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ふたりの恋  作者: ゆり
11/26

図書館にて

 学内図書館、正面入り口の自動ドア。そこに貼ってある張り紙を私はじーっと眺めていた。


『〜図書館で働いてみませんか?〜

助けてください!職員1名が入院したため、人が足りません!短期の入院なので、求人をかける決裁がおりませんでした(涙)そこで、どなたかお手伝いいただけないでしょうか?


お願いすること:本の貸出や返却の対応/書架整理/館内清掃/その他業務に付随するもの


わからないところは教えます!興味のある方はカウンターにいる職員にお声がけください。

ここまで読んでくれてありがとうございました。


※報酬はありません※ 』


 1番最後に1番重要なことが書いてある。言いにくいんだろうなぁと察し、くすっと笑ってしまった。

日頃お世話になっている図書館に恩返ししたい気持ちはあるが、どうせ働くなら報酬が欲しい気もするし……と葛藤していると、カウンターにいる職員さんとばっちり目が合った。にこっと微笑まれる。

 押し付けがましくない、控えめな、けれど期待に満ちた目で見られ、このまま立ち去るのは良心が痛んだ。


「……よし」


 覚悟を決めて、カウンターへ向かった。








「聡子、図書館でバイトするの?」


「うん。報酬はないからボランティアなんだけどね。2〜3ヶ月くらいらしい」


 学食で遅めの昼食を並んでとりながら、鈴木くんに報告する。

 あの後カウンターへ行くと『待ってましたー!』とばかりに両手を広げて歓迎され、奥の事務室に通された。そこにいた館長らしき人に氏名を告げ、簡単な質疑応答のあと『じゃあ明日からお願いできる?急でごめんねー!』とエプロンを渡されたのだった。

 報酬は発生しないとはいえ、はじめて働くことに、若干緊張していた。


「……そんなに緊張しなくても」


カレーを頬張りながら鈴木くんがくすっと笑う。


「だって、何かヘマしないか心配で……。あーードキドキするーー」


「本の貸し出しや返却ってピッてするだけでしょ?簡単じゃん」


「簡単に見えることが難しいんだよーーーー」


 昨日見学させてもらったときのことを話す。


「1人1人持ってきてくれればいいんだけどさ、一気に来られたり、貸し出しと返却の本が混ざってたり、対応が遅いと舌打ちされたり、なんか思うほど楽な仕事じゃないってーーーー」


『あはは、1人だとてんてこ舞いなの。もう1人いたらほんと心強い』


 そう言って笑った司書さんを思い出す。お役に立てるよう頑張らねば、と自分を鼓舞した。


「肩に力入りすぎ。ほら、リラーックス」


「きゃーーーーーー」


 鈴木くんが肩を揉んでくれる。大きな、手。

こうした何気ない行動にもときめいてしまうのだから、私は相当鈴木くんに参っているのだと思う。


「聡子が奮闘しているところ、見にいくからね」


「ひやかしはやめてーー。泣いてたら見てみぬふりして」


 いたずらっぽく笑う鈴木くんに、釘を刺しておいた。


 こうして、私の図書館ボランティアは幕を開けた。








「よ、よろしくお願いします…!」


「あはは、聡子ちゃん緊張しすぎ!大丈夫、何かあったらすぐ私か館長に言ってね。じゃまず貸し出しの方法教えるね」


 昨日カウンターにいて、私を歓迎してくれた丸山さん。柔らかい雰囲気で、声がとてもかわいい。話し方も穏やかで、自然と耳を傾けてしまう。40歳前後の方かと思っていたが50代だそうで、お子さん2人は既に独立しているらしい。『最初は少しさみしかったけどね。今はもう、うるさいのがいなくなっていいわ〜って感じ』と笑っていた。


 丸山さんからきいたことをメモに書き留める。私のメモのペースを見ながら話してくださるので、ありがたかった。


「あ、利用者さん来たね。早速やってみよう」


 こんにちは、この子今日からなんです。ちょっと練習させてくださいね。

馴染みの利用者さんなのか気軽にお願いし、相手もあぁどうぞと応じてくれた。


「ピッてして……そうそう、ここから返却予定日の紙出てくるからはさんで、渡す。……おっラッキー!ほらここ、「予約本到着済」って出てるから、あそこから取ってくる」


 そう指示され急いで該当の本をとってくる。


「ありがとう。これもピッてして、渡す。できたー!」


 丸山さんと利用者さんと私の3人でパチパチと拍手する。丸山さんが利用者さんにお礼を言う。


「ありがとうございました。予約本あって練習に丁度よかった」


「ははは、お役に立ててよかった。おっ、僕は彼女の初めての男なのかな」


「はいセクハラでーす。委員会に報告しまーす」


「わーそれは待って!取り消すから!ごめんごめん!」


「気をつけてくださいねー?」


 丸山さんが語尾を強めると、利用者さんは肩をすくめ、私に向かってごめんねと手を合わせた後すたすたと戻っていった。


「今みたいなこと言われたら、ハラスメント対策委員会に報告しますって言えばいいからね」


「あ、はい」


「後藤さんーーあ、今の総務部の後藤さんって人なんだけど、ああいった発言多いから。あんまりひどいときは私に言ってね。……聡子ちゃん、かわいいからそっち方面が心配なのよー」


 丸山さんが頬に手をやり、ふぅとため息をついた。


「20時くらいには終わるけど、帰り大丈夫かしら」


 あまりにも心配されていて驚いた。


「大丈夫ですよ!20時なんてまだ明るい内です!サークルで22時になるときとかもあるし!」


 必死で説明する。


「あらま、そんな遅くまでやってることあるの!サークル何入ってるの?」


「あ、管弦楽サークルです」


「まぁまぁ!優雅なこと!でも聡子ちゃんにぴったりかも。小さいときからやってたとか?」


「あ、いえ、ピアノはやっていたんですけど。大学入って何か新しいことやってみたいなぁって思って。前からチェロに憧れていたので、思い切って入ってみました」


 私の話をきいて、丸山さんが明るく言った。


「若いっていいわね〜。私も何か始めてみようかしら」


「いいですね〜」


「実は以前からフラダンスっていいわよねって思ってたの。体験、行ってみようかしら」


「わっかっこいいなぁ。私にも教えてくださいね」


「ふふ、いいわよ。人に教えるのっていい復習になるものね……あっこんにちは、ご返却ですね。聡子ちゃん、おいで」


 返却の練習もして、ある程度返却本がたまってきた段階で、書架に戻しに行く。

 本の背表紙に貼ってあるシールの見方を教えてもらい、あるべき場所へ戻していく。


(なんてシステマチックなんだろう……)


 今まで、手に取った本を別の場所へ戻してしまうことがあったので、それはもう絶対にやめようと誓った。


 カウンターへ戻り、作業終了の報告をする。


「ありがとう助かったー!戻しに行く時間がなくて、業務終了後にばばばーってやってたの。ほんと助かるー」


 丸山さんが、笑顔で言う。そんな風に言ってもらえて、とても嬉しかった。


「あ、今日はそろそろあがる準備していいからね。また明日もよろしくね」

 

 初日で夢中だったせいか、時間があっという間に過ぎてしまった気がする。


「あ、あの人で最後にしようか。聡子ちゃん、私見とくから最初から1人で対応してみて?」


 丸山さんがウインクする。


「あ、はい。わかりましたやってみます」


「だーいじょうぶよ!リラックス!」


 ロッカーにバッグを入れて、本を抱えてこちらにくる男性。あれ、この輝きは……


「こんばんは、ご返却ですね」


「あぁ、はい。……ってあれ?聡子ちゃん?」


ミスター医学部・橘先輩だった。










 た、助けてください丸山さん……!


 思わずそう言いそうになり、こらえた。

がんばれ、私。橘先輩がどれほど美形だからって、仕事を放棄していい理由にはならない!


「ここでバイトしてるの?」


 橘先輩が低く甘い声できいてきた。声もイケボだなんて反則だ。


「あっはい。貼り紙見て……」


 それを聞いた橘先輩が吹き出した。


「マジで!?応募するやついるんかなって思ってたけど、いたんだ!!しかも俺の知ってる女の子だなんて!!」


「……たーちばーなくーん?声大きいよー?」


 丸山さんが話の輪に入ってきた。


「丸山さん、こんばんは。よかったじゃないっすか、応募があって」


「ねぇ、ほんとに。こんなかわいくて素直な子が来てくれて、私も嬉しいわ」


「あはは、聡子ちゃん、丸山さんにいじめられないようにね。何かあったら俺に言ってね」


「聡子ちゃんに変なこと言わないで。そしてこら!また返却期限過ぎてる!!」


 パソコンの画面で、返却期限のところが赤くなっていた。


「これなってたら、利用者さんに一言『気をつけてください』的なことを言ってね。橘くん、いい練習になりましたどうもありがとう」


 丸山さんが皮肉を込めて言った。


「ごめんごめん。今度から気をつけるから」


「ちなみに、遅れる人は大体皆こう言います」


 2人のテンポのいい掛け合いに、思わず吹き出してしまった。


「あ、もう一冊借りたいんだけどいい?」


「いいけど、もう閉まるからなるべく早く持ってきてねー」


 橘先輩が早足で館内へ行った。


「丸山さん、すごいです。橘先輩とあんなに普通に話せるなんて。私なんて、緊張して言葉が出てきませんもん」


 丸山さんが笑う。


「確かに、すごいかっこいい子だから怯む気持ちもわかるわよ。けど、私から見たらこどもだから。息子よ、息子。照れもなにもないわよー」


「そういうものでしょうか……」


「そういうものです。聡子ちゃんも私くらいの年になったらわかるわよー」


 あはは、という明るい笑顔にこちらもほっとする。優しい先輩でよかった。丸山さんのためにも、もっと頑張ろう!と決意を新たにした。


「あっ来た来た」


 橘先輩が小走りでカウンターにやってきた。


「これお願いします」


「はーい。じゃ、聡子ちゃんやってみて」


「はい」


 ピッ。返却日を知らせる紙を挟んで、渡す。


「お待たせしました、どうぞ」


 顔をあげると、橘先輩とばっちり目があった。見られていた、と思うと、どうしようもなく恥ずかしくなってきた。


(美形怖いよー!美形怖いよー!)


 心の中で涙を流す。そんな私の心を知ってか知らずか、橘先輩がにこっと微笑んで、


「ありがと。頑張ってね」


と言った。本を渡す際指先が少し触れて、びくっとしてしまった。


「それじゃ」


 丸山さんもお疲れ様でした、と会釈し、先輩は図書館を後にした。


「……き、緊張しました……」


「あはは、ごめん。はたから見てておもしろかった」


「わーん!助けてくださいよー!」


 そんなこんなで、図書館ボランティア1日目が無事(?)終了した。




 






「お疲れ様でした」


「はーい、お疲れ様。気をつけて帰ってね」


 一礼して、正面の自動ドアから出た。


(ふぅ。大きなヘマはしなくてよかった)


 初出勤終了の高揚感で、足取り軽く家路を急ぐ。鈴木くんにメッセージを送る。


『お疲れ様。初出勤、なんとか無事に終わったよ!よかった!今から帰ります』


 送信し、バッグに入れようとしたらヴヴヴとスマホが震えた。鈴木くんからメッセージが届いていた。


『お疲れー。無事に終わってよかったね。帰り気をつけて。必要なときはいつでも迎えに行くから、遠慮しないで言ってね。大好き』


 夜遅くなるのは危ないよ!俺が送るから!と言ってくれたことが頭をよぎる。

1日だけならまだしも、2〜3ヶ月そうしてもらうのは鈴木くんの負担になるだろうと謹んで辞退したのだった。


『ありがとう。私も大好き。おやすみ』


 送信する。

鈴木くんの包み込むような優しさが嬉しかった。彼の穏やかな眼差しを思い出す。


「……好きだなぁ……」


 スマホをぎゅっとしてから、バッグに入れた。夜空に輝く月が、とても綺麗だった。月の光で影ができるなんて、知らなかった。

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