厚い。ふと、自分が貰った手紙を取り出してみる。見比べる。当社比五倍。

 中を開いて半分捨てた。


「……何か釈然としないんですが」

「ご、ごめんなさい……」


 じろりと睨んでみるが、そんな事をしてもしょうがない。小さく、溜息を一つ。


「後日、届ければいいんだな?」

「あの、一緒に来て頂けると……。その、フェンさんは寡黙な方なので」

「はいはい。用件はそれだけか?」

「あ、そうです。ありがとうございました。あのこれ詰まらないものですけど」

「ああ、ありがとう。じゃあまたな」


 そう言ってナミネは例の水溜玉を差し出した。

 確かにもらってもしょうがないが、クイーンにでも渡して護身用にでもしよう。


「……それにしてもさ」


 帰り際、扉の傍で振り返ってハルユキは言った。

 ナミネは髪こそ金髪。顔も尋常じゃなく整っている。それでも目の色は青だし、背は小さく女の子らしい。


「似てないよな。ユキネと」

「……それは、血筋的には離れているので」

「いや、良い意味でだよ」


 何しろあいつは敵を作りやすい。

 その点、ナミネは誰にでも気を置かせない天性の才能があるようだ。

 それは一種のカリスマともいえる。本人が人懐こいのが良いのだろうか。


「それは、その……」

「ん?」


 またもじりもじりと、ナミネは慎重に言葉を探す。


「私がこんな事頼むのはその、シンさんだからであって。むしろ気を置かせないのは貴方の方で……」

「いや、そうでもないと思うけど……」


 たぶんそれはこいつがサヤに日頃俺の失敗談ばかり聞かされているせいだろう。

 威厳と言うものがそもそもあのアホメイドに殺されているのだ。


「ゆ、友人だから……」

「え?」

「友人だと思いたいから、頼んでみました……」

「あ、ああ。そう……」

「駄目でしたか……?」

「いや、そのだな……」


 何だか筆舌しがたい空気になったので、頭をガシガシと掻いてため息を吐く。

 そしてまあ、頼まれ事は頼まれてやったのであえて明言するわけでもなく。


「やっぱり似てるかもな、あいつと」


 そう言って、さっさと部屋を出る。

 その寸前小さく息をのむ声には気づいていた。



 

    ◆




 外に出ると、既に日が傾き始めている。

 やばい。次の約束は、夕方だったか。クイーン達との約束か。


 明確な時間は決めていなかったが、あのはしゃぎようだ。かなり早く待っていてもおかしくはない。少し急いだ方が良いかもしれない。


 ぐー。

 と、腹が鳴った。





「遅い!」


 住宅街をほぼ半周して目ぼしい食い物を買い貯めて帰ってきたハルユキに開口一番クイーンが叫んだ。


「このクズめ! 時間を守らないやつはウンコやろうだ!」

「お土産だ。クレープやる」

「わぁい!」


 もぐもぐとやりだしたクイーンを傍目に、傍にいたエースに視線をやる。


「それで、どこ行けばいいんだ?」

「ああこっちこっち」


 手に山ほど持った食料は、ほとんどそこに着くまでに食べ終わった。

 取り落とさずにすんで良かった。


「……おい」


 何しろ、屋敷の地下室に大穴が開いていた。

 しかも何だ。そこらに空になった酒瓶も転がっている。


「なるほど」


 大体の事情を察したハルユキは、ビィトとエースとクイーンにそれぞれ拳骨を落とした。


「……いてェなコラ」

「あーあーやっちまいやがって……。借りもんの屋敷だぞ、俺が泣きたいわ……」


 ハルユキも外観は直せるが魔法的要素があったら無理だ。


「と言うかこれかよ見せたいのって。あんなテンションで言うから……」

「違うって。ほら」


 言って、エースは不機嫌になりながらもハルユキの背中を押してその空洞の中に連れて行った。

 そして直ぐに、奥から冷えた空気が流れてきている事に気づく。


「何だ、これ……」


 と言うかどこまで続いてんだ。

 10度ぐらいの斜面になるように掘られた穴は、先が冷えた闇で埋まっている。


 ゆっくりと好奇心がハルユキを動かした。

 壁や天井、床などを実際に触りながら、進んでいくと五十メートルほどで行きどまった。


 ──いや。下に穴が開いている。

 五メートルほど下にまた地面があることを確認して、ハルユキは飛び降りた。


「お────」


 そして見た。

 大口を開けて、暗い回廊がハルユキを待ち構えていたのを。


 びょう、と長い間沈殿していた冷たい空気が吹き抜けていった。

 壁に、床に、僅かながらに残った人の手と、それを風化させた時間が見えた。

 迫ってくるような深い闇は、どこまでもどこまでも続いているのが目を凝らさずともわかる。



 神秘が、冒険が、歴史が、息づいていた。



「何なんだろうね、これ……って」

「なに泣いてんだこいつ……」



 すたん、と三人が背後に着地してハルユキと視線を同じくした。


「殴れ」

「え?」

「俺を殴ってく──。……お前達のそういう所凄いと思う」


 言い終えない内に実行するとか、迷いなく顔面狙うとかその辺マジで。

 本気で殴ったのだろうが、まあ痛くもないので、通路の奥を見つめたまま言う。


「上の穴はどうするの?」

「あんなん適当に誤魔化しとけばいいんだ」

「流石ロイヤルストレートカスだねぇ」


 エースの暴言も耳に入らない。


「クイーン、殴ってくれ」

「……やだ。お前はすぐに誤魔化そうとする」

「クイーン、……いやここでは敢えて言おう。隊長。クイーン冒険隊長と」


 ぴくん、とハルユキを殴らずそっぽを向いたクイーンのアホ毛が揺れた。


「た、隊長って……?」

「当然だ。ここは未開の地。そこを進もうと言うのならば、優秀な隊長を筆頭に団結する必要がある」

「そ、それは……」

「クイーン、責任が重い事は分かっている。ただ誰もがやれる訳じゃないんだ」

「……そうか。よし!」


 あーあ、とエースが後ろで苦笑していた。


「そして隊長。実は私、実践的冒険術を一通り修めておりまして」

「な、何だと……?」

「しかも八段」

「すげえ!」

「ぜひこの隊の一番槍に添えて頂きたく」

「さ、採用するしかない……!」


 ぶるぶると打ち震えるクイーンを肩に担いで座らせる。


「ふむ。では一番隊長。号令を」

「よし。その前に資金確認だ。お小遣いどれくらい残ってる?」


 じゃらりと差し出されたのは全部で銅貨三枚ほど。


「……うん」


 寂しい気持ちになった。


「え、神様、そんだけしかもらってないの?」

「……うん」

「アンタが無駄飯に使いすぎるからだろ」

「……まあ」


 そうなんだけどさ。

 エルゼンの財政もかなり逼迫しっぱなしだし、まあしょうがない。


「ええい黙れ。きさまら、しんげきに必要なのは金かっ」

「そうだねクイーン」

「じゃあお前抜きで銅貨一枚ずつな。食糧勝って再集合で」

「なんでお前はそんなイジワル言うんだ!」

「つーかお前も乗り気なんだなビィト」

「当然」


 ふむ、ならばしょうがない。奥の手を出すとしよう。

 実は買い貯めていた日持ちのする塩肉と乾パン、それに十日かけて作った缶詰十個。それに上の酒蔵で拾ってきた薄めのワインを取り出した。

 あとはまあ、ナミネに貰った攻城水爆弾もある。アルコールは分解しとこう。


「ご馳走じゃないが」

「でかしたぁ!!」

「こっちの方が気分は出るよねぇ」

「へへへ……」


 ぽいぽいぽいとそれぞれに適当に食料を分けると、一層強く奥から風が吹き抜けた。

 いつまでまごまごしている気だと、神秘が誘っている。


「よぉし、一番隊長。きさまに出発ごうれいのえいよを与える」

「え……? ああ、うん、あー……」


 とは言われても冒険術どころかボーイスカウトもした事が無い。そんな事は思いつかない。


「……では、位置に付いて」

「ええ!?」

「だははははは! よーい!!」


 割り込んできたクイーンの声がハルユキの肩から通路全体に響き渡る。


「どぉん!!!」


 駆け出しはしない。

 ゆっくりと闇を侵食するようににじり歩く。


「目の前! 何かいるぞ!」


 大きな目のないサンショウウオみたない化物が、数十体。


「だははは、蹴散らせ! 回復は任せろ!」

「了解、ボス」

「当面の目標は、とりあえず伝説の剣だな」

「どはっ! 何か吐いてくるぞこいつら!」


 襲ってくるそいつらを三人で蹴り飛ばしながら、ハルユキ達は進む。


 楽しげに、騒がしく、危機感などまるでなく。



 ──知れず、眠る世界の破滅のその前まで。





     ◆





「んが」


 冒険は結局一時間ほどで幕を閉じた。

 基本的には地下に地下に続いていて、その広さと来たらこの町中に広がっているのではないと思うほどだ。


 そして、終わって簡単に食事を済ませてからは書類整理武闘会だ。


 それが四時間ほど。

 日付が変わって、ようやくサヤから休憩して下さいと言われて休む事にした。

 何となく言われるまで音を上げるのが癪だったのだ。


 そしてたった今、ベッドに前向きに倒れ込んだ。


「んー……」


 ベッドの柔らかな温かみに頬を擦り付ける。ああ、極楽浄土はここにあり。

 ふと、こんこんと気分を害さない程度の控えめのノックが鳴った。


「失礼します。お茶をお持ちしました。よく眠れるそうです」

「ああ、薬師のか」


 苦い。

 苦いが、体に沁み渡るような温度が心地いい。


 疲れが薄く、体に広がって滲み出ていくようだ。ばたん、とベッドに倒れ込む。


「エルゼンの立場を立証する書類は、やはり不十分だと判を押された」

「……そうでしょうね」

「それもそれを決定したのは,"血塗れ金"。ブラッド・オーガー」


 ぴくりとサヤの眉根が寄る。


「確か、この国の司祭だとかいう」

「ああ。世界会議イデアルの場にも居た男だ」


 とんとんとんと額を叩いて記憶を掘り出し、ナノマシンで写真をプリントしてみる。

 それを見せるとサヤも頷いた。


「この国の、──つまりこの世界の頂点の一つに坐す男ですね」

「……全く」


 ばさりと写真を投げ捨てた。その端から粒になって空気に溶けていく。


「どうでしょう、ギルドの案に乗るのも一考すべきかと」

「ああ、どうだった?」

「こちらです」


 戦力の保持。

 それ以外に何かこちらの中に狙っている物があるのではないかとサヤに調べを入れさせていた。


「"宿り木"の苗、戦力、霊龍の情報。調べた限り出て来たのはこれ等だけです」

「……そうか」

「──ただ、気になった物が」


 そう言ってサヤは手にしていた書類をハルユキに渡した。

 訝しげな顔でハルユキは封を開けその中身を確かめる。


「これは……?」

「ここ数日で、この国に入ったギルドの人間です。多くがどこかの傭兵、もしくは高ランクの冒険者です」

「兵を増強しているのか……?」


 それは、まあ。戦力は欲しいのだろう。そう言っていた。


「そして、こちらです」


 また、サヤは書類を持ち出した。

 ハルユキもまた訝しげに一瞥した後、それを受け取る。それはまた、名前が羅列する紙面。


「こっちは、何だ……?」

「こちらも戦士。ただ華万国の者達です」

「華万国……?」

「ジョージ・ノヴェルツェゲン。我等にこの窮地を突きつけた者が統括する国です」

「なにぃ……?」


 名前の数は先程の物よりはるかに少ない。

 ただ、おかしい。配属先と書かれた欄には、一つとして華万国の名前はない。


「そうですね。彼等はそこに書かれた国の兵士として配備されています」

「……待て、まさか」

「はい。"それらの国は全てギルドの援助で世界会議イデアルに参加した国"です」

需要シェアを奪われてる、貸し出した兵が返却されてるって事か」


 貸した兵を返されて、代わりにジョージから戦力を買っている。


 しかし当然、ジョージ達もいきなり奪ったりはしない。

 そんな事をすればギルドに不義理を行ったと言われてもおかしくはない。

 自力で負けている以上そのリスクは大きすぎる。


「ただ徐々に、ジョージ・ノヴェルツェゲンの影響力が大きくなっている事も確かです」

「一体どうやって……」

「低コストでそれでいて高品質を保っている事は確かです。彼等には僅かの戦力を無償で貸し出しているようなので」

「"ギルド"を捨てさせる自信があるって事か……」


 ハッと、そこでハルユキはそれに気づく。


「ギルドは俺たちを助けたい訳じゃなく、世界会議イデアルでジョージ達の影響力を直接削ぎたいのか……!」


 なるほど、そう考えると辻褄は合う。

 署名さえ集めれば問題はないはずなのに、世界会議イデアルでわざわざ敵を打ち砕く手法を取りたいのもうなずける。


「他に、気になる点もありますが……」

 

 そう言って考え込む仕草を見せたが、サヤはすぐに顔を上げた。



「今日はもう休まれてください。主様に限って明日に響くとは思えませんが」



 その言葉に、ふ、と体から力が抜けた。


「ああ、甘えさせてもらおうかな」

「大変だったでしょう。三歳の幼女に泣きながら殴ってくれと懇願するほどですものね」


 悪戯っぽく笑うサヤに付き合うのも面倒で、一瞬だけ睨みつけたハルユキは頭からベッドに倒れ込んだ。


「慣れない事をやるからです」

「うるせえなぁ……」

「力任せが、一番楽です」

「……知ってるよ」

「やらないのですか」

「やらない」

「そうですか」


 ふ、とサヤは部屋の傍に置かれた燭台の火を消した。


「大事な物が、増えたのですね。たくさん、たくさん」


 本当に良かった、とサヤは言って部屋を出ていった。



 ハルユキは、それを寝たふりをして聞いていて、少しだけ昔を思い出した。


 昨日今日ではない、二年前の物でもない。

 あの灰色の部屋に入る前、もうその事の思い出の欠片を探す事も難しい──。


 一億年前に、確かに生きた記憶。






──がばりと、ハルユキは跳ね起きた。


 誰よりも早く、気付いたからだ。

 今、この国に存在している誰よりも早く。


 そして、次に気づくきっと、あの高らかにそびえ立つ城に立つ、鬼の姫。 


 しかしそれはまだ後の事。


 ハルユキはとりあえず欠伸とため息を一つずつ。

 

「これを、サボる訳にはいかんか……」


 そう呟くと、部屋の明かりをつける事もなく、ハルユキはさっさと窓から夜の街の中に身を投げた。



 向かうは、街の外。

 高い外壁を越えた草原と荒れ地が続く場所。



 ハルユキの耳にだけ、強いられた龍達の悲鳴に似た方向が聞こえていた。







     ◆





 総勢146頭。


 今夜街を襲おうとした龍達の数だ。

 その全てがハルユキの手によって一撃のもとに地に伏せていた。


 ロウから聞いた話だが、龍は基本的には角を折ってしまえばかなり力を奪えるのだとか。


 ざっと見渡す。

 どれも四千年かそこらの龍だろう。


 何か情報を握っているとも思えない。いやそもそも、この濁った紅い目に自分自身の意思すら感じ取れなかった。


 龍達を街の方に運びながら、ハルユキはボーっと空を見上げた。


 晴れている。静かな夜だ。



 龍達の襲撃は未遂にすらなっていない。

 見張りの人間すら気づいていないのではないか。


 

 でもやはり、彼女はやってきた。



「こんばんは」



 音はない。

 ただだから彼女は立ち尽くして、驚いて、こちらを見上げていた。


「時間が空いたでしょう」


 龍達の体を津波のように地面毎移動させていた。

 そこに座って移動していた。


 苦も無く、手間もなく、そして一切の音もなく。しかしそれは人から見れば神の御業だっただろう。



「ようやくプライベートで会えましたね、スノウ第一殿下」



 背後の龍をどうもする気はないが、彼女には人質に映ったのか。

 少しだけ彼女は顔を張り詰めさせた。



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