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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
166/281

四面楚歌

 大きく地面が揺れた。

 その揺れはかなり大きい物で、パラパラとそこらから埃が降って来るほど。


 部屋だけではなく、地面ごと揺れているのがよく判る。



「何だぁ?」

「ピスケスが塔の一つを持ち出したようだ。やれやれ、借り物だというのに」

「……何で判るんだ?」



 ごく当然であるキャンサーのその質問に、何故かオフィウクスの方が驚いた表情を見せた。



「ああ、判る事に疑問も沸かなかったが。そうか、これはおかしいな」

「はっは。ああ、おかしいともさ」



 自嘲するようにオフィウクスが笑えば、茶化すようにキャンサーも笑う。

 そんなどこか螺子が外れた二人を、呆然とユキネは眺めていた。



〈……メサイア〉

〈は、何でしょう〉

〈何か、されたか?〉



 思わず、視線だけ動かして自分の体を見渡していた。


 体の調子はいつもの通り、見える景色もこれまで通り。玉座があって、大理石の床があってテラスからは町並みが見え隠れしている。


 景色が歪む訳でも、怪我らしい怪我があるわけでもない。



「別に俺の魔法は怪我させるもんじゃない。もう少し惨くて愉快だ」

「……っ」



 惨いという言葉に、接近しようとしていた二の足を踏む。


 何かされた事は間違いない。嫌な汗が背中を伝い、男はただ笑顔で表情を固めて微動だにしない。

 まるで、こちらの焦りと恐怖を租借して味わっているかのようだった。



「っ、く」



 沈黙と膠着が苦痛にすら感じ始める。


 キャンサーの言葉はブラフで、今この瞬間にも自分は最後の希望を逃してるのではないかと。


 それでも、意を決するのにかかったのは数秒。



 行くしかない。

 どちらにしても、男が種明かしをしてくれるわけも──。



「──ところが、種明かししてしまう訳だ。俺は誠実だからな」



 ぱん、とキャンサーが大きく手を打った。


 肩を揺らしてしまったのは、その音が酷く耳に響いた事と、それ以上に男の言葉に違和感を覚えたからだ。



「その前に、だ」



 その違和感をどうにか処理しようとユキネが一人奮闘しているうちに、キャンサーは消えるようにその場から消える。



「大将。この嬢ちゃんサジタリウスと会ってる。逃げたみたいだが、多分あのジェミニ辺りに殺されたんだろう」



 ユキネの頭の中で半ば自動的に一つの仮説が組みあがった。


 それはもう確信といっても良かったが、驚きからか体は未だ動いてくれない。


 つらつらと告げた言葉はこの組織への義理程度の物なのだろう。


 キャンサーの口調に感情は少なく、聞いたオフィウクスにもこれといった変化はない。



 しかし、一旦言葉を切り、ここぞとばかりキャンサーは笑った。



「──それに、今使ってるユキネってのは偽名だ。本名はスノウ・フィラルド・ボレアン・メリストエニス・ド・メロディア」



 口から出たのは、決して誰も覚えてはいない名前。棄てたはずの名前。


 間違っても、ここで出てくる筈も意味も無い物だった。



「"メロディア"だよ。大将」



 そんな、今は誰も使っていないはずの名前に、オフィウクスの表情は崩れた。



「──全く」



 眠たげな目を見開きいて。しかし今度は感極まった様子でオフィウクスは笑った。



「この世界は、一体誰の掌の上なのか」

「加えて嬢ちゃんがサジタリウスと会った村以前のものはほとんど判らなかった。何か都合が悪いらしいな」

「どちらにしても、忌々しい程に広い手の平だ。実に不愉快だよ」



 しかし、それも男のほろ酔いの肴にしかならなかったのか、男はまたゆるりと背もたれに体重を預けた。

 意匠が細かに施された最高の椅子が、呻くように軋んだ。



「命令だキャンサー。それを殺せ」

「あいよ、仰せのままに」



 予定調和のように会話が終わり、キャンサーの顔がこちらに向けられる。


 その顔には愉悦がこれ以上無いほど滲んでいる。



「さて、敢えて言うが、本気で来ないと勝てないぞ?」



 何の警戒も無しにキャンサーはこちらに歩を進める。


 何気なく言った言葉は、驕りでも慢心でもなく、知っているからなのだろう。



「これが俺の呪いで、趣味で、生き甲斐だ。まだわからないか?」



 否、ユキネは何をされたか察していた。


 俄かには信じがたいが、精霊獣のことも、本名の事も、そう考えれば納得がいく。


 ただ、もしそうならば絶望的で。屈辱で、声が出なかっただけ。



「お前……!」

「たまげる程まっすぐで綺麗な心だった。誇っていい」



 人の心を覗き見たその男は、飄々とそう言った。握った拳が殺意を汲んでギシリと軋んでいた。




  ◆




 額から頬を伝う汗を、ユキネは大ざっぱに袖で拭った。


 拭った汗が地面に付く前に、キャンサーが飛び込んでくる。



 片手を添える暇もなく、手甲に剣を合わせる。それでは拮抗する事も許されず剣を持った腕ごと大きく弾かれる。


 拳を振り切ってすれ違ったキャンサーはすぐさま跳ね返り、再びユキネを拳で打たんとする。


 再び、しかし今度は両手で剣を握り、振り向きざまに剣を横薙ぎに。



「な……!」



 しかし、待ち構えていたかのように剣の柄を押さえつけたのは、キャンサーの靴の裏。


 そのまま柄を蹴り抜かれ、バランスを崩した体にキャンサーの足が食い込む。



「ぐっ……」



 先程からこの調子。


 剣がまともに触れることすら珍しく、よしんば振れたとしてもそれが相手の体に当たることもない。



 一体どこまで読まれているのか、今は心なしか男が遠くに見える。


 過去。記憶。この二つを見られた事は間違いない。



 じり、と焦りからか大理石の床に体重をかける。


 しかし飛び込めない。今攻撃に移るかどうかで迷っている事さえきっと筒抜けなのだ。

 

 少しでも気を抜いた瞬間に仕掛けてくるので、気を張り詰めた状態がずっと続いている。


 呼吸は荒く、汗が鎧の下を伝う。対してキャンサーは汗一つかいていないというのに。


 何をしているのかと、未熟な自分を叱り付けたい思いに駆られる。



「人生で一番の愉悦ってのは何だと思う?」



 ふと、耳を疑うほど穏やかな声でキャンサーがそう零した。


 ゆっくりと近付いてくるその足取りには欠片の緊張感も見当たらない。それはそうだ。そんな物は持つ必要もない。

 悠長に、言葉を交わす暇さえあるのだ。



「愉悦……?」



 しかし、汗を拭く間もないこちらにはとりあえず好都合。


 息が整うまでは、とユキネは不可解を隠しもしない声を返した。



「俺にとっちゃ、それは"これ"でね。最高の小説を読んだ後みたいな余韻が残る」



 自慢の玩具を見せびらかすような口調でキャンサーは言いふらす。


 これが指し示す物をキャンサーは明言しない。しかしそれが心を覗く力である事を確信する。



「良い人生だった。良い歴史だった。そして、実に良い心だったよ嬢ちゃん」



 ぼろり、とその顔から何かが剥げ落ちたのかと錯覚した。


 実際にはその表情が僅かに変わっただけ。笑っている。これ以上なく楽しげに。



「普通なら、普通ならそんな良い話に出会った時は見逃してありのままの結末に任せるんだ。しかしな、あまりにあんたが綺麗なもんだから」



 その表情を見て心を読むまでもなく悟る。


 命令でもなく、必要でもなく。男の原動力が愉悦に変わったこと。そして、それが一番男の本性に近いことを。



「だから、その綺麗な話の締め括りを俺が貰おう」



 どこからか取り出した煙管を男は咥えた。


 そんな物は邪魔にしかならないだろうに、煙を吐く度に何かが研ぎ澄まされている気すらする。



「見たぜ。仲間を助ける為に来たんだな。すばらしい。好ましい。揃って気の良い奴等ばかりだったから叶えさせてやりたいとも思う。──だけど、殺す」



 男はその言葉の余韻に酔う。自らの殺意に浸る。


 それがかたどる表情の凄惨さにユキネは唾を飲む。


 ただ歩いて来てるだけの男に、引く事を進む事も出来なかった。



「俺は一度嬢ちゃんの情けを受けた。しかし俺は殺す。俺はこの力のせいで少なからず嬢ちゃんに情が移った。しかし俺は殺す。俺は人殺しを忌避する。しかし俺は殺す」



 ぴたりと男は足を止める。


 一歩踏み込めば十分に剣が届く距離。しかし、それでも男の顔に緊張はなかった。


 体には余計な物が一切ない。脂肪も、筋肉も、骨さえも引き絞られ、遂には見据えているのは自らの愉悦だけ。



「……狂ってる」

「狂っちゃいない。人生は取捨選択だ。優先順位を優先する」



 男が立つその場所は、ユキネにとって丁度間合いの外。


 それを知っているはずの男が、そこから一歩踏み出さないと言うのは、つまりまだ話したい事があるからだった。



「ああ、違う違う。話したいのはこれじゃない」



 そう言ってキャンサーは突如顔色を変えると、今度は一転して真剣な表情を浮かべた。


 そこには、不可解そうに眉を顰める表情があって、目の奥には一つまみの恐怖もあった気がした。



「あんた等の頭。ありゃ一体何考えてんのかね」

「頭……?」



 頭だ何だと決めた覚えは無いが、誰を指しているのかは分かる。


 ハルユキ。

 今、この町の中心はどこかといえば、ハルユキが陣取っている町の中心で違いないだろう。



「ざっと見てはいたが、本気になれば俺達ぐらい指の先だけで何とかできるはずだ」

「それは……」

「それなのに、何故あの男はあんな所に留まってる?」



 例えば、あの場所で既に誰かと戦っている。

 また例えば、何かを待っている。


 現に町を見下ろせば、遠く離れたここからでも分かるほどにその爪跡が見て取れた。


 憎い事に、その旨を視線に乗せただけで男には伝わったらしい。

 子供を諭すような表情で、キャンサーは首を横に振った。



「何かを待つ為にだとか、戦っているからとか。そんな次元じゃないだろう。あの化物は」

「……あいつは、化物じゃない」

「何でだろうな。何であの化物は俺達を殺しに来ない」

「ハルを、化物と呼ぶな!」



 言った後で、ユキネは下唇を噛んだ。


 否が応にもあのオウズガルでの異形の姿が目に浮かぶ。体中から異形の角を生やし、脊髄が伸びたような尾が地面を叩くその姿。

 

 何のことはない。

 以前はそれほど気にしなかった。ハルユキもそう気にした様子も無かったから。

 それなのに今、これほど過剰に反応してしまうのは、そうなのかもしれないと心の隅で思っている自分がいるからにちがいない。



「哀れで優しい化物は、何かを隠している」



 まるで歌い上げるように、いや、物語の幕引きを告げるように、キャンサーは声を張った。



「例えば、敵も仲間も全て食らおうと弄しているのか」

「例えば、もうこの寸劇に飽いてしまったのか」

「また例えば。……もう碌に戦えない体になっているとか」



「そんな馬鹿な」と、出ようとした言葉をユキネは喉に引っ掛けた。


 仲間すらも食らおうとしている? ユキネが知っている彼はそんな事はしない。


 飽きてしまった? 面倒見の良い男だ。それもないはず。


 そして、もう碌に戦えない体になっているなど。そんな事があるはずはない。ハルユキに限って。



 しかし、何かを隠している。

 そう言われれば、頭の端に引っかかる感覚を覚えた。


 何か、理由や心当たりがあるわけではない。行っていたことに矛盾は無いと思う。

 しかし、ハルユキは誰かに頼るという事をしなかったはずなのに。



「さて」



 ぱん、とキャンサーが手を打った。


 視線を上げ、呼吸を整える。話している間に呼吸の乱れは消えていた。



「こうして、気紛れに嬢ちゃんの回復を待ってみた訳だが」



 ごとり、と後ろから崩れた扉を踏む音が聞こえたのはそんな時だ。



「どうやら、あんたは神様に嫌われてるみたいだ」



 背中に当たった強い視線に振り向けば、そこに枯れたような白い髪の女が居た。



「アリエス」

「は。敵は他に二人。黒髪──今はどういうわけか灰の髪でしたが間違いなくあの化物。それと、給仕に扮した娘のみ。今ピスケスと交戦中です」

「それはいい。意味が無くなってしまった。新しい命令だ」



 オフィウクスのが響く。目の前の敵を滅せよと。その一言で女は殺意を吐き出す獣に変わる。



「嬢ちゃん。あんたはやっぱり俺を殺しとくべきだった」



 だから神様にも嫌われるんだ、とキャンサーは言った。




 ◆





 牽制代わりに飛んで来た血の刃を掴み取った。

 砕く必要もなくその刃はさらさらと紅い砂になり、町並みの中に溶けていった。


 その風変わりな美麗さに一瞬目を奪われた隙に、懐の中にまで女が迫っていた。



「──死ね、化物ッ!!」



 可愛らしいほどに素直な殺意を口にして、その女はあまりにも稚拙な使い方で血色のナイフをハルユキの腹に突き立てた。

 しかし、表情を固まらせたのはナイフを持った女の方。


 悲鳴のような声を上げながら、ナイフを離して飛びずさる。



「化け物……っ!」



 かたん、と薄皮に刺さっていたナイフが地面に落ちる。ハルユキの服には穴が空くが、その体には爪を立てた程の跡しか残っていない。


 一度その場所をさすってみて、なるほど化物だと納得した。



「お前、確かスコーピオだったか」



 びくりと女が過剰なほどに肩を揺らした。

 蠍。ならば何か毒でももっているのか。少しだけ裂けた皮膚から混入してくる物は無い。


 少しだけ、体温が下がったのが自覚できた。


 この女にも奪われた物が多い。

 何より、一番得体が知れなかった。

 目的が判らないからではない。レイを制圧する力があるからではない。

 こいつは恐らく、正しい意味で人間ではない。



「返せ」



 何が、とは言わない。

 しかし意味が伝わらない訳はなく、その声の冷たさに少したじろいだ後、女はその目に感情をむき出しにした。



「……いやよ。いやいやいやいやいや! ふざけないでアレは私のよ! 化物の玩具じゃないんだから!」

「なに?」



 女の言葉に少しだけ苛立った。それだけで過剰なほどに女は怯える。

 その様子を見てハルユキは顔を顰めると、小さく舌打ちした。

 後ろの小僧のように憎たらしければまだ容赦もしないが、これでは何ともやりにくい。



「……何よ。殺さないの?」

「どうせ偽物だろ」

「ど、……」

「偽者殺させて満足させようって腹なら、こっちのガキがもう先にやった」

「あ、ごめんね~」



 ひらひらと軽薄に手を振る子供にスコーピオは恨みがましい視線を向ける。



「何よ、私は……!」

「おい」



 突き出した拳が、女の顔を打ち抜いた。


 女の顔は抉れしかしその全てが赤い液体となって地面に落ちる。



「……手応えがある分、お前よりは良心的だな」

「今度はもう少しサービスを充実させておくよ」



 今度は溜息を吐き出し、辺りを見渡す。


 最初にここで戦ったせいか地面が焼け焦げたり、捲れて隆起している。その隆起の一つに腰を下ろす。


 目の前で視界を塞ぐように、子供が顔を覗かせていた。



「さて、何を企んでるんだい?」

「……企んでる?」

「企んでなきゃ、こんな場所に留まってる理由がないでしょうに」



 表情を変えないまま、なるほどそういう誤解を生んでいるのかと知った。


 企みなどない。ここに留まっているのはちょっとした考えからだが、それも秘策に変わるような物ではない。


 強いて言うならただの期待と、そして将来設計だ。



「……そ、くそ、くそくそくそくそぉっ!」



 突然、瓦解しかけた広場に金切り声が響いた。


 とは言っても、この場で今声を出せる者はそう多くはなく、レオとハルユキの視線は同じ場所に向けられた。



 そこに居たのは案の定鼻息荒い一人の女。


 再び顔の形を整えたのか、首の上には血塗れの頭が乗っている。


 怪我をしたわけではないのだろうが、今の様相は崖から転落でもしたのかと疑うほどだ。



「許、さない……」



 無駄に感度の良い耳が、スコーピオの奥歯を軋ませる音を拾う。


 八つ当たりのような怒り。一過性の殺意。先程までと何ら変わらない子供の感情。


 しかしふと、何かが違っている事に気付く。


 何かはわからない。しかし、変わっている。


 知っている。

 この時代でそういう物は幾度となく会ってきた。決してハルユキには理解できない力の奔流である。



「──潰してやる」



 女の周りの空気が変質し、濁っていく。錯覚ではなく、明らかに、よりどす黒く侵食する。



「スコーピオ」



 それを制したのも、また子供の声色を消した声だった。



「それは、駄目だ」



 ぴたりと世界の侵食が止まる。


 剣呑な空気を交換しているのは、どちらも年端の行かない小さな子供。


 その中身が何であるかにはまた議論の余地があるだろうが、それはとても奇妙な光景だった。



「……だって」



 片方は中身もまだ子供らしく、唇を尖らせただけでその剣呑な空気を簡単に飲み込んだ。



「偉い偉い。今はまだ我慢だよ」



 そう言いながら、レオは近付いてあやす様にスコーピオの頭を撫でた。


 近付いて比べてみると、僅かにレオの方が背が高い。


 戦場のような破壊された町の広場で、泣き止まない妹をあやす兄。


 ふと、そんな事を妄想した。


 とにかく、とても絵になった。

 二人とも外見上はなんの以上もないのだ。微笑ましいと、つられて笑う人間もいるかもしれない。



 だから、そんな暢気な光景が酷く勘に触って、その二人の頭を叩き潰した。


 ぐしゃり、と嫌な音がする。


 スコーピオの方は幻ではなく分身だったのか、先程とは違いその体は地面に沈み血溜りとなった。


 もう片方の手で地面に叩き付けたレオは、既に手の中にはいない。



「いや、良かった良かった。君があんまり冷静だからさ。ひょっとして怒ってないんじゃないかと思ってたんだ」



 次に出てきたその姿は、直ぐ目の前に。


 しかし何のつもりか、まるで地面に顔を叩きつけられたような傷と血を顔に貼り付けていた。



 その顔を一瞥すると、ハルユキは先程座っていた場所にまた腰を下ろした。



「何が気に食わなかったのかな? 後学の為に教えてくれないかな。ほらまさか、僕達が笑っていたのを妬んだ訳じゃないだろう? いや、成程そうか。妬むよねそりゃ。あの娘達は僕にはよく笑う娘だったけど。君達と一緒にいた時はあんまり笑わなかったみたいだし。何にしても良かったよ君の人間的な顔を見られて。ああ、これであの娘の死も報われるね。僕としてもさ、君を怒らせて殺してもらおうとここに来て、まあ今更意味は無いんだけど折角来たのに骨折り損は少しばかり悔しいからね。いいねいいねいいねいいねいいね実に良い。きっと鬼の目から出る涙ってのは神酒に勝る甘露なんだろうね。僕にそんな趣味は無かったはずだけど、君の感情を玩んでいるのはとても有意義だ。あの子達が僕に向けるのは嘘くさい作り笑いばかりだからさ。新鮮な表情ってのに飢えているのかもしれないね。ほら、僕ってあんまり周りの環境がよくないからさ。嘘つきは嫌いなんだ。酷いよねあんまりだよ。どこまで僕は不幸なんだって話だよ。ひょっとして君と最初に会っていたら僕等は友達になっていたかもしれないねぇ。じゃあそういうわけだからさ」



 子供は、長々と言葉を続ける。


 その一切を無視しても、血塗れの顔で、ニコニコとわざとらしい笑みを一切変化させることもない。



「もう少し、君が怒った顔が見たい」



 そう言って、レオはハルユキの前に立った。


 長い話にはならないのか、それとも何かを警戒しているのか、その場に座る事は無い。



「だから、少し話をしようか。大丈夫、つまらない話じゃない」



 最高のエンターテイメントを見せる前の手品師のような顔を見せる。


 僅かな期待の上に営業用の笑顔をかぶせた顔。



 その顔のまま、レオは演目を読み上げた。



「君もよく知ってた、女の子の話だ」




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