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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
160/281

鉄血はかくあれかし


 広場の中心に上がった爆煙を見て、王座に集まった一同は様々な表情でそれを見ていた。



「あれか」

「それだ」



 くっくと口の中で笑いながら肩を揺らすオフィウクスは、まるで子供の愉快な悪戯に当てられたかのよう。


 その視線は何を見ているか判らない。視線を辿るならばただの天井の隅。しかし馳せている想いの場所は別なのだろう。


 他の連中が城下を見下ろしている中、ヴァーゴは横目で起きた騒ぎに目をやろうともしないオフィウクス見定める。


 あれは化物のような男だった。

 しかし今はどうだ。オフィウクスを化物だとはもう思えない。現にあの鬼の前では赤子も同然だった。


 それならば、今のオフィウクスは人間なのか。


 ──否。

 身を切りそうだった怖さは既に無い。しかし人間らしさは逆に薄れているかのように思える。勘違いだ、妄想だと言われればそれまでだが。


 変わったのは劇的だった。

 一体何があったのかと、何がどうなってそうなってしまったのかと、問わずに胃の中に仕舞い込むのが一苦労だったほど。


 化物に叩きのめされて、人に堕とされたと言うのならばまだ分かる。

 牙は抜かれたのか押し潰すようだった覇気はどこか薄れている。が、しかし薄れた量の倍ほどの妖しさが体の回りで揺蕩っているようだ。


 心地好く酔っているような、それでいて微睡んでいる様な、しかし覗き込む瞳の奥は冷たく醒めているのだ。


 彼は未だ刻々と変化を遂げている。

 行き着く先はどこなのか。その時彼は何を成すのか。見届けたならば待っているのは狂乱か死か。何にしても、ろくでもない物が口を開けている。



(……キャプリコが居ない)



 オフィウクスは、ほとんどアリエスとレオ、キャプリコ。そして新入りのスコーピオとしか接点が無い。


 自身が弱いと認めているが故に、ヴァーゴは他の団員の情報を出来るだけ頭に入れるようにしている。

 その中で圧倒的に情報が少ない人物がオフィウクスとキャプリコである。


 キャプリコは完全に非戦闘員。

 主にレオと共に精霊獣の強化や作成。それに団員の身体能力の向上などの研究を行っている。

 と、いっても実際にそれらを表に出すのはレオの役目であり、キャプリコは基本的にどこかに引き篭もっている。


 今も何処に居るかは知らないし、恐らく顔も見た事が無い団員も少なくないはずだ。



 だからこの場に居ないことも不思議ではない、のだが。


 集中からか、自然とオフィウクスを見ているヴァーゴの目が細まった。


 知らなすぎる。オフィウクスがあのような能力を持っている事も、この間のオウズガルではじめて知った事だ。



 そして目的もそう。

 

 他の連中はある意味実直だ。見ていれば何を目的としているかなど簡単にわかる。


 例えば先程のピスケスは没落した貴族。目的はお家の復興だ。だからこそ先程のオフィウクスの提案に食いついたのだろう。


 タウロスはわざとらしいほど食欲に愚直だったし、ラィブラは命令で、キャンサーは愉悦から、アリエスは忠誠から。そして自分は金目当て。



 ならば、それを提供している男は何なのか。


 誰もが思った事が無い訳ではない。ただどいつもこいつもそんな物を気にも止めないだけ。


 しかし、ヴァーゴはそう大物ではない事を自分で知っている。

 だからこそ不信感は当然。


 その不信感を奴は咎めもしないだろうが、最近は少し不気味に過ぎる。



 ──と。



「あ……」



 そのオフィウクスの視線が、遠くの景色から離れてこちらを覗いている事に気付いた。



「う、あ……」



 反射的に脳髄が目を逸らそうと命令を出す。しかし、眼球は受け付けない。微動だにしない。目を逸らした瞬間五体がばらばらに裂かれる映像が脳裏に浮かんぶのだ。


 その時、肩に手が乗らなかったら。自分はどうなっていたのだろうか。


 襲い掛かっていたかもしれない。へたり込んでいたかもしれない。若しくは──。



「キャンサー……?」



 黒い皮手袋を嵌めた手が肩を軽く二度叩く。小柄な醜男がヴァーゴの一歩前に歩み出た。



「大将。ちょっと良いかい?」

「ああ、なんなりと」



 気安い顔で、キャンサーはそう言った。



「あんたの目的が知りたいんだけど、良いかな」



 ヴァーゴは目を見張るのを止められず、一斉に部屋中の視線が二人に集まったのを感じた。


 しかしなるほど、聞けばいいのだ。それだけの胆力が自分に無い事も分かっていたが、しかし確かに聞けば嘘無く教えてくれる。嘘を付く男ではない。


 注目されている。


 その事にオフィウクスはふと気づいたようだ。少し視線をずらし、答える言葉を見つけたのか口を開いた。



「戦えなくなるまで、戦う事だな」



 淡々とした言葉。


 当たり前の事実を繰り返しただけだと主張したいのか、その声はあまりに理性的で起伏というものを感じない。



「それは、死ぬまで?」

「戦えなくなるまで、だ」

「……なるほど」



 キャンサー。


 この組織の中では、戦闘力は低い方だ。ともすればヴァーゴよりも低いのかもしれない。見た目も悪く、背は低くまるで物語に出てくるドワーフのよう。


 しかし、誰を一番敵に回したくないかといえば、レオとオフィウクスとキャンサーで票は割れるはずだ。


 それはキャンサーの能力に起因する事で、オフィウクスとて例外ではないだろう。無論、ヴァーゴもその多分に漏れない。



「よし、じゃあ俺はここで敵を待とう」



 そして一体どういう意図からか、キャンサーそう言って王座へと続く段差に座り込んだ。


 それは傍若無人な振る舞いで、ヴァーゴの視界の端ではアリエスが警戒に目を細めている。オフィウクスは依然愉快気なまま。



「おや、話し相手でもしてくれるか」

「話しますし、守りますよ。他ならぬ我等が大将殿下の為だ」



 小さくヴァーゴは舌打ちをする。どうしようもなく癖がある人間ばかりで本当に嫌になるのだ。


 切るべきだこの組織を今すぐにでも。そうヴァーゴの勘が告げる。今までこの感覚に従って生きてきた。

 しかしそうなれば手に入る金の額が大きく減ってしまう。


 ならばこの国を獲るか。そうすれば離れる事は出来るだろう。──しかし無理だ。あの鬼を打ち倒すなどありえない、愚策にすぎる。


 凡庸な頭を必死に回転させる。


 今判るのはこの組織は大きな岐路に立たされていると言う事。

 ここの所大きな作戦が多かったし、強行的なものが増えた。大きく形を変わるのだ。それかあの鬼に食われて塵と消えるか。


 どちらにしても、また誰かが死ぬ。少なくとも組織から脱落はする。

 あの鬼から逃げる事すら難しいのだ。それなのにこの連中はあまりに危機感に鈍すぎる。



「んん? おいヴァーゴ。聞いていかないのか?」

「……遠慮しておくわ」



 どちらにしても、自分は付いていけない。あの化物に殺されたくはないし、これ以上の変化に付いていけるほど精神的にも長けてはいない。


 タウロスの呆気ない最期が目に浮かぶ。いつの間にか死んでいたラィブラを思い起こす。



(……死ねない)



 黒いヴェールの下で下唇を噛み締めてから、ヴァーゴは扉へと向かった。




  ◆ ◆ ◆





 派手に踵を鳴らしながら、やたらに煌びやかな格好の男が廊下を突き進む。


 名は、ピスケス。

 本名ではなかった。本名は既に無い──いや、奪われている。最初に名を受け取ってくれないかと頼まれたのはあのオフィウクスからだ。


 様式美でしかなく持っているだけで別に名乗らなくても良いというので、貰ったのだ。


 しかし、いつの間にか真名は記憶の中から消えていた。そこだけくり貫いたかのようにわざとらしく、厭らしく。


 奪ったのはオフィウクスではなく、あの子供。


 いや、人の記憶を偽装するのは大変だったと、わざわざ術式を作り時間をかけてまで。そして問い質せば、『仲間外れは可哀想だと思った』、などと抜かしてのけた。



「っ──!」



 やり場のない感情を廊下の壁に叩きつける。


 確かにこの組織に、特に名前に頓着を持つ人間はいない。どいつもこいつも誇りなどない平民なのだ。歴史を感じれない猿であると言ってもいい。


 殺したい。

 ばらばらに引き裂いた上で絞首にかけて斬首に処せればどんなにいいか。


 しかし、それによりもし名を永遠に失う事になれば、例えこの国を我が物にした所でまるで意味はなくなってしまう。


 ──『君は、ピスケスだね。水の中が一番広いと思ってる。空も大地も知らない小魚だ』


 耳障りな言葉がいつまでも耳に残っているのもまた、記憶が弄られているからなのか。どちらにしても一刻も早くあのような猿の集団とは離別したい。



「……さて」


 しかし、窓から覗いたあの男。見た限りでは中々一筋縄ではいかないだろう。


 その化物染みた力は見ていれば十分すぎるほど判った。


 加えて、オフィウクスが言った人外だという意味を考えると、決闘だの何だのと誇りをかけて戦うような相手ではない。


 討伐の対象、ないしは災害とでも考えればいい。


 それならば、ある程度疲弊させて城に来た所を待ち伏せした方が良いだろう。幸いこの国の人間の錬度は舌を巻くほどだ。どちらにしろまだ様子を見る段階だ。


 出来れば、何らかの搦め手を用意したい。正面からでは分が悪い。


 先日のオウズガルではタウロスの能力を用いたようだが、既に奴は死んだらしいし、時間も無しにそう発動できる物ではない。


 それが出来るであろうスコーピオとやらは、自分の獲物から離れてまで手伝おうとはしないだろう。



「おい」



 今正面から角を曲がろうとした給仕の娘を呼び止める。



「……はい」

「武器庫はどこにあったか」

「武器庫、ですか」

「ああ」

「……はい。こちらです」



 歩き出した給仕の娘に続く。


 ふと、その髪の色がピスケスの目にとまる。この城に来てそう日が経っていないので初見なのは仕方が無い。


 しかし、中々見る事が無い深い青色の髪は新鮮そのものだった。




  ◆





 とりあえずユキネは階段を駆け上がっていた。


 城の中だとは思えないほど人間の数が少ないのは、やはり連中の無理な侵略がたたってだろうか。


 オウズガル侵略の数日前に完了させたとハルユキは言っていた。しかし、町に破壊の跡はなく、城内にもそれらしい気配は感じられない。


 少なくとも、これから先この国を統治しようとか支配しようとか言う時の独特の繊細さは感じられない。



「仮宿か……」

〈はい。特別この国である必要も無かったのでしょう〉

「"たまたま"? ビッグフットを攻略したと?」

〈は。正面から征服したというわけではないようですが〉



 矢のように廊下を走り抜けながら、扉を見つけ次第蹴り破って中を改めているが、未だ兵士の一人たりとも接触していない。


 せいぜい給仕の娘の頭上を飛び越えたくらいだ。



「誘い込まれてる、かな……」

〈は。囮だと考えればこれほど判り易い作戦もないでしょう。ですがまだ詳しく判断できる状況ではないかと〉

「どちらにしても、私が暴れれば暴れるほど有利になるか」



 それで敵が集まればシアが見つかる可能性は少なくなるだろうし、ハルユキの負担も少しは減るだろう。


 出来れば、ハルユキと相性の悪そうな人間はこちらで倒してしまいたい。


 しかし最悪は捕まってしまう事。


 それだけは避けなければならない。極論を言えばそれを達成するだけでハルユキの窮地は消える。そうすればフェン達三人の救出率は高くなる。



〈敵は殺すのですか?〉

「……誰かが殺すぐらいならな」



 言っていて酷く的外れな言葉に聞こえて、ユキネは顔を顰めた。



〈主!〉



 響いた声に一気に空気が張り詰めた。



〈足許!〉



 ぞる、とこの世のどの音とも似つかない音。


 行く先の地面が黒く塗りつぶされている。影だ。踏み入ってはいけない。いや、影を重ねる事も禁忌だと悟る。


 跳び、影に達する寸前で中空に垂直に着地し、翻って着地した。



「曲芸じみてるわね」

「……敵だな」



 問答はいらない。それにどこかで見た覚えがある風貌だ。



「待って待って。ストップ」



 床に蔓延っていた影が一瞬で女の足許に引っ込んだ。誘いだろうか、とりあえず剣を下段に下ろし女の顔を見やる。



「何だ」

「剣呑な女ね。もう少し女らしく奥ゆかしさは持てないの?」

「……余計なお世話だ」

「つまらない答えね」



 言葉の代わりにすり足で一歩前に出る。それに女は溜息で返した。



「私は今回は何もしないわ。だから生かしておいた方が得かもしれないわよ?」

「それは知らないが、お前を倒すメリットなら私にも分かる。それに敵意は先程確認した」

「あれは貴女が問答無用で斬りかかって来そうだったからよ。ま、信用できないのは判るわ。だからこうしましょう」



 日光の下を嫌うように、女は陰った壁に背を付けた。



「首謀者の居場所を教えてあげる。まあ隠れている訳じゃないから時間をかければ見つかるでしょうけど、時間が惜しいのは皆共通でしょう?」

「狙いは何だ」

「それは秘密」

「このまま共に一時を過ごしたいのか?」



 もう一歩。いや二歩前に出る。



「……お金をね。出来るだけ盗んで私は消えるの。だから頑張ってよ? あの化物と協力して全員皆殺しにして欲しい」



 小さく肩を竦めて、女はそう言った。



「金……?」

「そうよ。オウズガルでは実入りが少なかったから……ってあらいけない」



 下段から振り上げた剣が女を庇うように立ち上がった影を切り裂く。


 女の顔は余裕の体を崩さないまま。今にも影が襲ってくる。


 ユキネは左手を剣から離し女の胸倉を掴んで、地面に引き倒した。その喉仏に剣の横刃が乗る。


 怖いほどの静寂が戻っていた。



「──お前、オウズガルでノインを浚った女だな」

「そうね。ついでに言えば主犯かもしれないわね。ああ、でも主謀は別にいたのよ?」

「三人は何処だ!」



 喉に当てた刃に僅かに体重が偏る。


 ぷつりと皮膚を裂き、紅い絨毯へ向かって血が伝った。



「さあ、あの三人が目的だったのは私ではないから。でも、知っている人間は知ってるわ」

「何処にいる」

「言ったら話してくれるのかしら?」



 無言。

 

 返すべき言葉は見つからなかった。


 それをどう取ったのか、女は小さく笑って口を開く。


 命を刃の上に置かれているとは思えない慇懃な態度で口の端を吊り上げながら、ただ『上へ』と。



 聞いた。女の目はただ薄く細められるだけ。言うべき事は言ったのだと悟る。


 だから、腕に、力を。



「……っ!」



 ふと息をついて瞬きした瞬間に、女の姿が黒い泥くずとなって地面に溶けた。


 そのまま黒い沼と化した足許を切り裂き、後ろへ跳ぶ。



「駄目よ。落とせる首は落とせる時に。刃は血で磨いてあげないと。そんな綺麗な剣を錆びさせてしまうのは忍びないわ」



 高く売れそうなのに、と。そう女は言う。


 そしてそれっきり、女の気配は戻ってこなかった。



〈どう致しますか?〉

「……行く。敵地で穴熊に篭もる訳にもいかないだろう」

〈委細承知〉



 顔を上げれば、股を開いた売女のように警戒が無い階段が目に入った。


 走り出そうとして、剣に付いた血に気付きそれを振り払った。


 壁に赤い斑点がこびり付く。


 頭に沸いて出た感慨は、言い方を変えようとやはり苦悩の痛みと同じものだった。





◆ ◆ ◆





 宙に浮いた見上げるほど巨大な大男の足首を引っ掴む。



「んん!」



 その即席の武器で一度大きく周りを薙いで、手近の建物まで放り投げた。


 男の足の関節が外れた感触がしたが、死んでいないという事で一つ勘弁してもらいたい。



 見渡せばそこら中にのびた男が転がっている。それでも猛者の人垣に穴は無いようだ。そもそもここから動く気は無かったが、一呼吸も置けないのは中々面倒である。



「──隙ィ!」



 その証拠にハルユキの頭上から声と槍。


 しぶとく攻撃をかわし続ける幾人かの内の一人。その手には一本の槍。顔は練兵のそれ。握る槍は疾く強い。


 ただその男と全く同じ姿が十六人も居る事がハルユキの常識の裏をかいている。


 他にも目の前からいきなり剣先が出てきたり、足場が砂の渦になったり、視界がいきなり利かなくなる。


 そもそも絶え間なく遠距離攻撃を得意とする人間の火水土風、時には鉄や木で溶岩などで出来た刃と弾のアメアラレ。


 まるで万国ビックリ人間ショーだ。


 それに、出来るだけ一撃で倒しているにもかかわらず敵は増えていく一方に思える。


 恐らく敵は一人だと聞いたので控えていたが、それがまだ倒されないとなったので続々と町中から集まってきているのだろう。


 何しろこの連中──。



「見事ォ!!」



 手近な槍を二本ずつ引っ掴んで柄を持ち主の胴の中心に突き込んだ後、降りて来た残り十二人の内3人ほどを当身で吹き飛ばす。


 そして、広場の端まで吹き飛んでいくそいつ等を見ながらも、喜色満面で突っ込んでくる野郎共。


 ギルドの傭兵は、名高いビッグフットに名を刻もうと意気込んでくる人間ばかりで、この町の人間も戦いに身を捧げた人間ばかり。


 つまりは、全員が全員戦闘狂だった。



「最近の若い奴等は、全くッ」



 決まりの文句を零している間に、剣先が魔力が殺意が迫る。


 一歩前に出てきたのは両脇に居合い刀を提げた痩身の男。それでも貧弱ではなく、腕だけ見てもその体が限界まで引き絞られているのがよく分かる。


 この男も先程から中々仕留められない人間の一人。


 その鍛え上げられた武技はもちろん、男固有の魔法がどうにもその武を引き立てている。


 そう複雑な魔法ではない。

 ただ、握っている剣の一切が消えてしまうだけ。



「ちぃッ!」



 しかし、これが厄介極まりない。


 男は両脇に刀を提げている訳だが、二本ではないのだ。両脇に三本ずつ。そして背中に野太刀を一本。どれも長さが違う刀が納まっている。


 見えているのは鞘だけだ。今男がどの刀を握っているのかどの刀が鞘に収まっているのかがまるで判らない。


 刀の長さは野太刀の五尺から、小脇差の一尺まで。おおよそ五倍の間合いが変幻自在。


 鍛え上げられた腕力と技の前に、見破ることも難しく、まるで何も手に持たずに舞っているかのよう。


 誰かに追撃をかけようとすると、この見えざる刃が文字通り躍り出てくるのだ。この男は最たる例ではあるが、こんな癖がある人間ばかり。中々に歯応えがある。



 しかし。



「これで、三本」

「──糞ッたれめ……!」



 指の先で摘んだ刀を砕く。


 運良くそれは最大の武器であった野太刀だったらしく、男の顔が悔恨の形に歪む。


 再び後退する男を追おうとすると、それに勝るとも劣らない猛者達が群れを成して前に出た。


 ほぼ視界の全ての角度から数えるのも面倒なその数。しかし、武器は武器。一歩引いて、しかしそれでも追ってくる刃先に追い出されるように空中に跳び上がる。



 そして、その先で。



「──っ」



 視界一杯の閃光が目を焼いた。


 火は火と混ざり合い炎となり、水を飲み込み一部が気化し雲となり、風が吹けば雲を巻き込み嵐となり、大地の腕や槍がそれに運ばれて唸りを上げる。


 その全てがどういう訳か殺し合う事もなく、ただこちらを飲み込もうと迫っていた。


 津波である。


 質も量も脅威も殺傷力も、そう呼んで足りない物は何一つ無い。何人。何十人の魔力が一塊に詰まっている。


 町の半分を飲み込む気かと言うほどの規模。


 地上からは、さあこれでどうだ化物、と込められた自信とハルユキの死体を心望むその殺意が露骨に叩きつけられている。どうもあの男も最初から一役買っていたらしい。


 再び津波を見て、ハルユキはそれを見定めるように目を細めた。


 罅が入るほどに歯を噛み締め、意識を、神経を、右足に注ぎ込む。


 出来るのか。


 同じ事をやったのは大分前。対象は比べ物にならないが、自分も今や十分に化物だ。不可能ではない。


 そう決意すると同時に一度大きく筋肉が脈動し、何か言い表しにくい力が流れていく。



「……っぎ」



 不意に、ぼろりと何かがこそげ落ちた。


 これ以上で恐らく"角"が出る。まだまだだと叫ぶ体を今度は抑え付けるために意識を使う。


 最後に、無理矢理口の端を吊り上げて、思い切り右足を横薙いだ。



 右足が振り切られ、風が吹き、津波はそこらの屋根と一緒にかき消えた。



 吹き抜けた風が音まで連れ去ったかのように、静寂が広場を包む。広場に蠢く人間の全てが口を開けて動きを止めている。


 それは、人間をやめる手前の線の上に立っているハルユキにとって、あまりに致命的な隙だった。



 反動で吹き飛んだハルユキは、広場の端の家の壁を蹴り、また元の位置に戻る。


 くるりと反転し、まだ余韻と火照りが残っている右足を再び構える。そして加速しながら今度はそれを地面に叩き付けた。


 地面が罅割れて捲れ、地面の上の何もかもを飲み込んでいく。



 押し潰されれば怪我は免れないだろうが、あれだけ鍛え抜かれた兵士達ならば死なないだろう。


 と、辺りを見渡すと案の定瓦礫を押し退けその場で倒れこむ人間が多く見られる。



「そうトントン拍子にはいかないか……」



 地割れが届かなかったのか、攻撃はしてこないもののまだ奥の方には敵の人垣が見える。


 

「……ちょっと強すぎるなああんた。こりゃ勝てねぇわ」



 そんな風に遠くを見渡している中、声がした。年ではなく、使い過ぎで掠れた聞き取りにくい声だった。



「……嫌に、さばさばしてるな」

「まあ今はな。御国の為には戦えない」



 がらりと足元の瓦礫のを押し退けてその下から出てきたのは、叩き折れた槍を持った先程の男。


 戦う力も無くなったのか、男は役に立たなくなった刀を放り出すと遠くにそびえる城を見やった。



「あんた。あいつ等倒しに来たんだろ? 頼むよ、俺等の王様助けてやってくれ」

「……判らないな。お前等でもこの人数と実力なら問題無いだろう」

「違うよ。俺達じゃあ駄目なんだ。少なくともこの国じゃあそうなってる。アンタが"たまたま"助けなくちゃ駄目なんだ」



 辺りではとりあえず怪我人を運び出す事にしたらしく、こちらに攻め手は無い。


 こちらが自発的に攻撃しない事を前提にしているのだろうが、何とも暢気な風景だ。そんな中、男が胡坐をかいてこちらを向いた。



「この国の王様はな。一番強いからそのまま王様になったんだ。全員守ってやるってな。だから建て前がある」

「建て前?」

「負けたまんまじゃあ、もう王様が胸張れなくなる」

「……言っとくが、ほぼ間違いなくあいつ等は正攻法じゃなかったぞ」



 それでもだ、と男は諦めたような自嘲を漏らす。



「俺が来なかったらどうするつもりだった? 都合が悪くなったら殺されるぞ」

「俺達は骨の髄まで戦士だ。命より誇りを取るさ」

「……なら、何で俺に助力を頼む? 他力本願が誇りなはずもないだろう」



 笑ったまま、男は言った。    



「俺達は家族チームだ。俺の誇りなんぞより家族の命をとって何が悪い」



 この国の人間は戦士だという。


 単純明快な生き物だと思っていたが、思ったよりも難儀な生き物であるらしく、溜息と苦笑が出た。



「……質問がある」

「何だ」

「ここ最近で青い髪の少女を見た奴はいないか」

「あれじゃなくてか」



 男が指差した先には、離れた家のテラスで数人の女子と共にブレイクタイムを満喫している少女が居る。無論その手の中にタンポポの刺青は無い。



「……ここはあれか。託児所も兼ねてんのか?」

「子持ちも多いからな」

「あっそ……」



 また暢気な風景に気概が削がれそうになるのを耐えつつ、まずは形から。表情を引き締める。



「あれじゃなくてだ。外見は同じだが、手の平に薄く花の刺青がある」

「……探して見よう。城下にしては広くはない町だ。探すのにそう苦労は無い」



 そもそもハルユキとしては、あの子供が"殺されに出てくる"のを当てにしていたのだ。


 もう一体子供の死体を用意しそれを殺させる。そうすれば、少なくともあの子供の想像の中の俺は子供と関わる理由が無くなる。


 出来ればそこで何らかの接触を持つべくここで判りやすく暴れていたのだが、どうにも徹底的に引き篭もる事に決めたらしい。


 そして、それはほとんど難儀な場所に隠れている事を証明もしている。そう考えれば、計算していた訳ではないがこの戦闘は良い結果に転がってくれたようだ。


 山の上の町だ。普通の城下町よりはやや小ぶりだといっても、もし何でもない家の中に監禁されていたらそれだけで相当の時間を食ってしまう。地理に詳しい人間の助けは出来れば借りたかった所だった。


 こうなれば、人海戦術だろうが何だろうがどうにかして見つけ出さなければならなくなった。



「最後の質問」

「ん?」



 壊れた町並みを改めて見渡す。



「……いくらなんでも、本気出しすぎじゃないのお前等」

「それは戦士の嗜みだ」

「あ、そう」



 さて、ならばこれからどうするか。

 完全に引き篭もって居留守を決め込まれた以上、特にやる事も無くなった。


 ますます出て来なくなるかもしれないが、先に城に行ってその他全員をこの広場にでも吊るしてみるか。

 そんな事を半分以上本気で考えていると──、


 

「やあ、相変わらず怖いね。君は」



 そんな待ち望んだ声が聞こえた。



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