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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
139/281

騎士ではなく

「キングと、クイーン……?」



 訝しげに眉根を寄せながら、ミスラは律儀に女の言葉を復唱した。


「そ。ああ、ちなみにあの太陽とは別にね。というより、あれが貴方達のキングなんじゃない?」


 場を混乱させて時間を稼ぐ気なのならそれは、今現在成功を続けていると言えるだろうが、残念ながらそうでない事は女の愉快気な表情が物語っている。


 ならば、何なのか。



 言葉の通り。


 何かが、この戦場までやってくる。



「あいつ等の思い通りってのも癪だから。せめて抵抗してあげて」



 女は堪らないかとでも言うように唇の端を更に更に吊り上げる。



「この地で戦争があって、命が散って血が流れて、人の不安を煽る事が目的らしいわ。まあ、タウロスはタウロス。私は私で別に目的はあるんだけれど」



 ──タウロス。


 それが誰かまでは見当は付かなかったが、口振りからしてこの女の仲間であることは間違い無い。ミスラは横目で窓の外の様子を伺った。


 外では相変わらず陽光が上から差し込んでいて、町中をまるで昼間のように晒している。


 これが出現した時、城中に広がったのは動揺ではなく、僅かな驚きを孕んだ安堵と喜びだった。


 

 それはそうだ。


 眉唾物の伝説だとは言え、あの太陽は毎年溢れ出すほどの願いを受け止める巨大な器。そして、その逸話は決して無名なものではない。


 それがこの窮地に、毎年の慣例を破って出現したとあれば、誰もが吉兆だと受け取るだろう。それこそ、城内の庭に下りれば、怪我を庇いながら両手を組み合わせている町人を見る事が出来る。



「憐れね。私が全部飲み込んで上げていればよかったのだけれど」



 ぽつり、と誰に聞かせる風でもなく女はそう言った。


 言葉と口調だけ聞いていればそれは寧ろ慈愛さえ含まれているようで、ミスラは一瞬肩から力が抜けそうになる、──しかし。一瞬後に体を走り抜けたのは、まるで神経が逆立てられたような感覚だった。



「──っ貴様等が用意した死などで救える存在など有りはしない!」

「あら、なら貴女が救ってあげれるの? まだ表面化していないだけで状況は絶望的よ。どちらにしろ死んでしまう。でも私なら優しく殺して包んであげられる」



 冗談交じりで言っている事ではない。


 加えて意を決しているといった風でもなく慣れ親しんだ、習慣のような同情だった。繰り返してきたのだろう。恐らくこういった事を幾度も幾度も。


 女の背後に影が掛かっている。その影は濃く息を呑むほど暗く沈んでいて間違い無く光が届いて居ないだけの空間ではない。おびただしい量の血が重なって、命が燃え尽きて焼き付いて、そうやって出来た"黒"なのだ。





「──それとも王様が苦しんだんだから、国民も相応の痛みを知るべきかしら?」




 黙って眉根を寄せているだけだったミスラの表情が、今までの感情を毟り取られたかのように崩れた。



 いや、発せられた言葉に一気に感情を塗り替えられた事に、頭の方が付いてきていないだけ。しかし、ゆっくりと言葉の意味を噛み締めて──。





「貴様かッ──!!!」



 感情が一気に爆発した。


 騎士としての顔も、兵の長としての顔もかなぐり捨て、握り締められた剣の柄がが持ち主の怒りを映し出したかのようにギリギリと音を立てる。


 閃光のように一瞬で魔法の文字を煌かせ、"迅"の文字に恥じぬ速度をもって女のその細長い体に逼迫した。



 しかし、女の口元には緩やかな微笑。



 誰にでもわかる事だ。子供や、それに似た何かを横から掠め取られてぞんざいに扱われようものなら誰でも怒りに染められる。


 よって、ミスラもそれが挑発による罠だとは分かっていた。



 しかしその罠で自分の身がどうなるかより、自分の宝を傷つけた人間に一太刀浴びせられたならばそちらの方を優先してしまっただけ。



 それに──、




「──そう、誰にでも分かる事じゃの」




 ミスラもまた少しだけ、後ろの人間…もとい人外を思いの外信頼し始めていた。


 高速で突進するミスラすらも追い抜いて数本の紅色の剣が空中にそれぞれ独創的な線を描く。向かう先は当然ミスラの背中でも、そして敵の女の体でもない。



 その剣はミスラを追い抜き、身構える女の体をも横を素通りすると、意味ありげにさあ暗躍してやろうかという雰囲気を放っていた影を、地面と高価そうな絨毯ごと貫いた。


 ガクンと女の体がまるでクモの巣に絡め取られたかのように揺れて、初めてその顔が驚愕に染まり瞼が押し広げられる。



 ──そして、ミスラの体もその隙を見逃すほど鈍くは無い。



「──ッ!!」



 呼気一閃。


 放たれたのは激昂した心情とは対極のような、基本に忠実で何の工夫も無いただ速いだけの一振り。しかし、速さとその一途さ以外に一切の無駄の無いとも言える一振りは、銀色の閃光となって女の体を一文字に切り裂いた。



 いや。


 切り裂いたのは、その右腕だけ。影ごと縫い付けられたことを悟った女は瞬時に地面に倒れ込み、剣先から体を遠ざけていた。


 しかし、切り落とされた右手の怪我は決して軽くは無い。ぱたぱたと、傷口から零れた地面に墨汁のような黒い地が滴り絨毯を汚していく。追撃を行うべきだろうが、ミスラの足はそこで止まる。



 女の体は倒れこむと同時に、当然体の下に出来た影の中に飛び込むように沈んでいってしまった。




 沈黙が続いた後、ずる、と這い上がるように女が二人から少し離れた場所に姿を現した。


 腕の血は止まっているものの、その顔苦痛に染まっているのだろう。腕を押さえて前かがみに体を折る仕草は先程までと違い、苦痛に歪み余裕に欠ける。




「………その稚拙な演技は止めろ」

「あらそう?」



 しかし、中々見難いであろうその表情は、ミスラの言葉で嘘のように消え去った。



「痛いわねぇ。ここまで痛いのは久しぶり。泣いてしまいそうよ」

「止めておけ。貴様の嘘泣きなど白けるだけじゃからの」



 ふつふつと感情を燃やしていたミスラの一歩後ろで、黙っていたレイが溜息交じりに口を開いた。



「……おい。私情に走るのはいいが、少し視野が狭まっとりゃせんか?」



 今にも剣を振りかざして襲い掛かりそうな怒気を纏ったミスラは、歯を食い縛りながらも剣を下げ一歩後ろに下がった。肩当てを嵌めた肩と、着物の静かな藍の肩が並ぶ。



「どうやら、お互い見積もりが甘かったの。これで決め手かと思ったが、相手は思ったよりも周到に計画を組み上げていたらしい」



 銀色の肩の方は小刻みに震えはしていたが、声を聞きながら呼吸と共に一度だけ大きく上下すると、震えは収まっていた。



「……すみません。ここを任せていいでしょう?」

「よいのか? 悔しい気持ちもあるだろう」

「そんなものを優先して国民を疎かにしてしまえば、ノイン様に申し訳が立たない。情報は鮮度が命です」

「ふむ、ならば行け。ここはもういい」



 逡巡は一瞬。ミスラは一度強く剣を握り締めた後、勢い良く剣を鞘に収めた。



「直ぐに応援を……!」

「いらん。逃げられんようにここに結界を張る。誰も入れんし誰も出れぬ」



 その言葉に応えるようにギシッと部屋全体が軋んだ。同時に、まるで粘度が上がったかのように空気が重くなる。



「行け。お前が出たら完全に密室じゃ」



 ミスラは女を見据えたまま一度深く頷く。



「扉まで走れ。全速でな」



 もう一度頷くと、ミスラは背中を向けた。その一歩目を踏み出す前にミスラの背中の先、つまりレイの対眼の前で魔力が膨れ上がった。


 何かが絡み付いたのではないかと言うほどに、空気がまた粘つき重くなる。



 もしや、敵の影に絡め取られているのではないかとさえ思える感覚を、凛とした剣戟の音が吹き払った。



「さっさと行け」



 その声にミスラは振り返りこそしなかったが、背中でレイが剣を手に取った事は察することができた。


 その甲斐もあって、扉は目の前。最後の最後まで振り返らずに、扉は後ろ手に閉められた。



「……ああ、行ってしまったわね。貴女を一人置いて」



 扉が閉まる音を潮に女の魔力の密度が極端に落ち込んで、空気にも張りが無くなり雰囲気が弛緩した。



「なに、若人が老い耄れを置いていくのは当たり前じゃろう」



 ギシリ、と部屋がまた軋んだ音を立てる。それは完全にこの部屋が隔離され密室になったことを示している。


 それを嫌でも感じ取ったのか、女は辺りにゆっくりと目を配ってから深く溜息を付いた。



「……奇怪な体じゃの」



 レイが漏らした言葉の元はその言葉の通り女の体の事。更に言うならば、今まさに繋がって傷さえも修復した切り裂かれたはずの女の右手だ。



「お蔭様でね。色々体を弄ったから長寿と再生力を引き換えに強い光の下には出られないんだけれど、まあ日光は肌の敵だから、そんなに気にしてはいないわ」

「肌か。成程、そんな異臭を放ちながらまだ女を捨てておらんとは見上げたものだ」

「羨ましいわねぇ。お化粧もしていないみたいだし。お肌も綺麗。洋服も綺麗だからお化粧したらきっと誰よりも美人になれるわよ?」

「死化粧をか?」

「話の落ちを先に言わないで。嫌な女ね」



 うるさい人間が居なくなったからか、もう一度女は王座に腰を下ろした。



「幾つか聞きたいことがある」

「どうぞ。どうせ暇だもの」



 くあ、と手を当てて小さく欠伸をすると、女は背凭れに寄りかかってレイの言葉を待つ姿勢になった。



「昨晩うちの小僧にやられた男は貴様の仲間か?」

「ああタウロスね。そうよ、あの男はワザと考え無しに動くから扱い辛くて仕方がないの」



 なるほど、と己のの推測が間違っていなかったことを確認すると、二つ目の質問に移る。



「そやつは今どこに居る?」

「それは駄目よ。ルール違反だわ」



 なるほど、と答えた時と同じ言葉を返す。不穏な物を感じたのか、それともからかわれて不快を感じたのか女が眉を潜める。



「では、闘技場の方に隠すように張られた結界は何か関係があるのか?」



 盲点だった。城の近く、それも兵達が常に見張りをしているような場所だ。警戒をするどころか、近寄りもしなかった。


 巧妙に、それこそ一番力を入れて作り上げたのか、その完成度は大したもので│近く《ここ》に来るまでは意識の外に隠れているような感覚だった。


 今もこの場所を離れてしまえば違和感ごと忘れてしまいそうな小さくそして、何らかの力が邪魔しているような、そんな感覚。



 しかし、女の強張った表情が余りに愉快すぎて、その違和感は強く記憶に刻み付けられた。



「──もう、貴女が嫌いだわ私」

「儂もさ。恐ろしく気が合うな。友人になれるんじゃないか?」

「冗談」



 弛緩していた空気が先程のそれを越えて強く鋭く緊張していく。


 放っておく訳にはいかなくなった。それほどこの戦争において重要な要因があの場所にあると考えるのが妥当である。



「……しかし待て。あの隊長様があの太陽を調べようと思えば自然と足は闘技場に向かうのではないか?」



 恐らく何か人払いのような結界を張ってあるのだろうが、それでも明確な目的を持って近づく人間が居れば、そう長く持つはずも無い。


 当たり前の事を言ったつもりだったが、その言葉で女の強張った表情は見ることは出来ず、見られた物といえば見飽きた笑みをかたどった口元だけ。



「大丈夫でしょ。それ所じゃないでしょうから。──あくまでチェスに例えるならば終盤に近づくにつれて歩兵はその意味を無くしていくけど、唯一戦いの切り札になれる手段があるでしょう?」

「……我々にとって都合の良い物じゃないんだろうのぅ…」


 答えの代わりに、女はより一層笑みを深くする。それはもちろん肯定を示している。



「一度思わぬ強化が一度あったけれど、あれは思わぬ特典だったから。それとは別にちゃんと進化の機会チャンスを与えたのよ」

「……聞こうか」



 先程と同じやり方で、女はまたしても肯定を示す。


 視線を窓の外に。しかし、街並みを眺めている訳でも、浮かぶ荘厳な太陽に願をかけている訳でもない。



 見ているのは、今まさに進化を遂げているその存在。




「私の騎士ナイトが、最後の手札よ」




──瞬間。



 切り取られた暗幕の隙間から眼が眩むような閃光と、地面を揺らすような轟音が響き渡った。



 雷に似た現象だが、その規模は既に自然のそれを上回っているようにも思える。



「忠実でしょ? ──でも、それはあちらに任せればいいじゃない」



 そして、その光に一瞬女の影が何倍にも肥大する。



「──"影法師"」



 べり、と壁に掛けた絵でもはがしたように壁を伝って天井にまで広がっていた女の影が実体化する。



「──私、貴女をいたぶりたくてしょうがないの」

「おい」


 

 女の前に立ち塞がるように影の巨人がそそり立つ。その異物に無遠慮に近づきながら、レイは低い声を

漏らした。



「えらく饒舌に自分の有利を語るのが、そういう物は程々にしておけ」

「……何が、言いたいのかしら?」



 額に寄せた皺に隠しもしない不快かんじょうを滲ませる女に、レイは悪役面で笑い上げる。



「──なに、そう怯えるなと言っているのさ」

「死ね」



 無遠慮に女に近寄りながらレイが手を合わせる音と、黒い巨人が拳を振り下ろした音が重なった。





◆ ◆ ◆





 目の前を通り過ぎた目も眩むような灰色に反射的に顔を庇って、再び視界が戻った時には目の前の景色は一変していた。



「これは…、まだこの街には化物が他に居るみたいですね、ラスクさん」



 ぽつん、と優しく囁くようにサルド──雷の帝とまで言われていた男が削られた地面を見て、儚げにそう言った。



「分かっていたのか?」



 まさか、と今までに見た事が無いほど屈託無く、サルドは笑う。



「私は所詮兵隊ですからね。捕まえても何も知りません。ただ他の奴等と違って脳を保護されていたせいか、中途半端に意識と記憶は残っていますがね。」



 削られた街道から早くも死体達が影から滲み出るように産まれ始めている。


 サルドが現れたのは、ジェミニがラィブラを追って行ってすぐの事。侵入を許した警戒してくれ、と城の方に連絡を入れようとして、その姿を見つけた。



 屋根の縁。視線の先の死体の波から浮かび上がるように、それはまるで絵から現実に、影から実体になったかのように遠近感を無視したものだった。


 そして、その光景に言葉を失っていた時、空虚な灰色の光が町を横断して、背景となっていた死兵の壁を根こそぎ削り取って消し去って、驚きを更に塗り重ねられたのが、およそ十分ほど前。



 


「色んな人間がいるものです。自分の小ささを改めて知った気分ですよ」

「何とも達観してるな。お前はもう少し若くて勢いのある奴だと思ってたんだが」

「ええ。勢い余って派手に転んで、痛みを知りましてね。それは聞いているでしょう?」

「聞いたのは馬鹿な事に手を染めて、捕まって脱走して指名手配になった事までだな。いつから人間を止めたんだ?」



 その言葉に、サルドと思しき男はまた朗らかに笑ってみせた。



「相変わらずですね、ラスクさん。貴方はやっぱり変わらない」

「変われないだけだ。胸を張る事じゃない」

「そういうところも憧れますね。と言うより、貴方達がチームにいた時に入った人間は皆そうでしたが」



 サルドには驚くほど何も感じられない。生気はおろか、他の死体達にははち切れんばかりに存在する殺意でさえも。


 右腕と左腕で僅かに肌色と長さが違う。それもまた不快な事実を示してはいたが、それよりも何よりも、一番の不自然を呈しているのはその右目。



 これもまた右半分だけ輪郭が違う顔の中心に、赤い宝石が埋まっている。



「さて、もうそろそろ時間ですかね」

「時間……?」

「ええ、この町全体に敷かれた魔法が修復を終えます。また忠実な僕に逆戻りです」



 それは即ち死を待っていると言っているのと同義だった。しかし、サルドの口ぶりからはこれと言った感情も感じられない。後悔も未練も、そして憎しみさえも。



「煙草、持っています?」

「吸えたのか? 嫌いだったと記憶してるが」



 一本抜き取って、箱の中に後一本しか残っていない事を確認すると、ラスクは箱ごとサルドに投げると、それをサルドは崩れかけた腕で受け取った。



「吸えませんが、別に嫌いではありませんよ。吸えなかったから嫌いな振りをしていただけで。大の大人が煙草の煙が嫌いだなんて格好悪いでしょう?」

「気にし過ぎだよ、お前は」

「ええかっこしいなんですよ。私は」



 いかにも個性的なマントを羽織ってみたり、気品を塗り重ねた口調や仕草を真似してみたり、と。


 この町の冒険者なら誰でも知っている事だ。当然、サルドも含めて。



 サルドが煙草を咥えて指を擦り合わせて指を離すと、親指と人差し指の間に電気が流れ、それを煙草に近付ける。


 ぼっと、小気味良い音と共に一瞬で火が付き、しかし、サルドは吸い慣れていないことをありありと示すように、肩を上下させて思い切り煙を吸い込んで吐き出した。



 キィラルの物と同じ銘柄だ。かなり強い煙草のはずだ。しかしそれを思い切り吸い込んで咳き込みも涙ぐみもしないのは、もう味すらも感じていないからだろう。



「いい魔法だ。珍しく、強い」



 煙草を口に咥えたままラスクが素直な感想を口にすると、サルドは驚いたようにラスクの顔を見つめた。目を見開き、煙草を取り落としそうになって慌てて咥え直す。


 余程予想外の言葉だったのかその表情のままボーっと視線を前に戻し、一度大きく煙を吐き出してから、渇いた笑い声を続いて吐き出した。



「皮肉、ではないんでしょうね。貴方の事だ」

「嘘を言ったつもりもない」

「……はっ、もう少し若い頃にそれを言ってもらえていたら、僕も違っていたのかも知れませんね」



 要領を覚えたのか、目の前で煙を燻らせて、それが空気に溶ける様を見ながら、続けて口を開いた。



「僕は多分この町の人間を殺しに行きますよ。キィラルさんを始め、逆恨みしているんです」

「それはいかんな。まあ共に一服した好だ。無視はしてやらんよ」

「……格好良いですね。ラスクさんは」


 

 皮肉半分本心半分でひとしきり笑うと、サルドは自分の顔に埋め込まれた赤い宝石を叩いた。コンコン、と人の体を叩いても決して出ない音だった。



「ここを破壊し……」



言葉の途中で、サルドの残った目が大きく見開かれた。



「……ぁ゛?」



 瞬間、ズブンと音を立ててサルドの顔の中にその赤い宝石が沈んで消えた。後には何も残らず、空虚な眼窩が空気に晒されている。



「……い、げない。これは禁句タブーだった、みたい゛、です」



 ずるり、とサルドの顔から余裕が剥がれて消えた。


 凹凸しか存在しない右目はもちろん、左目にも光は宿っておらず、それはつまりサルドが景色を見る事が二度とないことを示している。



「キィラルさんに、負けっ放しは悔しかっ、たんですけ、どね……」



 咥えていた煙草が、口から落ちて、火が消える。



「では、……御迷惑を、お掛け、しますが、どうか不肖、の、後輩に、教育を」

「お前がそんな柄か?」


 

 最期だと言うのに煙草を咥えたまま皮肉を言ってのけたラスクに、それでもサルドは羨ましそうに笑って──。



──同時に、辛うじて人の形を保っていた"それ"が、人の皮を脱ぎ捨てた。



〈──悲劇惨禍・串刺しの刑〉



 突然、目の前と地面が赤に染まった。世界が終わったかと思い違うような光景だった。しかし違う、そうではない。これは魔方陣だ。余りに巨大な、魔法の根底。



 そしてそれを元に、ゆっくりと人間を辞めていくサルドも、睨み付けるようにそれを見つめるラスクにも構う事無く、戦争は状況を変化させる。



「っ……!?」


  

 地面の底から響くように伝わってきたその声と、屋根の下から何本もの紅い杭がサルドを貫いた。


 



 ──しかし、貫かれたそれは一瞬体を強張らせただけ。しかもそのまま杭を飲み込むように肥大していく。杭が圧し折られ、咀嚼するような音が連続する。


 そして、口であったはずの穴が、空に向かって大きく広げられて──。




《──────────ァッッ!!》




 悲痛な殺意が、膨れ上がって爆発した。





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