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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
125/281

 


 ああ、退屈だ。


 欠伸を噛み殺したのはこれで何度目になるだろうか。



 祭りを眺めているのも、いい加減に飽きてしまった。


 もっと刺激と感動を。衝突を。支配を。興奮を。




 今日の闘技は悪くなかった。

 

 頼り無ささえ感じられた女子二人が魅せてくれた舞台に心が躍った。

 


 金の王と、白い騎士。


 彼女らは歴史にも残る傑物となるだろう。



 しかしそれだけに。


 どうして私だけが、こんな所で指を咥えていなければならないのかと言う思いが暴れ出して体が壊れてしまいそうになる。


 


 この身が生きる場所を奪われて、幾数百年。



 戦争を。

 

 戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を戦争を。





 告白しよう。



 将来を期待される若芽のぶつかり合いより、その次の血が零れ狂気に触れられた舞台に心が躍ったことを。





 だから、誰か私に闘争を。



 

 早く。早く。


 

 この身が狂気に染まってしまう、その前に。




 

◆ ◆ ◆




「ハ……ル…?」



 忽然と、ハルユキの姿が消えた。


 ハルユキに突き飛ばされた後、一瞬だけ現れた黒い口腔が視界を塞いで、それが消えた時、ハルユキの姿も消えていた。


 ユキネは視線を巡らせる。



 きっと、目に見えない速さで身をかわしたのだろうと。


 視線を巡らせただけではその姿は見つからず、首を、いや体ごと向きを変えて、医務室を見渡す。


 しかし、見つかったのは同じように目を丸くしたノインと主を守るように唸る古龍の子供、あとは表情を変えないレイの顔だけ。


 今一番見たかった顔は何処にもなかった。



 すっと、男は無言で立ち上がる。


 何の感情も見られない仕草に、既に喉元まで何か熱いものがせり上がって来ていた。


「…貴、様……」



 口から零れ出た。


 それは、確かに目の前であの人が、喰われたと言う事を認めた事に違いなかった。



「貴様ァ…ッ!!」



 しかし、まだ死んだとは決まっていない。

 

 腹を切り開いてでも助け出す、と腹を括ったユキネが視線を上げる。



 しかし、視線の先にあったのは想像していたものとは少しだけ違う光景。



「え……?」


 

 違うのは二つ。

 

 男が立ち上がっているわけではないという事と。



「ぎ、がぁあぁあああぁ!?」



 男の額に、変わらず右手があり、更に激しく締め付けていたこと。


 右手は二の腕の途中で消えているが、確かに動いている。



 ボン、と爆発したような音と共に、今度は中空から左拳が突き出てきた。


 筆舌し難い男の絶叫が響き渡り、空気に擬態していた口腔が本当に空気に溶けていく。



 そこには、ほんの少し右腕から血を流しているだけで、表情一つ変えていないハルユキが憮然として立っていた。



 男の手足が唸りをあげながらハルユキの体を叩くが、気にも留めずに数歩進んで、ハルユキはそのまま廊下に出る。


 それは本当に、大人と子供のように圧倒的な隔たりを思わせた。



「じゃれ付くのはいいが、相手は選べ」



 それだけ言って、振りかぶる。



 男の悲鳴は変わらない所か、額が軋む音と比例するように激しさを増していっている。


 しかし、それはハルユキの耳にも届いてないだろう。


 そのまま廊下の奥に向かって思い切り、腕が振られた。



 腕の先に付いていた男は、なす術もなくオモチャのように錐揉みしながら飛んでいく。


 一瞬後に、轟音。


 完全に壁にめり込んだ男は地面に落ちる事も許されず、出来た事といえば、白目を剥いた首を力無く項垂れた事だけだった。



「…ま、妙に丈夫みたいだったから死んではないだろ」



 医務室に戻ってきたハルユキは首を鳴らして、ノインに顔を向ける。



「…少しあの男に同情したくなってきたわね」

「後であいつ捕まえといてくれ。まあ数日は動けんだろ」


 

 腰を抜かしたのか、地面にへたり込んだままユキネが心配そうな顔を見せた。



「し、死んだんじゃないか…?」

「大丈夫だって、手加減したから。ちょっとお灸据えただけだ」



 不安げに訴えてくるユキネの頭を安心させるように撫でる。


 首が折れないように治療をすれば後遺症も残らないはずだ。



「な、ならいいけど…」



 そう言って、ユキネはアキラの方に顔を向ける。

 

 アキラももう既に峠は越えたのか、小さく寝息をたてている。



「と言うか、明日の決勝戦も出来なくなったんだど…。どうしてくれるのかしら?」

「は? あいつだったの、俺の相手」

「それはそうでしょ。ビッグフットの"二人目ツヴァイ"もいないし、私も戦えないし、決勝の相手はアキラかあの男しか居なかったのに…」

「わ、私か…!?」

「お主はもう負けたじゃろ」

「もう俺の優勝でいいだろ」

「……それしか無いわよね、今更外部者をいれる訳にもいかないし…。あーもう、前代未聞だわ…」



 明日の事で平和的に頭を抱える一同は、壁で気絶していたはずの男の体が既に消えている事には、まだ気付かない。





◆ ◆ ◆




「……ここ、は…?」

「お主の部屋の他に無いだろう」

「ムイリオ…」



 パタン、と分厚い表紙の本を閉じる音が聞こえた。


 どうせまた、前時代の骨董品みたいな聖書だろう。この部屋で本を読むのはガネットとムイリオだけで、二人とも聖書ばかり読んでいるので間違いは無い。


 何をそんなに許して貰いたいかは知らないが、読まないよりはましなのだろうか。


 人が本を読んでいるのを見るのも嫌なくらい本は嫌いだ。しかし今は、その音が慣れ親しんだ音として、意識の奥まで届いた気がした。



「派手に負けたらしいのう」

「…負け、た…?」



 その言葉を耳で受け取って、その意味をゆっくりと頭が理解していく。

 

 眠気でぼやけた頭から霞が晴れていくのも途轍もなくゆっくりで、そしていきなり、今日の記憶だけが走馬灯のように一瞬で走り抜けていった。



「あの野郎ォ…!!」

「寝とれ、馬鹿者が」



 跳ね起きようとしたアキラの肩をムイリオが押さえつけて一喝した。


 その拍子に何処かの痛みがぶり返したのか、小さく呻き声を上げてアキラはベッドに沈み込んだ。


 ムイリオもそれを見て暴れだす心配は無いと判断したのか、ゆっくりと手を離して、聖書に手を伸ばす。



「感謝するんじゃの。例の三人に助けてもらわなかったら少なくともその右腕は無くなっていた」

「三人…?」

「ユキネ嬢とフェン嬢。それにあのハルユキとか言う奴じゃの。治療して心配してもらって、あまつさえここに運んでくれたそうじゃ」



言われて、三角巾で固定されたままの右腕を少し動かしてみる。


多少ぎこちなさを残すものの、恐らく明日になればもうほとんど完治してしまっているだろう。寒気がするような完璧な施術だった。


しかし、その寒気など気付かせないほどに、はらわたは敗北感で煮えくり返っている。



「あいつ、俺の対戦相手は…?」

「ああ、あのハルユキとやらに瞬殺されて、逃げ帰ったそうな」

「は……?」



 瞬殺。


 その言葉は、意味不明な言葉としてしかアキラには聞き取れなかった。



「聞こえなかったか? お前が負けた相手は、更に強い人間によって虫の息じゃ」

「……なん、だよ…。何なんだよ、それはぁッ!」

「熱くなるな。傷口が開く」



 淡々と語るムイリオは、ゆっくりとページを捲るばかりで、アキラには顔を向けない。


 怒りの矛先はもう潰された。

 

 自分勝手の子供のような厚かましい目線がムイリオを睨み付ける。怒りの矛先を、晴れない鬱憤をムイリオに押し付けようとアキラは痛む体をおして体を起こす。



「認めたくないか? ならば言ってやろう。お前が一番弱かった、それだけじゃ」


 

 トン、とゆっくり胸を押された。


 まだ回復しきっていない体はそれだけでベッドに転がる。


 悪態をついて体をまた起こそうとするが、体は意思について来てはくれず、ただ力なく悲鳴を上げるだけ。



「婦女子に助けられ、好いた女子に庇われ、憎き敵は好いた女子が思いを寄せる男に成敗された。格好悪いにも程がある」

「……うるせぇ…」



 絞り出された声はか細く頼りない。


 激しく躾け直された子犬の泣き声のようだった。



「分かってるよ。…くそが……!」



 唯一固定されていない右手の指がぶるぶると震え、左腕は眩しさから目を庇うように少年の目を覆っている。


 壁に掛けられた燭台と寝台の傍に置かれた台だけが細々と部屋を照らしていた。


 ムイリオの傍にある置き型の燭台の元、ムイリオは変わらず聖書にゆっくりと視線を走らせている。


 他に見えてしまうものを見てしまわないように。



「この歳になって初めて知ったんじゃがの。思い切り泣くのも悪くは無いぞ」

「うるせぇ…! こんな事で、誰がっ…!」

「ああ、それもいい」


 

 ぺら、と短く頁をめくる音以外には、遠くの喧騒しか聞こえない。





 ◆ ◆ ◆





「じゃあ結局、お前の優勝で決まりか」

「ああ、何か不完全燃焼だけどな」



 人の金で飲む酒は美味いというが、確かに奢ってもらったこの一杯は格別だった。


 大きな木製のジョッキに注がれた洋酒を、半分ほどまで飲んで台に置く。折角頂いた一杯だ。どうせなら味わって飲みたかった。



「そういえば、お前は何で大会に出てたんだ? 不完全燃焼ってことは戦闘マニアか?」



 酒の肴として頼んだ、炒った豆をポリポリと齧っていたハルユキの手が止まる。


 驚いたように話を振ったマスターを見て、そのまま固まった。



「? …どうした」

「あ、ああいや。忘れてたよ、……目的。あれだあれ。あの副賞が欲しかったんだ」

「…やっぱりどうかしただろ。何だその間は」



 適当に話を逸らそうと頭を捻っていたハルユキをマスターがゆっくりと先回りをして逃げ道を潰した。豆鉄砲をしこたま叩きつけられたような顔で数秒固まった後、ハルユキは自嘲するように小さく笑う。



「いや、忘れてたなと思ってさ」

「忘れてた?」

「目的を、だよ」

「…ああ、そうか」

「忘れられるもんなんだよな…。まあ別に忘れても誰も困らないんだけど」



 ジョッキを手に持って軽く回すと、水面が音を立てて、アルコールの臭いが立ち上ってきた。


 一気に、残りを流し込む。


 それなりに強い酒なので、目の前がパチパチと眩むほどアルコールが一気に体を廻るが、人ならざる体はそれを一瞬で分解した。



「でも、思い出したんだろ?」



 忙しすぎて、面倒で、そして多分楽しすぎて、忘れていた。



「ま、もう忘れる事もないだろうしな」



 まだ昔のままであろうと無かろうと、あの形があの感触が傍にあれば、忘れる事などありえない。


 日常の中に組み込ませてしまえば、過去ではなくなる。



 まだ底に残っていた洋酒を、ジョッキを逆さにして口の中に振り落とした。



「それにしても、この街には相変わらずわびさびってもんがないな…」



 もう夜もかなり更けているが、それでも振り返れば、視界の中から人が消えるという事はない。



「まあ、闘技大会が終われば祭りも終わるからな。その後は静けさが寂しいもんだ」

「へぇ…」

「決勝戦が延びて、祭りが長くなったって喜んでた奴もいたけどな。結局終わるのはいつも通りだ」

「…何か悪い事したな」



 ふッとマスターはハードボイルドに笑って見せると、謝る事じゃないと短く告げて何時ものコップを磨く作業に入った。


 その動作がいつも通りと思えるほどには、この町に居続けている。祭りが終わり次第ハルユキ達も町を出るだろう。


 それを思えば、確かにこの喧騒も耳障りではなくなった。



「それで結局、その決勝の相手だったはずの男は捕まえられなかったのか?」

「ああ。あの怪我で素早く移動するのは無理だと思ってたんだけどな。思ったよりも体が丈夫だったらしい。気付いてた時には消えちまってたよ」

「消えてた、か。気味悪いな…」

「ま、何かあったらその時対応するさ」



 この後遭遇することになる事態を知っていたら、きっとそんな返事は出来なかっただろう。


 しかし当然、そんな事は知る術さえも在り得ないのだ。




◆ ◆ ◆




「あれあれ、意外と落ち着いているんだね?」


 

 薄暗い倉庫の中、中背で痩せ細った格好の道化がどこからともなく姿を現した。

 

 倉庫に詰まれた木箱に片膝を立てている男に道化の仮面を近づける。いや、おどけた様に男の顔を覗き込んだ。



「……話しかけてんじゃねぇ」

「おやおや、穏やかじゃないね」



 やれやれとまた馬鹿にするように目の前で肩を竦ませる道化。

 

 その場所を、顎が左右から挟みこんだ。


 しかし、そこには既に道化の姿は無く、虚しく顎と顎がぶつかっただけで何も捉えられてはいない。



「カッカしないでくれよ。ただ借りを返しに来ただけさ。まあその分だと栄養なんて要らなかったみたいだけど」


 

 道化は再び、今度は男の横に浮かび上がると、ドサ、と男の横に何かが投げ出した。



「ほら、この前治療した時の分だよ。それなりに厳選したんだぜぃ?」

「……ふん」



 また、顎が開いて、閉じる。


 先程とは違い、骨が砕ける音と、短い断末魔までもが纏めて飲み込まれていく。



「それでも大分減ったんじゃないかい? 明日は大丈夫なのかぁしら?」

「問題ねェ。減った分は溜め直した。この町は良いぜぇ? 何より質が良い。今日なんかは硬くて噛み切れない野郎もいやがった」

「へえ、ま、楽しそうで何よりだよ」



 いきなり興味を無くした様にそれだけ言うと、音も泣く道化は空中に浮かび上がった。


 先程までは存在していた胴体の部分は消え、道化の仮面だけが浮いている。



「じゃあ、ヴァーゴが帰って来たらまた会おう。彼女も可哀想だね。君の尻拭いなんてぇ」



 カタカタと小刻みに仮面が揺れる。それはまるで、可笑しくて腹を抱えている表情を連想させた。



「ま、せいぜい楽しみましょう」



 そのまま、溶ける様に道化は消えていった。



 

  ◆




「さて、どうしたものか」



 机のすぐ傍の明かりだけが細々と部屋を照らし、その横でノインは頭を捻っていた。


 悩んでいるのはもちろん、決勝戦まで不戦勝になってしまいそうな明日の闘技大会について。


 やはり、そのまま表彰してしまうというのが今のところ最有力候補。


 次善策として適当に御前試合を組むというものだが、これも相手がいなければ話にならない。


 今から声をかけて何とかなるのは、ガララドかミスラ、交渉次第ではレイも可能かも知れないが、何しろ時間が無い。



 結局頭を悩ませても、それ以上大した案は出てこず、背凭れに体重を預けた。



 溜息を付いて目を瞑ると、直ぐに眠気がやってきた。


 大窓から外を覗けば、まだ町の明かりは減ってもいないが、町並みが心なしか静けさを含んでいるようにも見える。



「それで? 何の用かしら」



 バルコニーへと続く大窓、そこから見えるはずの町並みが黒く遮られている。


 まるで影絵のようにくっきりと人の形に。その顔の部分、そこにまるで微笑んだかのように赤い三日月が広がった。



 スゥッと一瞬でその影が薄らいで消える。


 立てかけてあった剣を手に取り、つかつかと窓に近寄り押し開けた。


 右、左と順番に辺りを見渡すがネズミ一匹見当たらない。



「──良い夜ね」



 後ろから聞こえた声にゆっくりと振り返った。


 何時の間にか、見覚えが無い女が机に浅く腰掛けるように立っていた。



 まるでそこだけ燭台の明かりが届いていないような、漆黒の出で立ち。


 喪服のような黒いロングスカートに、つば広の帽子からはやはり黒いベールが女の口元以外を隠している。



「さすがはオウズガルね。宝物庫は見ただけで垂涎ものだったわ」



 そう言って広げた掌の中には、金貨と宝石が光っていた。


 それが何処から拝借されたものかは、会話を聞いていれば確認するまでも無い。



「…それを持って逃げてれば良かったのに。欲を出して私を誘拐しようって所かしら?」



 腕に多少自信があるのだろう。


 その佇まいには焦り所か余裕さえ見て取れる。今ノインは魔法が使えないが、それでも剣さえあればそう負けるつもりは無い。



「ああ、勘違いしないで。私は戦いに来た訳ではないの。今の貴女でも負けそうなんだもの。宝石も違うわよ? これは手癖の悪さが出ちゃっただけ」



 おどけた様に両手を翳して見せると、小さく溜息を付いた。


 嘘か真か、文字通りベールに包まれたその表情からは殆ど何も読み取る事はできない。



「ちょっと、聞いて下さる? 私がここに居るのは身内の単細胞の尻拭いでね。貴女もそういう経験はあるでしょう?」



 まるで旧知の友のように、朗らかに語りかけてくる女には不自然なほど戦意は感じない。



「用件は手短にお願いできるかしら? 私は明日からまた忙しいの」

「ああ、ごめんなさいね。……じゃあ」



 後ろ手に女が手に持った金貨と宝石を投げ捨てた。小さく放物線を描いて、それらは机の向こうに消えていく。




 最初に異変に気付いたのは、音。


 静かな夜にはうるさい程響くはずの金貨が跳ねる音が、いつまで経ってもやってこない。



 机の向こうに消えた金貨の行方を思わず目で追って、そして気付く。


 部屋の中に広がっている黒が、夜の闇ではないことに。




 蠢いている。


 何かが暴れている。


 何かがもがいている。


 そして、何かが息絶えていた。



 耳と目が異界を捉え、次は鼻が異様を察知する。



 それは、甘い甘い脳髄が痺れるような甘い腐臭。



「……戦いに来た訳ではないって言うのは嘘だったのかしら?」



 あまりの女の緊張感の無さと、戦意の薄さにすっかりと信じ込まされた。


 疲れが体に圧し掛かったままだが、剣を対眼に構えて女を見据える。



 切っ先の延長線上。もう暗い影しか存在していない部屋に、再び血のように赤い三日月が浮いていた。



「嘘じゃないわ。私は戦いに来た訳じゃないの」



 それが女の笑みだと気が付いて、同時にその笑みでも影でもない何かが、女を守る盾の様に浮かび上がってきた。



「私はただ──」



 見覚えのある、顔が二つ。


 部屋の前にいつも待機していたはずの、衛兵の顔だった。




「──貴女を一方的に嬲りに来たのよ」



 楽しげに、赤い三日月が更に深みを増した。



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