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埋もれた短編

チート希望、忘却付き。

作者: 平松冨永




「テンプレ異世界転生です以下略」


 事務的な口調で告げてくる、一昔前のエリートサラリーマンだかヤングエグゼクティブ?じみた存在に、私は驚いた。転居届を提出しに市役所に来た筈なのに、どういうことだろう。


 周囲に目をやると、何処となく市役所っぽい造りの屋内だった。受け付けカウンターと窓口係員数名、向こうでは複数名が書類と格闘したり、糸電話みたいなもので呼び出し連絡らしきことをしたりしている。


 前言撤回、昭和の村役場かな。BSで見かけたモノクロ映画か古い再放送ドラマっぽい。いや、糸電話はあり得ないけど。

 忙しそうなのに表情や所作がのんびりしてるのは、効率最優先な今の時代とは相容れない──じゃなくて。


「転生ということは死にましたか」


「はい」


「どうなるんですか」


「生前履歴書を発行しますので、この番号札を持ってお待ち下さい」


 渡されたのは数字が印刷された、まるいプラスチック札。あら懐かしい。ゴム紐を括る穴まであって、幼少期に通っていたスイミングスクールのロッカーを思い出した。鍵は付いてないけど。




 電光掲示板でなく係員から口頭で番号を呼ばれ、リーマン風男の隣の窓口へ。何故か証明写真つきの私の簡易履歴書を、渡された。


「内容確認をお願いします」


 こちらの窓口は、銀行員のお姉さんっぽかった。私の四十年ちょっとの人生が、とてもシンプルに記されている。こうして見ると転職五回はどうということもない。生前は社会不適合者との自認もあったし、親への負い目は大きかったが、借金や犯罪歴がないだけよく頑張ったよ自分、としみじみしてしまう。


 結婚出産欄が白いのは辛いが、経験していたら相手を不幸にしていただけだと思うから、まあ良しとしたい。人として平均以下だったから、そんな遺伝子を残さなかっただけ社会の役には立っただろう。


「間違いありません」


「ではあちらの解説相談室へ。ポイント計算で技能賦与が決まりましたら、サービスセンターへご案内致します」


 職歴以外は特筆すべきもののないペラ紙を携えて、カウンター横のドアへ向かう。ロマンもワクワクも皆無だが、システム化された流れには安心感があった。

 面倒だけど、仕事量と責任をワンオペにしないこの体制は、嫌いじゃない。それだけチェック機能もあると素敵だけどどうなんだろう。




 ノックしてもしもぉ……もとい。

 相談室はパート面接を思い出す、狭い事務室じみた内装だった。違うのはイントラPCや電話やタイムカードといった機器がなく、決済書類箱と窓でなくもう一つドアがあることくらい。あ、コンビニ事務室がそういう造りだったっけ。


「○○○○さん、どうぞお掛けになって下さい」


 とってもオフィスデスクな席についてこちらを見ている男性は、私が生前最後に会った父に似ていた。ちょっと緊張しながら、対面のパイプ椅子に腰かける。

 名前が聞き取れなかったのは、異世界仕様なんだろうか。


「生前履歴書を」


「はい」


 黒いアームカバーを着けたおじさんが、私の履歴書を眺めながらデスク上にあった算盤を弾く。なんだろう、とてもほっこりする。


「──市役所の待合室で自然死されました。救急搬送後に死亡確認、身元確認が早くご両親ご兄弟によって恙無く家族葬は執り行われています」


「あ、そうですか」


「保険金分配と相続もスムースで、サブカル遺産は甥御さんやお義姉さん義妹さんがきっちり形見分けされるようです。親不孝、早すぎると泣かれてましたが、恨みつらみや呪詛はなし」


 うーん、ありがたいやら申し訳ないやら。


「後日、ご友人がお線香をあげに来られるそうです。ご希望やご伝言はありますか」


「え、そんなサービスあるんですか」


「pcの秘密フォルダを再起不能に、スマホロック解除して動画や画像削除と電子マネーを銀行口座移動、嗜好の物品を粉微塵にするか同好の友人に宅配で送り付けて欲しい、色々ありますね」


「あー……まあ、そこまでいかがわしいものはないのでいいです」


「でしたらポイント加算に回しますね」


 ぱちぱち、と珠を弾く音に感心する。システマチック万歳だ。良く分かんないけど。


「賞罰と人生からプラス417ポイント、サービス権放棄による加算で合計20631ポイントとなります」


 サービス無料じゃなかった! 超高級だった! いや基準が分かんないけど!


「それでは20631ポイントを技能選択で使いきって下さい。一覧はこちらです」


 おじさんが履歴書に触れると、一瞬で紙面が別物になった。枠線や写真が消え、ずらりと文言が並んだトリセツっぽいものになる。


「転生後の不幸不運や波乱万丈や薄幸薄命といった代償でポイントは増やせます」


「借金もリボ払いも嫌です。手持ちで選びます」




 そこから私は、おじさんに質問しながら幾つかの希望技能を仮押さえした。希望しないトンデモ系は紙面から消えて、残ったもののフォントが大きくなってくれるのが地味に助かる。そろそろ老眼始まってそうだもん。

 あ、「健康視野」ってあるんだこれ欲しい。


「随分と慎重な選択ですね」


 英雄だの支配階級の生まれだの魔導王だの、厳つい字面のものを片っ端からスルーする私に、おじさんがそう呟く。

 いやだって年齢が年齢ですし。「若返り」は差分でめっちゃポイント消えちゃうもん。一歳マイナスで1ポイント、はともかく以降は倍々ですよ。十歳512ポイントから先を選ぶ勇気はないです。


 第一異世界人?ヤンエグリーサラ風な神様?の開口一番の通り、転生する異世界とやらは剣と魔法とモンスター、かつての世界史で言えば産業革命以前くらいだけど魔法によって衣食住やあれこれが突出進化したファンタジーな環境だそうです。


「機械工業はないんですか?」


「金属と魔法の相性が良くないので、魔法機工は皮革木石素材までです」


「魔法的な不思議金属は?」


「人に扱えるものではございません」


「モンスター以外の生き物は? 獣人や亜人や妖精は?」


「動植物、細菌、微生物は地球とほぼ同じです。それ以外は魔法元素の影響下で変質したモンスターのみです」


「その魔法元素ってのは、人間にも影響を及ぼしますか?」


「はい」


 私は無言で「病原菌耐性」「頑強身体」「健康保持」「内臓強化」「魔素耐性」の字列を注視した。太字反映された。




「……随分とポイントが余っていますが」


 言語系や環境適応力を仮押さえしたまま顔を上げた私に、おじさんはちょっと困った顔を向けていた。うん、その気持ちは分かる。

 少額オプションから先に選んで車種を選ばないお客さんに対応するディーラーみたいな感じだろう。私はそういう店内で働いたことないし、生涯原付ライダーだったけど。


「一覧にはない技能を希望したいのですが、可能でしょうか」


「どのようなものでしょう」


 手持ち無沙汰に算盤を撫でていたおじさんの手が止まる。


「前世の私の倫理観に近しい住人がいる地域に居住したいことと、この世界に代替がない事物の記憶の抹消です」


 そう、私は隣人チートを希望する。




 おじさんは引き出しから糸電話を取り出すと、何処かへ問い合わせを始めた。ピンと張った糸が不思議だけど、多分ツッコミ入れたら負けるやつだろうから、黙って見守る。


「……はい、この場合は衛生観念と価値観かと。原罪でなく社会的罪悪の……」


 おじさんの糸電話を掴んでいない右手に、突然何かが湧いた。ゼン○ン市街地図冊子(といいつつクソ重いやつ)そっくりなんだけど、これまたツッコんだら負けだろうから、私は口を噤んだままだ。そう言えばあれの正式名称知らないや。十五年前の営業事務時代はゼン○ンで通じてたからなあ。


「所有権の概念は……ええ、自衛権が超越しますが」


 近代化以前の法律ってどうだったっけ。人権宣言の年号は……おかしいなあ、受験勉強で覚えた筈なのに出てこないや。

 ワイマール憲法だとどう違うんだっけ、ハンムラビ法典が悪いわけじゃないけど、現代人には過激すぎるんだったっけ。


「はい、自ら知識チートの放棄を……そうです、どうやら一民草としての凡庸な生を希望されているようで」


 おじさん大正解。

 人より不器用で凡才なおばさんだったんで、豪放磊落な冒険主人公とか無理です。ジーマーでリームーです。こう言ってバイトの学生ちゃんにドン引きされたのは黒歴史です。


「……」


 糸電話を引き出しにしまったおじさんが、私にゼ○リンもどきを開いてこちらに渡してきた。うわー懐かしいー新興住宅地の空き分譲地だらけの頁っぽいー。


「該当するのはその疎外者開拓村、転生者が自然に行き着いた僻地集落とのことです」


「わお」


「転生者は基本、知識チート封じの影響下にありますが、薄れた知識を持ち寄ることで大正時代に近い環境となっております」


「ぅわぁお」


 誰か頑張って畳や襖を再現したのかしらん。知らんけど。


「気候的には日本の九州が近いようです」


 うーん、修学旅行で長崎に行ったことしかないわ。九州新幹線開通した時に福岡旅行は計画したけど、結局行かなかったのよね。ななつ星は無理でもゆふいんの森には乗りたかったなあ。


「こちらでは対応が難しいご希望ですので、サービスセンターの特別室へご案内させていただきます」


「済みません、ご無理なようでしたら譲歩も考えますが」


 考えるだけで変えないよ、というビジネス用語を口にすると、おじさんにちょっと笑われた。見透かされているようですね、まあ神様レベルでしょうから然もありなん、と。




 謎のチラシ状態になった元履歴書と、そのまま持たされたゼンリ○片手に解説相談室を後にすれば、何処ぞの支店長風なナイスミドルが待っていた。受け付けまわりが村役場っぽいから村長さんや役場長と言いたいが、体感としては銀行員みたいなさっきのお姉さんの上役イメージ。


「ではこちらへ」


 促されるまま受付を出て廊下を進み、さっきの相談室のドアより重厚な造りの扉の先へ。

 こちらは打って変わって、機械だらけ謎ランプだらけで──いやあの謎レバーとパンチマシンと謎メーターいっぱいです。宇宙戦艦ヤ○トな世界だわ、流石にリアタイ勢じゃないけど。




 気が付くと私は、眠る幼児を背負い、謎の荷を積んだロバの轡紐を腕に巻き、鶏が何羽か入った籠を載せた手押し車と共にいた。

 な、何が起こったのかサッパリ分からんが、私にも何が何やら。


「降られる前に着きましたなあ」


「やれやれだ、毎度のことだが遠いぜ」


 何かまわりに人がいる!

 ぎこちなく視線を動かすと、とっても厳つい護衛傭兵団と奇特で名高い巡回商人隊。


 ああそうだ、私は夫が死んで長男次男を相性が悪い義母に取り上げられ、嫁ぎ先を追い出されて、それからええと。

 そうだ乳飲み子だった娘を抱えて街へ辿り着いて、奇特な商家に雇われて二年下働きをしていて、開拓村の人手不足の話を聞いて。


 何だろう、色んな大事なことを忘れてる気がする。何だったっけ。まあいいや。

 背負った娘の体温に、浮かんだ不安を払拭される。勢い余って必要なことも吹っ飛んだ気がするけど、まあいいや。

 退職金だか餞別代わりにご主人様に貰った鶏と手押し車を、大事にしよう。

 あれ、退職金って何だっけ。まあいいや。




 ぽつぽつと平屋が建ち並ぶ村は、周囲の広大な田畑ごと防御結界の影響下にあるようだった。

 凄いなあ、伝え聞く王城みたいだ。

 普通は畑の外周にモンスター狩りの家があるんだけど、ここは違うのね。


 今にも降り出しそうな空の下、微かに見えた実付きと多様さに、餓えずに済みそうだと私は安堵した。

 雨の匂い、青臭く土臭い初夏の匂いに促されて歩を進める。

 頑張ろう、今日からここが私の居場所だ。




閲覧下さりありがとうございました。

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