表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
175/281

カラフル

 四方を瓦礫の坂に囲まれた埃臭く薄暗い部屋の片隅。

 そこでぞくりぞくりと、少女は身震いをした。


「──ああっ! お姉様。ああ、お姉様!」


 興奮を隠しもせずに叫ぶその声は、薬に浸かった狂人のように危うげだ。

 無理はない。まだ生まれて数日で力と記憶と知識を詰め込まれたのだ。本来それは生物としてありえない。

 だから、自分の欲求と付き合っていく術も知らない。やはりただの赤子なのだと。

 フェンは彼女をそう解釈した。


「……喰ったか」


 その彼女の後ろで、何か含んだような声が聞こえた。


「おかしいな、それ程大した物は最初からなかったはずだけど。まるで別人だ」


 フェンからは、瓦礫とフェニアの姿に邪魔されて、表情どころかその体さえ視認は出来ない。

 しかしその声が、疑問とそして薄らと薄氷のような冷たくささやかな苛立ちを含んでいる事はすぐに分かった。


 その疑問には納得できる。

 今は食い千切られた足も戻ってしまい、そして消費した魔力もほとんどが回復している。

 その理由は理解出来なかったが、しかし何故かこうなる事の確信はあって、驚きは付いてこなかった。


 広かった部屋が瓦礫で狭くなっている。天井が僅かに近くなっている。土埃で景色が擦れている。

 しかし、それ以外の何かが確かにフェンの視界を変えていた。

 

 足の裏を地面で擦ってみる。伝わってきた感触も砂利の音も、大きく深く脳が受け入れる。

 まるで背が縮んだかのように天井が高い。

 凪の海に出ているかのように静かで音がない。


 そして見える世界は、まるで新しい色を一つ増やしたかのように新鮮だった。


「──喰った。喰った。喰ったか」


 少女の後ろから、小さな体が姿を現した。

 まだ体の所々が赤く濡れているが、しかしその足取りに不確かなものは無い。止血を終えただけ。しかしそれでも人間離れした芸当だった。


「君達はさながら蟲毒のようだ。喰らった毒に自らも焼かれているようだけど」


 フェンは表情を崩さなかった。

 だから変わったのは子供の方。どういう葛藤と怒りと理由があったのか、その周りに不穏な空気が立ち込めていく。


「気分が高揚しているのかな。いやむしろ沈んでいるのかな。知らない表情だ。でも止めときな。自分の見ている景色が特別だって? それはうら幼き発露だから」


 どろりとその体から漏れ出て来るおぞましい魔力は、色を付けるなら深緑か紫かそれとも不自然に明るい青の色か。

 ただ、相変わらず顔に浮かべた笑みの不自然さを際立たせていく。


「でも、それなら話は簡単だ」


 レオは、思いついたように拍手を打った。


「君は実験が好きかな?」

「実験……?」

「そう、実験をするのにはね。限りなく同じ状況が二つあれば都合が良い。そしておや、この状況は僕の好奇心をくすぐるね」


 ぽん、と何気なくその手は隣の肩に置かれた。


「喰らいなさい、フェニア」

「喜んで」


 そのやり取りを皮切りに、その二人の周りで二種類の魔力が蠢く。

 空気が変わる。いや、その周りだけ世界が切り取られたと思うほどの力場が発生する。



 それは、隠していたのか。それとも今まさに産み出しているのか。


 彼に嘘がない物は造れない。何かしらの嘘が混ざる。いや、そもそも嘘を作る能力なのか。

 だから、男が産み出すなにかに共通しているのは、生きた人間であるという事と"私"である事だけ。

 体も精神も必要ではなく、ただほんの一瞬命として生きていれば良い。


 レオの手から直接フェニアの体に流れていき、そしてそれを蟲毒の主が口を空けてそれを迎える。

 ぼこりぼこりと時体の下で形を変えながら、掛け替えがないはずの多くの何かが、この世に生まれる前に死んでいく。


「さあ、どうかな!」


 不自然なほどに明るい声。

 自分の玩具を自慢する子供のような顔が、儀式の終わりを告げた。その玩具は、狂狂くるくると笑っている。


「どうだろう。誤差はあるけれど、まあ君達にも多少の違いはあったから許容範囲かな。それに僕は笑顔が好きなんだ」


 そして、嬉しそうに子供は告げる。


「これで、君の変化が特別でない事が分かった。さて、それじゃあフェニア」

「はい」


 見た雰囲気では何も変わりはなく、しかし伝わる希薄さがあまりに頼りなく。

 しかしやはり返ってきた声は平坦で空虚だ。


「僕が、何を見たいかは分かるね」

「私と姉様と、その先を」

「僕の好奇心こころを満たしておくれ」

「喜んで。この身に代えましても」


 しゃん、とこの場にはとても似合わない清涼な杖の音が麗らかに響き渡る。


「お姉様」


 途端に体の中に内包して飽和してはち切れんばかりだった少女の魔力が、言葉に乗って噴き出した。

 何色もの色が濁り混ざり、暗い色をした灰の色。


「どうか、どうか。私に教えて下さい。私はこの部屋しか世界を知らないのです」

「そう」

「どうか、どうか。見慣れた既知感で失望はさせないで」

「善処する」


 そんな言葉と共に、二本の杖がお互いの心臓に向けられた。

 魔力が満ちる。


 最初の一合。

 氷の大山が二人を結んだ中点で轟音を立てた。




「────」

「────」




 黒金が大木が溶岩が竜巻が剣山が紫電が陽炎が、打ち消しあって消えていく。


 その規模は先程までとはまるで違う。

 黒金の槌は視界を覆えば、大木は地面と壁を根と枝で支える。

 溶岩と竜巻と剣山はそれを根こそぎ焼き払って切り刻めば、紫電がその間を突き抜けそれを空間ごと歪める蜃気楼が容易くかわす。


 両者とも極限。

 技巧は経験と記憶の差かフェンが取る。しかし、力はフェンの倍ほどを内包しているフェニアが圧倒的に上回っていた。 

 そしてそれは、容易く均衡に罅を入れる。


 じりじりと大きくなる衝突の轟音は、二人の力が増しているからではない。


 フェンの頭の片隅に敗北への恐怖が過ぎった。

 砕けた氷塊の欠片が頬を切る。

 マイナスなイメージは連鎖して、まるで自分が厚く大きい鉄の壁に小さい拳をひたすら叩き付けているような気分になる。


「くっ……!」


 だから一つ。冒険を。

 

 胡桃が弾ける様な音は、紫電の竜の大顎から漏れる音。

 現時点であれに対抗できる手段は一つか二つ。そのどちらも今更間に合うことは無い。


 一瞬、フェニアの表情が困惑に染まり、しかし直ぐに笑顔が戻る。



 ──ヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ。


 耳に痛いその炸裂音は龍がその体躯を肥大化させていく音。

 それを育てるそのフェニアの目は、こちらが諦めているなどと考えもしない目だった。


 部屋を一周すれば己の尾に牙を立てる事も出来そうなほど大きくなった雷の龍は、フェニアの後ろでとぐろを巻いて時を待つ。


 ──ぱちり、とフェンの杖の先で電気が弾けた。

 それが合図。


 次の一瞬には紫電の大顎が目の前にまで迫っていた。

 フェンは微動だにしない。

 何しろ、もう仕込みは終わっている。


 目論見通り龍はフェンより僅かにそれた空間を通り過ぎた。背中が爆風で押される。



「静電気。通り道ですか」

「……っ!?」


 フェニアの方には驚きはなかった。

 むしろ驚いたのはフェンの方。

 思えば、フェンが諦める事も考えていなかったのならば、策があると考えるのも当たり前。

 願わくは仕切り直せないかと画策していたフェンの企みは失敗に終わった。


 既にフェニアの杖には次の魔法が宿っている。

 今や様々な属性が散らばった部屋の中。灯ったのは煤けた灰の色。


 それが、爆風のような勢いでその面積を増した。



「────!?」



 感じた異様さはフェンだけではない。

 そうだ。そもそもあれはただの力の発露。技術とは関係がない分、フェンとの差は更に開く。


 しかし、同時にフェニアの体から急速に力が抜けたのが分かった。灰色に膨れ上がったそれがまるで脈打つ癌細胞にすら見えた。

 術者の意志を無視して暴れだしそうなそれを見て。それでも、やはりフェニアは薄く笑う。



「────」



 祝詞は一言。

 灰色が視界のほぼ全てを占める。咄嗟に杖を振る。漏れ出したのはほんの少し明度が薄い己の色。


 それはしかし、迫り来るものに比べれば滴る水と滝ほどの違いがあった。


 これまで嫌いながらも最強だった己の矛が、あまりに簡単に崩れていく。頼りない盾としか通用しない。

 それも僅か数秒ほど。


 その数秒の後。何の奇跡もなくその魔力の汚物はフェンのいた場所を飲み込んだ。


 先程の何倍にも膨れ上がったその魔法は、地面を削った壁を抉った。しかし当然それでは収まらない。

 ハルユキが入ってきた穴をその周りごと飲み込んでうねり荒ぶり、そしてまだまだこの世の万物を喰らっていく。


 またも、僅か数秒後にその魔法は空気に飽和して消える。

 しかしその先に見えるのはどこまで続くか分からない暗闇ではなく、中心に空いた小さな光。

 その魔法はたかだか数秒で、岩山の上に位置するこの町に風穴を開けていた。


 新鮮な風が、僅かながらも光が、廃墟染みた部屋を荘厳に彩っていく。


「お姉様……」


 少しだけ不満げな声は、しかしおよそ半身とすら言えるフェンの生存を確信している。

 そして、フェニアから続く放射状の破壊後の下からぼこりと何かが床を押し上げると、再びフェニアの顔に笑みが戻った。


「お姉様。一つになりましょう。貴女のすべてを私の胸に。貴女ではどうやらもう私に何も与えられない」

「断る」


 しかし、出て来たフェンの顔に今度こそフェニアは不満を感じて表情を強張らせた。

 その顔が無表情ながら嫌悪に満ちているような気がしたから。


「貴女は」


 無機質な声は、フェンの物。

 誰にも、それこそ人外並みに耳がよくなければ聞き分けられない、フェニアとよく似た声。


「あの魔法をどう思う?」

「素敵です。自分が消したい物を消す魔法。何より自分に酷く合っていると」

「そう。なら」


 違う。

 あれはそんな都合のいい魔法ではない。ただ全てを無機質に同一に固めるそれだけの魔法。

 そんな夢のような魔法は、未だかつて存在したことはない。


「……貴女に」


 小さい体は悲鳴をあげ、荒れた呼吸がそれでも必死に言葉を運ぶ。

 裾がほつれたローブで、袖が千切れた服で、しかし決して折れない杖をその手に持って、フェンは誓う。


「魔法を、教えてあげる」




    ◆




 ──私は、助けてなどと頼んでいない。

 嘘だ。助けて欲しかった。戦いなどせず、彼が作る灰色に身を委ねていたかった。


 ──だから、大丈夫。

 嘘だ。オウズガルのあの最後の場所で、私は誰よりも弱かった。


 ──逃げたくない。

 嘘だ。そんな強い自分は存在しない。


 弱い。幼い。醜い。汚い。

 しかし、それでも、一つだけ。嘘になってくれない。


 一番望んではいけないはずの、彼等を汚してしまうはずの、傷つけてしまうはずの。


 ──いや。

 既にそれは仮定形で表してはいけない。

 事実、傷付けた。手酷く大切な人を。瞼に映った血の赤はきっと忘れる事は出来ない。


 しかし、やはりそれでも、求めてしまう。

 どうしても捨てられない銀の髪飾りに願ってしまった想いが、私を縛る。


 ああ、逃げられない。

 私がその鎖を握って離そうとしないのだから。


 離れれば一番良い。でも、もうハルユキに言ってしまった。変えは利かないと言う。


 ああ、それでも壊させはしない。あの人達が灰色に染まらないように。


 自分の色を変えてでも。

 この、自分のどうにもならないほど濃く濁った泥の色を。


 いつか、あの人達が思い起こして笑顔になるほど、綺麗な綺麗な色でこの泥の人形を彩ろう。




  ◆




「私に、魔法を教える……?」


 今必死に逃げた貴女がそれを言うのか、とフェニアは目で暗に語っていた。

 半分以上失望が詰まっているその表情は、漏れてくる光によってより誇張されているかのように見える。


 しかし、あんな物を平気な顔で使っている人間が、魔法を使えているなどおこがましい。


 言葉も少なく、少女はその杖の先に灰色を灯らせる。

 先程と違いなく、いや、先程以上にその灰色は成長を遂げ、そしてやはり術者を蝕む。


「では、私は貴女に敗北を教えましょう」

「要らない」


 フェニアの言葉に、語彙も少なにフェンは切り返す。


 視線を外し、ふと周りに意識を配ってみる。

 流石に何かの小説のように直感的に感じ取る事はできなかったが、確信があった。

 きっと、見ていてくれる。

 そう言ってしまったから手出しはしないだろうけど、彼はきっと見ていてくれる。一緒に同じ場所を見ていてくれている。


 これは皆が為の戦い。

 そう思うのはおこがましいか。当たり前だ。おこがましいどころか傲慢だ。迷惑千万だ。


 正確には皆と共にこれからも過ごす為の、それだけの戦い。


 しかし言い方を変えてしまうだけで、フェンの心に新たな色が差す。


 その燃えるような赤を、きっと勇気と呼ぶ。その目に眩しいほどの白を、きっと希望と呼ぶのだ。


 これで、負ける訳にはいかない。

 これで、燃えない訳がないではないか。



「さようなら、お姉様」



 壁と壁の隙間から漏れる天梯のような光の下で、四色の色が混じり合っていった。

 汚らしい色が、殺気と嘘を食らって肥大化する。


四連クァトロ


 そして、それがあと三つ。四つの巨大な灰色の暴虐はフェニアの背景を、彼女のいる世界を染めていく。

 聞こえる音は風を飲み込む音。

 地面は激しく揺れ動き、このまま五分もすればあれはこの部屋を、いやこの町ごと飲み込んで形をなくしていそうだ。


 しかし、それならばなおの事。


「……負けない」


 負けない。

 負けない負けない負けない負けない──。


 心地良いほどに自分の頭の中がその純粋に結晶化していく。


「負けて、──たまるか……っ」


 フェニアに、レオに。負けることだけは許されない。

 死んでもいい。力尽きて空気に溶けても構わない。この二人以外なら、負けて手足を引き千切られようとも構わない。

 でもここで負けることだけは。あの二人だけには負けられない。


 そうこれは実験だから。


 フェニアは私。限りなく酷似した実験体モルモット


 違うのは、後ろにいる顔。だから、負けられない。

 それは、フェニアがフェンになる為に過ごした時間を否定されることだから。

 ユキネと友達になった事も、ジェミニを牢から出した事も、レイに出会ったことも、シアの笑顔も、ハルユキに助けられた事も、何もかもを。


 否定だけは、させてはいけない。



「───っぁ、」



 それはきっと、嘘なんかでは在り得ないから。

 それはきっと、何よりも私に新しい色をくれたものだから。


 それは絶対に、私を強くしてくれた物だから。



「ッッあ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



 頭が沸騰し、心臓が燃え、体が震えて、その激震が喉に伝わって、轟いた。


 何かが叫ぶ。

 打ち砕け。


 ──証明しろと。



 魔力は一握り。ただでさえ不安がある体力はもう底が透けて見えている。

 動くことも避けることも適わない。

 ならば。

 ならならばならばならばならばならばならばならばならばならばならばならばならば。


 受け止めて──、



「──ぶち、抜くッ!!」



 瞬間、呼応する。

 破けた袖から見える、魔法の文字。それがボロボロとくすんで剥げ落ちていく。


 杖を前に掲げると色が煌いた。

 そして、集う。それは、踊るように。それは音もなく広がっていく。



 不意に二十メートル先の混沌が、腹一杯になるまで嘘と殺気を食らった気配がして。



 ──我混沌を望む(カオス・オーダー)

 


 死が、フェンを襲った。


 そしてほぼ同時。

 その灰色は根こそぎ飲み込まれて魔力に還った。


 それは余りに一瞬で、死を繰り出したフェニアの表情は勝利を確信したまま。



「──全てを此処に(リガント)



 その一言で、少女はついに顔から笑みを消した。そして、フェンが紡ぎ続けるその祝詞は、紛れもない魔法の言葉。

 七色が生まれる。



 ──虹の彼方(セブン・スウェル)



 混沌を飲み込んだその七色。


 侵す火炎、たゆたう聖水、荒ぶ豪風、脈打つ大地。そして、奔る紫電、照らす明光、喰らう暗沌。

 虹と言うには余りに歪なその七色がうねりとなり、全てを蹂躙して飲み込んだ。



 己の魔法を砕いて目前まで迫るその魔法を見て、綺麗、とフェニアが最後にそう呟いた。




  ◆




 七色に包まれた。

 しかし、痛みはない。音もなければ景色も見えない。

 空気をそよがせる事すらなく、地面の土埃を巻き上げる事もなく、残った炎を揺らがせる事もなく、滴る水を弾く事さえしなかった。


 ただ喰らっていったのは醜い灰の色と、そして私の中の魔力だけ。消したい物だけ、消す魔法。


 ああ、何と傲慢だったのだろう。

 あんな物を嬉々として使っていたとは、それを使って優越感に浸っていたとは。


 この七色に比べれば、私の色の何と汚い事か。

 まるで赤子の理不尽な、誰にも伝わらない自分でも理解できない訴えのようだ。その癇癪は対象を選ぶ事もない。


 だから、教えて欲しい。


 どうして、そんな綺麗な色を瞼に焼き付ける事ができたのか。

 どこにそんな物があるのか。

 きっと、それは私の知らない方法で、私の知らない物語で、私の知らない世界なのだ。


 でも言わせて貰えば、貴女が出来たなら私が出来ないはずがないのだから。

 貴女だけの居場所があるのなら、私だけの場所もあるはずだから。

 貴女を必要としてくれる人がいるなら、私を愛してくれる人もいるはずだから。


 ──しかし、それがもう叶わない事は誰よりも判っているから。


 だから。

 ああ、だから。


「要らないなんて、言わないで……」


 魔力切れを起こして、何とか支えていた形が崩れていく。それを、抱き止めてくれていたその女の子にそう言った。


 その女の子の小さな口が、何と言ったかは判らなかった。でも、不思議と恐怖はなくて、そしてやはり私をその色の中に加えてくれるらしい。



 ありがとうと、さようならを最後に私は混ざっていく。




 混ざっていく。

 自分はもう自分として生きられないけれど。


 また虹色が世界と視界と私を包み込んでいく。


 ぽかぽかと暖かく時々ひんやりと冷たく、風が吹いて、どこか植物の匂いを運んでくる。

 印象的なのは透明に近い空の色。黄昏に続くような闇の色も、どこか優しく暖かい。ざり、と地面を踏めた気すらした。

 小雨を運ぶ灰の雲も、今はもうどこにもない。


 しかし、そんな何十何百という色の奔流の中。一つとして同じ色は見当たらなかった。

 ならば、私だけの色も。

 どこかにきっと、あるのだろうか。


「───────」


 か細い声に振り向くと。私と同じ顔がいた。

 無機質な表情ながら、その少女は私よりも多くの世界を持っているようだ。


 貴女は?


 そう聞くと、その少女は私と同じ名前を持っていることを話した。

 にこりと、印象的な笑顔が付随していて、少し羨ましく感じながら、私も負けじと笑い返した。


 小さく、それでも誰かが必死に彩ろうとしたこの世界。

 その健気な世界は、泥であろうと嘘であろうと。


 きっと、何よりも優しかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ