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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第二部
208/281

泥まみれと灰かぶり


 三日が経った。


 ルグルが言っていた決行の時期まであとどれくらいだろう。


 相変わらず町でのハルユキ神の噂の方は留まる事を知らず暴れまわっている。サヤに任せただけあっていい塩梅だ。

 ハルユキはというと、今日もまた午後は街を神の姿で練り歩き、午前は街の外でナノマシンの制御に打ち込むだけ。


 今も今とて、荒れ地に向けてナノマシンを解き放つ。さて集中するかと思ったところで、ハルユキの足元に影が差した。

 とん、と軽やかに着地する気配に振り向く。



「どうでしょうか? 練度の程は」

「ん、ああ、来たのか。忘れられたかと思ったよ」

「大丈夫ですよ。いくら主様が無計画で甲斐性のないへたれ野郎でも、私の愛は無限です」

「はいはい」



 紙の噂と共に、このナノマシンの制御もそろそろ天井が見えてきた。恐らく三日ぶりぐらいにそれを見たサヤが、感心した風に小さく頷いた。



「ナノマシン制御は本日にて修了で問題ないですね」

「まあ、元々パン作るだけが目標だったしな」



 今や対して意識する事もなく作れるようになった。なので、今やっているこれは蛇足だと言ってもいい。



「では、成果を」



 言われて、波打っていた砂の水を集束させる。

 要した時間は一秒半。天に伸び、地を広がり、町のはずれの荒野に巨大な迷宮を庭とする砂の城が出来上がった。



「お見事」

「もう一つ」



 ひょいと、小さな砂の一粒を持ち上げてサヤに向かって飛ばした。



「砂一粒まで制御可能。完璧ですね」

「いや」



 言って、ちょいちょいとサヤの手の中に収まった砂粒を指す。それをじっと眺めて、サヤは目を見開いた。



「これは、何と?」

「へたれ野郎より待遇改善を願う。ぜひに」

「あら嬉しい」



 直径一ミリほどの粒に文字を書いてみた。

 サヤは溜息を吐いてニコニコと本当にうれしそうに笑いながらそれをしまって口を開く。



「ここまでできれば、十分以上です」

「神様稼業だけになるのか?」

「神様稼業……?」

「……なんだよ」



 ルグルに正体をばらしてからというもの、神様稼業には拍車がかかっていた。

 例えばパンの応用で風邪薬を使って病を治してみたり、パンを作ってみたり



「出店で立ち食いをしたり、飲み比べをしてみたりと言ったあの行動の事ですか?」

「すいませんでした」



 押し潰された家を一瞬で建て直してみたり、パンを作ってみたり。

 何を勘違いしたのか入り込んでいた盗賊団を手も使わずに取り押さえてみたり、パンを作ってみたり。

 そのせいか、最近は街に出る度に声をかけられる。



「まあ、別に。親近感も悪くない方に作用しているし、寧ろ話題も広がったので由とします」



 は、と苦笑しながらサヤは肩を竦めた。



「それももう積極的に行う必要はないでしょう。忘れられる事もないでしょうし」



 もう手を翳す必要もない。

 少し意識を向けた程度で、城は崩れ去ってやはり一秒と半分ほどで元の荒れ地に戻った。

 何事もなかったかのように時折つむじ風が通っていく。



「いつまでもそのパンで誤魔化す訳にもいかんしなぁ」

「いえいえ。どちらにしろ、これだけでは我慢できないでしょう」

「そうか?」



 むしり、とパンを作って食べてみる。相変わらず美味いが。

 もぐもぐと咀嚼していると、サヤが困ったような笑みで小首をかしげた。



「都合が良い事に人間の欲は底なし。酒も女もケーキも芋も肉も。知っている物は全て欲しいものらしいですから」

「なるほど」



 肩を竦める。そうすると、会話の隙間を塗ったようなタイミングで、腰につけていた"とある物"から機械音が聞こえた。



「……無線、ですか?」

「直通のな。流石に携帯電話は死んでた」



 最初は何か魔法的な交信をする石をもらったのだが、あれはどうやら使用者の魔力を必要とするらしいので使えない。

 これからは連絡手段として世話になるかもしれない。

 無線を取り、スイッチを押す。ぴー、がががと定番の音。



『神様。ルグルが来たよ。事務所まで来て欲しいってさ』

「あいよ」

『ああ! エース。何だよそれ!』

『ちょっと貸してー!』



 向こうでどうも面倒そうな事が起きたようなのでそそくさと回線を切った。



「サヤ。あいつらは頼むな」

「仰せのままに」



 ここに来るのもこれが最後かと思うと到来する妙な感慨を感じながら、ハルユキは街に向かって跳ぶ。

 その直前、サヤが言った。



「主様」

「ん?」



 サヤが珍しく神妙な顔をしてこちらを見つめていた。

 短い付き合いではない。ふざけていない事は分かるつもりだった。足に込めていた力を抜いて体ごとサヤの方を向く。



「何か、お悩みでも?」



 何を言うかと思いきや、サヤは身構えているハルユキにそんな事を言った。

 ハルユキは拍子抜けして肩から力を抜き、首をかしげる。



「別に、なんでもない。つもりだけど」

「そうですか。すみません、要らぬ手間を掛けさせました」



 そう言ってサヤは恭しく腰を折った。



「しかし、何かあれば何なりと。いつでもお待ちしています」

「あ、ああ」



 手短に別れを告げて、跳躍する。 

 ハルユキの答えは嘘ではないつもりだが、サヤの言葉はなぜだか虚を突かれたような気分にさせた。





    ◆




「ルグル、入れ」



 言われた後、ひょろりと長いその体躯を縮ませてルグルはその幕張の中に入った。


 入った瞬間、先に集められて地べたに座り込んでいた人間達の目が一斉にルグルに向く。


 険が混じったもの。

 楽しげに眺めるもの。

 何かを期待するもの。


 それもそのはず。こんな狭い場所で、地べたに座っていると言えど、ここにいる人間は一人残らず何某かの長である人間だ。


 半ば無理やり、時には賭けの席で、時には誘いを出し、数年以上の時間をかけて、ルグルが統制した人間達。その中には、龍の襲来のせいでよその町からやって来た人間や、中には"街"の人間もいる。



「悪いな、通してくれ」



 様々な意味を込められた視線を、一つも見返す事もなくルグルは歩を進め、最初に入室の許可を出した老齢の男の前に胡坐をかいた。


 老人はこの町で今一番高齢の男。今の町では高齢者は生き残れない。立場的に議の長であるこの老人でさえ、もうあまり長くはない。


 もう寝ていなければいけない体だ。にもかかわらず、その広い人脈で全員を集めた理由は一つのみ。

 ひっひ、と目の前に座ったルグルが笑うと、車椅子に座った老人も性悪そうに口元を歪めた。



「さあ、ようやく死ねるぞ、爺」

「ああ。長かった……」



 感慨深くそう呟くと、老人の手が愛おしげに座ったボロボロの樹でできた車椅子を撫でた。



「──それで、どうする」



 空気を固まらせるような緊張感は突然に。

 老人は年を感じさせない鋭い視線をルグルに向けた。委縮しそうなほどに鋭いその視線を受けて、ルグルは楽しげに笑って見せる。


 部屋中のだれもが、ルグルの挙動に注目する中、そんな事を厭いもせずにルグルは挑戦的に口を開いた。



「もちろん、この国を奪い返す」


 

 誰も声は上げない。

 小さく息を呑んで、誰もが目を見開き緊張感に汗を浮かべるだけ。

 驚いた訳ではない。

 この場でこの男がその言葉を発した事が、もう引き返せない事を意味しているからこそだ。



「そうか」



 老人は神妙に言葉を返す。

 車椅子の肘置きにかけられた力は、興奮と怒りと、そしてまぎれもない恐怖によるもの。



「……しかしそれならば、お前は様々な事に答えなければならん。こんな状況だ。説明不足を攻めはせんが」



 詳しい事はルグルと、その近辺の数人しか知らない。

 そうでなければ話を進める事すらできない。裏切る事で身を立てられる仕組みで今のエルゼンは出来上がっている。



「あいつ等は強い。強いくせに群れてやがる。守りに入っても一部を奪還しても無駄だ」



 ルグルの顔から笑顔はもうない。



「だから殺す」



 猛禽類染みた目がぬらぬらと何かを見据えて鈍く光っている。



「一人残らず殺戮する」



 ルグルは知っている。

 あの畜生の群れの残虐さを強さを身に染みて、誰よりも。



「──渾身の力で。一息に。奴等を皆殺しに」



 言った。二度目だ。もう如何なる言い訳も通用しない。

 誰もが背中に冷たい汗をかき、荒げそうになる息を生唾ごと飲み込んだ。


 もう、あの男は引き返せない。自分たちもそうだ。既にここは分岐路の前。

 裏切ったならば──。

 その考え方が頭を過らなかった者はいない。しかし、誰もがその考えを頭から消していった。


 理由は二つ。

 あの畜生共が怖くない人間はここにはいない。しかしそれでも、この町の人間はルグルが怖かった。


 ルグルが、どれだけの時間と執念をかけているのか知っている。

 この男が、狡猾で意地が悪く粘着質のこの男が、裏切りと言う可能性を見据えていないとは思えない。


 その執念が、あの無感動な鷲の目がこちらを向くのが単純に恐ろしい。



「──そうだ、殺してやる」



 しかし、そんな事よりも何よりも。

 ルグルの執念と殺意に当てられて、自分の底の方に溜まっていた全く同じ物が熱をもったのだ。

 ふつり、と煮えて滾る。

 


「殺してやる!」



 そこに綺麗な物など既にない。

 この沸騰している憤怒の塊を、憎しみを執念を恨みを殺意を全て叩きつけなければ、二度とその下に埋もれた物は出てこない。



「あの獄卒共を、一人残らず殺してやるんだッ!!」



 最初にそれに追随し口にしたのは、若い男。

 恋人を浚われ、"きっちり半分だけ殺されて"贈り返された事で有名だ。

 しかし、珍しい話ですらない。"最初の日"程の大規模ではないものの、悪戯に誰かの大切な物が凌辱される事が日常だった。



「ああ、殺そう」



 ルグルはその殺意を静かに笑って肯定する。


 それは伝染していく。

 火よりも速く、炎よりも激しく。


 しかしその意志とは裏腹に、ルグルの声を最後にして殺意の乗った声は尻すぼみに消えていく。

 ただ目の奥だけが獣染みた色を残していて、空気の流入を待つ炎に似ていた。



「それで、具体的にはどうする」



 至って冷静に切り出した老人の目にすら静かな殺意が滾っている。

 それをルグルは受け止めて、真摯に見つめ返した。



「……さっきも言ったが、あいつ等相手に受け身は無駄、愚昧の極みだ」



 ルグルは腰を上げると、集まった面々を見渡した。



「この中にも、内通者がいるだろう。だからと言って信頼できる少数で部分的に取り返しても、駄目」



 だから、と。ルグルは楽しげな顔でもう一度辺りを見渡して、不敵に笑った。



「──これから一月、一時間以内に総力戦を行える態勢を維持し続けてもらう」



 先程とは別の意味で、場が凍った。ひくり、と老人の口元が痙攣気味に吊り上った。



「……おい、それでお前まさか」

「決行の知らせは、決行の一時間前。まあ心配するな、指示はあらかじめ渡す。開封は一時間前だがな」



 そう言って、静まり返る中、ルグルは懐から取り出した数通の封筒を持って楽しそうにヒッヒと笑った。








(滅茶苦茶言ってんなぁ……)


 怒りが爆発した、と言うよりは納得いかずに詰め寄る人間達で幕張の中は途端にごった返した。

 それを一番後ろの列でルグルの手下と一緒に眺めていたハルユキは、溜息を吐く。


 本当に滅茶苦茶だ。

 一月、己を鼓舞し命を懸ける緊張感を保ち続けろと言うのだ、作戦内容も自分の役割も知らないまま。気疲れなどと言う言葉では表せないほど難儀な物のはず。

 しかしまあ、そうしなければ出来ないと言うのならば、やるのだろう。


 そんな事よりも難しい事があるのだ。

 この面子で、ラカンやあのやけに練度の高い坊主の集団を相手にする事の方がよっぽどの無茶。

 それが、この場の人間にも分かっているせいか、その無茶を成し遂げるしかないと判っている。

 何より一つの無茶をこなしてしまえば、無理の一つや二つが怖くなくなるはずだ。



 エルゼンは税を搾り取る事で国の力を衰えさせ、更に人身売買や薬の蔓延が更に金の動きを誘導しているらしい。

 これは恐らくラカンの下の更に下。


 ラカンに寝返った人間達の施政であろう。

 十三年前のその時に何らかの罪を犯した人間ばかりだ。本気で保身に走れば、戦闘を交えずに突き崩すのは難しい。


 "巣"は数年前から事実上エルゼンから切り離された。申し訳程度に教会を支所として扱っている程度。

 対して"街"は密告、連座、武力所持の禁止、集会・信仰の禁止など雁字搦めだ。

 つまり戦力を蓄えるには、この地しかない。"巣"の底で泥と腐肉に塗れながら息を顰めて満を持す他にないのだ。



(大変だね……)



 ハルユキはもう一度溜息を吐いた。

 そんなものさっさと行って殺してしまえばいいじゃないか、と思ってしまうハルユキには流石に共感は出来ない。

 と言うよりどこか、疎外感だとか白けた感情が先に来ている。



「あー、もういい。この悪タレが」



 苦笑交じりに、部屋の奥にいた老人が舌打ち混じりに言った。



「それより、さっさと出せ。隠し玉も無しにこんな無理難題をこなす心算じゃあるまいて」

「ああ、それもあったな」



 呼ばれるらしい。

 何の動作も無しに、皆の視線が集まる老人とルグルの間に、空中から突然白い布が現れ広がりひらりと落ちる。


 呆気にとられる人間の視界に入らずその中に移動するのはさほど難しくはない。


 入口から壁、そして三角跳びの要領で舞台の上のシーツの下に。

 移動した際に起こった突風も、演出になるだろう。


 落ちてきたシーツを纏い顔に仮面を嵌めて、言葉を忘れて呆ける群衆の顔をゆっくりと眺めた。



「どうも。お初御目にかかります」



 騒然とする一同を前に、ハルユキは慣れない仕草で一礼した。

 静かになったのも一瞬だけ。

 すぐに歓声を上げてやんややんやと色めき出した人間達。


 それを見て、ハルユキはどこか他人事のように冷めた溜息を吐く。



(ん……?)



 ふと、ルグルの姿が仮面の隙間から見えた。

 ルグルだけが、こちらを見ていない。

 もう入ってくる人間はいないだろうに、その顔はじっと入口を見つめている。





   ◆





 かしゃん、と腰に差した四本の剣が鳴った。 


 とは言っても、例の折れた剣が混じっている。

 捨ててきても良かった。元々騎士の死体から奪ったのだから、あった場所に戻すだけだ。

 その選択肢を意識しながら森に向かったわけだが、結局は腰にぶら下げて帰ってきている。


 短く息を吐いて、手の平で包むように、剣の柄頭を優しくなでて顔をしかめた。


 気持ち悪い。

 何もかもが胸焼けを誘発しているようだ。


 ノロノロとした足取りで、リィラは街の下でひっそりと伸びている地下通路を歩いていく。

 整備したお蔭で明かりもあるし、今日──と言うよりこの頃は全く龍が襲ってこないので、首も持っておらずあまり苦はない。


 やがて、いつもの場所に辿り着いた。

 教会の出口よりずっと前。というより、子供達が間違って入り込んでは危険なのでもうあそこは塞いでしまった。


 天井を押し上げると古い木の扉が軋んで、埃が降ってきた。

 いつもの事だ。気にせず、外によじ登った。たまたま抉れて出来ていた陰の中に出る。

 外気が肺に入る。

 それなのに、埃っぽさとカビ臭さはむしろ増したようにも思えた。



(臭い……)



 僅かに眉を寄せ、体の埃を適当に払って、リィラは帰路に付いた。 


 最初はいつも通り、最下層の住人がいる。

 住人達はリィラが通ると、まずは見て、驚き、怯え、逃げ去って、しかし何かを狙って崩れかけた家屋の隙間からこちらを覗く。

 そしてリィラもまた、逃げるように目を逸らし、足を速めた。


 街並みがまだ見られるものになってきて、リィラは小さく息を吐き、振り返った。


 汚い。気持ち悪い。何もかもに価値がなく、色彩がない。

 灰色の街並みだけがそこにあった。


 やがてあの町の住人は外に逃げようとするだろう。

 あの穴は何もリィラだけが使っている物ではない。

 何かを求めて外に逃げ、そして外が龍のおかげで危険だと知り、だからと言って地獄に戻るのも躊躇われ、やがて崖の上に群れを成す"第四層"の一員に加わる。


 ハリアのあの町中を観測した占いもどきが、外の人間も含めて言っているのかは知らない。

 ただ、間違いなく自分が動いて初めて外の人間達は無事でいられているはずだ。


 だから、これは善行で。

 忙しくて、大変で、仕方ない事なのだ。


 でも、なんでこんな事をしているのか時々わからなくなる。

 率直に言って、馬鹿みたいだと。


 一日の終わりに疲れしか残らない。幸福感も充実感もない。

 

 何となく、自分の手の中を覗き込んだ。

 灰色だ。色はない。自分とこの無色な町との境界線など見つけられなかった。



(……疲れたな)



 龍の相手をしていないのに、何故か体はいつもより重い。

 Y字路を曲がり、鉄柵を開けるとふとまた体に加わる重みを感じた。


 すっかり日が沈んだ夜の闇がのしかかってくるように感じたのか。

 それとも、もう誰もいないこの教会いえにも、気を抜く事が出来る何かが残っているのか。



「あれ?」



 入口の扉の隙間から光が漏れていた。



「シータ……?」



 時々、食事が置いてあった。

 いつも家を空けているせいか、実際に用意している場所を見た事はないが、他に見当がつかない。

 いや、もしかしたら別の顔も、と多分そう思っていたと思う。


 お腹も空いた。もう2日も何も食べていない。


 蒸かした芋と刻んだベーコン。それを焼いたパンに挟んだサンドイッチの香ばしい匂いが何となく思い出される。

 ああそれと、根野菜をこれでもかと言うほどに煮込んだスープの薄味な香りも。


 それを自覚すると、更に体は疲れを訴え始めた。


 心なしか早足で扉に近づき、開け放つ。



「シータ?」



 せわしなく見渡した教会の中は、酷く静かだった。

 オレンジ色の光で一杯のはずの聖堂は、何故か肌寒い空気が充満していて、ゆらゆらと、風もないのに蝋燭の炎が身を震わせている。



「よう」

「え──?」



 そして、整列している長椅子の中途半端な場所に何かがいた。

 こちらを振り返ったその顔を見て、大きく一度、心臓が脈を打つ。


 その声も、その顔も間違いない。見間違うはずもない。



「十三年ぶりだなぁ、リィラ」

「あ、え……?」



 ゆっくりとその男は立ち上がった。

 薄く笑みを保ったまま、こちらにゆっくりと近づいてくる。


 ぱたんと、まるで後ずさろうとしたリィラを察知したかのように背後で扉が閉まった。

 


「な、んで……」



 老いも衰えも知らないとでもいうように、その表情は若々しく。

 にぃ、と妖しくラカンは目を細めた。




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