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ふたりの恋  作者: ゆり
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ビタースウィート・メモリー

「よっ、絢斗(けんと)


 学内にあるカフェでスマホをいじっていると、1人の男子生徒が声をかけてきた。その顔には人懐こい、爽やかな笑顔が浮かんでいる。

 

「吉田。おす」


 同じ学科・同じ水泳部の吉田直樹。竹を割ったようなあっさり・さっぱりした性格で、笑い声がとても大きい。185cmの高身長と相まって『吉田ってどこいるかすぐわかるよな』と皆から親しみを込めて言われている。

ここいい?ときかれ、どうぞと答えた。


「絢斗もスマホゲームってするんだ」


 アイスコーヒーをすすりながら吉田が言った。


「?いや、しないよ。なんで?」


「??や、スマホ見ながら頭抱えたりにやにやしたりしてたからさ。『課金ーー!』『よっしゃーー!』の流れかと。違うの?」


 ストローを加えたまま小首をかしげる。


「違う違う。これ。これ見てた」


 そう言いながら、スマホの画面を吉田に見せた。


「おぉ、不動産情報。お、ついに一人暮らしすんの?」


 吉田がにやにやし始めた。


「彼女いたら実家暮らしは不便だもんな〜色々と」


 色々と、の部分を強調してにやっと笑う。つられて俺もにやけてしまった。男2人、にこにこ笑い合う。


「……いいぜ、惚気て」


「もーーさーー聡子がかわいすぎて。俺が帰るときさ『さみしいな』とか言うんだぜ?それ聞いたらもう一緒に住むしかないっていうか


「ちょちょちょ、ストップ!いきなり同棲!?」


 吉田が慌てて俺を止めた。


「え、変かな……」


「男がもじもじして言うな気持ち悪いぞ。……じゃなくて一緒に住むんだったらさっちゃんの意見も聞かないとって言うかいきなり同棲はリスク高いだろ」


 俺の肩に両手をのせ、一気に言う。


「……あと、これは俺の体験談だけど、ずっと一緒ってのはきついって。悪いことは言わないから、するんだったら一人暮らしにしとけ」


「お、おぅ……」


 ジト目でいう吉田の言葉には、なんだか妙な説得力があった。彼も、彼女と色々あるんだなと察した。


「そうそう話かわるけどさ、今日の飲み会、来るだろ?」


 吉田がアイスコーヒーの残りをずずっとすすりながら言った。


「あぁ、うん。その予定。お前は?」


「もちろん行くさ。飲み会大好き!」


 サムズアップしてにかっと笑った。彼の笑顔は本当にまぶしい。


「じゃまた後でな。俺一旦車置いてから来るから」


「お〜」


 そう言って別れた。

ちょっと小腹が空いたのでおにぎりでも買おう、と俺も席を立った。



 

 そして夜7時。俺が所属する水泳部の懇親会(という名の飲み会)が始まった。

楽しそうに飲み食いしている皆を見ながら、俺もまた目の前の料理を黙々と食べていた。飲み会の雰囲気は大好きなのだが、率先して盛り上げられるタイプではなかった。面白い話をして周りを笑わせている吉田のことを、心の底から尊敬した。


「けーんと、たのしんでる?」


「…っす」


 ビールのジョッキ片手に隣に座ってきたのは2個上の先輩だ。酒が回っているのか、顔が赤く普段よりずいぶん饒舌だった(『練習』と称して既に夕方から飲んでいたらしい)。


「唐揚げ食べます?うまいっすよ」


「わかってんじゃ〜〜ん!たべるたべる!!たべさせて〜〜!!」


 あーんと口を開ける先輩に、食べさせてやる。もう一口〜の声にも応じた。


「野菜もいります?」


「けんと、あのさ〜」


 先輩がどかっと胡座をかいた。あ、これ酔った先輩の悪癖・説教モードだ。飲み会はまだ始まったばかりだというのに、ターゲットにされてはたまらない。


「先輩、ほら、ジョッキ空いてますよすみませーんビールお願いしまーす!」


 先輩にしゃべらせては駄目だと身に染みている。なんとか話させまいと必死だった。


「けーーんと」


 肩を組まれ、先輩が顔を近づけてくる。本日のターゲットはどうやら俺に決定らしい。周りに助けを求めるが、皆ちらっとこちらを見て憐れなものを見るような笑みを浮かべていた。「がんばれ」と声を出さずにエールを送る者もいた。


「おまえ、かわいいかおしてるよなーー」


「そうですかね?先輩にはかないませんけど」


「あはは!おせじでもうれしいぜ。ありがと」


「あ、ビール来ましたよ。どうぞ」


 サンキュ、と受け取りごくごくと飲み干す。ああペース早い……。

少しでも酔いがまわるのをセーブするために、枝豆やら何やら食べ物を食べさせる。


「はい、あーん」


 おとなしく食べさせられてる様子は、なんだかかわいらしかった。動物園の飼育員ってこんな感じかなぁと思った。


「けんと、おまえ、やさしいな」


「そうですか?」


「かおもいい、やさしい、そりゃモテるわ」


 先輩がちっくしょーと言いながら自分の膝を叩いていた。


「??????」


「先輩、彼女と別れたんだって」


 いつのまにかそばに来ていた吉田がそっと耳打ちしてきた。


「ああ……それはお気の毒に……」


「だあああああけんとおおおおお」


 先輩が俺にがばっと抱きついてきた。


「なぐさめてくれえええ!!おれをなぐさめてくれえええ!!」


 すりすりされながら懇願される。

これが聡子だったらなぁと思いながら、先輩を抱きしめ背中をさする。


「元気出してください。よーしよしよし……」


「ひどいんだぜーーーー!!おれがいがくぶせいだったからつきあってたんだって!!いがくぶのやつだったらだれでもよかったんだって〜〜〜〜」


「!」




『だって鈴木病院の息子だよ?』




 脳裏に突如よみがえった記憶。




 放課後の教室。女子たちの笑い声。そこから逃げることしかできなかった自分 ーーーーー




「ーーーーーーーーーー」


 先輩を抱きしめる腕に、知らず知らず力が入る。

耳に喧騒が戻ってきた。


「………けんと……くるし………」


「あっ、すみません」


 ぱっと手を離す。先輩が重力に任せて俺にもたれてきた。


「……まゆちゃん……」


 呟いているのは別れたという彼女の名だろうか。見ると、酔いのせいとだけは言い切れないほど目が赤くなっていた。ポケットからハンカチを取り出し、目元をぬぐってやる。


「先輩。俺、今日付き合いますから。思う存分飲んで、愚痴ってください。あ、幸せだった頃の話もききますから。遠慮なく話してください」


 ハンカチで目を覆っていた先輩がばっと俺を見る。みるみるうちに顔が歪んでいった。


「けんとおおおおおおお!!うわーーーーん!!!!」


「好きだったんですね、まゆさんのこと」


「そうなんだよおおお!!最初は印象よくなかったんだけどさーー、一緒に過ごすうちに………………」


 先輩の話は出会い編からはじまり、片思い編・両思い編・蜜月編・歯車が狂ってきた編・そして破局へ……という壮大なストーリー仕立てで、飲み会中俺はずっとそれをきいていた。

先輩の話が上手なおかげか、今回は苦もなくきいていられた。


(……自分を見てもらえてなかったって、つらいよな……)


 酔いも回り、話疲れたのか、先輩は俺の膝枕で寝てしまった。まゆさんじゃなくてすみません、と心の中で謝る。

 先輩の話に刺激されたのか、気を抜くと高校時代のトラウマが頭をよぎる。それを振り払うようにぶんぶんと頭をふった。




『鈴木病院の息子だよ?しかも三男。ちょーー優良物件じゃない?だから我慢する』


 当時付き合っていた彼女が、彼女の友人たちと話していた言葉。




「ーーーーーーーーーー」


 ふぅ、とため息をついた。





 先輩をマンションの部屋まで運び、酔い覚ましの水を何本か冷蔵庫に入れた。「俺がついてるから大丈夫」というもう1人の先輩に託し、車に乗り込んだ。

飲んでいなくてよかった。役に立てたことが嬉しい。

 スマホを見ると吉田から二次会の誘いがきていたが、少し疲れていたので断りの返信をした。


「……帰るか」


 こんな日は無性に聡子と話したくなった。が、夜も遅いのでメッセージを送った。


『おやすみ。大好き』


 運転中に返信が来た。信号待ちのタイミングで確認する。


『私も鈴木くんのことが大好きだよ。おやすみ』


 かわいらしいスタンプ付きの返信に、笑みがこぼれる。信号が青になった。

画面にキスして、アクセルを踏んだ。

 







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