タイム・トゥ・セイ・グッバイ
橘視点です
「橘さま。いらっしゃいませ」
この間指輪を購入したジュエリーショップに、俺はまた足を運んでいた。こんな短期間に2度も訪れたことに驚いたのか、顔馴染みの店員さんがおや、という顔になる。
「前回は、閉店間際に失礼しました」
ぺこっと頭を下げると、店員さんが慌てて両手をふった。
「とんでもございません。私も、十分なお手伝いができませんで、申し訳ありませんでした」
「いや、そんなことは」
しばし2人恐縮しあった。聡子が見たらきっと『あなたでもこんな謙虚な態度をとることがあるんですね』とでも言うだろう。
聡子。
(……この間やった指輪はしてねーし……。あーーくそ、腹立つ)
輩除けに、とさせていた指輪はいつのまにかはずされていた。本人曰く『あなたといるときは必要ありません。1人で出掛けるときは使わせてもらっています』とのことだが、贈った方としてはずっとつけていてほしいものだ。
思った以上に落胆している自分に気付き、驚いた。ーーまったく。まったくもって俺らしくない。
「本日はどのようなご用向きで」
柔らかな微笑みを携えながら、店員さんが言った。ムカムカしていたのが表情に出ていなかったか気になった。
「あ、あぁ……。うん……。女性への贈り物を、と思っているんだけど……」
「はい」
「……どういうのがいいと思う?」
苦笑いしながら問う。俺がこんなことを尋ねるのははじめてなので、店員さんも若干困惑したようだ。少し思案した後、言った。
「今季の新作をお持ちしましょうか。イメージに合うものがあればいいのですが」
「うん、お願い」
「どうぞ、お掛けになってお待ちください」
「ありがとう」
すすめられた椅子に座り、店内を何気なく眺める。
カップルで来店していた2人と目が合ったので微笑むと、彼女の方が何やら赤くなった。
(ああ、俺も聡子と来て〜な〜)
そんなことを考えていると、店員さんがいくつかのアクセサリーを持ってきてくれた。
「お待たせしました」
指輪、ネックレス、ピアス……どれも美しく、聡子が身につけているのを想像すると、口元が緩んだ。
「……橘さま、楽しそうですね」
店員さんが優しく微笑みながら言った。
「うん?そう?」
「はい」
馴染みの店員さんが言うなら、きっとそうなのだろう。俺って結構わかりやすいタイプみたいだ。
「……うーん、これかな……」
プラチナのネックレスを手に取る。聡子はいつも同じピンクゴールドのネックレスをしているので、たまにはこういうのもいいだろう。あの白い肌にはプラチナもよく似合うと思った。
うん?考えてみればいつも同じのをしている気がする。なんて飾り気のない女だ。
「こちら、お揃いのイヤリングもございますが」
「あ、そうなの?じゃあそれもお願いできます?色々プレゼントしたくなってきて」
店内にいたカップルの視線を感じたが、気にせず、そっと目を閉じてネックレスとイヤリングを身につけた聡子を想像する。ーーーーうん。いい感じだ。
「お待たせいたしました。お品物でございます」
きれいにラッピングされ、上質な紙袋に入れられたものを受け取る。
「中にノベルティ、ボールペンです、が入っております。お使い頂ければ」
「はは、そっちを喜びそう。ありがとうございます」
「こちらこそ」
店員さんがにっこりと微笑む。俺もいい買い物ができて気分がよかった。足取り軽く、お店を出た。
ーーーーでもほんとに、ボールペンの方を喜びそうなんだよなぁ……。
一抹の不安。悪い予感が当たらないよう、祈った。
「あっ、やべ……。もうこんな時間かよ……」
思っていたより進んでいた時計に焦り、歩みを早めた。
今日は、聡子と会う日。プレゼントを渡したときのことを考えると、自然と顔がほころんだ。
早く会いたい。……おそらくぼっちゃんからもらったネックレスなんて投げ捨てて、俺が選んだものでお前を飾りたい。
ふと花屋が目にとまった。
あ、花も買おうかな。
そう思い、俺は花屋の方へ足を向けた。
夕方の帰宅ラッシュにかかり、帰宅が予定より少し遅れてしまった。内心焦りながら車を駐車場へ停めた。エンジンを切る。
聡子は怒って帰ったりしていないだろうか。会えるのを楽しみに、この1週間頑張ったんだ。頼む、5分位は待っていてくれ。
車を降り、足早にマンションのエントランスへ向かう。
ーーあ、花を忘れた。
ころんとしたかわいい花束。運転中に転がるのが嫌だったので、後部座席に置いたのだった。
車へ取りに戻ろうと振り返った瞬間、
どん、と人がぶつかってきた。
反射的に「あ、すみません」と言おうとしたが、腹に襲ってきた経験したことのない灼熱の熱さ・痛さによって阻まれる。
(……え、なんだ、これ……)
熱い部分を手で触る。見ると、赤く染まっていた。ーーーー血液だと認識した。
(え?……俺、刺された??)
膝から崩れ落ちる。目の前に男ががくがく震えて立っていた。見覚えのある顔。同級生だ。茜色の空を背景に、苦しそうに顔を歪めていた。
「……たちばな……お前がいるから……おれが……おれが……しあ、しあわせに……なれない……だから……し、しんでくれ……」
涙を流しながら、何かを言っている。
きゃーっという悲鳴が聞こえた。その声にハッとして「ひゃあああああ」と叫びながら、男は逃げていった。幸い?ナイフは刺さったままだった。
瞼が重い。目を閉じる。
え?俺死ぬの?いつか刺されるぜって冗談で言われてたけど、まじだった?
脳裏にバスケ部の奴らが浮かんできた。あーあ。せっかくいい感じに仕上がってたチームだったのに。ま、飲み会の方がメインだった事実は否めないな。
あ、それとレポートも仕上げないと。中途半端になってたやつ、どう結論づければいいか今閃いたわ。
そして。
聡子が浮かんできた。悲しそうな目で俺を見ている。そんな顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぞ。
安心させたくて、微笑んだ。頭をなでてやる。
ーーもし叶うなら、お前と出会いなおしてぇな。
お前は俺を見たら眉をひそめるけど、もし、ちゃんと始めることができてたら。笑いあったり。手をつないだり。キスをしあったり。
笑顔を、向けてくれただろうか。ぼっちゃんにそう言うように『大好き』と、言ってくれただろうか。
俺の部屋の眺めは気に入ってくれてたから、いつでも見にきていいのに。鍵渡すから。なんならずっといてくれてもいい。
ーーーーははっ、全部まとめて来世に期待しよ。
薄れゆく意識の中で、そんなことを思っていた。
『あなたってその見た目で成績優秀だから腹立ちますね』
そう言って、ほんの少し笑った聡子。
これが最後の記憶になるのなら、俺の人生もまあまあだったのかな。
そう思いながら、俺は意識を失った。
「橘さん!!」と呼ぶ声が聞こえた気がした。




