折れた意志
「そら・・・飯だ。王女サマ。」
その声と、ガン!と荒々しくお盆と床石ががぶつかって立てた音で目を覚ました。どうやら、もう昼時のようだ。
目の前ではどこかで見たことのある兵士が醜い笑みを顔に貼り付けながら、こちらを見下している。
かつての王族を見下して優越感に浸っているのだろうが、こちらまでつきあってやる義理はない。無視して両手足の中で唯一鎖につながっていない右手でお椀を掴む。
中身は冷えていて、具などかけらも入っていないスープだが栄養はとっておかなければならない。
「待て。」
自分を無視されたのが、気にくわなかったのか、スープを飲もうとした私の右手を掴んで、
「ほら、隠し味だ。」
そういってスープの中に・・・・・・・・・自分の唾を吐き入れた。
・・・・・・だめだ。ここで怒ってしまっては、相手を喜ばせるだけだ。そう思い唇をかみしめる。
(・・・・・・我慢、)
我慢して我慢して我慢して我慢して、我慢我慢我慢・・・・・・!
(できるかああああ!!!!!)
そして、突然笑顔になった私の顔を怪訝そうに見ていた兵士の顔面に容器ごとスープを投げつけた。
「ぐあっ!!」
下から投げつけたので鼻や目にも入ったのだろう。悲鳴を上げて、鼻と目をこすっている。
「ははははは!!どうだ!隠し味が聞いてて格別に美味いだろう?」
兵士を馬鹿にするのに口を動かしながら、同時に右手も動かし、自分の顔面に夢中になっている兵士の右足を掴むと思い切り引っ張る。
「ぐあっ!!」
バランスを崩し後ろに転んだ兵士は、鉄格子に思い切り頭をぶつけた。相当な勢いでぶつかったのか、頭を押さえてのたうち回っている。
その姿を見て、笑う、見下す。こいつらがいくら私を侮辱して、痛めつけたとしても、私は笑っていよう。
そうすれば、負けたことにはならないのだ。
その笑顔が気に障ったのか、すごい形相で私を睨み殺さんとばかりに睨み付け、足を振り上げた。
軽くない衝撃が私の腹を打つ。
「この!クソ!女があ!!」
それでも笑う。殴られる。あざ笑う。こいつがどれだけ力が強かろうが私の誇りを折ることはできない。
しばらく暴行を加え続けた兵士の手が疲れからか、一旦止まる。しかし、その顔は殴っているときのそれと何ら変わらない。
当たり前だ。私はまだ笑っているのだから。
さらに、肩で息をしている兵士に向かってぼこぼこに腫れ上がっているであろう顔で吐き捨てる。
「・・・・・・気は済んだか?平民。」
表情に疲れが混じってきていた兵士の顔が再び怒り一色に染まる。雄叫びを上げながら再び足を振り上げる。
が、なにかに気づくと足をおろし、汚らしい笑みを顔に貼り付けた。
「そういや、あのちびも同じような目してたなぁ。やっぱりクソはどれも一緒って事かぁ?」
笑顔が凍った。
そうだ。どこかで見たことがある顔だと思っていたが、こいつ私を殴ってフェンを連れて行った男だ。
「フェンは・・・・・・どうした・・・・・・!」
笑顔など消し飛び、顔が怒り一色に染まる。
「どうしたんだ!!!!言えぇ!!!」
必死な様子の私を満足そうに嘲りながら、兵士は続けた。
「さぁなぁ。途中までは生意気な顔してたけど。ワーウルフの縄張りのど真ん中に放り捨ててからは、泣きそうになりながら逃げてたぜぇ!
何度もすっ転びながらなぁ!!ぎゃっはっはははっはははあぁ!!!!」
「貴様ぁ!!!!! 殺す! 殺してやる!!!!」
飛びかかろうとするが鎖に阻まれて届きもしない。
次の瞬間、また兵士の蹴りが私の腹にたたき込まれ、続けざまに殴られて、意識が半分飛ぶ。
「がっ・・・はっ・・・!」
これまでのように意志で我慢することができなかった。フェンのことを考えると意志が折れてしまう。
今までにない手応えに気分をよくしたのか、再び拳を振り上げる。
「その辺にしときなさい。ダリウス。」
今にも振り下ろされそうだった拳が止まる。だが別に希望がやってきたわけではない。この耳障りな声には聞き覚えがある。
リュートンだ。
「明日処刑なんですから、顔がそれ以上ぼこぼこだと、王女サマもかっこうがつかないでしょう?」
言葉とは裏腹にその口調と表情には私を心配する気持ちなど微塵も含まれてはいない。
「悪いな、親父。このクソ女があまりにも生意気だからよ。」
「親父・・・・・・だと?」
「おや、気づかなかったのですか?この男はダリウス"王子"。
私の実の息子です。どこかの落ちこぼれ王女と違って魔法もちゃんと使えるので、兵士長もやっていますがね。」
よくよくみれば、嫌な笑い方が二人ともそっくりだ。二人は牢を出て行こうとするが、私にはまだ聞きたいことがある。
「フェン・・・は・・・」
腫れ上がった口で懸命に声を絞り出す。二人がめんどくさそうに振り返り、リュートンがあごで私を指し、ダリウスがうなずいてこちらに歩いてきた。
「がッ・・・!」
近づきざまに私の腹に蹴りをくれると、髪を掴んで私の顔を引きずりあげた。
「あのちびがどうしたかって?死んだに決まってんだろうが!!ワーウルフが10体は追っていったんだぜ。今頃バラバラにされて食われてんだよ!」
実際に言われると、絶望が身を包んだ。フェンが、私の友達が・・・・・・死んでしまった。
さらにダリウスは言葉を続ける。
「どうせ、てめぇも明日死ぬんだよ!そうだな、首つらせて殺したあとはどっかの変態にでも売ってやるよ!! 餌にされた女と玩具になった女! いいコンビじゃねぇか!」
必死に唇をかみしめるが、目にこみ上げてくる物がある。だが絶対にこれを零すわけにはいかない。負けたくないから。
「っ・・・・・・っ・・・」
「いいざまだな、平民。」
勝ち誇ったようにダリウスがそう言い捨てた。
「・・・・・・ダリウス。もう行きますよ。そうですね。その哀れな平民に消毒でもしてあげなさい。唾でもぬっていれば、腫れも引くんじゃないんですか?」
もちろん私を気遣っての言葉ではない。私をさらに侮辱するために行った言葉だ。ダリウスはにやにやと笑いながら口に唾をため私の顔に吹き付けた。
「消毒完了しました。親父殿。」
「これで少しは綺麗になりましたかね。ではもう行きますよ。こんな女にかまっている時間はそんなにないんですから。」
二人が笑いながら牢を出て行った。
わたしは屈辱と絶望と痛みに耐えかねてまたしても気を失った。