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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
176/281

星は堕ちる




 ぱらぱらと土埃が舞っていた。

 七色の光はこれ以上何かを壊す事こそなかったが、それでもこれまでの大暴れが祟ったのか部屋は今にも崩れ落ちそうだ。

 その部屋の中心で、フェンはぺたりと座り込んでいた。魔力も体力も底を付いた事を悟って、じっと何を考えるでもなく無表情で余韻を噛み締める。


 ぱちぱちぱち。


 するとフェンの耳にそんな音が届いた。

 平常な壁と地面がない部屋に妙な響かせ方をする、慎ましい拍手の音。

 わざわざ見なくとも誰が目の前に立っていて、そしてどんな表情をしているかもフェンには判った。

 

「──素晴らしい」


 そして出て来た言葉もおおよそ予想通り。

 地面を見つめたままのフェンのつむじに集まっていたレオの目線が、ゆっくりとフェンの腕に移動するのを感じた。

 『混』の文字が刻んであったはずのその場所には、今は別の文字が刻んである。

 『虹』と。分かりやすく、そう刻まれてあった。


「上位互換か。火水土風以外の物は初めて見るけど。いやそもそも聞いた事すらないけれど、ただ確かに存在した。凄いな、希少なんてレベルの問題じゃない」


 身振り手振りを交えてレオは大げさに語り謳う。

 しかし、話す言葉と裏腹に耳に届くその音は驚くほど熱が篭っていない。


「良かった。本当に良かった。実は行き詰っててね。クローン技術を織り交ぜて精度を上げるのは良いんだけどどうにも頭打ちで。ああ、これが見れただけで今回は収穫があった。──だからさ」


 フェンの視界に、その顔が入り込んだ。屈んでいる。なぜだかこの人が自分の視線を合わせたのが不思議だった。


「立ちなさい」


 差し出されたのは、やっぱり小さな手。


「僕が、君を人間にしてあげる」


 そして、言い放たれたのはあまりに的外れな言葉。


「……貴方は」


 だから、返すのは手でもなく好き言葉でもなく、ましてや笑顔でもない。


「貴方は、子供のよう」


 体の事を言っているのではない。

 フェンはただ淡々と、彼の愚を語る。

 知っているのだ。この彼が何を思っているか。それなのに、馬鹿な嘘をつく彼の愚を。


「──貴方は、嫌な真実を怖がる。そんな幼い子供のよう」

「────」


 こちらを覗きこんでいた顔が固まった。そして、まるで乾いた土が水を吸収していくような緩慢なスピードでゆっくりとその目が限界まで見開かれた。


「────ッ」


 数秒の沈黙の後、ばん、と子供が自分の手の平を顔に押し付けた。

 その動作が、まるで顔から滑り落ちそうになった仮面を押さえつけたかのようにフェンには思える。

 手の間から覗いているのは左目と右の口元。右の口元はぎこちない苦し紛れの笑みを残し、しかし左目は殺意に仄か、暗く光り、ずるり、とフェンを捉えた。


 次の瞬間に、音もなくその小さな姿が掻き消えた。


「────」


 全く同時に、いやむしろ姿が消えるより速く背後から黒塗りの大仰なナイフがフェンの首元に振り下ろされた。

 音もなく風もなく躊躇いもなく、殺意が背後からフェンを襲う。


 そして、彼の訪れもまた音がなく、風がなく、気配がなかった。


 まるで最初からそこに立っていたかのように現れたハルユキは、容易くそのナイフを摘んで止めた。

 そして次の一瞬で、捻り、奪い、投げ捨てる三つの行程を終える。

 刃渡りが四十センチほどもあるナイフは一体何で出来ているのか、キンと音を立てて根元まで石の壁に突き刺さった。


「ハルユキ」


 フェンがそう言うと、ハルユキはいつの間にか握っていたレオの腕を放した。

 未だ片手で顔面を隠したままのレオは直ぐにその場から距離をとる。声を上げることもせず、ただ殺意だけがこちらに突き刺さった。


「ハルユキ、もういい」


 ふらつきながらも立ち上がり、フェンはハルユキの手を引いて前に出た。

 ハルユキは繋がれた手と、フェンの顔と、そしてこちらを黙々と睨むレオの顔を順番に見渡すと、小さく肯定の意を返した。


「────」


 視線が離れた瞬間、ハルユキの足元に影が差した。また焼け爛れた龍の顎かとも思ったが、影を作っていたのは子供の小さな体。

 ただフェンの顔だけを目掛けて、全体重を体ごと振り下ろしたナイフに乗せていた。

 ぎん、と先程よりも少しだけ鈍い音が響く。


「────っ!?」


 それは伸びたハルユキの腕にナイフの切っ先が突き立った音。

 しかし、先程のように根元まで突き刺さる事はなく、それどころか腕の皮膚に食い込むことすら出来ていなかった。

 そのままハルユキの腕の上に着地してしまったレオは、流石に困惑で表情が固まり体も動く事を忘れた。

 するりと、止まり木の腕が消えてレオの体が無防備と無重力に包まれる。

 危機感からかそこでようやくレオが正気に戻り、そして直ぐに悔恨に歪む。

 振り抜かれたハルユキの右足が、レオの小さな体を容易く破壊した。

 背中を蹴られたレオは声を上げることも出来ず弾き飛ばされ瓦礫の山に叩き付けられる。


「あ……」

  

 そして、その衝撃で臨界点を越えた瓦礫の滝が頭上からレオに降り注いだ。

 ガラガラと瓦礫が積み上がる。

 それをフェンはやはり消え入りそうな無表情で見つめていた。


「フェン」

「なに……?」


 ハルユキもフェンも手を繋いで未だ積み上がる瓦礫を見ながら初めて会話をした。


「その杖は、あいつが持ってた奴か?」

「そう」

「あいつは」

「もういない」


 ハルユキの表情が言いようのないものに変わる。


「彼女はここが限界だった。少なくともハルユキが気に病む必要は無い」

「……ああ、そうかもな」

「彼女は、ハルユキとユキネとシアにありがとうと」

「そうか……」

「彼女は死んだわけではないから。私以外が悲しむ事も謝る事も筋違いだから」


 ハルユキがそんな顔をしている事に、酷くフェンは疑問を覚えた。

 そして、しばらく考えて理解する。分かっていないのだ。ただ、自己嫌悪が先に来て自分の事が分かっていない。

 

「ハルユキのお陰」

「……何がだ」

「彼女が、最期にお礼を言えたのも。私が戦えたのも、私が生きていられるのも全部ハルユキのお陰」


 言い終えていつもより深めに息をつく。少しだけ緊張しているのが自分で分かった。

 安易に慰めようとした気持ちが、伝わったのかハルユキの声に僅かな苛立ちが篭る。


「あの時私を助けてくれたから、私はここに居られる」


だから、だからと。

言葉に出来ずに零れていく思いが多すぎて、口が上手く回らない。 


「貴方が居たから私は世界の広さを知れた、貴方が居たから色んな事を学べた。貴方が一緒に居てくれたから私は戦えた。強くなれた。だから──、」


結局上手い言葉は出てこなかった。

そもそも、あまり口が動くほうでは無いから。だから伝わるかは分からないけれど、万感の思いを込めて言った。


「ありがとう、ハルユキ」


 そう意外な事をいったつもりはフェンにはなかったが、驚いた顔をフェンに向けてハルユキは固まった。


「……情けないな、今日の俺は」


 そして、力なく笑う。歪みそうになる表情と笑う顔が混じって、妙な顔だった。


「情けないハルユキも好きだから、大丈夫」

「ほざけ」

「なら、もう一度"言う事"を一つ聞いて。それでいい」

「……了解」


 ぽん、とようやく頭を撫でてくれて、そして、ああようやくちゃんと笑ってくれた。


「帰るか。腹減ったし、貧血気味だ。まああと──、」


 それはハルユキの言葉の途中。   


「……っ、また」


 ずぶりと目の前の山が沼に沈んだ。

 山は瓦礫の。沼は血の。

 赤い飛沫を立てながら、レオの体ごと生温かい沼の水に沈んでいく。

 まるで大団円など許さないとばかりに、黒ずんだ血の色は鮮烈で無機質だった。


「ああ、やっと。やっと見つけた」


 その浮き足立ったような声は、ハルユキには聞き覚えがあった。血の技もピリピリと肌に痛い緊張感も、この町に来てからも味わった物だ。

 ずぶりと、山の頂上が呑まれて消える。


「……よう」


 しかし、山の向こう側。

 壁が崩れて現れた廊下らしき空間に立っていたのは、想像とは少しだけ違う人物。

 藍色の着物は着ていないし憎たらしい傲岸な笑みは浮かべていないが、それは知った顔で、長い黒髪を三つ編みにした頭が印象的だった。




   ◆



 弾けた岩の──いや、星の欠片はジェミニの頬を抉っていった。

 吹き荒ぶ凶器の嵐は、ただオフィウクスの膨大な魔力によって指向性を持っただけ。

 オフィウクスは手で繰るどころか一瞥すらしない。

 しかしそれがオフィウクスを、無意識に人を付き従わせる王のように見せて、何か途方もない物に挑んでいる気にさせられた


「上げるぞ。失望させてくれるな」


 吹き荒ぶ、吹き荒ぶ。

 次第に強くなる風は巻き上げる瓦礫の数と大きさを増やして、更に大きく濃く強く渦を形成していく。

 オフィウクスを中心に。


 流石に、こんな技も事態も記憶には無い。

 ならば別れてから編み上げた技なのか、それとも先程から頭を掠める違和感が何か関係しているのか。


 しかし、それならば。

 自分にも積み上げた時間と経験がある。


 人間大の大きな瓦礫を持ち上げると同時、ふわりと体が重力を忘れる。己の体、肌、産毛の一本一本までが受け取る力の流れを脳に伝える。

 使うのは、皮肉な事に星の力。

 自転する星が一瞬だけジェミニを置き去りにすれば、風景が一気に背後へ流れた。


 外れる(、、、)のは一瞬だけ。そうしなければ止まれやしない。

 一瞬の超加速の後着地すると、足元の大理石の床が抉れ破片を撒き散らす。 

 その破片がジェミニの体のあちこちを傷つけるが、そのまま無理やり勢いを止めながら、すれ違ったオフィウクスを視認する。

 予備動作も何もない亜音速移動。

 当然見切れるはずもない動き。しかし一瞬遅れただけでギョロリとオフィウクスの金の眼がこちらを捉えた。


 その瞳は喜悦に歪み、退屈を振り払うこの時間を諸手を挙げて歓迎している。


 もっと。もっと。まだ足らないと。


「──"星母神の箱庭(バビロン)・天廷"」


 ずん、と乱れた重力場が重圧と酩酊感をジェミニの体に押し付けた。

 球状に広がったその空間は既知の物。しかし、少しだけ何かが違っていて砕くには時間が掛かる。

 重力と体感時間の乱れに、先程奪った一瞬のアドバンテージが露と消える。

 それでも踏み込む自分を想像すれば、直ぐに体を貫かれる自分が想像できた。

 舌打ちを一つ残して距離をとると、同時にオフィウクスの重力場が消え去った。


「お前」


 息が荒い。

 整える時間が、いや、息継ぎをする時間だけが欲しかった。ここからはもう、息をする時間も満足に取れない。


「顔、殴られた事あるか?」

「さて、先日そちらのハルユキ殿にしこたま痛めつけられはしたが、殴られてはいないな。それがどうかしたか?」

「いや、楽しみなだけだ」


 あからさまに含んだ意味を察して、オフィウクスの顔が凄惨な笑みを取り戻す。

 見たこともない表情。しかし、すました微笑に比べれば、幾らか記憶の中の表情に近い。


──"星神の唄(アストライオス)"

──"流々舞"


 お互いに祝詞は一言。

 少しだけ胸に蘇る光景を見ないようにしながら、加速しつつ接近した。

 オフィウクスの腕には隕鉄の黒槍が一振り。先ず接近と共にオフィウクスの槍がジェミニの頬のすぐ傍の空間を切り裂いた。

 首だけで避けていなければ、額に風穴が開いていただろう。ジェミニは通過したその槍を見もせずに、攻勢に入る。


 水面蹴り。地面に突き立った槍に阻まれて不発に終わる。

 先程の槍ではない。先程は何も持っていなかった手にいつの間にか槍が練成されている。


 続いてジェミニは逆の足で脇腹を狙う。しかし今度は最初の槍がそれを防ぎ、もう片方が一瞬遅れてジェミニの人中に目掛けて振りぬかれる。

 それをかい潜って引っ掴み、体ごと回転してもぎ取りながらオフィウクスの肩に踵を落とすが、それもまた槍によって弾かれた。

 次も次も、またその次も。加速していくジェミニの体にオフィウクスは息も切らさずについて来る。

 結果手と足の指では数え切れぬほどの攻撃は、オフィウクスの顔面どころか服にさえ届かない。


 最後に大きく弾かれ、ジェミニは大きく宙を跨ぐ。

 自ら跳んだお陰で容易く着地すれば、その手には既に次の手段があった。


 奪われた空気が風となって部屋中を吹き荒び、生まれたのは白く燃える熱と光の塊。

 とてつもない圧力と温度を詰め込んだそれは、もはや空気や炎とは別の物。


「面白いな」


 それを見てオフィウクスは一言。

 そして、挑戦的に笑みを深くする。


「太陽には、対が存在する事を知っているか?」


 一瞬で先程と同じ重力特異点が発露した。

 何かを受け止めるように持ち上げたオフィウクスの掌の上に、半球状に広がっていたその空間が凝縮する。


「──"黒天"」


 現れたのは、漆黒の何か。

 それは空気も光も、そして太陽さえも飲み込んでしまいそうなほど、深く暗い。


 戸惑いも一瞬。

 ジェミニは掌から撃ち出した。それはジェミニの制御から遠くなる度に大きさを増し、部屋の地面と壁を削りながらオフィウクスに接近する。

 オフィウクスは腕を掲げ、黒い球体がその太陽と触れ合った。


 言い難い不快音が鳴り響き、部屋を大きく揺らし更に部屋の壁を崩していく。

 悲鳴のようなその音が続いたのは、都合一秒と少しだけ。


 どういった作用が生じたのか、光の弾と黒い弾はお互いを食い合って消滅した。


 ジェミニは既に動いていた。

 あれが決め手にはならないと悟ってすぐ、ジェミニは足を動かし、そして今横合いからオフィウクスに殴りかかる。

 太陽の光のせいか、オフィウクスは未だこちらを見ない。見つけられない。


 そして、無防備な横面に拳が振り下ろされた。

 確かな手応えが肘まで届き、弾かれてもいない。

 しかし、あまりに異様な手触りにジェミニは目を見開いた。


「……時間切れだよ。お前にしても、俺にしても」


 オフィウクスの肌の少し外。そこでジェミニの拳は止まっていた。


「お前とはこんな無粋を割り込ませたくなかったが、叶わぬなら終わらせよう。手加減も、もう飽いた」


 見に覚えはある。

 桜の森で確か誰かがこんな物を使っていた。


 それを証明するかのように、ずるりとオフィウクスの服の下から首元に肌を伝ってそれが這い出してきた。


「────っお前ぇっ!」


『神』と、あまりに露骨なその一文字。

 まるで愚かな何かを笑うように、くるくるけらけらと形を変えていた。



「"天堕とし"」



 オフィウクスが呟いた瞬間、ユキネのせいで天井が抜け覗いていた青空に蓋がされた。

 抜けるような群青から、塗り潰す赤に。

 表面が激しく燃焼しているのか、赤く地面を照らしていく。


「笑えるが、少しだけ懐かしかったぞ」


 この城と変わらぬほどの大きさのその隕石。

 破壊はどこまで広がるのか、どちらにしろ逃げられそうにない。


 赤色が極限にまで達し、そして衝撃が全身を襲う。


 ぎり、と悔しげにジェミニの奥歯が鳴り、ジェミニの目の前はその赤色とは対照的に白く染まった。






「……ユキネちゃん」

「悪いとは思ったが、助太刀だ。やはり駄目だったか?」


 ユキネの言葉にジェミニは首を横に振った。

 視界を埋め尽くした白色。魔力を拒絶するあれが無ければ、今自分は形もわからぬほどに破壊されていただろう。


「……もうええよ。わがまま聞いてくれて助かった」

「……それは、お互い様だ」


 先の隕石による傷が一つもない事を自分でも不自然に感じながら、辺りを見渡した。

 一瞬、自分が気絶していてその間に別の場所に着たのではないかというほどに景色は変わっていた。


 まず立っているのはユキネの精霊獣の手の上。

 3~4メートルほどの精霊獣はそう大きな方ではないが、もう片方の手にシアをそして方にユキネを乗せて宙に立つ姿は凛々しく美しい。


〈あれはどうやら、一人で立ち向かえる者ではありませんよ〉


 脳に響くような声はその精霊獣のものだろう。

 言っている事も的確で、しかしそれはこの光景を見ればあまりに明白な事でもあった。


 城は消えた。

 いや、正しく言えば壊され砕かれ、そして吹き飛ばされてしまった。

 壁も床も天井も全て吹き飛び、山の上の強い風が情け容赦無しに吹き付ける。

 残っているのは半径百メートルはあろうかというクレーター。その周りには未だ城の名残が残ってはいるが、再建するには邪魔にしかならないだろう。


 深さは地質のせいか十メートルほどはあるが、あまりに広い横幅のせいで平らにしか見えない。


 ユキネが壊した部屋も相当だったが、これで室内とは間違っても言えなくなった。

 この破壊で何人が死んだのか。僅かながら心が痛む。


「死んでないぞ」


 表情で悟ったのか、悟られるとは思っていなかったジェミニが驚きユキネを見る。


「あれだけ揺れていたからな。様子を見に来た人間に逃げるように伝えた。元々少なかったんだ。死にたくない人間は逃げているはずだ」

「……なるほど」


 ふと、ユキネの眼が緊張感を持って細められた。


 ジェミニもその視線を追えば出来上がった巨大な荒地の真ん中に、今まさに降り立った一人の男を見つけた。

 この破壊を巻き起こした張本人に当然傷は無いだろう。

 じとり、と別人のような視線がこちらを向いている。


「あいつは、今倒さないといけない気がする。まだ動けるか?」

「大丈夫」


 実はしずしずと脇腹の辺りが痛んだが、言うはずもない。

 ユキネがあまりに透明な目でこちらを見ていたので見抜かれたかとも思ったが、『よし』と呟くとユキネはそのままその視線をオフィウクスに向けた。


「お陰で私も休めた。足は痛むが動くには問題ないと思う」


 そう言ってメサイアに視線を向けた。なるほど、移動に不備はないだろう。


〈では〉


 天を駆ける術はユキネのそれと同一なのか、落ちるというより滑り降りるといった感じでメサイアは着地した。


「ああ、先に言っておくが」


 メサイア、ジェミニ、シア、ユキネ。

 その四人が間近から聞こえたその声に戦慄した。先程いた場所に男はいない。メサイアの足元で、金色の長髪がたなびいた。


「この体はただの仮宿だ。手加減はしない事をお勧めするよ、ユキネ殿」

「──メサイアっ!」


 次の一瞬でユキネは叫びながら飛び降りてオフィウクス目掛け剣を振り下ろし、そしてメサイアはシアを連れて一旦その場を連れ戻す。

 一瞬遅れたジェミニは既に移動したメサイアから飛び降り、5メートルほど離れた場所に着地する。


「二人がかりか。まあ、楽しくやろう」


 ユキネの剣は、無造作に持ち上げたオフィウクスの右手の甲で止まっていた。

 薄く光る剣は例の魔力を帯びている事を示しているが、それでもまた"壁"に阻まれる。


「────ッ!?」


 オフィウクスの左手に、また無骨な槍が現れる。

 躊躇いも無くそれが振るわれ、ユキネは咄嗟に剣を引きそれに合わせる。


 そして、驚きが顔に浮かぶと同時にいとも容易くユキネの体が地面から離れた。

 地面と水平に吹き飛ばされ、地面に激突する寸前。ジェミニがそれを受け止めた。


「ユキネちゃん、さっきのは白いの使った?」

「……使った。流石に少しショックだ」


 問答無用で全てを切り裂いてきたユキネの魔法に期待もしたが、そうそう上手く事は運べないらしい。

 しかしその理由が"神だから"。では愚かな思考停止だろう。


 これに似た状況は初めてではない。

 そして、確かに打ち破った人間もいたはずだ。

 それも身近に、この直ぐ近くにいる。自分だけならともかくユキネがいる。来るなと言ってもくるはずだ。そう考えるとそれ程絶望的な状況でもない。


「ハルが、」


 ユキネも同じ名前が頭に浮かんだのか、件の男の名前を出した。


「あいつが出来たのなら、私達でも可能なはずだ」

「ええ~……、そっちに行っちゃう……?」


 しかし考えは明後日の方向で、ジェミニは思わず非難の声を出す。


「……何だ」

「いや、若いなと」

「負けっ放しは、お前も嫌だろう」

「んー……」


 悔しいかといわれれば、どうだろうか。

 あんな反則染みた力はもはや個人として戦っている気もしなかったし、あいつに喧嘩から何からそもそも勝った記憶がない。

 

 ──まあ、そんなへたれた事など微塵思っていないし、実際はらわたが煮えくり返って気化してしまいそうだが。


「ああ、なるほど。女神様的なね」

「……恥ずかしくないのか、そういうの?」

「まあ正直に言うとね」


 呆れたように後ずさるユキネに小さく笑った。

 そして、オフィウクスに視線を移す。糸目の奥で冷たい殺意がジワリと滲み出ていた。


「あの、澄ました横っ面を張り飛ばしたくてたまりません」

「……ああ」


 ざり、と二人で並び立つ。

 変わらずこちらを見つめる男に対峙した。


 成程。

 今までオフィウクスはあの力を押さえ込んでいたのだろう。

 しかし、今はそんな様子がなく、感じる威圧感は桁違いだ。


 破壊の跡の中心で、長い髪と白いコートを山風にたなびかせる。

 その見てくれの不自然のなさが、纏っている空気と魔力に合致しておらず一週回って異様だった。


 加速度的に力を増していくオフィウクスは変わらぬ笑みを携えてこちらに言葉を投げ掛ける。


「さて、話は終わったかな。ご両人」


 こちらに意識を向けている。

 それだけの事で、どこか体が重くなる。


「出来れば先程の攻撃で終わってくれれば幸いだったが、君達は強い。残念だが──」


 空中から浮かび上がるように、それが姿を現す。削りだしたような綺麗な球体が、くるくるとオフィウクスを中心に回りだす。

 人の頭ほどの物もあれば、家一軒ほどの物もある。

 また、半径一メートルほどの周期で回っているのもあればクレーターをぐるりと回る物すらあった。


「ここから先は、戦争だ」



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