100対1
ダリウスは半殺しの目に遭いながらも、部下に治療して貰い、まだ腫れた顔のまま、入り口まで降りてきていた。
一瞬でやられたのが何より幸いだったといえるだろう。その心に、ハルユキにたいしての恐怖の記憶はほとんど存在しない。
それでも、体のほうにその恐怖がこびり付いているのか、自分が今まさに始まろうとしている戦闘に加わろうという気持ちは、頭の隅にも浮いてはこなかった。
前で3人倒せば、前以外でそれぞれ3人襲ってくる。それも俺だけじゃなく、俺たちにそれぞれ、だ。
目の前のもうあと二十センチ拳を進めれば倒せるであろう兵士を無視し、フェンに向かってすでに剣を振り下ろしている兵士に蹴りをぶち込み、吹き飛ばす。
フェンはそんなものに、目も向けずに一心に呪文を唱えている。
おそらく治療は風の魔法なのだろう。フェンを中心に空気がせわしなく動いている。
全力で信頼してもらっているのが、分かってしまう。………………なら、応えなければ。
もっと速く。もっと強く。
──────信頼には全力を。
また3人の兵士を吹き飛ばし、肺の中に一瞬で酸素をため込む。その一瞬で兵がいっせいに三歩ほど引いたかと思うと、いっせいに魔法が降り注いだ。
土の。風の。水の。火の。
槍が。刃が。矢が。弾が。
弾幕となって降り注ぐ。
もし人事だったならば、鮮やかな色とりどりの光に感嘆の声を零していたかもしれない、がそれらは全て凶器でそれも全てこちらを向いている。
すべてを防ぐ時間はなかった。弾けば、二人に被害が出る恐れがある。なら、
「吹き、飛べ!!」
渾身の蹴りを放ち、その風圧でほとんどの魔法を吹き飛ばす。だが、土の重量があるものは身を削りながらも俺まで到達する。
数は二本。このままだと一本は俺にもう一本は二人に突き刺さる。
だが遅い。拳銃にも届いていない速さでは、俺には追いつけはしない・・・・・・!
二本ともつかみ取り、苦もなく握りつぶした。すかさず、拳銃を即席で作り出し、魔導師を数人仕留める。
・・・・・・まだだ。もっと速く。もっと強く!
続けざまに第二の弾幕。どうやら、三隊に分けて魔法攻撃を行っているらしい。再び色とりどりの凶器たちが殺到する。
だが同じこと。
再び風圧ですべてを吹き飛ばす。そして残っているであろう土の凶器を耳と目で探す。………が見当たらない。
(やっぱり………)
土の魔法が残らなかった理由は単純だ。一度目のそれより明らかに強かった。強力になった風圧が今度はすべてを吹き飛ばしただけ。
戦いに身をおくたびに細胞が活性化され、最適化されていく。そんな感じだ。おそらく今の俺は、昨日の俺より確実に強い。
(いや、それどころか………………!)
そこで、三隊目の魔導師達が、全員集まって、詠唱しているのが見えた。その頭上には巨大な火球。まるで太陽のように周りに熱気を振りまいている。
一瞬で思考を先頭に切り替える
あれは、吹き飛ばしても………。いや、それどころか近づけただけでもアウトだ。目の前では兵士達が盾になっていて、魔導師を狙うことはできない。
(なら………)
体の左半身を火球にむけ、腕を引き絞り、右手は人差し指と中指、親指だけを使い、御椀のように形る。
ドラゴンのときのように床石に足の裏をたたきつけ、体を引き絞り、同じように引き絞っていた右腕をカタパルトのように突き出し、右手の先から凝縮された衝撃波を火球に向けて打ち出す。
─────"空当て"
衝撃波が激しく回転しながら周りの空気を巻き込んで肥大化し、火球に真正面から激突した。
この空の覇者のようにらんらんと夜空を照らしていた小さな太陽が、爆発霧散し、消え去った。
火の粉が兵士たちに降り注ぎ、パニックになる。
ここで初めて俺は攻勢に出た。俺は視力、聴力などの五感も強化されているらしく、目の前に魔法で土煙が上がっているが相手がどこにいるかくらいは
目をこらさずとも分かる。
ここに来て攻めに出たのは、パニックと土煙のせいもあるが、何よりある程度敵が減ったからだ。敵が減れば、攻撃は減り、防御をすることも少なくなる。
魔術師も剣士も、等しく拳をたたき込み、敵を次々となぎ倒していく。
煙が晴れていくと立っているのは俺と後一人、副長と呼ばれていた男。
片手に短い杖と、もう片方の手には剣、鎧の肩当ては吹き飛んでいて、むき出しになった肩は激しく上下に揺れている。
俺を睨み殺そうかという風にこちらをその眼で見つめているが、その視線は俺が構えた銃に遮られている。
「・・・・・・・・・バケモノ、が。」
乾いた銃声が前庭に鳴り響き、戦いの終わりを告げた。
プツン、と音がしたかのように、集中が一気にとけた。目の前にある静かに寝息をたてている二日ぶりの、しかし何年も会っていなかったかのような感慨で、親友の頬を優しくなでる。
間に合わないかと思った。元の部屋にいなかったときは愕然として、最悪のパターンを思い描いた。万が一、もう殺されていたら、と。
森に放り捨てられたときにも、諦めていた。
あの世で再会できればいいな・・・・・・なんて本気で考えていた。今、お互いが生きたままで、触れていられるのが信じられない。
────私にとって初めてできた友達だった。なぜかいきなり城に閉じこめられて、呆然としていた私に声をかけてくれた。
二人だけになってしまって、心が折れそうなとき、私もそうなりそうな事を気づかないうちに、励ましてくれた。笑ってくれた。私は器用に笑えなかったけれど。
いや、笑えなかったから、ユキネの笑顔はまぶしかった。だから私もユキネが時々つらそうなときは、励ますことにした。
ユキネのように上手くはいかなかったけど、それでも支え合ったいれたと思う。
ユキネと引き離されたとき、とたんに私は弱くなった気がした。実際弱くなったのだろう。心は折れて、体の震えが止まらなくて、
そんなときに今度はハルユキが助けてくれて。
私は助けられてばっかりだ。ユキネにも、ハルユキにも。支え合っていきたい。今はまだ助けられることの方が多いけれど、どれだけ借りがたまっているのかもわからない
けれど、今ひとつ、今まで助けられた事に比べたら本当にちっぽけだけど、この親友を助けられたことがとても嬉しくて、少しだけ・・・誇らしかった。
「ユキネ・・・。」
私の親友は未だ目を覚まさない。
城の前庭に王女をさらった男が降り立ってから、もう30分程がすぎた。
「な、なんなんだよ! あいつは!? 80人いや、100人はいるんだぞ!? なんで、なんでまだ立ってるんだよ!」
それどころか、もう70人程が、そこら中に倒れ伏せている。
あの男は、"守っている"にもかかわらず、だ。
ただ来る相手だけを倒しているのであって、積極的に倒していこうと思えば、こちらはもうとっくの前に全滅しているのではないだろうか。
また一人また一人倒されていく。
「なんですか、この騒ぎは・・・・・・。ダリウス、なんなのですか一体。」
親父が、欠伸をしながら前庭まで降りてきていた。
もう眠りに就こうとしていたのか寝間着姿で、その顔にはけけらの緊張感も感じられない。
「お、親父、逃げよう! 侵入者だ!」
「し、侵入者!? 数は!? まさか、反乱ですか!?」
「い、いや、あの王女を助けに来たみたいで、数は・・・・・・ふ、二人、だ。」
侵入したのが二人だと聞いて、親父が大きく胸をなで下ろした。
「二人? そんなもの、殺してしまえばいいでしょう。それにあの王女は逃がすわけにはいかないでしょう。
王族は根絶やしにして、私の王座を不動のものにしなければならないのですから。」
「だ、だけど、もう五十人以上は倒されて・・・・・・。」
「お黙りなさい!! 五十人がなんです? 五十人倒されたのなら、もう五十人戦わせればもう生きてはいませんよ。
ほら、もう静かになったでし・・・」
庭に顔を向けた親父が顔面を蒼白にして、言葉をなくしている。
な、なんだ?
恐る恐る顔を庭に向ける。
そこでは、ぽつんと男が一人だけ立っていて、こちらを向いて笑っていた。