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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
161/281

必殺技



「いや実を言うとな。アンタの目的は、なんて大々的に聞かなくても察しは付いてたんだ、本当だぜ?」

「だろうな、君の事だ」



 言いながらキャンサーは懐から細いキセルを取り出すと、オフィウクスに向かって振ってみせる。



「構わんよ。私の私室と言う訳でもない」

「流石ぁ。話がわかるお方だ」



 慣れた手つきでキセルに火を入れると、感慨深げに薄い煙を吐き出した。



「さて、どうなるかね。俺が見た限りと言うより、あのバケモンに勝てる奴なんてのはいないのは誰の目から見ても明白な訳だが」呆れと同情が交じり合ったような声で言う。「勿論、俺とアンタも含めてな」

「そうだな」



 事実は、オフィウクスの中でも揺るがないらしい。淡々とそう言った。



「まあ、意気張ってるのはピスケスぐらいか。あれも企画倒れで終わりそうだしなぁ……」

「そうか? 私は彼の事を買っているが」

「へえ。そりゃ意外だ。理由を聞いても?」



 ふむ、と唸ってオフィウクスは少し言葉を吟味する。



「我が強く、強かな能力を持ち、そして何より視野が狭い」

「視野が、狭い? 貶してんじゃねぇか」

「それこそ貶めだよキャンサー。視野が狭ければ、目的以外を見なくてすむ。大局を見るには向かんかもしれんが一旦指向性を与えてやれば……」

「……駒としてはこれ以上は無いってか」

「同士だよ。同士としてこれ以上無く頼りになるという意味だ」



 意味は同じだろう、と言おうとした言葉を結局キャンサーは引っ込めた。


 それに関しては大体同じ意見だからだ。目聡く頭は回るし、大局が見えない以上知謀には向かないかもしれないが、最前線で指揮を振るうのにこれ以上無い人間だ。


 そして、何よりあの男は強い。


 対人でも対多数でも、なんなれば対軍ですらあの男の能力ならば戦えるだろう。



「まあ俺が聞きたいのは、俺がどこまで付いて行けるかって事でね」

「ああ」

「戦えるまで戦うってのには、まだ足らないのかい?」

「足りない、とは?」

「力がさ」



 律儀にキセルの灰を手篭の中に落としながら、キャンサーはつらつらと言葉を続ける。


 その目は冷めている訳でもない。傾いている訳でもない。ただ異様なまでに落ち着きを保っている。


 まるでこれからの会話の内容を知っているのではないかと錯覚するほどに。



「癖が強い奴等ばかりだが、"同士"は中々骨っこい連中ばかりだ。"三聖骸"なんて物騒な切札(精霊獣)もある。そんで実質的にこの国の兵も手に入れたわけだ。もう喧嘩を売れない相手もいないはずだ」

「そうでもないさ。事実その全てを行使しても殺せない化物が、今なら城下を見下ろすだけで見つかる」

「そりゃそうかもしれないがね。あれを相手取る為に何十年も試行錯誤、って風の因縁にも見えねぇのさ」


 

 キャンサーはその小さい体を活かして、地べたの段差に寄りかかる。


 王座に背を向けて、それも地面に直接座る。礼節など欠片も感じないその行為に、全く緊張感は無い。


 しかしキャンサーの目の奥は。決してオフィウクスと合わせようとしないその視線は、本題に移るべく鋭さをましていた。

 


「この国が副産物だと言ったな。ならば、この国の練兵よりも得たい何かとは何だ?」

「もう得たさ」



 それなりに確信に迫ったはずの言葉に、それでもオフィウクスの言葉は緩やかに、どこか散漫としていた。



「この国は彼女の供物の為に手に入れた。君ももう会っただろう」

「……確か、スコーピオだったか?」

「ああ。由緒正しい血の姫だよ」



 確かに。

 確かに初めて見た時は思わず目を見開くほどに何かが外れている女だとは思った。


 濃く、強く、尊い。

 なぜかそんな言葉を思わせる、魔力とは違う何かを感じていた。



「あいつの、スコーピオの何が欲しいんだ?」

「君が言った通りだ。優秀な部下がいる。切札もある。後は軍と力が欲しい」

「何……?」



 力と軍。


 力などあまりに多義的すぎて特定する事は難しい。


 しかし、軍とはどういう事か。世界で最も精度が高いこの国の兵を捕まえておいて、軍が欲しいなどと。


 そしてそのどちらがスコーピオと繋がるのか。



「……そりゃあ、何とも」



 しかし、それ以上の質問をキャンサーは控えた。


 遠回しにオフィウクスが明答を避けていたのは判っていたし、それを判って追求するのは無粋だろうと考えたからだ。



「楽しそうだ」



 楽しみは出来るだけ勿体ぶる。それが判っていない頭領に彼が従うはずも無い。


 聞きたい事は聞いたのか、キャンサーはもう一度大きく紫煙を目の前に燻らせる。心なしか、その煙ですらも踊っているかのよう。



「ああそれと、」



 キャンサーの声は、途中で自ずから遮られた。


 言葉を切ったキャンサーはそのまま入り口に視線を投げる。


 そして、既にそこを見つめていたオフィウクスに、先程言うつもりだったものとは違う言葉を伝えた。



「……仕事か」

「よろしく頼む」



 見上げるほど大きな扉に、数回刃の跡が奔った。そして、切り崩されたその先に。


 何とも沈痛な顔をした金髪の少女が、似合わぬ大剣を持って立っていた。





  ◆ ◆ ◆




(いけない……)


 シアは後ろからついて来る男を気配だけ感じながら闇雲に歩いきながら、そう呟くのを必死に押さえた。


 ユキネと共に城の中頃に侵入したのがおおよそ三十分ほど前。そこらの部屋から給仕の服を拝借し身に付け、さあ探そうと息を撒いておいてこの始末だった。


 幾らハルユキが外で暴れていると言っても、兵士一人にすら出会わす事がなかった事に首を傾げていたのがいけなかったらしい。



(どうする、どうする……)



 感じているのは焦り。見えているのはどうにも無様な最期だ。


 見たところ、一兵卒だとは思えない。壮麗な甲冑は意匠が施してあり、見栄も効能も一級品であることが察せられる。


 半端者が鉄火場に赴く事がどこかの神の琴線に触れたのか、どうにも不幸を感じずにはいられない。


 しかし、不幸を野次っている暇はこれから先ついぞ無いだろう。


 この不幸を刃に変えられぬようなら、舌を噛み切る最期が待っている。



(……武器庫なら)



 当然行った事などありはしない。


 しかし、全く場所の見当が付かないかと言えばそうではない。


 武器庫ならば、収められているのは矛、槍、剣、盾。あとは火薬などの類である。


 それらは当然重い。それに風による湿りと錆をを嫌うのだ。通常、岩の壁と粘土で固めた地下か一階に作られるはずだ。


 そして、一度に運び込む大きさの通路が必要となる。


 つまり一階に下りたなら、そこから大きい通路を選んで進み兵が両脇に控えた大きい鉄の扉でも見つかれば、とりあえず窮地は脱しきれる。



(でも……)



 しかし、それで良いわけが無い。

 気持ちを入れるためにシアは人知れず奥歯を噛み締めた。


 今はむしろ、一兵卒ではない何がしかに接触できた幸運を見つめるべきなのだ。

 不幸に囲まれた頼りない幸運だが、むしろ自然に会話を行える幸運だったと考える事にする。



(……誰かの何らかの情報を引き出したい)



 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。この場。敵地。敵の幹部級。未熟な自分。


 普通では無理。

 ならば賭ければいい。ただでさえ軽い命だ。一度や二度賭けた位で望む所まで辿り着ける訳もない。なに怖がる事はない、高々死ぬだけだ。


 渇いた口を潤して一度深く呼吸をする。


 ゆっくりと口を開いた。



「……あの、武官様」

「何だ」



 決して失礼だと感じさせないように言葉を選ぶ。



「私はつい先日こちらに新しく派遣された人間なのですが、後学の為に御名前を聞いてよろしいでしょうか」

「……この国のメイドは随分出すぎた口を利く」



 ほんの少し空気に険が混じった。男が腰に提げた剣がシアの背中に威圧感を放っている。



「すみません。武官様が武器庫の場所を知らないとは、と。なにしろ今現在敵がこの国を攻めているそうなので」

「……案じるな。俺もこの城に来たばかりだ。名前は、……ピスケスと言う。後で上の人間にでも確認しておけ」

「それは失礼を。外の敵に気を付けるように言われたので」

「……ふん」



 憮然としながらも納得はしたのか、男は鼻で息をついた。


 それを肩越しに確認して、シアは階段に向かって足を伸ばして──、



「まあ、待て」



 ぴたりと、肩に乗った冷たい刃の感触に肩を跳ねさせた。



「メイドの顔など一々覚えてはおらんから気にしてもいなかったが、貴様、最近配属されたと言ったな」

「は、はい。丁度昨日から」

「……そうか」



 気付けば、ただの階段が酷く剣呑な空気に包まれていた。



「貴様は、この城に兵士が少ないことに気付いたか?」

「は……?」

「我等がここに居を移した一週間前。謀反など起こされては面倒なのでほぼ全員に城外退去を命じさせたのだ。数人ばかりの給仕だけを残してな」

「…………」

「奴等はここを一時的な避難地程度にしか考えていない。つまり、どうなってもいいのだこんな城は」



 細身だがかなりの長さを誇る西洋剣。ずしりと肩に重みが乗っている。


 男の言葉が進むにつれ、その重さが肩を責める。



「おかしいな。そんな折に増員など入用になると思えんが」

「それは……」

「出来ればこの蒙昧に教えてもらえないか。貴殿の無位無官な使命とやらを」



 音も無く肩の剣が重みを増す。力が込められている訳ではない。ただもしかしたらこれが殺気だとか言うものなのかもしれないとシアは思う。


 期待通りに肩に乗った剣を横目で見つめながら。



「ち、違います。私はただ、とある方の世話をして欲しいと……! メイド達は数が少なく手が回らないからと! そ、そう言われただけで」



 怯えた振り。屈服した仕草。


 学んだ場所も機会も苦い思いが沸いて来るが、役に立っているなら今はよし。ただ、怯えているのは半分以上演技ではなかったが。


 演技でもなく震える両手を上げながら、必死に言葉を繋ぐ。



「先ほど関係者だと言う子供の背格好をした方に、め、命じられましてっ。捕虜の世話をして欲しいと……!」

「なに……?」



 背後にどれだけ注意を払ってしまっているらしい。目の前の情報さえ全く入ってこない。


 後ろで男が眉を顰めている事さえ分かると言うのに。



「しかし、先ほどの爆発の時に一瞬目を離したら忽然と消えてしまわれまして、それで困ってしまって、あ、ああのまだ場所をお聞きしていなかったものだから……!」

「ああ、判ったもういい。……またあの餓鬼か」

「そ、それでは……」



 答えの代わりに肩から剣が消えた。


 決して演技ではなく、安堵で崩れ落ちそうなほど肩から力が抜ける。


 それでも何の進展もなかった訳ではない。



「お知り合いなのですか……? で、では大変申し訳ないのですが、どうかあの御子様に面通ししていただけませんか……?」

「……ふん、中々肝の座ったメイドだ」



 小さく震える足を見ながら、半分冗談半分感心した風に男が言う。


 ここでは自分がそういう役割で来ているという事だけ知ってもらえれば良かったのだが、どうやら疑いも晴れてくれたらしい。


 それは幸運ですらなく、どうやら例の子供に対する個人的な感情が原因のようだが。


 一度疑って、嫌疑を解いたならば少しは警戒も緩くなるはずだ。



 どちらにしても、これでもしピスケスが本当に子供の居場所を知っているのなら、ハルユキを呼べばよし。


 レイかジェミニを監禁している場所を知っているのなら、自分で助けに行けばいい。


 どれも知らないのなら、武器庫まで行った後また探すしかないが。



「──そうか。居るんだったな」

「……は?」



 階段を降りようとした所で立ち止まったシアを、考えに耽るピスケスが追い越した。



「そう。確か離れの塔に知らぬ顔を担ぎ込んでいた。あれがそうだ」

「……?」

「そうだ。間違いなくあれだ。アレの仲間だ……!」



 ピスケスの言葉はシアの言葉に答えるものではない。


 ただ頭の中で自問し自答しているものが、興奮で口に出ているだけ。



「あ、あの」

「ああ、悪いな。少し良い案を思い付いた」

「良い案?」



 返事の代わりに男は大口を開けて笑顔を作った。


 閉じていた時には判らなかった特徴的な大きな口が、醜い欲を如実に表している。余韻の震えに加えてまた少し、身が震えた。


 お利口を自慢する子供のようにピスケスは口を開き。

 


「あの表で暴れている鬼をどう仕留めたものかと頭を捻っていたが、成程。我等の手中に味方が居るならばそれを利用する他無いだろう」



 そんな事を言った。



「まあありきたりな手ではあるが、わざわざ助けに来たのだ。手足を削いで吊るして置けば効果は覿面。誘き出したならば、後は弄るだけだ」



 思わず足を止めたシアと、酔ったように語り合いながら歩くピスケスの間が開く。



「それもついでにあの糞餓鬼の歪んだ表情が見られそうだ! ああいかんな、楽しくなってきたぞ……!」



 その間、およそ3m。


 "必殺技"を使用するのにもっとも適していると言われた距離だった。


 だから、それに弾倉を捻じ込んで遊底を引く。



 震えは不思議と止まっている。


 少し練習すれば子供でも当てられる距離。そしてその練習は終えた。


 自分が扱えるギリギリまで反動が強い物を選んだ。威力は申し分ない。両手でしっかりとそれを持った。


 ならばあと必要なのは、相手を害する悪意だけ。そしてそれは、その相手自身が与えてくれた。



「あ……?」



 パシュと気の抜けた音がした。


 ピスケスが貫かれた右足を呆然と見やる。


 その隙にまた同じ気の抜けた音。残ったピスケスの左足をも"鉛弾"が撃ち抜いていた。



「、ああああああああああああッ!?」



 絶叫と共にピスケスが階段を転げ落ちる。


 この男にはいきなり膝に穴が空いたとしか思えないだろう。まだ、シアがその穴を開けたと気付いていないかもしれない。


 激痛、驚嘆。痛み入る。しかし噛み締めろ。



「駄目です。それは許せません」

「貴、様……!!」

「離れの塔でしたね。乱暴になってすみませんでした」



 強い人は魔力の多寡であらかじめどれほどの力量かを悟ると言う。だからこそ油断を誘えたのだろう。


 手に持ったこれは、そう言った経験も武技も打ち砕いてしまう。強く、そして簡単だが、それだけに少し言い知れない寂しさがあった。



「私は弱いから、強い人に容赦している余裕はありません。どうかそのまま弱ったままでいて下さい」

「貴様ァッ……!」



 足の関節を打ち抜いている。右足は完全に動かないのか、手だけを使って床を這いずって離れようとしているピスケスに、また別の拳銃を向ける。



「それかッ……!」 



 ピスケスの視線が銃口を捉える。


 二つ目であるその拳銃に込められているのはかなり強力な麻酔の弾。


 元々動物用だそうだが、敵の人間は明らかに普通ではないから丁度いいとハルユキは言っていた。



 ぱしゅん、と気の無い音が鳴り、同時にピスケスの胸に銃弾が突き刺さる。


 びくりと体を痙攣させて、ピスケスは動かなくなった。



「……」



 相変わらずどくどくと血が流れる足に、止血だけを施してシアは窓からも見えている塔の方向へと足を向けた。


 廊下の角に消えた数秒後、ピスケスの体が地面に持ち上げられた事に気付く筈も無く。




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