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第一章二幕目「新米忍者はニンカツしたい」

第一章の幕二目をご覧頂き、ありがとうございます。

こちらはノクターンノベルズに掲載の成人向け小説「ニンカツ! 新米忍者はモンスター娘と妊活したい!」の全年齢版となります。

主人公の石太くんやヒロインたちの『とってもエッチなニンカツの様子』をお楽しみ頂く場合は、ノクターンノベルズ版をご覧頂けますと幸いです。

それではどうかお楽しみ下さいませ。

「うぬ……拙者の判断ミスか。流石は怪忍、霍乱の二つ名は伊達ではない」

 窮地(きゅうち)に追い込まれた小頭が(うめ)く。

 ツーマンセルを諦め残った七四を囮に逃げるか、密書を託して己が時間を稼ぐか。いっそ恥を忍んで味方に救援を恃むか。

 しかし七四は若輩。怪忍相手は荷が重すぎる。さりとて密書を託すも不安である。

 味方を呼ぶにしても隠密を解く必要があり、かえって敵を増やす恐れもある。

 小頭と呼ばれていても、まだ二つ名を許されぬ身。正直、桜雅を相手に勝てる見込みは薄い。

 そうした冷静な自己評価が出来るゆえ小頭を任されているのだが、中間管理職の悲哀、ここに極まれり。

(しかも七四は、松千代(まつちよ)殿の大のお気に入り。此処で粗末に扱うわけにもいかぬ)

 此度の密書輸送を差配(さはい)した、中忍『万夫不当(ばんぷふとう)』の松千代。

 中忍でも幹部クラスか功名持ちにしか許されぬ、四つ名持ちの実力者だ。

 それが落ちこぼれの七四をことのほか気に入り、可愛がっている。

「まあ、分からぬでもないが」

 窮地(ピンチ)に立ってつい現実逃避気味に、小頭は思案を巡らせた。

 遅れまいと必死に駆ける七四、名は石太(いした)という。だが仲間はその目を隠す前髪を冷やかし「バツ太」「ダメ太」と呼ぶ。

 忍軍に珍しく、くノ一を用いない方針を堅持する甲賀衆は、全国で孤児を(さら)い忍者に育てていた。

 七四も両親を知らず、道ばたに捨てられていた小石の如き赤子だという。

 小頭が所属する里の人事部が近隣で孤児を探し、引き取って忍者に育て上げる。

 石太もそうした甲賀の養い子であり、素性にまつわる特筆した話もない。

 孤児院から引き取った担当者曰く、路傍の石から石太と名付けられたそうだ。

 甲賀の生まれでもなく、忍者の血も引かず、身体能力は一般人に毛が生えた程度。

 無能無力と蔑まれても、石太は修行を怠らず、なんとか下忍となったが。

 思わずモフりたくなる亜麻栗色のクセ毛は一房ピンと跳ね、ペケの字に交差する前髪が目を隠す。

 瞳の色は清流を彷彿とさせる澄んだ水色で、仔犬を思わせる愛くるしさが松千代の目に止まった。

 今の甲賀で中忍と言えば、大会社の本社幹部クラス。

 上忍である頭領に代わって各部門を取り仕切り、下忍の生殺与奪も握る実力者。

 多忙を極める支配階級の中忍が、事あるごとに少年を猫可愛がりするのだから、周りも忖度(そんたく)せざるを得ない。

 小頭が此度の忍務に七四を推挙したのは松千代、小頭はご機嫌伺いで粛々(しゅくしゅく)と引き受けた。

 だからこそ、迂闊に捨て駒には出来ぬのだが。

「それが裏目に出ようとは……ぬぉっ!?」

 咄嗟に身をかわす至近を、桜雅の大鉄球が掠めていった。

 追っ手との距離が詰まっている。

 終電が過ぎて真っ暗な駅舎を飛び出し、再びビル群へ駆けた。

 目指す目的地は都心に設けられた、秘密の中継所。

 当然、味方が守備を固めているが、甲賀の拠点に敵の追跡を許して良いか判断が難しい。

 さりとて未だ通信機は不通、救援要請はおろか簡単な合図も送れず、信号弾を打ち上げるなら一刻の猶予もない。

 と、気丈にも桜雅を()めつけていた七四が、彼に身を寄せて囁いた。

「小頭、僕に策があります」

「策と? お主にか?」

「はい。敵の不意を突き、必ず足止めしてみせます。その隙に密書をお届け下さい」

「お主が戦って勝てる相手ではないぞ。やるなら拙者と組んで」

「いえ。戦うのではなく、僕に注意を惹きつけます。故に僕一人でなければ警戒され、通用しません」

 そう言えば先ほども七四は、殿を引き受けようとした。勝算はあると言うことか。

「お主、そう言えば生き物全般、妖怪にも詳しかったの。となれば怪忍にも通じる手があるか?」

「あります」

 忍者としては未熟だが、好奇心旺盛で勉強熱心、生化学研究所に転属の話も上がった七四である。

 彼を惜しむ松千代の一声で取り消されたが、今その知識を生かせれば。

 小頭も忍者の(たしな)みで、奥の手の一つや二つは用意している。

 いざとなれば信号弾で救援を呼べる。

 かえって敵を呼び込みかねないゆえ最後の手段だが、これを温存できるならこの先、任務達成の見込みは高い。

 場数を踏んだ老練だからこその小頭である。

 けして焦らず切り札、奥の手を温存してきたが、果たして今が使い所か?

 それとも七四を信じるか?

「よし、一瞬でよい。彼奴の足を止め、その後は逃げ延びよ。構えて無理はするでないぞ」

「はい!」

 爽やかな返事が、この少年の魅力だ。

 不遇な生い立ちにも関わらず、まっすぐに育った快活さ。

 バツ太、ダメ太と呼ばれようと、けして挫けず捻くれず精進してきた。

 およそ闇社会の深奥で汚れ仕事に従事するには、似合わぬ真っ直ぐさと言えよう。

 しかし彼に策があるのなら、信じたくなった小頭だ。

 いや前髪の下に垣間見た瞳の力強さに、心動かされたと言うべきか。

「では小頭。御達者で!」

 今生の別れのごとく謝意を込め、ぺこりと頭を下げる七四。

 小頭が考え直す間も与えず、踵を返した。

 足下を公園化した大企業の巨大建築の間をすり抜けた先、深夜の学び舎の運動場で立ち止まるや、猛追してくる桜雅に向き直り、両手を広げる。

 猛牛の如き勢いで迫る鬼の巨体の前では、小枝のようにか細く頼りない。

 身の丈は桜雅の胸の辺り、腰回りも彼女の太ももより細く、体重差は三倍以上か。

「退いてろ小童(こわっぱ)ぁぁあああああああっっ!!」

 これは無害と、桜雅は一目で看破した。小柄なだけでなく、所作も未熟。

 逃走中も遅れがちで、ちらちらと追っ手を見る落ち着きの無さ。

 半人前を演じていたとは考えにくいほど、基礎能力が足りていない。それがとても思い詰めた顔で。

「いや、妙に顔が赤いな?」

 よもや自爆か。

 そう睨んでも勢いを落とさず、大袖を盾に突っこむ桜雅。頑健さに絶対の自信がある。何しろ鬼だ。

 迎え撃つは少年の、緊張に裏返った声。

「お、桜雅っ! さんっ!」

「さんづけだぁ!?」

 思わず見開いた隻眼に、大写しになる七四の顔。

 なんだこの可愛い生き物は?

 ぷるぷる震えながら、懸命に吠える様子は幼い柴犬のよう。このまま()くと簡単に壊れそうで。

 イカン、と反射的に桜雅は大金棒を振り上げる。虚を突かれた忍者の、咄嗟の防御本能が敵を排除させようと動く。

 何かとんでもない何かを、しでかす前に――。

「ぼ、ぼく、ぼくっ、ボクとっ!!」

 緊張でギクシャクと、彼は防弾防刃処理された頭巾を脱ぎ捨て、紅潮した素顔をさらけだす。

 メカクレ少年忍者の、一房ぴんと跳ねる髪。

「ニンカツして下さいーーーーっっっ!!!」

「なああああああああ~~~~~~~~っっっ!?」

 轟音暴風うなりを上げた大金棒が、あわやの寸前アホ毛を揺らしてピタリと止まった。

 全身の筋肉を総動員して、辛うじて撲殺を止めたのだ。

 身体中の汗腺から噴き出た汗が跳ね上がった体温で沸騰し、湯気がたなびく。

「ニニニ、ニンカツだとぉ?」

「ニニニ、ニンカツです!」

「って事は……ナニするわけで……テメェっ! オレを抱きたいのかっ!?」

「はいっっっ!!!」

 ただでさえ赤鬼らしい赤褐色の肌が、色鮮やかな紅葉色(もみじいろ)に赤らんだ。

 大金棒の先端がプルプル震えて、今にも告白少年を小突きそうだが、二人ともそれどころではない。

「一目惚れなんです! 軒猿怪忍、霍乱の桜雅! 甲賀下忍メの七四、石太が」

 耳まで真っ赤にして、ぎゅっと目を閉じたまま。

 両の拳を胸の前で握りしめて、恋い焦がれる想いの熱さそのままに告白する!

「ニンカツ申し込みます! 僕の子を産んで下さい!」

――ずきゅうううーーーーーーんんっっっ!!!!

 桜雅の胸の奥、心の臓にキュンとくるプロポーズ。

 だが忍者の本能が、かえって疑いを抱く。

 そう、これは敵の策だ。

 正攻法で勝てなければ、意表を突く。忍者の常套手段ではないか!!

「テメェ、時間稼ぎだな!」

「そうです! ああああ、いや違います!」

 言下に認め、そして否定する石太の真剣なまなざし。

 蒼く澄んだ瞳に、頬を赤らめた自分の顔を見つけて桜雅は気圧された。

「貴女は強く逞しい鬼、美しい女性です。非力な僕が憧れていた理想そのもので!」

「だからってよ……あ、テメェ、それでずっとオレをチラチラ見てやがったのか!」

「はい! 貴女と出会って今が千載一遇の機会だと、いえ運命だって思いました! 何度でも言います。ニンカツして下さい。僕、頑張ります! 絶対に貴女を幸せにします! 僕のお嫁さんになって、一緒に子どもを育てましょう!」

――キュキュキュンッッ!!

「こっぱずかしい台詞をポンポンと、テメェなぁぁぁぁ……」

 ヤバイヤバイヤバイ。

 桜雅は引き締まったお腹の奥が疼くのを感じて、焦りまくっていた。

 心拍数が跳ね上がり、締め込んだサラシが弾け飛びそうなくらい(Hカップ)が高鳴ってる。

 桜雅も、くノ一。

 鬼らしく好色、これはと思えば敵も味方も男女問わず押し倒し、充実したセックスライフを楽しんでいる。ショタもロリも守備範囲内だ。

 だがプロポーズされたのは、初めてだった。

 閨の睦言で好き好き大好き孕め孕めとは言われ慣れてるが、子作り前提で告白された事はない。

 だからどうしてもそれが信じられず、『幸せな将来』という未知に怖じ気づいて、少年の告白を嘘だとこじつけようとした。

 そう。桜雅は石太に怯み、逃避したのだ。

「嘘つけ、惚れるワケがねえ。オレは鬼の血を引く怪忍、ムキムキマッチョのビルド忍者だぞ? 性格だって悪い。くノ一だからな。テメェの仲間だってぶっ飛ばしたばかりだ。こんなガサツで乱暴で女らしさの欠片もねぇ脳筋に、惚れるものかよ!」

 自分で言っててザクザク胸に刺さる欠点だらけに、思わず涙目になる桜雅。

「僕が嘘を言ってるって、疑ってるんですね」

 仁王立ちで石太を見下ろす鬼の隻眼は、少年の薄い胸を射貫く眼光に輝いていた。

「おう。今の状況と話の展開に無理がある。忍務中の忍者の告白に、惚れた腫れたで騙されるほど、オレはウブじゃねえ」

 ぴたり、と微塵の震えもなく、彼女の圧倒的な膂力を見せつけて大金棒が突きつけられたのは、少年の脚の付け根、股間だ。

「オレを貧弱な自分の理想だと言ったな? だがよ、オレに色気を感じるのか? オレを女と思って抱けるのかよ? どうなんだ? おっ立つのか、テメェのは!」

「あぅうっ!?」

 グッと押し当てられた鉄塊の硬く冷たい感触に、石太は小娘のごとく呻いてしまう。

――ごくり。

 緊張のあまり、石太は生唾を飲んだ。身の危険を感じたせいではない。

 己を疑い、一瞬で鏖殺(おうさつ)する気迫を漲らせた桜雅に、改めて心奪われたせいだ。

 人を喰らい、荒ぶるもの。

 炎橙色の灼髪に紫電を纏う鬼らしい桜雅の威容に、石太は身体の芯が熱くなる。

 石太から見た桜雅は人外の剛力を示す隆々たる筋骨、それでいて少年の丹田の下にズンとくる程の色艶を備えた化生の女だ。

 だからこそ、石太は勇気を振り絞った。

 胸中から込み上げ溢れる恋慕を、必ず伝えねばならないと!

「僕はっ! 本気ですっ!」

 カラカラに乾いた喉から無理に言葉を絞り出す。肉を裂くような痛みが走るが、誰にも隠していた想いがあふれ出して。

「嘘なんて言いません。本当に一目惚れです。ずっとそうなりたいと思ってた、力強い丸太のような腕! 巌のごとく、がっしりした肩。ぎゅっと引き絞られた腰からお尻の筋肉のうねり、量感のある尻たぶから太もものムチムチ感!」

 ありったけの語彙を用いて、桜雅の魅力を早口三行で羅列した石太。

 語れば語るほど身体が熱くなり、熱いものが漲ってくる。

「んんんっ!?」

 まさか。

 むくりと大金棒を押し返す手応えに、桜雅の頬が火照りを帯びた。

 しかし石太は今まで誰にも話せなかった己の性癖を、愛しい人に吐露する興奮に夢中で、後先考えず絶叫する。

「笑うと見え隠れする牙とか、爛々と輝く瞳とか、額の鉢金に走る雷光なんて人間離れした鬼の特徴が女性らしさとばっちり調和してて、すっごく僕のツボなんです大好きなんですギュッとされて踏まれてみたい噛んで噛んで噛んでもう鬼っ娘最高ですからーーーっ!」

「ててて、テメェなあっ!?」

――バゴォッ!

 激音立てて路面に叩きつけられる大金棒。少年のすぐ脇で、グラウンドの堅い土が爆裂する。

「妖しくて可愛くてって、気持ちを素直に言い表したらこうなりました! 桜雅さんまさに鬼って筋肉質の巨体だけど妖怪特有の妖しさも角とか感じられてコワイ魅力があるし、象とかライオンとか強い獣も可愛いって言うじゃないですか! とびっきりエッチな体つきで際どい鎧も似合ってて!」

 再び早口三行、思いの丈をぶちまけた石太が見たのは、羞恥と喜悦でプルプルはにかむ桜雅の変顔。

 嬉し恥ずかし感極まり、尖った耳まで真っ赤に染めて、夜天に雷雲を呼ぶが如く鬼女が咆吼する。

「分かった! よぉおおおおく分かったっ! テメェがガキのくせにド変態ってこたぁなあっ!」

 動揺と羞恥に震えながら、石太を指さす桜雅の赤面顔。鋭利な爪が示す先に、盛りあがった少年の股座があった。

 紛う方なく欲情している石太の股間の膨らみに、揺れそうな自分を叱咤激励して、意固地にも抗弁を試みる。

「そもそも、だ! 忍務をほっぽり出してエッチにしけ込みゃ、任務放棄で抜け忍判定、反逆罪で処刑確実じゃねーか! テメェはオレを足止めできて万々歳だろうが、オレは仲間にぶっ殺されるわ!」

 自分の言葉に思い込みが加速して、怒りが瞬間沸騰、桜雅はぐわと金棒を振り上げるが、石太はにぱっと満面の笑み。

「それなら心配ありません! だってニンカツですから!」

「あぁ!?」

「ニンカツ約定七。ニンカツを行う者は、忍務の責を負わぬものとす、です!」

「んなああああああああ~~~~~~~っっっ!!!」

 そう言えばそうだった、と思い至る桜雅。

 例え忍務中、敵味方であっても、ニンカツは成立する。

 双方の合意と宣誓の見届けがあれば、忍務そっちのけでエッチしていいのだ!

 そんなバカな約定を結んだのかと、通達を聞いた時には鼻で笑ったものだが、忍務がご破算になってもやむを得ぬと。

 伊賀(いが)甲賀(こうか)軒猿(のきざる)戸隠(とがくれ)雑賀(さいが)根来(ねごろ)

 天魔すら覆滅(ふくめつ)する忍六派(しのびろっぱ)の頭領たちが覚悟するほど、忍者は人手不足、少子化に追い詰められていたのである!

 褒めてもらった仔犬がパタパタと尻尾を振るように、少年が稲穂のようなアホ毛を揺らして小さくガッツポーズ。

 ショタっ子のふわふわクセっ毛をワシワシ撫でたい誘惑に、桜雅は頬が緩みかける。

「で、でもよ。誰が今の宣誓を見届けるっていう……あ?」

 狼狽(うろた)えて辺りを見渡す桜雅の視線の先、校舎の屋根の上で忍者が走る姿そのままに凍りついていた。

「小頭が見届け忍です! ギリギリ間に合いましたっ!」

 だから走り去る小頭に聞こえるよう、あれほど絶叫してたのか。未熟とは言え忍者、抜け目がない。

 その彼がすっと神妙に、惚れた相手に向かって頭を垂れる。いや、これは。

「なんだよ。そっ首、差し出しやがって」

「……追跡を再開すれば、まだ間に合います。間に合わなくても僕を殺していけば最悪、言い訳が立ちます。僕は精一杯の告白をしました。あ、後は桜雅さんの、好きなようにして下さい」

 声音に先般までの喜色はなく、馬鹿がつくほどの生真面目さと、死への恐怖に震えがある。

 それでいて、一世一代の大博打を打つ覚悟も感じられて。

「テメェの誠意っつーか、けじめってワケかよ。甲賀の下忍は、どいつもこいつもいじましいな!」

 確かに大金棒を一振りすれば事は足りる。

 少年のあどけない顔は、容易く木っ端微塵になるだろう。

 その上で小頭はまだ視界の中、雷鬼である桜雅が操る電界の効果内だ。

 追いつくのも至難ではなく、最低でも潜伏中の伏兵の元へ追い込めばいい。

 桜雅はまだ、選べるのだ。

 忍務か、ニンカツか。雑魚の妄言と笑い飛ばせば、全て元の鞘だ。

 だが桜雅は苛立ちに巨躯を怒らせ、牙を鳴らして奥歯を噛みしめた。

 いいように手玉に取られた悔しさが募る。

 しかも目の前でか細いうなじを震わせ、怯懦(きょうだ)に血の気を失ったまま立ち尽くす無力な小僧に!

 そう思った瞬間、全身が熱くなった。

「こいつぁ、ゆるせねぇな。おう巫山戯(ふざけ)やがって。思い知らせてやらなきゃ、腹の虫が治まらねえ」

 殺してしまえば、仕返しの機会は永遠に来ない。だがこの場に捨て置けば、逃げたと同じ。

(で、オレはコイツをいいなと思っちまった。そうとも、惚れたら負けってヤツだ)

 きゅうと口の端がつり上がるのを桜雅は感じ、胸に満ちる愉悦にゾクゾクと背筋が震えた。

 まったく思いもよらない手、恋の駆け引きで、桜雅は窮地に追い込まれたのだ。

「ダメ太ねぇ、いやはやオレを見事にハメやがったぞ、コイツぁ」

 全く業腹な、それでいて心地よい敗北感に、桜雅は相好を崩す。

「だがな、このまま勝ち逃げは許さねえ。してやられた恨み、殺すだけじゃあ足りねえなあ。じっくり嬲ってやらねぇと気が済まねえ」

 どれだけドスをきかせてみても負け惜しみだと、桜雅は苦笑いを噛み殺せない。

「じゃ、じゃあニンカツ、してくれるんですか!?」

 ぱっとほころぶ石太の笑顔。気恥ずかしくてたまらず、桜雅は照れ隠しに牙を剥いた。

「鬼を孕ませようたぁ、たいした度胸だ。手加減抜きでたっぷり喰らってやるから、覚悟しろよ?」

「は、はいっ!」

 こうなればどう可愛がってやろうか、と舌なめずり。

 桜雅の好みはガッツンガッツン激しく肉体をぶつけ合える逞しい漢か、濃厚に柔肌を絡めあい蕩けるような愛撫を交わす爛熟(らんじゅく)した美女。

 まあ、桜雅をお姉さまと慕う少年少女の操を美味しく頂くのも好きだし、目の前の獲物は悪くない。

 改めて見返せば、石太はなかなか元気な子犬めいて可愛い好少年だ。亜麻色のクセ毛に明るい笑顔、ちょっとエキゾチックな雰囲気もある。

(そうとも、コイツをトコトン、オレにベタ惚れさせればいいんだ。そうすりゃ勝負はチャラ、いやオレの逆転勝ちだよな!)

 手前勝手なこじつけで気を取り直し、女を知らぬ無垢な逸物(いちもつ)を夢想した鬼女の隻眼が妖しく輝く。

「よっしゃあ!」

「ひゃあああっ!?」

 石太のか細い腰を小脇に抱くや、桜雅は話の行方を見守っていた小頭に、声を張り上げる。

「軒猿怪忍十三妖の一人、霍乱の桜雅! 甲賀下忍が石太とのニンカツ、相務めてやらぁ! しからば御免!」

 言うが早いか獲物を掴んだ鬼は、グラウンドに放射線状の亀裂を走らせて跳躍し、摩天楼の狭間に電光のごとく姿を消した。

 第一章の二幕目をお読み頂き、ありがとうございます。

 井村満月と申します。

 さて主人公より小頭が目立つ前半。

 中間管理職の苦労を書くのは楽しいです。書く分には。

 自分だったらツラい……そんな小頭にダメ太くん、もといメの七四こと石太君が殿に立候補。

 桜雅さんにニンカツを申し込んで無事、タイトル回収します。真面目なイイコです。

 でもちゃっかりしてますよね。小頭を逃がして、桜雅さんもゲット。

 見事に二兎を得てますよ?

 ドコがダメ太なんだ、この子?

 前髪クロスのメカクレっ子、アホ毛ありと趣味全開の彼ですが。

 かなり弱々なので、活躍できるかしら? 足りない分は知恵と勇気で補ってくれるでしょう。

 ……桜雅さんにお持ち帰りされちゃったけど。

 そんな彼が桜雅さんにどうされちゃうのか、三幕目もお読み頂ければ幸いです。

 それでは、次でまたお会いしましょう!

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