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ふたりの恋  作者: ゆり
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鈴木家の朝食

チュンチュン………


窓から差し込む明るい光。朝露に濡れている植物たち。

少し眩しい、と判断したのかお手伝いの藤村さんがレースカーテンを閉めてくれた。風に揺れる様子が爽やかだ。


テーブルを囲むのは五人。父・母・兄二人、そして俺だ。皆静かに朝食をとっていた。

その静寂を、父が破った。


「絢斗、彼女できたらしいな。私にも会わせてくれないか」


「まぁ、そうなの。ぜひお会いしたいわ」


「……………おぉ!」


「俺も会いてー」


皆次々と顔を上げる。


父は曽祖父の代から続く病院(小さな診療所からスタートし、世代を重ねて拡大中)の院長で、三代目のジンクスにたまに怯えている。


母はこどもからおとなまで教えるピアノ講師。普段は温厚だが、生徒のコンクールが近くなるとピリピリするから大変だ。


一回り歳の離れた長兄は31歳。父の病院でかけだしとして勤務中。バツイチ。結婚はもうこりごり、と言って、今は気楽な恋愛を楽しんでいるーーー元妻と。


次兄は25歳。医師の初期研修中である。彼女は確か何人かいるはずだ…。


そんな家庭だ。


「……なんか言えよ」


次兄がソーセージを頬張りながら言った。

母が「食べながら話さない」と注意した。…この小言、何年きき続けているだろうか。次兄は右から左に聞き流し、己の態度を改めるつもりはないようだ。


「うん、まぁ、そのうちね…」


俺のその一言に、その場にいた全員の動きが止まった。


「……なに?」


訝しむ俺以外の四人が顔を見合わせている。

この疎外感。子どもの頃はよく感じていた。


「……や、だって…なぁ?」


次兄が言う。


「あなたが、そんな前向きな返事をするなんて初めてのことじゃない?」


母は感極まっている様子だ。


「まぁ、お式はいつにしようかしら?あ、その前に顔合わせよね。やだ、私ったら先走っちゃって」


「はっはっは、だいぶ先走ってるね。落ち着きなさい」


父が母をたしなめた。この夫婦の会話は漫才みたいだなと思うときがある。


「相手、同じ学科?」


話をおとなしくきいていた長兄が、紅茶を片手にきいてきた。もう朝食を終えるようだ。


「うん」


「そうか。女医は気ぃ強ぇぞ?」


ウィンクしながら笑って言った。

それをきいていた父が大爆笑。


「わっはっは!!確かに!!まぁそのくらいじゃなきゃやっていけんわな」


「じゃ、俺そろそろ行くわ。ご馳走様でした」


洋風の朝食なのに手を合わせる長兄に少し笑ってしまう。


「なんだ、もうそんな時間か」


父が果物にフォークを刺しながら言った。


「はは、下っ端は早く行って色々準備やら確認やらしないといけないの。師長が怖くて」


肩をすくめる長兄。


「よい心がけだ。励めよ」


まるでどこぞのお殿様のような激励が飛ぶ。だが長兄は特に気にする様子もなく、席を立った。

くしゃっと俺の頭をなでる。


「でっかくなったよなぁ。おしめかえてた頃が懐かしいわ」


眩しそうにふっと笑い、よーしよしと更に俺の頭をくしゃくしゃになでて、食堂を出ていった。


「…………………」


ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整える。

長兄とは一回り年が離れていることもあり、いつまで経ってもこども扱いされる。

ピロンとポケットのスマホがなった。見ると、長兄からメッセージが届いていた。

『小遣い足りてるか?ピンチのときは俺に言えよ』

それに『ありがと』とささっと返事をし、目玉焼きを口に放り込む。今日も相変わらず絶妙な焼き加減だ。

降り注ぐ朝の光に目を細めながら咀嚼していると、母が口を開いた。


「そうだわ、もうすぐうちの生徒さん達の発表会だということは知ってるわよね?それに連れていらっしゃいよ。ギャラリーは多い方が気合いが入るわ」


「………はい?」


「それはいい考えだ。父さんも都合が合えば行こうかな」


「あら」


まぁ、と少女のように頬を染め、父と見つめ合う母。仲良きことは美しきかな。


「あなたがいらっしゃるなら、おめかししなくちゃ」


「はっはっは、それは楽しみだ。美しい君を独占しないよう、気をつけなきゃな」


「あなたったら…」





「おーい、息子たちいるからなー」


次兄のツッコミでハッと我に返った二人。そそくさと食事を続ける様子に、こっちが恥ずかしくなってくる。


「話がそれたわ、ごめんなさいね。で、彼女ちゃんさえよかったら連れていらっしゃいな」


「いやいや、ふつーに考えて、いきなり親のいるところには来ないだろ。母さん、諦めろ」


次兄が言った。確かにそうだよな、と思う。

いくらのほほんとしている聡子でも、いきなり親、しかも母親と対面、場所は母のピアノ教室の発表会…というのはアウェー感半端ないだろう。

家族がいるところに誘うのは、もう少し先にしよう。

あれこれ考えを巡らせていると「ごちそーさん」と次兄が言った。立ち上がろうとする彼に父が声をかけた。


「どうだ、実戦は」


父の問いに次兄がなんだか泣きそうに眉を落とした。


「…………つらいわ。病院って、具合が悪い人が来るところなんだよなぁって実感してる」


「………………………」


「あと、いろんな背景があってさ。治療費払わないでいなくなったりとか…。そういうのきくと、やっぱ、つらいわな」


「…次はいつ帰ってこれそうだ」


「さぁ?わかんね。ま、帰ってこないときは病院か彼女のとこに泊まってるから。そこは心配しないで」


「母さん、能天気なこと言ってごめんなさいね…」


母がしょんぼりとした様子でカタンとフォークを置いた。しんみりとした空気に耐えられない、とばかりに次兄が笑った。


「いいんだって!だから、明るい話題聞いてよかったわ。俺恋バナ大好きだし。絢斗、いつでも連絡してこいよ?」


そう言うと、これまた俺の頭をくしゃくしゃっとなでて、食堂を出ていった。


沈黙が流れる。


チチチ…という小鳥の声がよく響いた。ピロンと俺のスマホも鳴った。次兄からだ。

『お前の机に男のたしなみ置いてるからご査収よろしく。相手が初めてだったら中々入んねーから。焦るなよ』

かわいらしい絵文字付きの文面とは逆の内容に、思わずむせてしまう。


「……絢斗、食事中にスマホいじるのはやめてくれない?不快だわ」


母が眉をひそめて言った。


「ご、ごめん……ごほっ」


返信はせず、そのままポケットに突っ込んだ。

さて、朝食も終盤。フルーツを口に放る。もぐもぐと食べていると、父が話しかけてきた。


「絢斗も、どうだ、学校は。国立ともなると、周りはみんな真面目か?」


なんですか、その偏見は。

思わずそう言いそうになった。父・兄二人、私立の医大出身なので俺が『国立の◯×大受ける』って言ったときかなり驚かれたっけ。お三方にとって、未知の領域らしい。


「真面目…だと思うけど、飲み会のときとかはすごいよ?てか、私立を知らないから簡単に比較できない」


「ははっ、まぁ、そうだわなぁ」


「絢斗が◯×大なんてね…。母さんびっくりしちゃった。きいたときもびっくり、受かったときもびっくり。二重の驚きだったわ」


「…………………………」


「きっと、色々と心配してくれたのよね?あの頃、ちょっと大変だったから」


「ああ…そうだったな…」


父と母が悲しそうに目を伏せた。


約一年前。

全幅の信頼を寄せていた医師や事務長らが、物品の契約の際便宜をはかった見返りに業者から現金や宝飾物を受け取った容疑で逮捕され。

父と母は関係者への説明や謝罪、問い合わせの電話やメールへの対応に追われていた。それもさることながら、信じていた人物たちに裏切られたことにだいぶ憔悴していたっけ。

夜中、この食堂ですすり泣いていた二人の姿は一生忘れないだろう。


「……すまないな、絢斗……」


父が苦悩しているようなポーズをとり、母がそばに行ってそっと抱きしめた。

朝の光がまぶしい。


「あなた、元気出して。絢斗もきっとわかってくれてるわ」


「お前…」


「あなた…」


次兄不在だとつっこむ人がいないことに気づいた。

そのまま抱きしめあっている二人を置いて、俺は食事を終えた。


「ごちそーさま」


「あ、絢斗」


母を抱きしめながら父が言った。


「もし学校かわりたいんだったら、今から浪人してもいいんだぞ?なんとか状況も回復したんだし」


「いや、そこまでしなくてもいいよ」


もう一回あの勉強をしろと?

思わず苦笑いした。


「学校、結構楽しいよ。友達もできたし」


「彼女もできたし?」


父がにやっと笑った。

 

「グッドラック」


「あぁ……うん……」


軽く手をあげ応え、俺も食堂を後にした。

ところであの夫婦は何故あんなに仲がいいんだろう。謎だ。(田中聡子がこの場にいたら、『やっぱり親子、似てるね』と言ったことだろう)


洗面所で身支度を整える。

次兄からのプレゼントもバッグに押し込み、玄関を開けた。

今日は、いい天気。聡子に会えるのを楽しみに、車に乗り込んだ。

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