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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
120/281

開幕の音

「出て来たか…」



 夜に不自然に輝く太陽に照らされながら、我等が元・お姫様が姿を現した。


 目は一直線に闘技場の中心を見据えている。



「……珍しい表情しとるの」



 ユキネは闘技場の中心で、ノインと相対した。


 確かに珍しい表情だ。いつもなら戦う時の表情はあれじゃない。


 困っていたり戸惑っていたり、はたまた憤っていたり。地に足着いていない顔で剣を握っていたユキネが、今は一つの事しか見ていない事が分かる。


 何を見ているかは、言うまでもない。



「若い奴らはいいのう…」

「俺から見ればお前も随分若ぇよ…」



 年寄り二人で揃って溜息を付いた。


 恐らくもう、理由も無しにあれ程燃えられる機会はそうない。



「何か対極的だな…」



 ユキネの蒼い戦衣に対してノインは真紅の衣。


 白銀の西洋鎧はどちらも変わらないが、剣も綺麗に銀と赤で、髪は同じ長さであるものの金色と紅色とで遠目から見ても違いが目立つ。



 それでもお互いに戦意を交換している姿が、どこか似ている。


 それはまるで、鏡合わせの様にも感じられた。



「どちらが勝つと思う?」

「ま、ノインだろうな」

「ほぉ、身内贔屓はせんのか?」

「去年の段階で、ムイリオ、この前のユキネの相手だった爺な。そいつに圧勝したらしい。まあ相性もあったそうだが、それでも完成度が違うだろう」

「…まあ、そうだろうの」



 街の象徴としての太陽が打ち上がり、自国の花形が試合をするからか、会場のボルテージは先程から上がりっぱなしだ。実況の声も、興奮で上擦ってしまっている。



『やばいぜ、皆ぁ…。主に男性諸君…! 俺は今日は王女の応援が出来ないかも知れねェ…。正直ユキネちゃん超好みだ…!』



 実況の声にブーイングが上がる。それはほとんどが女性の声で、男性陣からは賛同の声も上がっている。



『いやしょうがない。ホントこれだけはしょうがない。だって可愛いんだもん』



 ユキネはノインと違って形式的にはもう王女ではない。そうなれば、王女と違って仲良くなれば普通に話も出来るし、良くすれば交際すらも望める。



「……まあ、多分そちらの方が難しいだろうがの」



 実況の声と、ユキネへの視線にイライラと膝を揺らすハルユキに向かって、わざとらしくレイは溜息を付いた。



「何じゃ、何もせんのか」

「…今日俺はここで大人しくしてないといけないんだよ」



 既にメコメコと悲鳴を上げ始めていたコップを、ハルユキは脇に置いた。



「今日は応援もいらないし、贔屓も要らない、ここで大人しくしていてくれ」と、本人に言われてしまえば、それはもうどうしようもない。



 昨日の夜あんな事を言ってしまった手前、頑張っている邪魔をするわけにもいかない。結果、出来るのは眺めている事だけだ。



『出来ればどちらも怪我をしない事を祈りたい。が、剣も意思も止まらない。互いが邪魔なら打ち倒すしかない』



 もう戦いを引き延ばすのは不可能だ、と解説の声が真剣に切り替わった。



『命だけ大切な人に預けて、他の全てを今に懸けろ』



 銅鑼が鳴る。──同時に。



 

 剣戟の音が銅鑼の音を上塗りした。





◆ ◆ ◆




 鉄が擦れる音が、目の前から聞こえる。


 鍔迫り合った剣から火花が漏れ、魔力により一瞬で弾けて消えた。



 一瞬だけ交差した視線をきっかけに、お互いが腕に力を込める。一際大きく錆びれた音がして、距離をとった。



「そう言えば──…」



 爆発しそうな緊張感の中で、厭に閑静な声はすり抜けるようにユキネの鼓膜を揺らした。



「こうして剣を交えるのは二度目よね」

「…ああ」



あの時の事はよく覚えていない。ただ、止めたのがハルユキだという事と、止められなければ殺されていたという事だけ。



「…あの時とは、違うでしょうね?」

「確かめて見れば、いい!」



 声に乗せるように、地を蹴って接近する。



 そうね、とノインが簡素に自答した後、彼女の剣の周りの空気が揺らいだ。切っ先に近い地面がじりじりと焼け焦げていく。



 構わず、横から剣を降り抜く。



 しかし、手応えはなく、ノインの陽炎とも残像ともいえない物を切り裂いただけに終わった。




 目の前には、煌びやかな金炎の残滓。




 その煌びやかさに目を奪われたのは一瞬。


 その残滓を追って、ユキネの視線が右へと移動する。



 一瞬後、"左"から莫大な魔力と気配。


 視線で追っていた気配を諦め、襲ってくる危機感に身を任せる。



「────…!」



 再び、剣戟の音。


 再び、鍔迫り合い。



 叩き付けられるように浴びせられる魔力に、剣が鎧が悲鳴を上げる。



「──っくぁっ!」



 舞台の中で存分に加速して叩きつけられた一撃。膂力は同程度の為、今度は拮抗すらも許されない。


 無様に吹き飛ばされるより、自分から跳ぶ事を選択した。



 足に力を込めて、地を蹴ったその瞬間。



 見透かしたかのように自分を押す力が掻き消えた。



 想像の斜め"下"を潜られた事で、ほんの少し体勢が崩れ、視界がぶれた。


 その一瞬を経て、空中に居るまま視線を戻す。




 そこで、剣に黄金を纏わせた女が笑っていた。



「──"黄昏時・鳳凰"」



 柔らかく、巨大な金色の鳥がノインの剣に降り立った。


 音も無く、幻想色の羽を散らして。


 意識の合間を縫って何処からか姿を現したそれは、劇的で、幻想的。



 いつか橋の上でユキネを撃退してのけた炎の鳥。


 世界は遅い。


 まだユキネの足が地面に着くまでは、気が遠くなるほどの時間がある。



 なればこそ、あちらは目にも止まらぬ速さで動いているはず。


 しかし、それを欠片も感じさせない優雅さを誇ったまま、それは再び飛翔した。



 まるで、幽界(かくりょから抜け出したかのような、浮世離れした姿。


 忘れそうになるが、それは、攻撃だ。ノインがユキネを害そうと生み出した無機の刃だ。



 しかしそれは、まるで生命が芽吹いているように躍動しながら、ユキネに向かって加速する。


 羽を散らしながら、己の体を燃やしながら、王の為に殉じる騎士の様に。



「──…っ!」



 剣に魔力を。


 あれは、刃。加えて魔法。



 刃なら圧し折ればいい。


 魔法ならば打ち消せばいい。



 足が想像していたよりも速く、地に着く感触が伝わる。



 踏み出す。踏み込む。踏ん張る。


 白く光る剣を、上段に構えて、火の鳥の進行方向をなぞる様に狙いを定めて、切り裂いた。


 嘴と刃がぶつかり、真っ二つにそれを断ち切った。炎の欠片と変わったそれは細々と周りに飛散した。



「ん…?」



 足元に違和感。まるで、もう一度着地したような感触が伝わってきた。



「──へぇ、やっぱり消されるのね」



 そんな疑問も、彼女の一言による警戒と危機感で押し流される。



「でも、私の炎は消えないのが長所だから、全ては消せないみたいでよかったわ」



 言葉に教えられ、視線だけで周りを見渡す。


 確かに、魔力の絶対量こそ減っているものの、周りの石畳の上で未だ黄金の炎が燃え盛っている。



「なら、幾らでもやりようはあるわよね」



 言って剣を持っていない方の左手を翳す。



「──転生"不如帰ホトトギス"」



 祝詞に身構え、ノインに警戒心を集中させたその次の瞬間。



 いやに長閑な鳥の囀りが聞こえた。




「………やっぱり、血縁者だな…」




 その姿を変えた景色に、思った事がそのまま漏れた。



 左にも右にも前にも、そして恐らく後ろにも。


 視界を埋め尽くすほどの、黄昏鳥ホトトギスが舞っている。



 王に尽くして死んだ火の鳥が、命の形を変えて敵を見据えていた。




 それは兵隊だった。


 攻撃の合図を待っている、忠実で愚直な兵士。先に戦ったムイリオと同じような圧力を感じる。


 小鳥の形を為しているだけで、あれは炎の魔力の欠片。しかも数や圧力もムイリオの水弾雨に引けを取っていない。



 しかし、ならば。やる事は同じだ。


 あれを弾くのに力は要らない。ただ最短の軌跡を辿れば良い。




 足幅を広げ、剣を水平に構える。


 それを待っていたかのように、それは一斉にユキネに殺到した。



 己の手には剣が一本だけ。


 圧倒的な数の差に眩暈がおきそうになるが、歯を食い縛って自分を保つ。





 一閃。


 ──足りない。


 後ろからの突進に身をかわしながら二閃、三閃。



 まだ足りない。



 その思考の隙を狙ったかのように、剣の届かない内側。台風で言うなら中心の目に存在する凪のようなその場所に、小鳥が一羽紛れ込んだ。


 しかし当然、肩にとまる事を期待して戯れる余裕など無い。



 今日は確りと嵌めている、いや嵌めてもらった人差し指の指輪。


 そのせいか、何時もより鎧が身近に感じる。


 無意識的にか本能的にか偶発的にか、ほんの少しだけ鎧に魔力が流れた。



 まるで自分の体に力を入れる程容易に力が伝わっていくのがよく分かる。



 パン、と響く乾いた音は、近付いていた炎の化身が弾けて消えた音。


 一瞬だけ、鳥を象った炎の群れが怯んだのが分かった。



「──ッ!!」



 呼気一閃。


 剣を持ち上げて振り下ろすまでの間に、剣に魔力を流し込み、一瞬で形成された白い巨剣が、動きを固めた炎の化身を薙ぎ払う。


 剣が通過した後には、パラパラと金色の火の粉が散らばったのみで他には何も残らない。



「…成程。爺が泣かされただけの事はあるわね」

「……泣かしてないぞ」

「部屋で泣いてたのよ。私が宥めたのよ間違い無いわ」



 その炎の欠片が一つに集まって形となった小鳥が一羽、逃げるようにノインの手に止まった。


 ノインが愛おしげにその羽を撫でてやると、目を細めて小さく一鳴きした後、ゆっくりと消えていく。



「──でもね、足りないわ」



 ブン、と横薙ぎに剣を振った。


 それだけの行為で、熱せられた剣にほだされて歪んだ空気が渦を巻き、熱風が吹き荒れる。



「もっと、楽しませてくれるんでしょう?」

「──ああ、まだまだ挑ませてもらう」

「挑戦を許しましょう。全力できなさいな」



 まだ二十に満たない少女が作り出す、世界を根こそぎ魅了する様な絢爛な舞台。



 足を動かせ。声を張り上げろ。この舞台に必要なのは気取った演技でも、壮絶な物語でもない。


 ただ役者が二人と、剣が在ればいい。



 その幕はまだ上がったばかり──



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