破滅
────────とある町。
その町の中で一番大きな酒場では、ほっそりと光がついて、ささやかな酒盛りが行われていた。
「………やっと、だな。」
十数人いたその酒場の中で一番大柄な男が、店で一番高い酒を口に運びながら、嬉しそうに口を開いた。
その言葉に、少しだけ酒場の雰囲気が浮つく。
「ええ。やっと……、やっとよ。長かった。後はあいつを殺すだけ……。」
「おいおい。それが一番難しいんじゃなかったのか?……相手は、あの"怒涛"なんだろ?」
真ん中で周りに肩をたたかれたり、酒を飲まされたりしていた少年があきれたように口を開いた。
「あなたがいなかったらね。あなたがいれば……きっと。」
先ほど物騒なことを言っていた少女が熱っぽい声でささやいた。
「おいおい。そりゃ告白か? まずいな、今日は眠れないんじゃないか? ミスト。」
先ほどの大男が、笑いながら少年に冷やかしを入れる。
「ちょッ…! そういう意味で言ったんじゃ……。」
「ん? どういうことだ? それ。」
一瞬、部屋の時間が止まり、一人を除いた全員がため息をついた。
「お前……鈍すぎ……。普通わかんだろ。リーヤはお前のことが……。」
「わーーー!!わーーー!!わーーー!!」
微笑ましい光景に皆が笑い。思う。こいつらとならやれないことはない、と。
しかし、───────破滅はやってくる。
いきなり何の前触れもなく、扉が吹き飛ばされ、人が飛び込んできた。
赤い髪に、銀色の篭手、この町の周辺にいる人間なら誰もがその人物の名を知っている。知らないとしても、それはこの男がまだ潜伏段階にあるからだ。
この男が大々的に動き出せば、世界も動く。
「・・・・・・・・・"怒涛"!」
それを確認すると、酒場の全員が一瞬で剣を抜き、杖を構える。
怒涛は、飛び込んできた勢いのまま天井近くまで浮かび上がると、重力に逆らわずに、着地・・・・・・・するかと思われた。
どん……。と鈍い音がして、男の体は床に"墜落"すると、少年の足元まで転がってきた。皆、いっせいに後進し、その男から離れる。
しかし怒涛は、動かない。それもそのはず。
怒涛は・・・・・・息絶えていた。
胸に穴が開いていて、そこにあるべきの心臓が存在しない。死んで時間が経ったのか血もあまり流れていない。
目の前で死に顔をさらしている男があの狡猾で強大な力を持った男だとは誰も信じられない。いや誰も信じていなかった。
これも何かの策なのだろうと。そのほうがよっぽど納得できる
しかし何もしないわけには行かず、少年の仲間の一人が死体を調べるが、何も変わった点はない。少年たちの最大の敵が変死を遂げていること以外は。
誰も現状を認識できていなかった。なぜこの男が死んでいる?
最大の敵の撃破には喜びがついてくるはずだった。
しかし誰も武器を下げず、たぶんにもれず全員が顔を強張らせて扉がなくなった入り口を見つめている。
だんだんと空気が自然と張り詰めていく。部屋の気温が10度は下がったのではないかというほどの不吉が皆の体を包み込んでいく。
誰かの歯が激しく音を立て始め、足が震え始める。自然と皆が一まとまりになるように密着していく。更にきつく入り口を睨み付ける。
そこに破滅が、立っていた。
破滅が一歩踏み出す。
堰を切ったかのように数人の仲間たちが、焦ったかのように飛び出し、武器を振るう。
消し飛んだ。信を置いていた仲間たちが。首が飛び、腕がもげ、足がちぎれて、臓物が舞う。
その余波が酒場の壁を傷つけ、ほかの仲間たちをも傷つける。
「あッ・・・!!」
先ほどの少女が腕を傷つけたのか、声を上げて杖を落とす。
「リーヤ!」
目の前の状況が飲み込めないせいで、正気をかろうじて保っていた少年が怪我を負った少女に駆け寄った。
「だ、だいじょ・・・・・・」
無事を教えようと、端正な顔で作られた笑顔が、・・・・・・・・・・・・横から伸びてきた手に頭ごと握りつぶされた。
少女の脳髄が少年に降りかかった。
また、現実に取り残される。
気づけば、少年以外に息をしているものはいない。目の前の血に染まった破滅を除いて。
「あ、ああああああああああああああ!!!!!!!!!」
少年は、皆に知り合うことができたきっかけとなった歴然の強さを持つその剣を振り上げる。
しかし、それが何かを斬ることはなく、倒すべき敵だった男と同じように心臓を引きずり出されて絶命した。
血溜まりの中でそれはただ自分に嗤う。
「・・・・・・・・・きろ、起きろ。ハル!」
「んあ?」
目を開けると、ユキネが俺の顔をのぞき込んでいた。・・・・・・昨日である程度は吹っ切れたようだ。その顔に無理している痕跡は見あたらない。
「な、なんだ? そ、そんなに見るんじゃない・・・・・・。」
ふい、と顔を背けて、ユキネは馬車を降りていってしまった。
ん? 降りたって事は・・・・・・。
「着いたのか・・・・・・!」
一瞬で目が覚めた。あちらの町ではゆっくりとはできなかったので、実は心待ちにしていたのだ。
馬車の上に立ち上がり、振り返ると、村の全容が目に入った。
「うおぉ・・・・・・。」
まず目に入ったのは、山、だ。雲のすぐ下に山の頂上が来るほどの高さの山が目の前に鎮座している。
ここら一帯は畑になっているのだが、それを遮断するように巨大な山脈が並び立ち、その中でも一際大きい目の前の山の麓に家や宿屋や、お店が並んでいる。
その山の頂上にはまだ雪が被っていて、神秘的な雰囲気がにじみ出ていた。山の隙間を縫うように巨大な川も通っている。
今馬車がいるのは村の入り口。
昨日、山賊に襲われたことを、ダイノジがおそらく自衛団か何かだろうが、なにやら兵士っぽいやつと話しているようだ。
「悪い。このところ山賊が増えているらしくてな。ちょっと詳しいことを聞きたいらしい。悪いがもう行く。まあ、困ったことがあったら言ってくれ。
一度言ったが、力になるからよ。んじゃな。」
そう言ってダイノジは去っていった。
さてどうするか。
「ま、とりあえずはギルドだったな。」
「何しろ文無しやからなぁ。俺ら全員。」
とりあえず、金がないと動くに動けない。飯も食えない。
「すぐに仕事ができるのか?」
「多分なー。そんなに忙しくもないやろうし、簡単な依頼は多分あまってるぐらいやろうし。」
「そこへ行くための道はわかっているのか? ハル。」
あー、と場所は…………。
「ジェミニは、前に来たことがある、って言ってた。」
「わかるでー。えーと、こっちやな。」
ジェミニ続いて、村の中に足を踏み入れた。