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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第二部
210/281

異物




「良かったんじゃねェの?」



 短い言葉で自己紹介をしただけだったが、思いの外感触は良かったと思う。

 いきなり出てきた神を訝しむ声は、思ったよりもずっと少なかった。


 と言うより、そうして貰っていると言った方が良いのか。


 あそこの連中はいわゆる街の中では頭のまわる人間の集まりだ。

 普通の国民はともかく、あの連中は表面上そう接して吹聴し士気を上げるだけ。

 内心では、ルグルがどこの国からかか連れて来た手練れの助っ人か何かとでも思っているだろう。



「……で、お前。いったいいつ行動するつもりだ? 一か月なんて言って──、」

「明後日」

「おま──っ」



 帰る家の違いから別れるまでの道すがら、ルグルはそう言ってキヒヒと笑った。

 雑踏の中だ。その言葉は二人の鼓膜を揺らしただけで、周りの声に紛れて消える。



「一か月も緊張しっぱなしで士気の維持なんか出来ねェよ、ブラフだ。何人かは数日以内だと気付いている、と思ってんだがな」

「……まあ、そうかもしれんが」



 一瞬だけの沈黙。

 そのまま歩いて、別の話題を切り出した。



「正直な所、どれぐらい人は集まるんだ」

「"巣"の人間はほぼ全員動員できる。何年準備したと思ってる」

「すごいな、お前」

「なに、アンタの功績も結構役に立った。何しろ数年前から"聖戦"だと銘打ってたからな」



 この町の奴らにとっちゃ、いつか神様が現れるのが必然だったのだ、とルグルは言う。



「予想通りに神が現れて、それを俺や他の頭達が肯定すれば、信じもするさ。人間なんて単純だ。"ほら、俺が思ってた通り"ってな」

「ここの神様って女神じゃなかったか?」

「何でもいいさ。どうせ神話なんて人間の創作だよ。なんとでもなる」

「……その割には、浮かない顔だけどな」



 そう言うと、ルグルは加えていた煙草を手に持ち替えて、深く煙を吐いた。

 その顔にどこか自嘲染みた物が浮かんでいるのは、煙草が安すぎるからではないだろう。



「数でどうにか出来る限度があるよ」



 ぐじぐじと手に持った煙草を手の平に押し付ける。

 硬い皮が張っているのか、熱がる様子もなく、そのままルグルは憎々しげに煙草を握りつぶす。


「まあ、あのラカンってのを殺すのは、骨が折れるだろうな」


 ハルユキが言葉を割り込ませると、驚いた顔がこちらを向く。


「会ったのか」

「偶々な」


 少しの間言葉を失ったルグルだったが、すぐに、ヒッヒといつものように笑った。


「お前、偶像だとかそんなんじゃなく、その、あいつを殺せるだけの所謂"個"の力が欲しかったんじゃないのか?」

「まあ、半々だよ。どっちも必要不可欠だ」


 笑みを崩さないまま、ルグルは手の平の中の煙草を捨てた。


「あの周りで屯してるハゲ共なら俺でも何とか殺れる。だが、ラカン。あいつは無理だ」


 正直な所、とルグルは続ける。じ、とハルユキの顔を覗き込んで、言った。


「俺達はな、結局最初から行き詰ってんのさ」

「お前……」


 ルグルの声色にはどこか投げやりだった。

 分かっているのだろう、このままでは勝てないと。

 しかし、町の状態を鑑みてこれ以上待つことが難しいのもまた分かっている。


「……怖ェよ、あいつが。怖すぎてな」


 結局打開策が出ないまま、糸のように頼りない最後の希望だけは絶やさぬように、ここまで来た。


「俺はアンタでもあいつに勝てると思えないんだ」


 ルグルの声に、ハルユキから返ってくる声はない。

 驚いている様子も、憤っている様子もハルユキの横顔からは感じられない。


 ルグルは、ハルユキの表情に僅かな緊張感が含まれている事に気付いた。




「聞こえたか?」

「は?」

「……こっちだ、先に行く」


 とん、とハルユキは蠢く群衆の中から跳躍した。

 一跳びで屋根の上。ハルユキは一度ルグルを振り返り、行く方向だけ顎で示すと、また跳んだ。


 その場所は、大通りから離れた、どこに行くにも用の無いような路地裏の更に裏。



「あれは……」



 行き着くのに五秒と時間はかからなかった。


 その場所では、三人の人間が情事に及んでいる。

 いや、正しくは至る直前。壁で囲まれたような路地裏に泣き声が響いている事から、その状況も知れる。


 そして何より問題なのが、すすり泣くその声に聞き覚えがある事だ。


「ち……」


 そいつの泣き声など聞いた事はないが、何故か声に聞きつけた時点でそれがこいつだと判っていた気もした。

 焦りはない。未だこちらに気付かない男達に警戒など必要ない。

 どうやら間に合ったらしいと安堵を感じながら、まずハルユキはいそいそとベルトを外していた手前の男の股座を蹴り上げた。


 ひゅん、ともう一人の男の頭の上を越えて、男が路地裏の壁に叩きつけられた。

 べしゃり、と壁から地面に男がずり落ちると同時。


「なッ……!?」


 もう一人の男もこちらを向く。

 向いた瞬間、その顔にアッパー気味の拳が減り込んで男を吹き飛ばす。それで終わり。



 そして、服を引き千切られて死にかけのように静かに息を吐くリィラが残された。



 顔は腫れ上がり、腕からはとめどなく血が溢れ、体はあちこちが痙攣している。


「何やってんだよ、お前は……」


 リィラの目が、ゆっくりとこちらを見た。

 虚ろな目がゆっくりと閉じていく。毛布を造り、抱き起してリィラの体にそれを巻く。


「大丈夫か?」


 声をかけてみるが、リィラの目は既に閉じている。溜息を吐いて少し触診する。


「怪我は……、大丈夫か」


 腕の切創は、うまく動脈を避けて作られていた。傍にナイフも転がっている。

 それを踏み砕き、簡単に手拭いで止血をする。傷は先ほどの男だろう。手慣れた手口だ。


「……しー、……ぁ」

「──なに?」


 意識があっての事か、それともただの寝言か、リィラの口がそんな言葉を吐いた。


「おい!」


 そこで、息を荒げたルグルが路地裏から顔を出した。


「……リィラか、それ?」

「ああ」

「生きてんのか……?」


 目を見開きながらルグルがリィラの顔を覗き込んだ。


「寝てるだけだよ」

「あ……? ああ、そうか」


 ハルユキは、無線を造りリィラをルグルに手渡した。

 無線はサヤに繋ぐ。短い言葉で、シータがいなくなった事と、そして何故か教会が倒壊している事を聞いた。


「余所者だ。まぁこっちで処理しとこう」

「俺の家にクイーンとサヤがいる。ついでに連れていけ、怪我は治るだろ」

「アンタは?」


 そう言いかけたルグルは、ハルユキの顔を見て表情を凍り付かせ、思わず言葉を飲み込んだ。


「これ、誰がやったんだと思う?」

「あ……? こいつ等……いや、おかしいな、流石にこんな奴等にここまで──」

「だよな」


 何気ない言葉を交わしながら、ルグルは生唾を飲み込み本能的に半歩後ずさった。

 ハルユキの顔は俯くようにリィラの顔を見ているからか、ルグルにはもう見えない。


「お前、俺じゃあいつに勝てないって言ったな」

「あ、ああ、いや……」


 リィラを見つめていたハルユキの目線がゆっくりと移動した。

 "巣"を越え、"街"を越え、その視線は"月"に至る。


「確かめて来る」


 ルグルが何か言うよりもずっと早く、衝撃と爆風が巻き起こった。

 ルグルは思わず顔を庇い目を瞑る。


 顔を上げた時には砂塵は薄れ、ハルユキはいなかった。






   ◆






「そいつ、どうするんですか?」


 坊主が全員塔の中に入って、扉は閉められた。

 そして坊主の一人が待ちかねたように、ラカンに言った。坊主が指しているのは、ラカンが抱えた一人の少女。


「好きにしろ」


 そう言うと、坊主共に歓声が上がった。

 ラカンはそれを呆れたように笑った。

 確かに少女は美人だが、それより多少なりとも知った存在の家族を弄ぶのが楽しいのだろう。気持ちは分かる。


「良いんですか?」


 螺旋状に上へと続く吹き抜けの階段の縁に座ったラカンに、坊主の一人が声をかけた。


「ああ、最近セックスも暴力も食傷気味でな」


 張り切ってじゃんけん大会を開き出した坊主共を眺めながら、ラカンは楽しげに笑う。


「まあ見てるのも大好きだから、問題ない」

「じゃあ、俺はやります」


 そう言って、坊主は馬鹿共の輪に加わった。

 さて、リィラは来るだろうか。

 来て、無残な姿になった家族を見て、何を思うだろうか。


 ああ、本当に。

 殺すのが。

 壊すのが。

 侵すのが。

 犯すのが。

 奪うのが。

 嬲るのが。

 弄ぶのが。

 好きで好きで溜まらない。


 いや、最早好きなどと言う範疇ではない。なければ、とても生きていけない。そう考えると、自分のなんと弱い存在である事か。



 ラカンは一人そんな事を夢想して、静かに笑みを作っていた。


「え、あ、何、いや……っ!」


 どうやら少女が目を覚ましたらしい。

 取り押さえられたまま、恐怖に声を漏らすがそれはあのケダモノ達にとってスパイスにしかならない。


 その時だ。上から誰かが大急ぎで階段を下りてきた。

 誰かと考えて上を向くが、考えてみれば察知できるのは一人しかいない。ハリアだ。


「止めなさい! この下種共!」

「よぉ、ハリア。混ざるか?」

「混ぜられる側だけどな」


 悪ふざけで笑う男達に一歩も引かずに、ハリアは男達の間を抜けてシータの傍に座った。

 パニックに陥っているシータの耳に口を寄せ、落ち着かせるように話し出した。

 

 自分が来たからと言って何が変わる訳でもないのは分かっているだろうに。


 坊主たちの中で、歓声が上がった。

 どうやら、一口目の権利を勝ち取った誰かが決まったらしい。


「──ん?」


 最初に気付いたのは、ラカンだった。

 感じ取ったのは魔力ではない。気配でもない。ただ純粋な第六感による。


 しかしそれでさえもあまりに遅い。

 それを自覚したその刹那の後、扉の向こうに存在感があふれ出た。



 そして同時、扉に続く壁一面が大きく爆ぜた。



「な……っ」

「はぁ……?」



 いや、爆ぜた、どころではない。

 一階の壁が余波で半分ほど吹き飛び、この塔自体が僅かながら傾いていく。

 それでも足らぬとばかりに、吹き飛ぶ瓦礫と衝撃に震える空気が轟音と爆音を撒き散らして連鎖する。


「何だぁ……?」


 反対側の壁にまで罅は広がったが、塔は何とか接地して傾いただけに終わった。しかしその瞬間、今度は接地の衝撃で大きく地面が揺れる。


 とは言っても、崩れはしないし、床ごと傾いた訳でもないので見える景色も変わっていない。


 ただ、室内に人の数が一人増えている。

 その姿を認めて、ラカンは目を剥いた。


「あいつは……?」


 粉塵に紛れているせいか、その姿を捉えている者はいない。

 未来を見通すはずのハリアでさえもだ。



「おい、何だお前」


 少し遅れてその人影に気付いた破戒僧が一人、その陰に近寄って。

 そしてそのまま崩れ落ちた。


 受け身もとらずに、前のめりに地面に倒れ込む。

 何を躓いているのかと、周りの人間が笑うが、一向に坊主は起き上がらない。



 煙が晴れていく。


 それは男だった。

 人間かどうかは定かではない。

 何故なら、その男の視線がゆっくりと部屋を見渡して、こちらに視線を向けた時。

 視線が交錯した、その時に。

 

 ぞわりと。


 最近覚えたばかりの寒気──いや、怖気が全身を嘗め上げたからだ。



 一瞬。

 瞬きすらしていない。



「は──?」



 しかし、目の前はいつの間にか血の通った拳の色。

 咄嗟に放出した魔力は、間違いなく作動し、その拳はラカンに届く直前で動きを鈍らせた。


 しかし、"防いでいる"訳ではないのだ。魔法の性質上、それはあくまで"届いていない"だけ。


 よって、ラカンが咄嗟に首を捩って回避行動をとったのは唯一の活路だったと言っていい。


 瞬間、その拳が届かないはずの距離を一瞬で潰しラカンの頬を掠め、振り切られた。



「な、あ……っ!?」



 掠っただけ。

 しかしその傷口からは血が飛び散り、追ってくる余波がラカンの体を後方に吹き飛ばした。


 勢いは殺せない。

 地面に当たりそうになる体を躱しながら、壁に足から着地する。再び壁に罅が入り、ようやく勢いは止まった。

 全身に噴きあがった汗を感じながら、ラカンは弾かれたように顔を上げる。


 闖入者もまた、こちらを見ている。

 顔を上げるのを待っていたかのように、そのまるで人間のような口が開く。



「……約束、覚えてるか」



 そこで初めて、ラカンは闖入者の顔を認めた。

 知らない顔ではない。ただ、このタイミングで乱入してくるとは思ってもみなかった顔だった。



「あんた……?」



 "俺に嫌われるような事はするな"。と、そんな馬鹿げた話があった。

 忘れていても不思議ではないその言葉をラカンは本能的に思い出した。いや、無理やり引き出されたと言ってもいい。



「……約束かよ、あれ」



 それに、この男があいつの知り合いってのも知らなかった。

 呆れて笑う。それはしかし、頬が痙攣しただけかもしれない。つ、と頬に汗が伝う。


 何だあれは。

 感じる空気も、纏う気配も、内包した微細すぎる魔力も人間と変わらない。

 しかし、どうしても、その灰がかった黒髪が、まるでどこかの異界に住む化物を見ているかのような気分にさせる。


 人間ではない。

 かといって人間を越えているのではない。まるで別物だ。違う世界から来たかのように、そもそもの部分が違っているように思える。



「────っ」



 こちらに向けてゆっくりと歩を進めようとした化物の背中に、いち早くその存在に気付いた十人程の破戒僧共が迫る。



──ラカンにも。

 見えたのはその姿が消えた事と、化物の目だけがゆっくりと背後を見た事と。

 そして、十人の坊主を撃ち付ける為に移動した軌跡が追えた程度。


 床に壁に天井に、それぞれ明後日の方向にとんでもない勢いで吹き飛ばされ坊主たちは動かなくなる。

 どん、と地面を叩き割りながら、その化物は着地した。



「よし、動くな。動くなよ!」



 機敏な坊主の一人が、咄嗟に先ほど浚ってきた少女の首を抱え込んだ。


 言うまでもない。人質だ。

 ゆっくりと、化け物の顔がそちらを向く。


 少女と関係があるかどうかも怪しかったが、どうやら当りだったらしく化け物は表情を変えた。



「なんだ、居たのか、シータ」



 その顔が安堵の顔に変わったのだから、人質になど。それはもう意味はないのだろう。



「動くなと言って──っ」



 次の行動で、口を開きかけていたその坊主の顔面が殴り潰れた。

 少女の首をへし折るために腕に力を入れるために金荷を躍動させるために脳から信号を送る事すら、間に合わない。



「ちょっと目瞑って、しゃがんでな」



 こくりと少女が素直に頷いて、地面にしゃがむと同時。

 ゆっくりと、化物の視線が辺りを取り囲む坊主共に向いた。


 危機感は感じただろう。しかし、出来た事と言えば及び腰に後ずさっただけ。


 そして次の一瞬。

 強い風が塔の中を舐め上げ、全てが薙ぎ倒された。

 部屋中に散らばっていた坊主が、全員一撫でで壁に叩きつけられている。応戦どころか、気付く暇もない。


 しん、と急来した沈黙が一瞬で塔内を支配した。


 残っているのは、塔の天井付近まで跳んだラカンだけ。



「お、おいおいおいおいおいおいおい……」



 少女が化物に抱きついた。

 正気じゃない。よくあんな物に抱き着く気になるものだ。次に、化け物の顔がハリアの方を向く。


 化物はハリアに何かを言った。

 聞き取れない。ハリアの表情も見えないが、ややあってハリアは頷く。



 そのまま、ハリアは化物から離れた。驚いた事に助ける気も助けてもらう気もないらしい。



「なあ」



 最後に、化け物の顔がこちらを向いた。

 ピリピリとその視線が肌に痛い。



「さっさと来いよ、そこのハゲ」



 好戦的なその目が、満ちる事などほとんどないラカンの欲求をすべて満たして溢れだした。

 口元が上がり、ぼたりとよだれが垂れる。


「っはッハァ──!」


 とん、とラカンは跳ぶ。音もなく、階段から化け物と同じ階下に降り立った。

 化物の真正面だ。その目線が自分だけに注がれている事に、更に興奮する。



「強いなァ、あんた! それに臭ぇ! やっぱり浮いてるよ、こんな街からも」



 言葉の割に遠慮もせずに、ラカンは近づいた。

 ペタペタと、裸足で石畳を叩きながら。口の端が独りでに上がっていく。



「──俺なァ」



 初めて感じた怖気よりも、圧力よりも視線よりも、自分の心臓が一番主張が激しい事にラカンは気付いた。

 ああだって、これは今までに知らない感情だ。



「自分より強い敵と殺し合うのは初めてだァ──!」



 そう言って踏み出したラカンの最初の一歩で、殺意も魔力も身体も全て最高潮まで振り切った。

 まずは、迸るほどの開放感を、ラカンは感じる。

 目を見開く化物の動作さえ遅い。


 ずん、と化物の周りの空気が山のような重さを持って沈んだ。


 一瞬で化け物はその効果範囲内から出た。効いたのか、否。少女を思っての事だ。

 入り口近くに少女は置かれ、再び化物の視線がこちらを向く。


 少女を狙うべきか。

 ──また、否。意識を外せばその一瞬で首が無くなる。



 ならば、と、ラカンはまた移動した。

 化物の位置はそのまま。踏み込んだのはその懐の内。


 速さはこちらが勝っているようだ。ならば、込めたその一撃は決死である。


 それは、走る稲妻が彗星のような質量を持ったかの如き一撃。



「……は?」



──決まるとは思っていなかった。

 これを避けたのちに、勝負を決める為に備えていた手管は一つや二つではない。


 ただ。

 拳が入る直前に、もう一度全身に怖気が走り。

 それが。

 じっと化け物がこちらを目で追いながら観察しているからだと気付いた。


 どん、と拳が当たった瞬間、空気が揺れた。

 星の稲妻などと大袈裟な言葉は、比喩ではない。"速さ"も"重さ"も雷と星に近かった。


 しかし、化け物はその場に微動だにせず、言った。



「何言ってんだ、お前、馬鹿か」



 化物が立っていた場所に罅が広がっていたが、それも次第に修復されていく。

 後ろに少女がいる。

 つまり、衝撃を後ろに逃さないようにしてなお、顔色一つ変えずに受け止めたのだ。



「言っただろう。俺はお前を殺さないように言われてる。それはとてもとても大事な事らしい」



 言葉の内容は穏やかだ。 

 しかし、言葉の内容を信じるとするならばなぜ、化物は殺意を漲らせながらこちらを見下ろしているのか。



「だからお前、聞かれたらちゃんと言え」



 流石に呆れた。

 呆れて、完全に無防備だった。


 そんな事は構いもせずに、ぎちぎちとこれ見よがしに怒気を孕んだ拳を握りこんで、化物は言う。



「これは教育的指導だ、クソガキ」



 振り上げられた拳が、ラカンの頬に減り込み吹き飛ばした。




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