退屈の終わり
一面が灰色だった。
大地は争いと死で、空気は爆煙と硝煙で、風は腐った匂いで、そして、心は絶望で。本当に何もかもが灰色で色彩を失っている。
そこに命は存在しなかった。すべては灰色に浸食されて息をしていない。──たった一つ、静かにたたずむ、どんな灰色よりもくすんだ鈍色をのぞいて。
それはどんなに色あせていても、しっかりと血が通っていて、ありふれた人の形をしていて。
そばには無造作に捨てられた無骨な剣が一本。
その剣を掴んでいたはずの手は硬く堅く握りしめられて、拳となったそれは向け先を見失っている。
◆ ◆ ◆
―――夢を、見ていたようだ。
過去の夢だったが、今更何も感じることはなく、無意識の中に消し去った。そしていつものようにけだるげに目を開ける。軽く周りを見渡したあと、日本人らしい黒髪の上から頭を掻きむしった。
は、と仰向けに寝転がったまま短く息をつく。そしていつもと同じように思考を巡らせる。たいして意味はないがもう習慣だ。
果たして、ここに閉じ込められてどのくらいの時が経ったのだろう、と。
何日では単位が足りない。月でも年でもまだ足りない。何世紀というレベルの時間をここで過ごしたのではないだろうか。
寝起きで何もしたくない気分だが、じっとしていると孤独と退屈で気が狂いそうになる。仕方なしにベッドから身を起こし、頭を振って眠気と狂気を追い出した。
部屋の後ろのほうに永久灯がひっそりとささやかに部屋を照らしている。10メートル四方のこの部屋を照らすには十分すぎる光量だ。
軽く首を鳴らして凝った体を解すが、何をするにしても離れない思考が邪魔をする。
全く。
自分はなぜこんなところに閉じ込められているのか、と。実にふざけたことに、ここにいる理由も経緯も俺には分からないのだ。
目を覚ますといつの間にかここにいた。最後の記憶は兄の実験のモルモットにされて、それから一体どうなったのか、俺の記憶はそこでぷつりと綺麗に途切れている。
俺の身体の調整のためだと言いながら、好奇心に満ちた目でマシンを操作しているのを見て不安に駆られたことだけは、はっきりと覚えている。あの実験で何か不具合でもあったのだろうか。
まぁ、このことをいくら考えても答えが出ないことは分かり切っている。これまで何十、何百と思索してきたのだ。今更、わかるはずもない。
そこで思考を打ち切り、次の眠気をまつ…事もできず、何か暇をつぶせるものはないかと部屋の中を見回すが、昨日と変わったものは当然見つからない。
こんな狭い部屋に新しい何かを与えてくれるものなどあるはずがない。そんなことは分かっているが、何かしていないと不変の日常が作る狂気が俺を狂わせようと襲ってくる。一人で奇行に走るのも好い加減に飽きてしまった。
何度見てみても、何もない。しょうがないのでベッドから身体を離し、いつもの様に体を動かすことにする。この部屋では汗もかくことができないが、動いていると汗の代わりに狂気が落ちていくのを感じられた。
一心不乱にやっていると自分と世界の境界が曖昧になっていく感覚に襲われる。そんな時には気味の悪い陰気も襲ってこない。
――さて、どれくらいやっていただろうか。
集中しすぎると、時間の感覚まで曖昧になってしまう。体の疲労具合からして9~10時間ぐらいだろう。さすがに腕もだるくなってきたので、今日はここでやめることにした。
ベッドに転がり、またぼんやりと時を過ごす。身体能力は前とは比べられないほど上がったと思う。以前より体力も腕力も格段に上がった。成長してきたのはうれしいが、競い合う相手もいないので少々張り合いがない。
しかし、別に気にすることもないのだろう。
ここでの行動のすべては、次の眠気が来るまでの暇つぶしだ。何一つとして意味のあることじゃない。俺の知っている世界などもう確実に消え去ってしまっている。ここで外の世界に思いを馳せる事ほど、意味のないことはない。
それはもういい加減学習した。しかし、どうしても諦めきれない思いはある。と言うより舌を噛み切って死んでいない時点で一欠けらも諦めていないのだろう。
だからこそ、こんなどうしようもない気分になってしまう。
自然と意味もなく口の端が吊り上がる。それは自嘲気味の笑みだったが、楽しくないのに一人で笑っている自分を俯瞰して狂いそうになる。今の自分は既に狂っているのではないか。いや、狂い直してまともになっているのかもしれない。
自分の考えの馬鹿加減に好い加減辟易しながら、体から力を抜く。また底の底方から狂気が首をもたげるが、眠気のほうが先に到着したようだ。意識が黒く濁っていき、瞼が重くなる。
とにもかくにも、今日もいつも通りに終わった。
──そう思った矢先。
男の運命を捻じ曲げる偶然は。
「い、やあああああーーーーーー!!」
奇声を上げて上から落ちてきたのだ。