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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
156/281

残暑の夜

 結論から言えば、今日中に助け出すなどと言う事は無理だった。

 如何になにもかもを売り棚に揃えているといえど、選別に一晩かかると、そう言われてしまえば是非も無く一晩を待つしかなかった。


 不思議とハルユキに焦りはなかった。

 それは更に鋭敏化した神経が何かを感じ取っているからなのか、それとも情が鈍化したのか。


 そんな無為な事を考えながら、ハルユキは城の外壁の上で夜の闇と溶け合う町を眺めながら、久しぶりの煙草を吸っていた。

 ユキネに見つかれば大目玉だろうが、まあ一度くらいなら愛想を付かされずに済むだろう。


 つまり問題はこいつだ。


「…………」

「…………」



 恐らく、フェンの代わりに刺されフェンを死んだと思わせる為に残された青い髪の少女。

 身代りと言うだけあって、その外見も無表情も完全にフェンと一致している。それこそ、例の刺青が無ければ判別するのは難しかったかもしれないほどだ。


 万売りがこの少女を助けたのはあの子供にも想像できなかった事なのだろう。

 現に命だけは助けたといっても、希少で高値で危険度が高い劇薬を致死量ギリギリで使いそれでも何とか助かったと言った具合らしく、脳には少なくない障害が残っているだろうという事だ。


 ほとんど何も話さないし、自発的に動こうともしない。ただ、ハルユキを見つけてからはその後ろを黙って付いてくるようになった。


 恐らく、脳が傷付く前に傍に居たからかそれともハルユキの顔だけは記憶に刻みつけられ"作られたか"だ。


 フェンと同じ顔でじっとハルユキの後ろに立つ、"フェニア"の顔を見る。

 無表情。

 人間的とはおよそ思えないその顔が、フェンの表情と嫌でも重なる。思わず頭に手を伸ばしそうになって、しかし拳を作ってそれを止めた。




  ◆



「クローン、ではないでしょうか」

「……今、なんて言った?」



 彼女の正体。

 双子か、姉妹か。そっくりさんか。整形か。

 魔法の類かもしれないとも思ったが、完全に独立した存在に見える。魔法は得体が知れないし理解も出来ないが、命を作り出せるとは思えない。


 結局ドッペルゲンガーかなにかじゃないかと言う意見で適当にまとまりそうだったが、シアが言った意見に引っくり返された。



「あ、あの、この間の敵の人達の中に同じような人達が居て、その技術がクローンだ、って……」

「……どんな奴だ?」

「子供でした。十歳ぐらいの。でも何処か……」

「胡散臭い」

「……はい」



 クローン、確かにそう考えれば納得はいかないこともない。


 しかし、この科学技術皆無の時代に、電気すらない時代に果たして可能なのか。知識が時間が資料が大規模な機器が大量に必要なはずだ。



「……」



 横目でフェンの顔をした娘を見る。確かに、クローンだとでも言わなければありえないほどの似方だ。


 それも、相当厳密な管理の下でなければあれ程は似ないだろう。



「なあ」



 自分が呼ばれたと判ったのか、娘がこちらにその無表情を向ける。


 背筋が寒くなるほどに似ている。双子だとかそういうレベルではない。こだわりではない、その杓子定規な表情には固執だとか執着とかいう怨念染みた物すら感じる。


 呼ばれたと思ったのか、ふらふらと立ち上がると、やはりふらふらと歩いてハルユキの目の前で止まった。


 隣でユキネかシアが喉を鳴らした音が聞こえた。それほどだ。それほど似ていて、しかし何かが決定的に欠けている。



「……どうするんだ、この

「後で考えて良いだろう。どっちにしろ明日はここに置いて行く」

「そうだな……」



 じっとハルユキの方を向いている瞳は、きっと何も映していないのだろう。


 目の前で手を振ってみても反応はなく、何処から来たのか、何者なのかと聞いても全く反応はない。



「名前は? なんて呼べば良いでしょうか?」

「呼ぶ機会があるか?」

「不便だし、可哀想だろう」



 フェンと呼ぶわけにも行かないし、とまた三人で頭を捻る。



「フェニア……」



 その声もまた怖くなるほどフェンとそっくりで、背筋が寒くなる。



「フェニア・ミストガルナ」



 その名前。


 聞いた事もないその名前はまた新たな疑問をハルユキ達に投げ掛けるだけに終わった。




  ◆ 



 今、フェニアはハルユキが座っている所から人一人分だけ離れて座り、足を中空に投げ出して正面の何処かをひたすら見つめている。


 つい最近、似たような事があったなとハルユキは無意識に記憶を探る。場所は違う。隣に座っている人間も違う。座っている位置の距離も違う。


 それでも思い起こしてしまうほどに、フェニアはフェンに似すぎている。



「ずいぶん感傷的じゃねぇかよ」

「出てくんな九十九。大人しくヒッキーやってストレス溜めてあわよくば死ね」



 月明かりで薄まった闇の中に一層濃い影が浮かび上がった影に一瞥をくれて、ハルユキは暗い町並みに視線を戻す。


 昼間の作業の疲れと、まだ修復し切れていない危険な場所とそして少なくない火事場泥棒の存在からか、眠らない町は眠ってしまっている。


 魔法を使った復興作業の効率は凄まじく、六日の間に復興作業は十分の一程まで進んでいるらしい。



「何だ。驚くかと思ったんだがなぁ」

「幻聴に幻覚が加わったんだろ。益々頭がおかしくなっただけだ」

「ノリが悪いな。ダチにゃあなれねぇタイプだ」

「俺以外に話す奴もいねぇだろうが」



 実際、九十九が化けて出た事に驚いていない自分に驚いているほどだ。


 更に力は強くなった。視力も、聴力も上がっている。


 力は気を付けなければドアを破壊してしまいそうになるし、目は闇が視界を塞ぐ事を一切許さなくなり、耳はこの更けた夜に喧騒を感じて眠れないほど。


 人間離れもここに極まれりだ。霊視か何かが身に付いてしまっても不思議には感じないのだろう。



「煙草か。寄越せ、俺も吸う」

「……」

「んだよ」

「……いや、別に」



 マッチと煙草を投げ付けてやると、すり抜ける事は無くそのままそれを受け取った。そして、厚かましくもハルユキの横にどかりと座り込んだ。


 小さく舌打ちを一つ。聞こえただろうに、九十九は涼しい仕草で煙草に火を付け、顔を顰め、直ぐに煙を夜に吐き戻した。



「何だこりゃ。こんなもん吸って何が楽しいんだお前等」

「煙草は肺で吸うんじゃねぇ。見栄で吸うんだよ」



 ちっと九十九が舌打ちして、煙草をハルユキへ放り返した。それをポケットの中に突っ込み、もう一度町を眺めてから、視線はそのままにハルユキは口を開いた。



「あと、何日だ」

「三日。まあお前の無理次第で幾らでも短くなるだろがな」

「十分だ」

「また負けるんじゃないか?」

「負けないだろ」

「あっそ」



 最後に咥えていた煙草を握り潰すと、九十九は立ち上がった。



「ま、殺すか殺さずに捕まえるかぐらいは決めとけ。じゃないとまた足掬われる」



 それと、と。


 九十九は明後日の方向を見て、口元を上げた。三日月形に歪んだその口の中だけが、肉々しい赤色だった。



「──お客さんだ」



 闇が薄い夜の月の下。


 襤褸のような白い外套を風に揺らしながら、そいつが紅い眼光をこちらに向けていた。



 くっと親指で指した背中の方向に有るのは、未だ復興の手が付けられていない闘技場。




◆ ◆ ◆




「……ハル?」


 当たり前のように夜中に目が覚め、寝ていたソファから身を起こして、かけていた毛布を押しやる。

 

 小さく寝息をつくシアが向かいのベッドに居て、しかしハルユキの姿がベッドに無かった。


 靴がない。

 別に騒がしさを感じたわけでもないから、トイレかそれか風に当たりに行っているのかだろうか。



「ハル……?」



 探しに行こうかと立ち上がったところで、ユキネは顔を顰めた。流石に。これは。いくらなんでもみっともないのではないかと。


 冷静に考えて、ちょっと目が覚めて外を出歩いているだけだ。

 親犬と一緒に眠る子犬じゃあるまいし、いつもいつも引っ付いている必要はないのだ。



「……私は、重くなんかない」



 そして結局一歩も動かないうちに、ユキネは毛布の中に再び潜り込むと無理矢理目を瞑った。




 十五分後。

 ユキネは不安げに眉を下げながら廊下を歩いていた。


 最初はトイレに行くと自分で宣言して部屋を出て、どうせだから行ったところがない所に行ってみるかと最寄のトイレと反対方向に歩き出して、そして今階段を上がり三つ目のトイレを通り過ぎた。

 正直もう部屋に戻ろうと思い直していたが、同じような景色に既にもと来た道も見失っていた。



「あー…、もう」



 肩を落としてユキネは角を曲がる。


 見覚えのある景色を期待したが、同じようなのにどこか違うと判る廊下が現れて、また一つ溜息をつく。



「何してるのよ、貴女」

「うひあっ!?」



 叫んだ声は声に驚いたからではない。その前に、うなじに冷たい何かが押し当てられたからだ。



「うひあだって。ふふ、可笑しい」

「……引っ叩いていいか? ノイン」




 ◆ 




 ノインが持っていたのは、強めの酒で今はそれがゆっくりとグラスに注がれていた。



「よく飲むのか?」

「今日は少し長く眠れそうだから。少しだけ」

「……眠れないのか?」

「少しだけね」



 ノインは行儀など気にしないのかベッドの小脇にある机を引き寄せ、ベッドに腰掛けたまま酒を口に運んだ。


 ユキネはその対面にあるソファに恐る恐る腰を下ろす。



「貴女も少し飲む? 明日出発なんでしょう? と言うか何で起きてるのよ」

「トイレに……」

「行ってないじゃない」

「…………ハルが、居なくて」

「うわぁ……」

「くっ……!」



 呆れたような馬鹿にしたような笑いを堪えているような表情のノインに、言わなければ良かったと恨めし気に睨みつける。



「……ノインは、来ないのか?」

「え? ああ、そりゃあね。そんなレジャー感覚で行ける訳無いでしょ。それに復興が先だと思ってるし、果たして行っても意味があるのかとも思うわ」



 馬鹿にするのは止めたのか、まじめな表情で机に飲み終えたグラスをを置くと、ノインは小さく溜息をついた。



「意味が、ない……」

「判ってるでしょ、貴女も。貴女をここに呼んだのは少しその事で話をしたかったから」



 まあ、一人酒が寂しい事もあるけど、とグラスの底から一センチ程だけノインは酒を注ぐ。からん、と氷がバランスを崩してグラスの音で涼しい音を立てた。


 夜は耳に痛いほどに静かで、氷の音を最後に部屋の中にも沈黙が下りる。


 そして、酒をノインが口に運んで、また口を開く。



「私が居なければハルはきっと捕まらなかった。ジェミニとレイがいなければハルはきっと傷付かなかった。フェンがいなければハルはあんな髪になって一週間生死の境を彷徨う事は無かった」

「それは、でも……!」

「違わないはずよ、一つもね」



 小さく喘いで、ユキネは苦しげに視線を落とした。



「寄って集って足を引っ張って。そこを敵に袋叩きにされて。味方なんて一人も居なかった」



 ハルユキにそう言ったとしてもそんな事は関係ないとハルは言い張るだろう。


 ノインは敢えて言わなかったのだろうが、ユキネにも足を引っ張ったという事実は該当する。


 後悔はないのか。

 しかし、もしあそこでハルユキを止めなかったら、わざわざ迷うような事を吹き込まなかったら、きっとハルユキはあの場の敵を圧殺していただろう。


 殺す殺さないのやり取りの中で、一瞬気持ちがぶれる事がどれだけの足枷になるかはユキネも理解している。

 だから、あんな規格外達相手にそれは決定的な勝因になったはずだった。

 

 ならば止めねば良かったのか。

 駄目だ。

 それでは駄目。別の後悔がこの身を苛む。


 だから後悔するのは、選択の如何ではなく、一人では仲間さえも救えない脆弱を、敵を殲滅できなかった無力を。ただ只管に呪う。


 恨むべく怨むべく憾むべく。


 どうして無力を恨まずにいられよう。彼らに自分がどれだけ助けられてきた事か。

 夜も眠れなかった悔恨がまたむくりと首を擡げる。ハルユキが回復した喜びを押しのけて、荒れ狂いそうになる。

 掌に爪が食い込む。放って置けば掌を穿ちそうな所で、ノインが察したように話題を変えた。



「シアは多分、行かないと言うと思うわ。頭が良さそう、と言うか考え過ぎそうな娘だから」

「……そうだな」



 思えば、ハルユキが助けに行くと言った時シアは少したじろいだ様に見えた。

 

 確かにシアはそう言うかも知れない。きっと、悔しそうに奥歯を噛み締めながら、それでもそれを隠して笑いながら。


 シアがジェミニにどんな感情を抱いていたかは知らないが、それでも多大すぎるほどに感謝の念を持って日々過ごしている事を知っている。

 だからこそ、浚われたと聞いた時の、──自分の無力さを叩き付けられた時の心情は想像に難くない。


 仕方無しに俯くユキネも、それを見て苦笑し酒を勧めるノインも、カーテン越しに光る闘技場の様子には気付かない。





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