その日、私の世界は
※未成年の方は閲覧をお控えくださいませ
※無理やり行為に及ぶ描写があります。嫌悪感を感じる方はご注意ください
後藤さんセクハラ事件以後、ありがたいことに大きな事件はなく平和に日々は過ぎ(驚いたことに後藤さん自身何事もなかったかのように私に接してきた。あの程度のことは彼にとっては日常茶飯事なのだと思った)、図書館ボランティアの期間も残すところあと少しとなった。
本日はボランティアはお休みだったので、管弦楽サークルでチェロの基礎をみっちり練習しようと計画していた。そんな折、
ヴヴヴ
スマホがなった。画面に表示されている名を見て、少し緊張する。
「もしもし?橘先輩?どうされましたか?」
『ああ、聡子ちゃん。よかった、出てくれて』
まさかわたしのスマホに橘先輩から電話がかかってくる日が来るとは。人生ってわからないものだ。
『この間言ってた線形代数のファイル、同級のやつから受け取ってるから。今度持ってくるね』
「えっ、ほんとですか?やった!!取りに参ります!!」
『うん?いいの??』
「勿論です!頂く立場ですから!!」
『あはは、助かるー。これなんか大きいからさ。じゃ、お願いね。住所送るから』
そう言って電話が切れた。
(あ、近くで待ち合わせてって思っていたのに……!)
今更掛け直すこともできず、スマホを持って立ち尽くした。
(まぁ橘先輩からしたらできの悪い後輩を心配してるだけだろうから、大丈夫だよね)
先輩は、後藤さんセクハラ事件以降なにかと気にかけてくれていた。『手伝いが終わったあと食べな』とお菓子を持たせてくれたり、今回は、線形代数に苦戦している私をみかねたのか、以前それをとっていた友人から、そのとき使っていたレジュメや実際のテストをまとめたものをもらってくれたのだった。
(鈴木くんもびっくりするだろうな。ししし)
一緒の授業をとっている恋人を想う。彼はたいして苦労はしていないようだけど、それでもテスト対策ができるのは喜ぶだろう。
ほどなくして、橘先輩から自宅の住所が送られてきた。ネットで検索したら近いように感じたので、お菓子屋さんなどの目印を頼りに、てくてく歩いていった。運動不足解消と思って歩いていたのだが、途中長い坂道があり、諦めてタクシーを拾った。
着いたのは小高い丘にある高級そうなマンション。
(ここって……賃貸じゃなくて分譲マンションだよね……)
学生が1人で住むにはちょっと豪華すぎやしないか、あ、そっかご家族と住んでるんだなんて思いながらエントランスで部屋番号を押す。
『はい』
少し間が空いて、先輩の声が聞こえた。
「こんにちは、田中です。ファイルを頂きにまいりました」
『はーい。今開けるから』
電子錠が解除される。中に入ると横には応接スペースがあったり、その奥にはジムがちらっと見えたりして、「やっぱりここは学生が住むところじゃないよな、何を勘違いしたのだ私は」と思わず笑いが出てしまった。こういう異次元のような世界できゃーきゃー言うことは嫌いじゃない。
「ああ、いらっしゃい」
部屋に着き、チャイムを鳴らすと先輩がにっこり笑って出迎えてくれた。
「わざわざ来てもらって悪いね」
「いえ、頂く立場ですので。持ってきてもらうのは気が引けて……」
「……まじめだねぇ……」
橘先輩が呆れたように笑った。改めて見ると、本当にきれいな顔をしている。長時間見続けてはその輝きで目が潰れると思い、なるべく早く立ち去ろうと決めた。
「あがんなよ。お茶くらい出すよ」
「いえ、お気遣いなく」
「いいじゃん、ちょっとくらい。あ、それとも鈴木のぼっちゃんに他の男と話すなとか言われてる?あいつそんなに小っせー男なの?」
思いがけず鈴木くんのことをからかわれて、ムカッとした。事実無根だ。
「そんなことはないです。じゃあ、お言葉に甘えて頂きます」
「オッケー」
橘先輩がまたにこっと笑った。その笑顔で何人の女性を落としてきたのか、聞いてみたかった。
「わぁ、いい眺めですねぇ」
街を一望できるロケーション。今日みたいに天気がいい日は、最高だ。こんな風景が毎日見られるなんて、うらやましい。
「ははっそうでしょ。夜景もきれいだよ。はい、これ」
橘先輩が飲み物とファイルを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
分厚いファイルを受け取る。重たいので、やっぱり取りにきてよかったと思った。
すすめられたソファに座って、飲み物も頂いた。
「あ、これお礼です。先輩と、ファイルをくださった方に」
バッグからドリップコーヒーセットを出し、隣に座っている先輩に差し出す。
「あぁ、いいのにそんなの」
「いえ……こんなにたくさん書き込みがあって……。努力の跡がありますから…。それをただでもらうわけには……」
ファイルをめくりながら言った。
先生の話の書き込みや、疑問点とその答えが丁寧に書きこまれていて、すごくわかりやすかった。
「そうなの?俺には数字と記号の羅列にしか見えねーけど」
先輩がファイルを覗き込んでくる。ふわっと先輩の香りがした。
(距離が……距離が近い……!)
思っていたよりもそばにいた先輩に内心戸惑いながら、そろそろお暇しようとファイルをぱたんと閉じた。
「ありがとうございました。お茶もおいしかったです。ファイルをくださった方にもありがとうございましたとお伝えください」
立ちあがろうとすると、橘先輩が私の手を握った。
「……先輩?」
「もう帰るの?」
「?はい、追い出されないうちに」
冗談っぽく言った。
「あはは、いいよ。そんなの気にしないで。景色でもゆっくり見ていきなよ」
橘先輩がそう言いながら立ち上がり、窓際に行った。
「ほら、きれいだよ」
私も好奇心には勝てず、そばに行く。
眼下には、住み慣れた街が広がっていた。
「わぁ……」
高所から見ると、こんなにきれいなものなのだろうか。しばし、言葉を忘れて見入ってしまう。
「ほら、あそこが大学」
ここから見るとやや距離があって、あそこから歩いてこようと試みた自分が少し恥ずかしくなった。
「きれいですね。ほんとに。これが毎日見られるなんてうらやましいです」
「……そうだね、ここからの景色はすごく気に入ってる」
橘先輩が、ーーーー私を後ろから抱きしめながら言った。
「え、あ、あの…………?」
突然のことで、言葉が出てこない。
「……かわいいね、聡子ちゃん」
ふわっと先輩の香りが私を包み。
気付けば唇が重なっていた。
「??????」
一体、何が起こっているんだろう。ちゅっ、ちゅっと何度もキスされる。あれ?先輩って外国育ちなのかな??や、でも挨拶のキスは頬にするよね??
わけのわからぬまま硬直していると、ひょいと人さらいのように抱きかかえられた。持っていたファイルがばさっと落ちた。
「先輩??どうしたんですか??」
一続きになっていた隣の部屋に行く。そこにあったベッドに横たえられると、橘先輩が私の上に乗ってきた。え?え??
「えと……何をなさってるんですか??」
「うん?ムラムラしたから、セックスしたくて」
至極当然に、むしろ「なんでお前わかんねーの?」といった風に言われ、すぐには理解ができなかった。
「え?なんでですか?というか、ご家族が戻ってくるのでは?」
そういう問題ではないのは重々承知している。
「?俺1人暮らしだよ?ここ、俺んちが所有してるマンション。と言っても親父はまた別のとこ住んでるから。安心して」
橘先輩がにこっと笑って、また私にキスした。
「……ま、待ってください。ほんとに……。この状況なんなんですか」
「聡子ちゃんがかわいいから。ふふっ、ほんとはもうちょっと仲良くなってからって思ってたんだけどね」
「ふざけないでください」
渾身の力を込めて押し戻そうとするも、男女の力の差とそもそもの体格差で先輩はびくともしなかった。むしろ、私の必死な様子を見て笑いをこらえているようだった。
「ほんと、かわいい」
腕を取られ、そのまままた押し倒された。
「……うん。このままほんとにエッチしちゃおっか」
「!?」
首筋にキスされ、ぞぞっと悪寒が走った。鈴木くんがしてくれるのと同じ行為なのに、ただただ嫌悪感が襲ってきた。
「やめてください」
「やめられると思う?」
にやっと笑いキスしてきた。舌が入りそうになるのを必死で阻止する。橘先輩が離れた。
「強情だね」
「不同意性交は犯罪ですよ」
「知ってる」
「じゃあやめましょう?」
「やだ」
そう言ってまたキスしてきた。少し油断したせいでぬるっと先輩の舌が入ってきて、激しくからまる。気持ち悪い。
いやだ、鈴木くん以外と、こんなことしたくない!
涙が出てきた。
「……………………やめて」
声を、絞り出した。橘先輩がじっと私を見ている。はらはらと流れる涙。
「……お前、泣き顔きれいだな」
ふっと微笑んで言った。
「……そそるわ……」
そう言いながら、涙をぬぐうようにキスをされた。先輩の手が私の下着の中に入ってきて、敏感な場所をさぐられた。鈴木くんではない手。
気持ち悪いのに、いいところを触られびくっとしてしまう。
『聡子』
優しい笑顔を浮かべた鈴木くんが頭をよぎる。
「オッケー。ここがいいんだ」
先輩の指が入ってきて中をゆっくりかきまわされる。同時に耳元も舐め上げられ、体が震えた。
「……やっ……」
「はは、いい声。もっと、気持ちよくなろっか」
するすると下着ははがされ、橘先輩が私の秘部に顔をうずめていた。感じやすい部分をれろれろと舌が這う。ちゅっと吸われ、体がはねた。
「ふふ、ここ、好きだね。かわいい」
足を大きく広げられ、内ももにキスされた。
「おっ、ここうっすら跡残ってんじゃん。鈴木のぼっちゃん、かわいい顔して結構えぐいことしてんのな」
そう言って笑い、優しく愛撫された。先輩がわざといやらしい音をたてる。
「……あっ……ん……いや…………」
電流が走るような快楽から逃れるように、腰を引いた。それをがっと引き寄せられる。
「……もう諦めろって……」
呆れたように笑いながら下着をおろし、橘先輩が昂った自身を私にあてがった。
「お前のこと、やりてぇなあって思ってたんだよね」
「いや……!」
「十分濡れてるから、大丈夫だよ」
私の叫びも虚しく、橘先輩が私を貫いた。
窓から見える空は徐々に暗くなっていき、明かりをつけていない部屋はどんどん薄暗くなってきていた。
「……もう……やめ……」
「だーめ。俺が……満足するまで……付き合ってよ」
仄暗い部屋で、
「……んっ……んっ……」
私は、橘に犯され続けていた。
「……すっげ……気持ちい……。俺たち……相性中々いいね……」
激しく突き上げられ、淫らな声が漏れた。
「おっぱいも……俺好みだし……。ははっ、あのぼんぼんが……独占するのはもったいねーわ……」
胸の突起をなでられ、背筋に悪寒が走る。
「あ……出る……出すぞっ……あっ…………」
そう言うと橘がびくびくっとし、果てた。私の胸に顔をうずめ、跡をつけた。もう何度目のことだろうか。太ももに液体がつたう感触がした。
「……俺の親父の病院で、アフターピルもらってくるからさ。安心して」
その口ぶりから、こういうことをするのは今回がはじめてではないのだと感じさせた。
鈴木くんのことをぼっちゃんと呼ばわりには自分だってぼっちゃんじゃないか、と心の中で抗議した。
橘が私の耳元でささやいた。
「もし妊娠してもさ、俺んちの病院で処置すればいいから。スタッフは口硬いから大丈夫」
……こんな男が医学を学んでいるのか。ミスターなんて持ち上げられ、将来は医者になろうとしているのか。
ぼーっとした頭で、しかし最後に残った思考力で考えた。怒りで頭の中が真っ赤に染まっている。ぎりっと奥歯を噛んだ。
そんな私の頭の中を知ってか知らずか、橘は上機嫌で続けた。
「お前もさ、せっかくこんなにいい体してんだから他の男にもやらせてやれよ。鈴木のぼっちゃんばかりいい思いさせないでさ」
そう言いながら、私の胸の突起に口付けしてきた。ちゅっ……と吸われる。
「…………んっ…………」
「うん、感度良好。なぁ、ぼっちゃんと俺、どっちがよかった?」
ゾッとする笑みを浮かべて橘がきいてきた。
「……答えろよ」
「……………………」
「さーとこちゃーん?」
キスが、気持ち悪い。
「……鈴木くんに、決まってる」
私の返答に、橘がヒュウっと口笛を吹いた。
「オッケー。抱き潰す」
「…………いや……!……」
髪を引っ張られ上を向かされ。口の中に橘の肉棒が無理矢理入れられた。
「……きれいにして。それができたらまた挿れてあげるから」
口の中におさまりきらない質量が喉をつき、何度も吐きそうになる。
「ははっ。お前ら2人、ぶっ壊してやりたかったんだわ。まじで目障りだった」
橘が腰を振りながら、誰にともなく話している。
「……愛とか、そんなのまじでうぜぇ。壊れろ、お前ら、壊れちまえ……!」
鈴木くん。…………絢斗、くん。
はじめて呼んだ名前。あなたを、そう呼んでみたかった。きっと、恥ずかしそうに笑うことだろう。
目に浮かぶのは、あなたの笑顔。優しい、優しいあなたの笑顔。
『聡子』
微笑みながら私の頬をなでてくれたあのときを思い出しながら、私は意識を失った。
「………………………」
目を開けると、おしゃれなシーリングファンのオレンジの光が目に入ってきた。視線を横にずらすと、隣には高いびきで寝ている橘。ぞっとして、私の腰に巻きついていた腕をはがした。ベッドから下りようと体を動かすと、
「……いた……」
下半身に鋭い痛みが走った。痛みをこらえてベッドから抜け出す。散らばっている下着や服をかき集め、身につける。……これらは全部、捨ててしまおう。
手がふるえて、ブラのホックがなかなかうまくできなかった。それでもなんとか身支度を整え、部屋を出ようとしたとき、
「……帰るの?」
今一番聞きたくない声が聞こえた。橘が半分目を開けて、こちらを見ていた。質問には答えず、玄関に足を向けた。
「待てよ、送る。ちょっと待ってて」
橘が髪をかきあげながら言う。
「結構です」
「……なら別に止めないけど。鏡見た?跡すげぇよ」
首の周りを示しながら言った。
「…………!」
「それに、歩くのも辛いだろ?あー俺も腰いてーわ」
トントン、と腰を叩きながらベッドからおりた。散らばっていた下着と服を緩慢な動作で身につけた。
「腹減らね?なんか頼んであげよーか」
「結構です」
「あっそ」
たいして興味もなさそうにそう言い、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、私に一本投げてよこした。自らも蓋を開け、ごくごくと飲み干した。
「あー……生き返るー……。よし、行こか」
車のキーをとり、くるくると指で回した。
「あ、そうだった」
あぶねー、忘れるとこだったと呟きながら、引き出しから紙を取り出し、私に渡してきた。……これって……
「今日の口止め料♡」
愕然とした。渡された紙には「¥3,000,000※」と書かれてあった。
こんな…こんな男が……!
成績が足りず、◯×大学を諦めた同級生が頭をよぎる。怒りで全身が震えた。
「ん?小切手見るの初めて?銀行に持っていけばいいんだよ。ただし、金を受け取ったら示談成立とみなすからね」
後から言いっこなしだよ、とまるでこどものように無邪気に笑った。
「……………………」
絶句。
医師を志す者、いや、それ以前に人間としての資質を疑う。
ぱんっ
気づけば平手打ちをお見舞いしていた。もう一発。3発目をお見舞いしようとしたときに、腕をつかまれた。
「……痛いんだけど?」
そのままぎりっとねじり上げられる。痛みで顔が歪んだ。これ以上はまずいと思ったのか、橘が腕を離した。
「……お前、ほんっと生意気でかわいいわ。まじで俺の女にしようかな」
睨みつけた。橘がにやっと笑った。
「金、いつでもいいからな。それ持ってちょっと旅行でもしてくりゃいいんじゃねー?」
「………………」
「ま、とりあえず送るわ。俺の相手は大変だったろうから、帰ってゆっくり寝な」
行くぞ、と手を取られた。振り払うもまた捕まれ、面倒くさくてそのままにしておいた。エレベーターの中でキスされたが、それももうどうでもよかった。ただの皮膚の触れあいだ。車の中でもそれは続いた。早く出発してほしかった。
私のマンションにつき、無言で車をおりようとすると手をつかまれ、引き止められた。冷たい視線を送る。
「……聡子ちゃんの部屋、行きたいな?」
そんなの絶対許さない。
力強く振り払って、乱暴にドアを閉めた。
部屋に入る。
「……うっ……ううっ……っ…………」
玄関ドアに背を預け、ずるずると座り込む。下半身が、痛い。鈴木くんと結ばれたときは、あんなに幸せな痛みだったのに。
そしてなにより、心が、潰れてしまいそうだった。無性に鈴木くんの声がききたかった。スマホを手に取るが、自分はもう鈴木くんの隣にいる資格がないことに気づいて、スマホを下ろした。
涙が後から後から流れてきて、どうしようもなかった。
「鈴木くん…………絢斗くん…………けんと……」
『どうしたの?』
聡子、と私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「…………会いたいよ…………」
真っ暗な部屋に、私の嗚咽だけが響いていた。




