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ふたりの恋  作者: ゆり
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怪我の功名?

 地獄の歩行訓練を終え、自室に戻り体を休めていた。こんなものが明日もあると思うと、なんとも気分が沈んだ。


 親父が手配していたのはだだっ広い特別室。トイレにシャワーに簡単な応接セット、そして使う機会があるのかわからないミニキッチンがついている。


 テレビをつけたが特に興味を引く番組もなかったので、適当な番組をつけておいた。

ベッドの淵に腰掛け足首のストレッチをしていると、ドアがコンコンコンとノックされた。


「はーい、開いてますよー。どうぞー」


 俺が◯×大医学部の学生だと知って「後輩ー!」と遊びにくる医師や看護師が多かったので、できるだけ丁寧に呼びかけた。

扉が遠慮がちに開き、ひょこっと顔をのぞかせたのは、


「お。よぉ」


俺が会いたかった女性(やつ)だった。


 軽く手を挙げると、聡子の顔が泣きそうにくしゃっと歪んだ。








「……お元気そうでよかったです」


「うん。おかげさまで。救急車呼んでくれたんだろ?ありがとな」


 ま、座れよとベッドのそばのパイプ椅子を勧めた。応接セットを使う気力はまだ湧いてこなかった。聡子は素直にストンと座った。



「…………………………」



 聡子は何も言わない。


 顔は不自然に横を向いて、俺を見ないようにしているようだった。ゆるく波打つ髪に指を絡める。聡子がびくっとした。



「……こっち向けよ」



 いい香りのする髪にちゅっとキスした。聡子がちらっとこちらを見たのをとらえ、唇に優しくキスをした。そのまま何度もついばんだ。ちゅっ…ちゅっ…という音が響く。このままだと色々我慢できなくなりそうだったので、鉄の意思で唇を離した。

聡子の目が潤んでいた。やっぱりもう一度キスして、微笑んだ。


「ほんと、ありがとな。びっくりしたろ」


「……びっくりした、なんてもんじゃありません。気が動転して、110なのか119なのかもわからなくなって……」


 聡子がうつむいた。下唇を少し噛むのが見えた。できる範囲で、そっと抱きしめる。




「……泣くなよ。俺、生きてるから」




 優しくそう言うと、ぐすっぐすっと鼻をすする音がし始めた。ティッシュをとって、聡子の目元を拭いてやる。


「泣くなって」


「泣いてません」


「ほら、鼻もチーンしろ」


 新しいティッシュを渡そうとすると、聡子が自分で鼻をかんだ。その動作が面白く、つい笑ってしまった。


「傷は痛みますか」


「うーん、少し。あんまり我慢できねぇときは痛み止め飲んでる」


「…………………………」


「はは、泣くなってば。お前って泣き顔きれいだよな。キスしたい」


 言うが早いか、聡子の顎をくい、と上げ、触れるようにキスをした。


 至近距離で見つめ合う。聡子の瞳が戸惑うように揺れた。

引き寄せられるように唇を重ね、ゆったりと舌を絡めた。


「……ん……」


 体を引こうとした聡子をおさえ、さらに深くキスをする。


「…………ぁ…………」


「ん……」


 俺も夢中になってしまい、思わず声が漏れた。何も考えられず、ただひたすら聡子の唇を求めた。

ふわっと聡子のシャンプー?の香りがした。この香りはずっと覚えているだろうな、と思った。


 ゆっくり唇を離し、聡子を抱き寄せた。




「…………………………」




 愛しいぬくもり。

 抱きしめていられることに、心の底からほっとして、静かに目を閉じた。

 テレビからは、新しくオープンした店のケーキを頬張るリポーターの元気な声が聞こえていた。










***












「だーーかーーら、受け取れって」


「無理です!」


 さっきまでの甘い時間はどこへやら。今聡子に押し付けようとしているのは。


購入していたネックレスとイヤリング、ではなく、


「責任重大じゃないですか!」


俺の家の鍵のスペアとクレジットカードだった。親父が今朝方持ってきてくれたのだった。(『これがあればなんとかなるだろ』との仰せだった。)


「いろいろ持ってきてほしいのや買ってきてほしいのあるんだって。で、退院まで何度かお願いすると思うから。その都度病室まで来て鍵受け取って……とか面倒だろうが」


「おっしゃることはわかります。けど……」


「けど、なんだよ?」


「……何かあったら、責任とれません」


「大丈夫。信用してる」


「そういうことじゃないんです……!」


 聡子が苦悶の表情を浮かべ、頭をガシガシとかいた。相当に困っているようだ。けど俺も死活問題(ちょっと大袈裟か)なので引くわけにはいかない。


「……頼むよ。てか、言い争うのも体力いるんだって。黙って、受け取れ」


「…………………………」


「あー体力消耗したー今晩熱出るかもー」


 そう言うと、観念したように、しぶしぶと、鍵とカードを手に取った。


「……今日はもう予定はありませんので、必要なものを言ってください。持ってきます」


「ありがと。はいこれ、ほしい物リスト」


「!準備がいいですね……」


 聡子が一通りリストを眺める。


「……あの、この髭剃りの充電器はどこにあるんですか?」


「あぁ、洗面鏡の裏か洗面台の引き出しに突っ込んでるから。見当らなかったら電話して……ってあーースマホないんだった」


「不便ですね。早く戻ってくればいいですね」


 刺されたときの持ち物は、警察署にひとまず持っていかれたそうだ。俺は被害者なのに。くすん。


「戻ってきてもなー多分壊れてるだろうし。また買うわ。一緒に見にいこうぜ」


「はぁ……。まぁ、とりあえず退院してからですね……」


 常とは違う前向きな返事に、ちょっと嬉しくなった。


「聡子」


 おいでおいで、と手招きする。眉をしかめながらそばに寄ってきた。聡子の柔らかい胸に顔をうずめてすりすりした。


「退院したら、いっぱいエッチしような」


「……他の人にお声がけください……」


「何か誤解してるけど、お前以外いないって。俺、付き合ってるときは浮気しねぇよ」


「……別に付き合ってません……」


「またそんなこと言いやがって……」


 ちゅっちゅっと唇を重ねた。いつもなら突き飛ばされるところだが、俺が怪我人ということで我慢しているようだった。

調子に乗って洋服に手を入れようとしたら、さすがにぱしっと叩かれた。








***







 聡子が戻り、また1人になった。いちゃいちゃしてたら(聡子はきっと『もたもたしてたら』と言うだろう)面会時間が過ぎてしまったので、荷物は明日持ってくるそうだ。

 テレビを見ながら夕飯を食べる。窓から見える夕日がとてもきれいで、いつもこの時間俺何してたっけと考えた。


 きっと、聡子は毎日見舞いに来てくれるだろう。


 毎日、聡子と会える。


 そう思うと口元が緩んだ。

 腹の傷は正直痛いし、歩行訓練は激痛だし、スマホもないので退屈だけれど。

 頑張ったご褒美に、とでも称してキスをねだろう。嫌そうに眉をしかめながら、しぶしぶ唇を重ねてくれる彼女が目に浮かぶ。



ーーーー嬉しいなぁ。



 犯人はまだ捕まっておらず、学業だって支障が出ているのに、そんなことを思ってしまった自分に笑ってしまった。


 ふと聡子の香りが、ふわっと薫った気がした。


 


 優しくて、甘い、花の香りだった。

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