星は彼方に
横になって目を瞑っても眠れはしなかった。
馬車の中で寝ている分、外のジェミニたちよりは眠りやすい状況なのに、眠気がやってこない。
原因は、分かっている。
今、私が幸せだからだ。それが・・・・・・、それがこんなにもつらいなんて思わなかった。
しかし、心が締め付けられてそれがまた孤独を嫌い、際限なく幸せを求めてくる。それのせいで苦しんでいるというのに。それを、毛布に包まりながら、必死に抑える。
(強くなるって・・・・・・決め、たんだ。)
寝返りを打って、空を見上げると、星空が広がっていた。体を起こし周りを見ると、地平線まで光の粒が広がっている。
そこで同じように星空を見上げるハルを見つけた。
気絶したジェミニを運び、おっちゃんも寝て、一人になった俺は夜空を見上げる。
ここの周りには、目の前の火以外に明かりはなく、目の前には星が本当に隙間がないくらいにちりばめられている。
俺が生きていた時代の、ビル群の間から見える星も悪くはなかったが、これとはやはり比較にならない。
思わず、ため息が出た。
一人になったことで、少しだけ孤独を思い出したが、際限なく続く大地と広がる星空を見ているとそんな気持ちは吹っ飛んだ。
すると、今度はユキネの落ち込んだ顔が浮かんできた。
「ふぅ・・・・・・。」
またもため息が出てしまう。先ほどよりも息は重い。
「どうしたんだ? ため息なんかついて。」
ユキネがいつのまにか俺の後ろまで来ていた。どうやら、めちゃくちゃに気が抜けているらしい。
「・・・・・・俺の知り合いに、無理して笑う馬鹿野郎がいてな。全く困ったもんだな、ってな。」
「ッ・・・・・・。 敵わないな。そんなに分かりやすいか? 私は。」
「誰でも分かるさ。俺はお前が話したくないなら話すまで待つ。・・・なんて事は言わねぇぞ。お前がそんな顔してると悲しむ奴だっているんだよ。
・・・・・・フェンとかな。だから何かあるなら今すぐ話せ。」
「・・・・・・ふふっ、ハルも心配してくれるんだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・暇だったらな。」
まったく生意気に育ちやがって。
「正直、こんな空を見ていたら、どうでも良くなってきたんだがな。・・・・・・よければ聞いてくれるか?」
「・・・・・・おう。」
その時間は、まるであの時に戻ったかのようで、悪い気分はしなかった。
はじめに言っておくと、私の両親は実に立派な人だった。
父は王としてかなりの有力者で、周りの国々の王に慕われ、民からの信頼も厚かった。その上、魔法剣士で負け知らずと言うほどの腕前だった。
母はそんな父を負かした唯一の人だったらしい。母は大陸でも有数の魔術師で、世界で五本の指にも入るほどの実力を持っていたらしい。
父上が魔法兵長だった母上に、結婚を懸けて決闘を申し込み、逆にぎったんぎったんにされたらしい。
これを、執事に聞いたときは笑い転げたものだ。
結局、父上はそれから一度も勝てなかったらしいが、母上は父上がだんだん気になり始めていて結婚まで至ったそうだ。
二人は幸せだった。そう、私が生まれるまでは・・・・・・。
私を身籠もったとき、二人はそれはそれは喜んでいたらしい。王家を継ぐのには男が必要なはずだが、男と女どちらが生まれてもいいように、名前を考え、生まれたらあれをしよう、これをやろう、誕生日には何を贈ろうと毎日のように話していたらしい。
そうして、皆からの期待と祝福を受けて生まれた私は、とんだ出来損ないだった。
生まれたと同時に母は死んでしまい、魔力は微弱、文字はどこにも見あたらず魔法を使うのは不可能だと見切りをつけられた。
それでも、父は代わりに剣を教えてくれ、魔法も教えようとしてくれたが、結局魔法は使えるようにはならなかった。
母の死と私の面倒で体をこわした父は病にかかり死んだ。
そして、私は飾り物の王にされ、ついには王権を剥奪され、私に親切にしてくれた人たちも全員死んでしまった。
「つまりは、私の無能さが、みんなを殺してしまったのかと、そう思う、いやそうとしか思えないんだ。それなのに私だけが、こんな・・・・・・」
話を聞いていて思った。ユキネは、自分だけ助かった事を罪に感じている。どうでもいいなんてのもまた強がりだろう。
……見上げた馬鹿野郎だ。
「それで・・・・・・終わりか。」
「ああ、つまらないだろ? こんな話。」
「ああ、つまんないな。それにしょうもない。」
「・・・・・・・・・ッ!」
めずらしくユキネが本気で俺に怒っているのが伝わってくる。
──説経をしたい訳ではない。臭い台詞も恥ずかしい。しかしそんな言葉で目の前の馬鹿の馬鹿みたいな理由の馬鹿みたいな気持ちが少しでも軽くなるのなら、慣れない大人でも演じてみせる。
「考えてもみろ。皆な、命を懸けて生きてんだ。お前の母ちゃんは命を懸けてでもお前を生もうとしたし、父ちゃんは死んでもお前と国を守ろうとしたし、お前の周りの人たちもお前を幸せにしようとしてくれたわけだ。フェンだってな、オオカミやドラゴンに襲われながらもお前助けたいって命張ってたんだ。
……結果として死んでしまったとして、お前は文句を言うか? フェン。」
「…………自分で決めた事」
馬車の影からフェンの声が聞こえてきた。ユキネを心配しているのは俺だけじゃないってことだ。
「フェン!?」
「みんな自分の魂に命懸けて、死んだんだ。お前なんかのせいなんかにしていい訳無いだろ」
「・・・・・・・・・」
ユキネはうつむいて震えている。泣いているわけではない。ただ、まだ許せないのだ。多分、自分を。その怒りを俺にも向けて激昂する。
「でも! でも私がもっと上手かったら! 魔法を使えだら! リュートンなんがに王権を奪われながったら! 誰も死ななぐてよかっだ!」
いや、泣いていた。上げた顔に、ぼろぼろと乾涸らびそうな量の涙を零しながら怒っている。
「そうだな。俺やフェンとも出会わなかったな。」
卑怯な手だ。・・・・・・知ってるか? ホントは俺も一緒に泣いてやりたいんだぜ?
「ぞれはッ・・・・・・!」
「まあ、それはいま関係ないな。それが無くても出会ってたかもしれないし。
ただ、思い出してみろ。そいつらの、お前のために死んだ人たちは、最期どんな顔をしていた。悲しんでたか? 怒ってたか? それともお前を憎んでいたか?」
少しだけ沈黙がやってきて、
「…………みんな、笑っで、た」
そう、答えが返ってくる。
「当たり前だ。みんなお前が好きだったんだから。お前が背負っているのは罪じゃない、命でもない。ただ『想い』だ。お前は皆の想いで今、ここにいるんだろ」
本当にただ当たり前でしかない。俺でも、二週間ほどしか一緒にいなかった俺でも命を賭したかった。なら、その大人達はどれ程の想いで命を投げ出したのか。
「・・・・ぐ・・・・・・ひぐっ・・・・!」
「その想いは馬鹿みたいに重いけどな、それを幸せって言うんだよ。それをお前は一生かけて、返していくんだ。自分に。それに世界中に。
それはとても辛いし、大変だし、時間もかかるだろうが、そんなときはその人達がちゃんと残してくれた友達に頼ればいいんだよ。……無理なんかしないでな。」
ぼろぼろと泣いているユキネを抱き寄せて無理矢理頭をなでる。
「……ああああああぁあぁ!」
「また泣いてんのか。」
「泣いで、ない!!」
「今日は良い。別に泣いても。……明日があるだろ。ちゃんと、お前には」
「うん……うん……!」
これは俺のわがままだ。俺は自分が何もできないせいでこいつが落ち込んだままなのが嫌だから。無理矢理話させて、無理矢理助ける。
俺は白(正義)でも、黒(悪)でもないから。自分のためにしか動かない灰色だから。だから俺は、こういう奴らのためにわがままになりたいと、そう思う。
「世界はこんなに優しいじゃないか」
遠い夜空では、瞬く星達がいつまでも見守ってくれている。
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