来襲
「街ごと吹き飛ばすか」
「却下だ、馬鹿者」
コンコルドが雲一つない空を翔けている。ユキネの呆れた視線を避けるように、すれ違う景色を見つめた。
「……まあ、それは冗談だとしてだ」
後は自動操縦に任せて、操縦席の後ろに下がり、地図を広げてそれを囲うように三人で座り込んだ。
「正午には着く。それまでに少し打ち合わせをするぞ」
「打ち合わせ……?」
不思議そうな顔をするユキネをハルユキはじとりと睨め付ける。
以前どこぞの誰かにも言われたが、こいつもどうやら自分が正面から突っ込むものだと思っていたらしい。
そもそも、ユキネとシアを連れて来たのは正面突破ではない役割がそれぞれあるからだというのに。
まずはユキネ。
正直ユキネは戦力的に外せない。敵を殺して回る事が目的ならハルユキ一人でも何の問題もないが、今回は違う。
ハルユキ一人では、魔法に対して無防備なのだ。先手を取れれば使う前に無力化も出来るが、事前に対策を練られていれば随分面倒になる。
そこで、ユキネだ。
実に都合がいい事にユキネの能力は魔法に対して圧倒的なアドバンテージを持つ。呪いも結界も全て無効化出来そうだと言うのだから大したものだ。
「まあ、ユキネは判ってると思うが、魔法関係で何かあったら助けてくれ」
一通り説明すると、ユキネもそんな役回りを想像していたのか、迷いなく頷いた。
「んで、シアだが」
「すみません、我侭ばかり……」
「まあ役立たずだったら後で文句を言うが、来たからには役立たずにはさせんから安心しろ」
「はい!」
「よし、それじゃ確認だが、シアが姿を見られたのは例の薄気味悪い子供だけだな」
「はい。もう一人は……」
言いにくそうに口を噤んだシアを見て続く言葉の内容を察する。
確かシアの長年の敵の死体が倉庫街で見つかったらしい。それはシアの敵だったらしく、心中は残念ながらハルユキには想像も出来ない。
「それで、その子供なんだが」
言葉を遮ると、恐らく遮った意味まで察してシアがこちらを向く。
「恐らく、今回はこちらが来たと分かった瞬間に隠れる。と言うより安全な場所に引き篭もていると考えている」
「……万が一にでも生きているフェンさんを見せたくないから」
「そうだ。わざわざダミーを用意して本物を野放しにはしないだろうし、本人も出てこないだろうな」
「それは……」
「監視したいって言うのもあるだろうが、なんせ怒り狂った俺に殺されるからだよ」
ある言葉に過敏に反応して顔を上げたユキネに溜息を吐きそうになったが、その不安げな顔を見てその気も失せた。
仕方無しに、判ってるからと念を込めて頭を軽く叩いて、話を続ける。
「俺が万売りから買ったのは、奴等がいる場所と三人が居る場所。そして、そのどちらもビッグフット」
「はい」
「まあ既に隠れているつもりだろう。しかしあの子供はそこからもう一度隠れる。そこでシアだ」
万が一にでも知られない為に、仲間内にさえもフェンの存在は隠すだろう。
相手にとっての最善手は、ハルユキ達にフェンと子供が別の場所にいると思わせること。
次善策として、フェンを押し込め自分だけ出てくる。しかし、これではハルユキに殺される可能性が飛躍的に高くなる。出来れば選択したくないはずだ。
よって、見つかり難い──いや、正攻法ではとても見つからない何処かにフェンと共に身を隠す確率が一番高い。
ならば、その子供にしか顔を知られていないシアはこの中の誰よりも自由に動ける。
加えてあちらは、事細かに居場所を知られているとは思わない。
それは万売りの少し怪しげな手腕による物だが、レイと古来からの顔見知りであるという事、鎧が欲しい時に鎧だけを持って現れた事。明らかな致死だったフェニアを助けて退けた事。
この三つの点から考えても、情報にある程度の信頼、は無くとも怪しさも相まって商品の品質に信用は置ける。
「それで、私とシアは一緒にいれば良いのか?」
「ん? ユキネは顔を知られてるだろうからそれじゃ意味が無い。別行動だな。それぞれレイとジェミニを探してくれ」
「……私はともかく、シアは危なくないか?」
危ないか否かと聞かれれば確かに危険だ。敵地なのだそれは当然。
しかし、それにいまいち実感が沸かない自分もいて、その理由も判っている。
「危なかったら叫べ。多分判る」
今も集中すれば、音速に近い速度で移動している似非コンコルドの排音を掻き分け、通過した地上の村の喧騒の一つを聞き取れそうだ。
毒だ。これ程の感覚は過敏すぎて常人には毒になる。毒にならないのはつまりもうそういう事なのだが。余りにも今更な話だった。
「それじゃ、ハルユキは?」
「俺は、フェンを探す」
「……でも」
「まあ簡単じゃないだろうが、何とかする。しかし手間取る事は手間取るだろうから、出来ればお前達に二人を見つけてもらいたい」
納得したのか、二人とも互いを見合わせてから深く頷いた。
その顔には稚拙なが適度に張り詰めた緊張感が伺える。
オウズガルの一件はかなり陰惨な戦場だった。それを乗り越えているならば、そう後れを取る事も無い、と願いたい。
「それで、結局具体的にはどうするんだ」
「お前達二人は見つからないように下ろすから城に向かってくれ。信じ難いが、奴等はオウズガル襲撃の昨日にビッグフットの実権を掌握したらしい。いるのは城だろう」
また少女達は小さく頷く。
「じゃあハルユキは……?」
「決まってる」
正面突破だ、と言うと、やっぱりかと返って来た。
◆ ◆ ◆
あと数分で目的の街まで着く。
大雑把な打ち合わせも終わり、ハルユキは何やら煩雑に設置された機器を弄っている。ユキネ達は飛び降りる事になるので、気圧を調整しているらしい。
シアが興味があったのか機内の探索に行ってしまったので、ユキネは言われた通りに鼓膜の違和感を唾を飲んで解消しながら、その横顔を眺めていた。
思えば慌しい出立だった。
ハルユキはまだ意識を取り戻して二日と経っていない。それにそもそもあの大騒動から一週間なのだ。
しかし巧遅より拙速を尊ぶとも言う。そもそもあんなイカれた連中にいつまでも3人を浚われておいて良い訳がない。
だからこの不安はどうせ自分への不信感の集まりなのだろう。
じっとしているのは嫌いだ。
動いていないと、またうじうじといらない思考が回りだす。こんな時はいつも剣を振るが、今回はそんな暇も無かったから。
(……駄目だ)
両腕を頭に持って行って、頭皮に軽く爪を立てる。
何も考えなければどれだけ楽か。しかし駄目だ。偏頭痛のように、気付けば悩みが頭を苛めている。
通用するのか。邪魔にならないか。いま少しでも出来る事はないのか。この辺りはまだいい。
しかし、本当に来てよかったのか。本当にあの時ハルユキを止めてよかったのか。止めた事で最終的に誰かが死ぬ事になって今度こそ後悔する事になるんじゃないのか。
過去の事まで掘り返し始めると、もうどうしようもない。
がり、と頭皮に爪が音を立てる。短く切った髪の隙間から流れてくる空気すら鬱陶しい。
目の奥に疲れを覚えた。それ以上疲弊するのは芳しくない。目を瞑って、背凭れに体重を預けた。
今更ながら、この妙に柔らかいソファは何なのか。後頭部を埋めて行くと、少しだけ頭痛に似た思考が緩まった気がした。
「あ」
ボーっと視線を投げ出した先で。
「また分かりやすいな」
調節を終えたのか、呆れたように笑っているハルユキと目が合った。
「うるさい……」
未だ頭に残っていた右手を慌てて下ろして、ユキネは顔を逸らして更に体重を背凭れに預ける。
そろりと、ハルユキの手がその椅子の傍らにあるレバーに伸びた事は気付かない。
「すかしてんじゃねぇ」
「あひゃあ!」
半笑いの声ととも引かれたレバーは背凭れのロックを外し、これ以上ないほど背凭れに寄りかかっていたユキネを引っくり返した。
「あひゃあだってよ。愉快な奴め」
「おのれ……! どいつもこいつも……!」
「悩め悩め。若い内なんかは買ってでも悩め。一端に悟ったつもりの人間ほど馬鹿な生き物はいないもんだ」
起き上がったユキネの頭にハルユキ手が乗っかり、何となく怒鳴る気概が抜かれてしまう。
ぽんぽんと宥めるように数回頭を叩くと、ハルユキは一歩下がって自分の席の肘置きに腰を下ろして、今度は純粋に笑った。
「悩め。頑張れ」
「あ……」
「それとも、もう疲れたか」
「……ん。いや、頑張る」
ふと、視線を向けてみる。
「じゃあ、ハルも悩むんだな……」
「いやいや、俺は生後五秒で超人だったから。悩んだ事なんてない」
「じゃあ、馬鹿な生き物だったのかお前は」
「……まあ、思春期はあったよ。それなりに」
がちゃり、と扉が開く音がした。
視線をやると、こちらに困った顔を向けているシアが立っている。
「あのハルユキさん。少し、……何と言うか、問題が」
「問題?」
「来てもらえれば、分かるかと……」
はいはい、と返事をしてハルユキは立ち上がり、ふと足を止めてユキネを見て言った。
「悩めよ若人。婆になるまで悩めてりゃ上等だ」
最後に小馬鹿にするようにユキネの額を指先で小突くと、客席の方に悠々と歩いて消えた。
◆ ◆ ◆
「およ、アリエス。なあにしてんだ?」
壁に背を預けて目を瞑るアリエスに、如何にも軟派でひょうきんな声がかかった。
アリエスが目を開けると、その先に予想と違わぬ軽薄な格好と軽薄な表情を引っ掛けた小男が一人と後ろに続く黒尽くめの女が一人。
「貴様を待っているんだ。20分前からな」
「ありゃ、どうしちゃったの。発情期? パンツ脱ぐ?」
「あら、こんなに人数集めたと思ったら、乱交でもするつもりだったの。気付かなかったわ。パンツ脱ぐの?」
「幼稚な茶々は止めろ。貴様等で最後だ。キャンサー。ヴァーゴ。下着なぞ脱がん」
「俺が脱ぐ?」
「むさい醜男のパンツ見ても楽しくないわ。部屋で一人でやって頂戴」
「……よし。なら折衷案だこうしよう。三人でパンツを脱いでそれを片手に部屋へ……」
「つまり何度殺せばその口は閉じるのだ」
喉元に刃が触る。つ、と男の目が明後日に逃げた。
「こりゃ失敬。お詫びといっちゃなんだがヴァーゴが明日からパンツ二枚ずつ履くから許してくれ」
「貴方は頭に被りなさいね」
「変態談義はやめろ。行くぞ、お待ちだ」
キャンサーの喉元に突きつけた鉄槍を体の内に引き戻し、静かに言を制しながら白髪の女は壁から背を離した。そして直ぐ隣の巨大な扉に足を運ぶ。
紅く豪奢に塗られるは王の扉。やれやれと肩を竦める馬鹿二人を意識の外に外しながらそれを押し開いた。
「揃ったか」
扉を開け切った途端、別段大きくも無い声が不思議と部屋の中に木霊した。
その姿と、思い思いの場所で時を待つ、名ばかりの同胞共を見やる。本来なら十三人居る筈だが背中の二人を合わせても十に満たない。
そも十三人が揃った事は一度も無い。
死ぬ者も珍しくは無く、所謂永久欠番も存在する。揃った。と主たるオフィウクスが見下ろす前には現在、自らを含めても6人ほど。
欠番はジェミニ、アクエリアス、レオ、サジタリウス、タウロス、ラィブラ、キャプリコ。中には当然もう帰らない者も居る。
「さて、」
「……鬼事でもする気か? 生憎俺は児戯に付き合えるほど童心が残っていないが」
疑問を声にするのは、オウズガル事変に参加していなかった男の一人。
オフィウクスと同じ金髪だが、分相応に肩より上で切りそろえられ、顔は何処か尊大な色に塗れている。
「戦士向け勇士向けの遊びだ、ピスケス。殺すも由、殺されるも由」
アリエスがそう言ってやると、キャンサーが賺した様子で短く口笛を吹く。
実際、この組織には好戦的な人間が多く、奴もその多分に漏れないがそれでもあの化物と相対する事を楽しみにしているのかと思うと、どうしても愚かに見えて仕方が無い。
「そうだな。倒し果せた者にはこの国をくれてやる。励んでくれ」
なればこその閣下のこの発言。
驚いた顔が三人、それは有り得ぬと眉も動かさぬ人間が四人。その四人は全てあの化物と相対した人間である。
「……ホントに良いのかい、大将さんよ。と言っても俺はそんなモン要らないんだが」
「構わんよ。この国は只の副産物だ。気を引く物が有る訳でもない」
「──その言葉、違いは無いだろうな」
食らいついたのは案の定、尊大を絵に描いたような男。
「止めときなさいピスケス。少なくとも功を急いで単独で行けば綺麗に挽肉よ」
「黙れ売女。貴様等が仕損じたからといってその無能さをこの俺にまで押し付けるな」
影に体を潜めるように警告を発したヴァーゴは、貴族然とした言葉に肩を竦める。
「それと、お前には名を返すようにレオに頼もう」
感情を抑えるのを嫌うかのように、オフィウクスが言葉を続ける。
その言葉がピスケスを焚き付けるのに有効だったのは、憎々しげに見張られた目を見れば誰でも悟っただろう。
「敵戦力は」
「一人か。多くても5人以下だろう」
またしても、その場にいる3人の顔が強張った。
「貴様は今、戦争だといわなかったか」
「戦争だよ。我等が闘争は全て戦争だ。一人と一国が鎬を削る戦もあるだろう」
「あるものか! 貴様等は何人がかりでオウズガルの殲滅に失敗したか、記憶に新しいだろうが!」
「待て」
オフィウクスが止めたのは、高慢なピスケスの言葉ではない。
その喉元に今にも突き立ちそうだった、鉄の手刀。その腕は酔いどれそうな程の殺意に満ち満ちている。
「アリエス、構わん」
「は」
「ピスケス。作戦行動自体は成功を収めているつもりだ。戦果も少しは見てくれれば助かるが」
「……ち」
引かれた鉄の刃にピスケスは忌々しげに舌打ちをし、そのまま大仰な外套を翻して扉に向かう。
「待て」
その背中に、柔らかに声がかかる。
ピスケスは今度は何だと不愉快だけを露にして振り返った。
しかし、アリエスはその声に僅かに眉を顰めた。何やらオフィウクスの声がいつもと何処か違う事に。
「鬼は地の底に住むものだと記憶していたが」
それは、いつもより僅かに穏やかで、僅かに澄んでいて、僅かに傲慢。その声は言ってしまえば心地よくほろ酔いを満喫しているような声だった。
そして、その声は見えるはずも無い正鵠を打ち抜いた。
「天から、御出でになったぞ」
的を得ない言葉。しかし、皆が一様に太陽を覗き込む。
目を眩ますその光球の中に、今にも不吉を告げてきそうな黒い点がこちらに向かっていた。
◆
「また、でけえな」
ユキネ達を下ろして三十分。一度通り過ぎた街に減速しながら戻ってきていた。
二人は城までは同行して(ユキネが担いで)、今頃は城の門前程にまでは到着しているだろう。
時刻はちょうど正午ぐらいか、太陽を背に涼しい影が体を包んでいる。
そして眼下には敵の住まう町並み。賑やかに、しかしそれほど人通りは多くは無い。ビッグフットの首都、『ガリヴァ』。その人口、数えて五千。今現在は一万ともう一万ほど。
少ない。余りに少ないその人口。
当然少ないのはこの切り立った岩山の頂点に乗っかった町だけ。他の町村では農業やら畜産なども盛んだとか。
しかし、"偉大な歩み"。その名を有名にしているのは、膨らんだギルドチームが国を飲み込んだ事と、そして、その圧倒的な軍事力。
戦争でも起こるならば、この天然の城壁は登る事さえも難儀であり、慣れていない者なら空気の薄さに膝をつく。
しかし、そんな事よりも。
今は魔法の時代なのだ。一定の戦力の平均的向上より、個々の能力がどれだけ戦況を左右しても不思議ではない時代だ。
よって、この時代の軍事力とは即ち兵力である。
そして。
よりにもよって、チームとして最大になり国にすら成り遂せたこの国には。
冒険者ギルドの、総本山が存在する。
それは即ち、いつでも傭兵の補充が利くという事であり、常に街中に戦士が溢れているという事。
そしてそれにより治安を荒らさない為に、住む"きっかり五千"の民は全て選ばれた武者なのである。
主な特産は、剣、刀、槍、鎧、盾、兜、その原材料、──そして兵力。
無論、他な町では先に述べたとおり農業も畜産も有るには有るが、それも殆どは自給のための物。
優れた鍛冶技術も、優れた医療技術も、そして優れた戦闘能力も全て魔法で持ちえる事が可能だからこそ有り得る国である。
無頼国、覇国、武国、鉄国。鬼国。婆娑羅国。
そう呼ばれる国。
異なるではなく、異常な国と書いて異国である。
既に、幾つかの視線がこちらに向いていることを悟る。ならば、そう待たせるのも無粋と言うものだろう。
ちょうど太陽と町を繋ぐ線上の辺りで、失速を続けていたコンコルドが重力の鎖にとらわれる。
頭を垂れ、翼が翻り、落ちる。
落下を始め。落下し。まだ落下する。
壁のようにすら感じる風を体中で受けながら、ふと思い起こす。
同じような事を半年前にもやった記憶がある。状況もほとんど同じ。今回は陽動と言うわけではないが実際には同じような事になるだろう。
あの時手を組んだ少女が今度は囚われる側ではあるものの、代わりに助けた少女が今回は助けるに回っている。
なんとも奇妙な縁だと思う。
直に地面が目前まで迫ってくる。
町の中心の開けた広場。いち早くどこかに駆けつけるのならば、ここに陣取るのが都合が良い。
既に危機を察したのか、辺りには誰もいない。
コンコルドの鼻先が頭が体が翼が。地面と対決し、拉げて潰れて砕けて、爆ぜ。拉げて潰して砕いて、爆ぜた。
爆炎が広場を舐め、鉄の破片を撒き散らす。
それもつかの間、燃え盛るコンコルドは元はナノマシン。破片が待ちの景観を損なわないうちにさっさと消すと、火も瞬く間に下火に変わり、一筋の焦げを地面に残して消える。
「おじゃまします」
そう、あの時もこう言った。わざとなぞった訳だが、嫌に懐かしい感覚に頬が緩みそうになる。
「御用件は?」
しかしあの時とは違い返って来たのは、慌てふためいた声ではなく芝居がかった用向きを問う声。それと、肌に痛いほどの闘志の視線。
気紛れに吹いた風の一陣が、残っていた砂塵と煙を浚っていく。
「……」
ぐるりと周りを見渡す。
顔。
顔。時々兜。編み笠。
剣。拳。刀。槍。槌。短刀。棍。刺又。針。杖。苦内。弓。斧。
いつの間に集まったのか、とりあえず数百人が周りに人垣を成している。大した錬度だった。これから相手をするとなると面倒な事になるのだろう。
しかし今はその前に。先程シアが見つけた機内に潜り込んでいた少女──フェニアを見下ろして声をかける。
「耳がごわごわ」
「……唾飲み込んでみ」
「治った」
「よし」
下ろそうかとも思ったが、うろうろされても迷惑なので小脇に抱え上げる。
「御用件は?」
そんな暢気な空気の中、辛抱強くももう一度声がかかる。
同時に空気が凝り固まって熱を帯びていくような感覚を覚えた。人の視線は重ねればこれほどの圧力を持つらしい。
さて、それはともかくなんと答えたものか。
無視して突き進んでもいいが、それはいくら何でも無粋である。
戦争か。──否、人死には避けるととりあえず誓っている。
逆襲か。──否。この人間達には恐らく関係が無い事だろう。
ならばどうしたものかと、考えているうちに当たっている視線が何かを語ろうとしている事に気付いた。
そんな大した物ではない。ただ、爛々と光らせながら期待しているのだ。
すとん、と心地良いほどに納得がいった。
「喧嘩を売りに」
一瞬の空気の静止があって。
決戦の鬨が、町を根こそぎ震わせた。