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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
113/281

味噌汁


「んぅ…」



 朝の日差しが瞼越しにユキネの目に直撃していた。


 腕で庇ったり、顔を背けたりと抵抗してみたが結局完全には逃れえず、薄らと目を開けた。


 慣れてしまえば、朝の日差しはそれほど苦痛でもなく、数秒間そのまま固まって眠気が去っていく手伝いをさせる。


 昨日の事を思い出しながら、今日の事を考える。


 昨日は何となくハルユキを探してフェンと酒場にいって、それが運の付きだった。


 もう本格的に祭りが始まって一週間も経つというのに、まだ全力で宴をやるのだ。



 それも、闘技大会で勝ち残っていると知られてからは、もてはやされて大変だった。


 明日が休みだからと、酒を勧められて、一口だけ飲んでそこから記憶が溶けたように無くなっている。



「……?」



 それともう一つ、何か頭に引っかかる。



 まるで、ジグゾーパズルは確かに完成したのに、一つだけピースが余ったような、そんな不自然な感覚。


 しかし、寝惚け頭にそんな小さな疑問は長生きしてはいられなかったらしく、眠気と共に消えていった。



「……んん」



 眠気がほんの少しだけ残っていつまでも消えようとしない。


 構造上、窓から入ってくる朝日は今のユキネの鼻の位置が限界なので少し下に体をずらせば、まだ快適に眠ることが出来る。



 今日は、降って湧いたような二日間の休日の最初の一日。


 それならば、もう少し惰眠を貪っても、バチはあたらないはずだ。



 枕と薄手の腰掛けをずりずりと朝日の当たらない場所までずらし、枕の上に頭を投げる。


 ボスン、と気の抜けるような音が耳に心地良い。


 更に念には念を押して、朝日に背を向けるように壁側に寝返りを打つ。




 壁があるはずの場所に顔があった。




「…え?」




 ほんの少し吊り上った目は閉じられていて、血の通った唇はほんの少しだけ隙間を作り、小さく寝息が漏れている。



「え、え…?」



 身動ぎした拍子に、眉ほどまで伸びた黒髪が揺れた。


 詰まる所、ハルユキが目の前のそこに寝ていた。



 残った眠気が吹き飛び、心臓が他の臓器を置いてきぼりにして暴れだす。



(な、何で…!?)



 体は動かず、声も出せない。


 顔と顔の間が近すぎて小声の呼気でも相手の髪が揺れる。


 近い。


 距離で言ったら10センチも無いんじゃないかと言うほど隙間が無い。


 近い、と自覚した事で、更に心臓が加速する。それを追うように血液がめぐり、顔が火照って真っ赤に染まっていく。



 かろうじて思い出す。ハルユキは寝ている時は中々起きない筈。前に城ででは、頬をつねっても起きなかったはずだ。


 今すぐ蹴り出してもいいが、近すぎて体がいまいち言う事を聞いてくれない。



 ならば、この事は後で怒鳴り付けてやるとして、今は脱出を最優先にしなければいけない。


 ゆっくりと体を起こし、頭を持ち上げ、そこまでは良かった。


 しかし、まとめていなかった髪が零れ落ち、ハルユキの鼻を刺激した。


 それに気付いて、体が固まる。敏感な部分を刺激されたからか、ハルユキも起きないまでももぞもぞと体を動かし始める。



「ぁあ…?」



 ほんの少しだけ目が開いた。


 開いたか開いてないか分からないほどのもので、まだ多分意識もはっきりしていないのだろう。


 じっとユキネを見つめた後。



 何を思ったのか、ユキネの腕を掴んだ。



「は、ハル…?」

「んんん…?」


 

 そのまま再びハルユキの目は閉じられて、次の一瞬で事態が急変する事になる。凄い力でぐっと引き寄せられて。


 

 結果、ハルユキの胸の中に体がすっぽりと入り込んだ。



 枕か布団かと勘違いしているのか腕が回され、きつく抱きしめてくる。


 それと比例するように体温が上がっていくのを、頭に一握りだけ残った冷静な部分が感じていた。



「────ッ!」



 結局、悲鳴と共にハルユキを蹴り出した。


 ベッドと壁の間に転がり落ちながら、ハルユキも妙な声をあげていた。




◆ ◆ ◆




「………正座だ」

「……は? いや状況が掴めてないんだが…」

「正座だ!」



 鬼気迫る顔、と言うより鬼のように真っ赤な顔でユキネがベッドの上で正座しながら、目の前のシーツをバンバンと叩きながらそう要求してきた。


 衝撃と共に目が覚めて、なぜかベッドと壁の間に挟まりながら朝を迎えた俺には、何が起きたかも分からない。


 まだいつも起きる時間にはもう少しあるので、他の面々は我関せずと言うように、背中を向けて無視を決め込んでいるか、完全に眠ったままだ。



「正座!」

「…はいはい」



 とりあえず要求通りに、ユキネの前に向かい合うように正座すると、背筋を伸ばしてみる。


 しかし、なぜかたじろいだのはユキネのほうで、更に顔を赤くしながら視線を斜め下に泳がせた。



「…えっちなのはだめだ」

「は?」

「そ、そういうのはな、夫婦間でやるものであって……」

「そういうの…?」



 何が何だか分からずに、首を傾げていると、ユキネの視線が一瞬だけこちらを向き、直ぐにまた斜め下に逃げ出した。



「その、………同衾、とか」

「同衾?」



 通路を挟んで向かい側にあった空のベッドを覗き込む。


 腰掛けが捲りあがっているだけで、そこには誰も寝てはいない。


 なるほど、大体の状況は飲み込めた。



「何で怒ってるかは分からんが、お前、別に初めてでもないだろ」

「は、初めてに決まっているだろう! 私には今までそんな人もいなかったし…!」

「…昔、部屋で何回も一緒に寝てただろ。ベッド一つしかなかったし」



 キョトン、と顔を硬直させた後、引き始めていた顔の赤みがまた最大まで赤くなる。



「……そ、そうだな。は、初めてではなかったな」



 何を勘違いしていたかは知らないが、寝起きに面倒くさい奴だ。


 再び、ベッドに潜り込もうとした所でばしんと背中を叩かれる。



「…今度は何だよ」

「そ、それとこれとは話が別だろう! と言うか寝ようとするな!」



 ユキネの言う事だけがいまいち要領を得ない。


 それとも、俺が眠すぎて状況が把握しきれていないのか。



「……分かった。寝るのは諦めた。その代わりお互い情報を確認しあおう」

「よ、よし」

「まず、お前は俺が一緒に寝ていることを怒ってるんだな?」

「そ、そうだ」

「別に初めてではないから気にする事でもない、というのは関係が無いと?」

「べ、ベッドはたくさんあるんだから一緒に寝る必要は…」



 ああ、なるほどそういう事か。頭が覚醒してきて、ようやく理解した。



「じゃあ、お前が自分のベッドに戻るべきだろ」

「え……?」

「ここは、俺のベッドだ」



 斜め下を泳いでいた視線が一瞬止まり、首ごとユキネのベッドに向けられて、ゆっくり俺の顔まで戻ってきた。



 それからまたスッと斜め下に視線が逃げる。



 今度の顔は赤くはないが、代わりに頬に汗が浮かんでいた。



「──ごめんっ!」

「逃すかっ!」



 ベッドから跳ねるように逃げ出したユキネの首根っこを難なく捕まえる。


 さて、どうしてやろうか。



「まあ、とりあえず正座だよな」



 バツが悪そうな顔のまま、ユキネは先程の位置に座った。


 位置こそ一緒だが、状況は真逆だ。その証拠に、ユキネの額には目に見えるほどの冷たい汗が流れている



「朝食の用意できましたよ」



 とりあえずからかってデコピンかますか、と口を開きかけた時、扉を小さく開けて初老の優しそうな女性が顔を出した。



「ああ、すぐ行く」



 それに小さく手を挙げて応えて前を向く。


 振り向く前と同じように、うー、と寝起きの牛のような声を出しながら、ユキネが頭を垂れていた。



「何だ夜這い犯。申し開きでもあるのか」

「よ、夜這いじゃないっ。ただ寝惚けてて…」

「俺をベッドから蹴り落とした、と」

「わ、悪かった…」

「まあ、別に大して怒ってもいないんだがな」



 正座で向かい合っているのは変わらないが、完全に立場が逆転した状況を存分に楽しんだところで、ベッドから降りた。



「さて、朝飯だぞ野郎共。女将さん困らせるもんじゃない」



 受付の横の食堂で朝食が付いてくるのが、この宿を選んだ理由なのだ。


 魚のスープとパン、しかも薄めの味付けだが、朝に食べるならこれがまた旨い。


 統率など欠片もない我らが一同も、時折の夕食と、この朝食の時だけは行動を共にしていた。



「…むぁ、ああ、朝か。……ええい、鬱陶しい日光め」

「吸血鬼らしい台詞吐くじゃねぇか」

「睡眠を邪魔するものを嫌うのは、どの生き物も共通じゃろうが」



 ふるふると頭を振りながら、上半身だけ起こした。


 襦袢だけの姿は妙に扇情的だが、それからは目を逸らし、とりあえず問題のジェミニの方に視線を移す。



「無理。動けへん」



 何かを言う前にベッドから声がした。



「…じゃあシア。朝飯持ってくるからあと頼んでいいか」



 素早く着替えを終わらせて、ジェミニの様子を伺っていたシアに声をかけると、聞かれるのが分かっていたのか淀み無く頷いた。



「フェ~ン。起きろー」

「………ん」



 シーツを頭から被ったまま、こくっとミリ単位で頷いた後、なぜかそのままベッドに潜り込んだ。



「……ふん」



 シーツを引っぺがすと、一瞬こちらに視線を移してもう一度頷いた後、そのまま体を丸めた。


 溜息を一つ付いてフェンを小脇に抱えあげると、そのまま扉をくぐる。



「…フェ~ン」



 階段を下りながら声をかけるが、まどろみながら頷くだけだ。


 意外にも一番目覚めが悪いのがこのフェンだ。小さい体なら血の巡りは速さそうなものだが、朝食の席にしばらく置いておかないと目が覚めない。


 首をこくこくしながら座っている姿は危なげないが、そうでもしないとこいつは起きない。



 失礼をして足で食堂の扉を開けると、一番近い席にフェンを座らせる。


 予想通りこくこくしだすが、まあ料理は揃ってから運ばれる筈なので、顔面から突っ込むことは無いだろう。



「すまんおじさん。部屋に動けない奴いるから、先に二人分飯頼む」

「何だ。風邪ひいたのか」



 前掛けで濡れた手を拭きながら、初老の男が暖簾をくぐって顔を出した。



「いや、一人昨日の試合で疲れてるだけだ。普通の朝飯で良いよ」

「そう言うな。長客のよしみだ。精の付く物を作ってやる」



 ちょっと待ってろ、と言い終わる前に暖簾を戻って、厨房で何か作り出した。


 覗いてみれば、まだ朝食の準備中だ。



「手伝うよ」



 適当にエプロンを練成してから腰に巻きつけた。



「大豆があるな…」



 味噌と、あとは醤油が作れるかもしれない。

 

 味噌なら自分で作れない事は無いが、普通に作っては時間がかかる。どうにかナノマシンで味噌に出来ないだろうか。


 米は炒めるためのものがあるので、成功すれば久しぶりに和食を食べられるかも知れない。



「おお、気が利くじゃねぇか。うちの婿に欲しいくらいだ」

「子供いんの?」

「たくましい雄が一匹な」



 小さく笑いあって、そこからはまな板を叩く包丁の音と鍋がコトコト鳴る音だけが続いた。




◆ ◆ ◆





「あとはこれ、かな?」

「…野菜、は?」

「宿の物を使っていいらしい。お金は払うけどな」

「そう…」



 ユキネは、とりあえず買い込んだ目ぼしい材料を籠に入れた。



「多過ぎない…?」

「う~ん、でもあいつは大飯喰らいだからなぁ…」

「…そっか」



 次々と平らげていくハルユキを想像したのか、フェンはもう一つ肉の切り身を籠に入れた。



「でも、何でいきなり料理…?」

「………何でだろう?」



 フェンの質問にユキネ自身も頭を捻りながら、財布を取り出した。


 余っていたピースの嵌め所が見つかったような感覚がユキネの頭によぎるが、気付く前に消えていった。



「まあでも、料理できないのは私達ぐらいだし、今後の為に覚えておいても損は無いだろ?」

「…驚く、かな」

「それもいいな」



 フェンも納得したのか、我等がチームの全財産が入った財布を取り出した。



「銀貨15枚分。銅貨分はいらないよ。サービスだ」

「あ、ありがとうございます」



 呆気に取られていた市の店主が、苦笑いしながらやっとそう言った。



「大丈夫かい? 男手は無いのかい?」

「大丈夫。それに、これは秘密なんだ」



 ぐっと力を入れて、一気に籠を持ち上げる。



「…ユキネ、力持ち」

「何でかな。最近妙に力付いてきたんだ」



 フェンの腕にも紙袋が一つ。パンやら何やらが入っているのだが、それでもそれ以上持つのは無理だろう。



「少し持つ?」

「いいさ、適材適所だ。料理をその分頑張ってくれ」

「…頑張る」



 手を離してみるが、肩に痛みも感じない。


 一歩そのまま踏み出すと、思ったよりも足取りは軽い。というより後ろの荷物が軽く感じるのだ。


 レイと鍔迫り合いなんかをやっているうちに、思ったよりも力が付いたんだろうか。



「よし、じゃあ帰ろうか」



 多少揺らしても中身が落ちないことを確認して、宿の方向に体を向けた。



「あれ?」



 そこで見知った顔を見かけた。


 見つけたのはこちらが先だったが、声をかける前にこちらを見つけて、小走りで近寄ってきた。



「ユキネ、やっと見つけた…!」

「アキラ、どうしたんだ、そんなに慌てて」

「すまんが、ここじゃちょっと…」



 いてもたってもいられない様子で辺りを見渡しだした。



「ガネット! 丁度良かった!」

「おや、偶然ですね」

「これ頼むな!」

「お、おい、アキラ…」



 ユキネが背中にしょっていた荷物をガネットに押し付けると、腕をとられる。



「今から書店に行くつもりな…」



 迷惑そうに押し付けられた籠をどかした瞬間、ガネットが硬直する。


 同時にガネットと視線が合ったフェンが、身の危険を感じて身構えた。



「頼んだ」

「──Sir.この命に代えても」



 それを聞くが早いか、ユキネは腕を引っ張られる。


 フェンにしてはかなり感情が顕れた表情見たのを最後に、ユキネは凄い勢いで連れ去られた。



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