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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第二部
198/281

その後

ストックオワタ\(^o^)/



 朝、目を覚まして、昨日このボロ家に泊まった事を思い出すのに十秒程が必要だった。


 ぼーっと半分だけ朝日を映した黴色の壁を眺めていると、昨日の出来事もじわじわと頭に蘇ってくる。

 クイーン達を連れ戻して、ここに戻って、そして明日の事は明日考えようと、寝た。


「……どう、すっかなあ」


 明日考えようとは言ったが、日にちが変わっても残念ながら革新的なアイデアは生まれなかった。

 あいつらの生きた痕跡を探してサヤと一緒に旅に出るとしても、あまりに無計画で、無鉄砲だ。それに情報に関しては、一個人では集められる限界がある。


 ならばこの町に残るか。

 だが、それも何だかいい考えだとは思えない。

 リィラはクイーンを助けに行った事を咎めるだろうし、それにだからと言ってこの家に住み続けるのも嫌だ。


 ぼりぼりと頭を掻いて、投げやりな視線を窓の外に向けた。

 まだ朝日が昇ったばかり。しかし貧乏に暇はないのか、昼間のそれには劣りながらも、窓の外ではすでに雑然とした喧騒が戻っている。

 騒がしいと言えば騒がしいが、嫌いではない。

 


「……じゃあ、しょうがないか」



 そんな気軽さで、ハルユキは決めた。

 それを、寝ぼけ頭で、こんな廃屋のような家屋で、人知れず決めたのだ。


「ん?」


 そして、決めたのも束の間、ならば動こうと立ち上がろうとして、ハルユキは階下から聞こえてくる何かの物音に気が付いた。

 軽快なダンスの様な音。その音の正体に見当が付き、ここが三階だという事も続けて思い出す。


 起き上って毛布を消し、あまりにも頼りない階段を慎重に下りたその先に、案の定エースとビィトがいた。


 湿気って黴が生えた壁に、邪魔になった家具を押し付けて無理やり作った広い空間で、二人は忙しなく動き回る。

 家具をどけたのと、ここが二階だという事で、ほぼくり抜いただけのような窓から、この町には似合わない清涼な風が吹いていた。


 くあ、とあくびを一つ。

 階段の一番下に腰を下ろし、組み手をしているらしい二人を眺める事にした。


「ちっ……!」


 ややビィトが劣勢。しかしまあ、やはり実力は伯仲しているようだ。

 自分を動かすのは容易いらしく、エースは自分を念動力で動かして機動力を挙げているようだ。対してビィトは魔法を使っていない。ならば、まだ形勢は変わっていくだろう。

 エースのあびせ蹴りを、ビィトが落ち着いて見極めた。

 逞しくも、昨日の事で落ち込んでいるような事はないらしい。


「……ん?」


 何となくもう少し視線を周りに巡らせると、既に柱の陰に隠れてこちらを警戒するジャックを見つけた。

 瞬間、びくりと肩を跳ねさせたジャックに苦笑する。昨夜は色々あったが、あれしきで警戒は解いてくれないらしい。


「お、おい」


 と思った矢先。再び取っ組み合うエースとビィトを眺めていたハルユキに、ジャックが声をかけてきた。

 今度はこちらが少し驚き、視線を向ける。やはりまた、ジャックは肩を跳ねさせた。


「おっ、お前、あれからどうしたんだ」

「……お前が助けろって言ったんだろが」

「……そうか」


 思えば、ジャックは場所を教えた後に気を失ってそれからずっと眠っていたのだ。気が付けばここにいただけだ。

 まだ、ハルユキが助けた事に半信半疑なのだろう。しかしまあ、言えば、分かってくれるようだ。手柄を振りかざすようで少し気が引けたが。

 

「あ、ありがとう」

「あ? あ、ああ。どういたしまして」


 戸惑いながらもハルユキも返事を返した。

 これなら、少しぐらいは慣れたと思っていいのだろうか。言われればそう思わなくもないという程度に距離は縮まっているようにも思えた。

 まあ、どうでもいいが。


「あ、神様。起きたんだね」

「よし」


 声を出したせいかエースとビィトがこちらに気付いたようだ。何かを示し合わすように頷き合う。

 嫌な予感も一瞬。

 二人がこちらに突っ込んできた。あからさまに顔をしかめてから、ビィトの拳を受け止め、エースの踵を首を傾げてかわす。


「こっちは寝起きだぞ……」

「いいじゃない、どうせ神様暇だろ?」

「……まあ、勝手にしろ」


 やれ、とハルユキを腰を上げると同時に再び今度は両側から二人の拳が迫る。それを軽く弾いて顔を洗いに行こうとするが、ふと思う。顔洗う所がない。


「それどころか水がねぇじゃねぇかこの野郎!」


 助けて、家を見つけたはいいが、結論から言えば再び路頭に迷っただけのこの状況に対する怒りを拳に乗せて。


「うわっ!」

「いきなり張りきんな!」


 思い切り振りかぶって振り抜いた拳を半ば吹き飛ばされながら二人はそれを避けて、口に笑みを携え、それを皮切りにそれぞれの能力を纏わせ始める。


「あー、じゃあもういいよ。ほら、かかって来いチビ共」


 とは言っても、もうあちらは戦闘を始めているのだ。言葉が終らないうちに既に拳が迫っている。





「──で、全壊したと」

「全壊したな」


 ものの三分で崩壊を始めた家屋が更に倒壊していく光景を三人で為すすべもなく眺めていると、朝食を買って来たらしいサヤが呆れた調子で言った。


「どうして、貴方はそう無計画なんですか? ねえ、頭蓋骨の中に脳の以外に一体何を持ち歩いているんですか? ねえ主?」

「……ごめんなさい」


 藻屑となった家の欠片を見上げる。そして元々支え合う形で建っていたせいで引き摺られるように今にも倒壊しそうな周りの建物が四つ。いや五つ。

 ここはどちらかと言えば、"巣"の中でも下の方。遠巻きにこちらを眺める視線はあるが、それらは姿を見せることもしない。


「それで、この辺に転がっている人達は?」


 次に議題は、傍らで山となっているチンピラ達に移った。むしろそちらの方に注目は集まっている。


「いちゃもん付けてきたチンピラ。エースとビィトがぶっ飛ばした。だから俺は悪くない」

「うわっ、最っ低! 最初に手を出したの神様だろ!」

「このカス」

「カス!?」

「……どうするんですか、これ」


 足元に転げっていた家の破片を拾い上げて眺めていると、肩越しに差しだされたライ麦のパンを受け取って齧る。


 さて、どうしよう。

 今更嫌な汗が背中に滲む。

 見ればエースとビィトは流石の無神経さで笑いながらそれを眺めているが、クイーンは不安そうにそれを見上げている。

 教会には帰れないのだ。家を失うのがやはり怖いのだろう。


「……見てろ。面白いもん見せてやる」


 クイーンの頭を小突いて、瓦礫に手をかざして目を瞑る。

 カチカチカチ、とナノマシンの中に登録された品が頭の中を通過していく。


(莫大過ぎるな……)


 種類も、大きさも。とてつもない数の登録品がある。

 莫大な情報の中で、ある程度の想像をすると何百分の一に絞られ、更にまた詳しく絞る。

 すると、やはりあった。


「──……」


 かなりの大容量だ。じくりと脳に負荷がかかる。

 ここまで来ると、穴の中に手を突っ込んで、小指に飛かかった岩を引きずり出すような感覚だ。

 しかし、着実にそれに応えるように木の破片が一つまた一つと宙に浮き、溶けていく。それがまた一つに戻るまでにかかった時間は数秒だ。


「……いい加減、一々驚くのにも飽きてきたな」

「これが思考停止って奴だね」

「いや、むしろ俺がびっくり」

「これが……」


 出来上がったのは周りの建物を支える高い壁と、そして一軒の家。しかし文明など進んでいないこの世界であまりに浮いた景観の、モデルハウス。三階建て。


「主が仰っていた、ナノマシンですか……」

「ああ。まあ、あるのは知ってたんだがな。何か浮いて嫌なんだよねこれ」


 別にモダンなデザインが嫌な訳ではない。しかし流石に周りの雰囲気には合わなすぎるのだ。

 それでも子供達にはただただ斬新なものに映ったらしく、既に室内に突入していった。


 チタン合金製の扉を開くと、フローリングの廊下が続いている。

 電機はさすがにないので、定期的に自家発電機を精製する必要はあるだろうが、まあ今それはいい。土足で踏み入った子供をとっちめようと、ハルユキも靴を脱ごうとした瞬間。


 背後で、コンコンと慎ましいノックの音が聞こえた。


「よお先生。立派な家だな」


 見れば、開いた扉に寄りかかって鷲目がこちらを覗いていた。



   ◆



「いや、一応ね。俺この辺り仕切ってるから」

「え? ここ駄目なの?」

「いや、駄目じゃないんだが、街壊すなや」

「……そ、そりゃそうだ」


 情緒がない程に柔らかいソファに座りながら、ルグルの叱りを受けハルユキは気まずそうに言葉を濁した。

 部屋の中には俺とルグルとサヤとエースとビィトとジャックとクイーン。そして、未だ眠り続けているあのスライムもどきになった少年だ。

 サヤが淹れた紅茶をちびちびと飲んでいると、ハルユキを睨んだままルグルの顔付きが変わった。本題らしい。


「派手に暴れたんだってな」

「……もう、顔まで割れてんのか」

「俺にだけさ。わざわざガキ共の面倒をまだ見てんのは報復を警戒してだろ? 安心して良い」

「いや、別に、そう言う訳でも、ないんだが」


 一緒にいたのは、別に急いで別れる必要もなかっただけだ。

 それはともかく、"街"の一角が襲われて半壊したという事実自体は知れ渡っているはずだ。そしてあの小坊主どもが普通の人間ではない事も気にかかる。

 簡単に事情を話し、疑問を挙げてみる。


「……あいつら何者だ?」

「待て。その前にその小坊主どもは何人だ? 捕まえたんだろ? 今どこにいる?」

「……死んだよ。その事でも聞きたい事がある」


 あの男達は死んだ。

 拘束してまもなく、正確にはクイーンが治療を施している最中に、死んだ。それも、サヤが見張っている最中に、だ。


「サヤ」

「はい」


 言うと、サヤがハルユキの背後で一歩前に出た。

 サヤの姿にルグルは訝しげにこちらに目を向けるが目だけで頷くと、サヤに視線を戻す。


「彼等は、五人。まずはどの人間も限りなく同じような顔をしていた事。そして、その五人の死に方について、少し説明をしていただきたく存じます」


 死に方。

 どう考えても異常なその死に方は、サヤの対処すら許さなかった。原因すら分からないそれは、ハルユキとサヤには理解もつかない『魔法』の領域に違いないだろう。


「心臓が、消えていた。ね」


 切開痕もなく、肋骨に罅すら入れず。ただ一瞬で心臓だけが消えていた。

 どうしようもなく、ほとんど苦しむ事もなく数秒で男達は死んだ。


 ルグルに聞いたのは、どうやら当たりだ。

 驚きはしているものの、困惑も何かを思考する事もしていない。一つの可能性に行き着き、そして確信している顔だ。


「……心当たりはあるが、そうだな。説明すると長い話、と言うよりこの間先生に突っぱねられたあの話。あの説明をする事になる。それに少し整理もしたい。数日くれ」


 言うとルグルはあの酒場の名前と時刻を指定して、それでも聞きたければ来てくれとそう告げた。


「しかし、あの坊主共を五人手取るとはやっぱりすげぇな先生。やっぱり俺と一緒に国盗ろうぜ」


 聞きたい事は終わったのか、社交辞令とばかりにルグルはそんな事を言った。呆れて苦笑しながら、言葉を返す。


「嫌だよ。それに一人はほとんどそこの二人が倒してたんだ。大したことじゃない」

「へえ、二人で。そりゃすげえな」


 本当に感心したんだろう。見開いた目でルグルは部屋の隅の壁にもたれて立っていた二人を見渡した。


「ああ、エースと、ビィトだろお前等。知ってるぜ。よく聞いてる。とんだクソガキ共だってな」

「な、なんて的確な言葉なんだ。おいお前等お礼言っといた方が良いぞ」

「あれ、ケンカ売られてる?」

「売られてるな」


 二人に額に青筋が浮かぶが、流石に家を一軒潰した後のせいか飛びかかって来る事はないようだ。


「この国盗るんだって? それも聞いてるが、五年後たぁえらく悠長だな」

「へえ?」

「あと一か月」


 楽しげにルグルは告げた。


「一か月後、俺はこの国を削り取りにかかる」


 しん、と部屋の中が静かになった。

 ルグルの視線は二人の方を向いていて、二人の目からも真剣み以外の全てが抜け落ちる。

 その言葉を聞いた二人の反応は果たしてルグルの眼鏡に適ったのか、ルグルの目が意地汚くねじ曲がった。


「別に、俺等は国が欲しい訳じゃない。必要だからやるだけだ」

「必要にならないように、頑張ってよ」

「いやはや、将来有望だなお前ら。何ならどうだ、ちょっと手伝ってみるか?」


 あの坊主は強かった。

 ハルユキの体が強くなりすぎていたせいで決着は一瞬だったが、どいつもこいつも極限まで鍛え上げられた技と体は人間の限界を超えていた程。

 それを二人がかりと言えど倒せるのか、とルグルは興味が出来たらしい。


 話し込み始めた三人に加わる気も起きず、ソファに背中を預けて天井を仰いだ。


「主、彼が……」


 ひょい、と上からサヤが覗きこんできた。銀色の髪が頬に触れる。綺麗だ。


「起きたか」


 スライムの君が寝ているのはすぐ横にあるソファの上だ。視線を下げれば、頭を抑えながら上体を起こしていた。

 クイーンが駆け寄る。上手く行ったとは言っても不安だったのだろう。


「大丈夫か」

「ここ、は……?」


 ある程度の自己紹介と状況説枚を済ませると、少年はまた糸が切れたように眠りに付いた。


「そいつ、"街"の奴だろ? ついでに家まで送って行ってもいいぞ、先生?」

「ああ、よろしく頼む」

「何か僕等も誘われたからちょっと話聞いてくる」

「ああ」


 ビィトがスライムの君を担いでぞろぞろと家を出ていった。

──いや、そう思った瞬間、ひょこりとルグルが顔を出した。今日一番真剣でその表情には剣呑さすら混じっている。


「気ィ付けろよ」

「何の話だ」

「全員死んだってんなら、あんたやこの糞ガキ二人は大丈夫だろうが。関わった奴等はどうしても素性が知れてる」


 わざわざ婉曲された言葉をハルユキは理解する事ができた。

 要は昨日の夜、"招待されていた者"は敵に素性が知れていて、そして恐らく封じ込められた昨日の事の顛末を知りたがると、そういう事。


 こちらが理解していることを確認して、ルグルは今度こそエースとビィトを連れて出て行った。


 ふ、と僅かに緊張を孕んでいた空気を息で吹いて、弛緩させる。


「主」


 それを見計らって、サヤがハルユキの耳に口を寄せた。


「話があります。どこか広い所に」


 いつもの悪戯っぽい口調ではない。その表情を確認した後ハルユキは小さく頷いた。


「クイーンは、そうだな。一緒に来い。いいかサヤ」

「構いません」

「んでジャック。お前は教会に帰れ」


 びくり、と律義に肩を揺らした後、しかし、ぐっと表情を固くして言った。


「……い、嫌だ」

「うるせえ。行け」


 玄関まで引き摺って行って外に蹴りだすと、例の如くぎゃあぎゃあと叫び通した後、涙目でこちらを一睨みして、物凄い速さで走り去っていった。


「じゃ、行くぞ」

「うわっ」


 去って行ったジャックを複雑そうな表情で眺めていたクイーンを引っ掴んで小脇に抱える。


「我は一人で歩ける!」

「とろいんだよ。て言うかいい加減その妙な一人称止めろ。背中がむずむずするわ」

「黙れっ──ひぃっ!!」


 まずは屋根に移り、サヤも問題なく付いてくる事を確認して、崖の外まで跳んだ。




   ◆




「ぎゃあああああああああああああああ!!」


 関所のはるか上を飛び越えて、崖の周りに屯した人間達が見えない程遠くでハルユキは移動を止めた。

 懐で荒く息を吐くクイーンを下した所で、サヤも到着した。広大な荒れ地は、草木一本見受けられず、薄く雲が張った空も何となく殺風景を手伝っている。


「付いていけませんね。今度は私も抱えてください」

「いいから、何だよ用は」

「あら冷たい」


 そう言うと、サヤは目の前に手平を見せて手を差し出した。

 握って下さいと言うのでそれに従う。何やら一ボケ来そうな雰囲気だったが、ハルユキの顔を見て一つ咳払いをするとサヤは繋いだ手に集中しだした。

 機械としての機能を用いているのだろう、表情が消える。こんな時だけはこの女がプログラムだという事を実感する。

 数秒と経たず、サヤは顔を上げた。


「成程。私の中にあるナノマシンとは少し違うようですね」

「お前の? ナノマシンなんかあるのか?」

「ええ。そうでなければ鞘から人の姿になどなれないでしょう」

「そういう理屈だったのね……」


 知らなかったのか、とサヤは呆れながら続ける。


「私に内蔵された物では、あらかじめ決められた物の再構築しか出来ません。そしてその種類も極めて限定的です」

「じゃあ、この疑似神経ってのが……?」

「ええ、中々に洒落ていますよ」


 便利だからという理由で何気なく使って来たが、サヤのように少しでも当時の知識がある者からしたらこれはとんでもない物なのかもしれない。


「主、どの程度までその疑似神経を操れますか?」

「範囲か?」


 ナノマシンを巡らせるイメージで目前の地面に文字通り神経を巡らせていく。

 感覚的には細かい木の枝がものすごいスピードで根を張っていくイメージ。


「──……」


 持ちあがれ、と念じると地面が揺れ出した。

 ゆっくりしかし確かに持ち上がって行く。不規則に端からザラザラと落としながらいくつもの地層が露わになっていく。

 その範囲はおおよそサッカー場一つ分ぐらいか。


「このぐらいだな」

「なるほど。では最小ではどのぐらいでしょうか」

「さ、最小……?」


 言われて、戸惑いながらも同じように試みてみると、今度は拳大の地面の塊が出来上がった。


「なるほど」


 それを見て思慮深気に呟くと、サヤは顎に手を当てて考え出した。思考は数秒ほど。またサヤは顔を上げる。


「今度は出来る深く、幅は一メートル四方ほどで」

「はいよ」


 指定された通りに、ズリズリと地層を持ち上げ、そして深い穴を作ると、サヤが躊躇いもなくその中に飛び込んだ。

 クイーンは小さく悲鳴を上げるが、これぐらいでは怪我一つしないだろう。


 三十秒ほどで軽快に壁を蹴る音が聞こえたかと思うと、土埃一つないメイド姿が戻ってきた。


「見てください」

「何だこれ?」

「この地に動植物が繁栄していない原因です」


 白魚の様な指の先に乗ってそれを汚しているのは、何やら黒い塊。触ってみると土と油を混ぜ合わせたような感触がした。


「泥炭層です。石油の前駆体のようなものだと考えてください」

「石油?」

「はい。恐らく地中に微生物が少ないのでしょう。分解されず腐食し、沈殿したのかと」

「それで?」

「放っておけば、砂漠化が行く末かと」


 言って、サヤは手に付いた泥を落とした。なるほど。草木一つないとは言え、まるで資源がないという訳ではないらしい。


「しかし。多分これは大して必要とされないだろうな」


 ぴく、とサヤの眉が不審げに揺れる。


「何故でしょう?」

「そうだな。俺も詳しくはないんだが……。ああ、そうだクイーン。ちょっと」

「な、なんなんだ……」


 目の前で繰り返される常識外れに少し身を引いていたクイーンが、言われて恐る恐る寄って来る。


「魔法の事なんだが……」


 しゃがんで、魔法の事を確認する。

 漏れなく全員が魔法を使える事。そのほとんどは『火』『水』『風』『土』の能力を持っているという事。その二つを確認がてらサヤにも教えた。


「……つまり、エネルギーと水資源に困る事はないと。なんと羨ましい」

「地盤とかも直せるらしいからな。土地も最大限に使えるだろ」

「……エルゼンの土地は、あれだけの大規模になると統率してやる必要がありますが」

「国内が荒れ過ぎてて無理、と」


 三人で円になって座り込み、その辺に転がっていた棒でガリガリと分かっている事を書き込んでいく。

 エルゼンは今の所国交と呼べるものはほとんど結んでいないらしい。

 ただ、食料品、衣料品などは法外な値で売れる為、外から入って来る事は多いらしい。また"四層"の人間の収入源もそれを出来るだけ効率よく横流しする事だとか。

 エルゼンの他の村や町は、早々に見放されドラゴンの餌食だそうで、それもこの町の人口増加に一役買っている。


「……聞けば聞くほど、まともな政治じゃありませんか」

「ああ。そもそも長続きさせようともしてないな、多分」


ガリガリとエルゼンと書かれた場所を下線で強調する。


「前からこんなだったのか? クイーン」

「い、いや、前はそうじゃなかったらしい。我は生まれてないからわからないけど」

「うーん……」


 がりがりと色んな事を書き連ねては、消していく。

 日本語だ。クイーンは文字が判らないのだろう、目を白黒させるばかり。まあ目的が判っても同じ顔をすると思うが。


「……そういや、話って何だ? サヤ」


 思考に詰まりサヤに話題を投げる。隣に慎ましく座って同じく思案していたサヤが顔を上げた。


「ええ。そのナノマシンの事なんですが、もっと使えると思うのです」


 集中力があれば、とサヤは笑う。


「練習してみませんか? とりあえず出来る事を増やしておきましょう。いわゆる修行編と言うヤツです」

「……何か役に立つか? それ」

「何を今さら、」


 サヤは呆れたように笑った。


「この国を取るのでしょう?」

「あ、分かる?」


 くくく、とわざとらしく笑うと、ハルユキはエルゼンの文字の上に大きく×を書いた。


  


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