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逃した魚は大きかっただろう。思い知るが良い!

私の周りは喩えるなら秋かしら。冷たい風を予感させるような。

作者: とも

ふわふわお花畑お姫様の回です。


「逃した魚は大きかっただろう。思い知るが良い!」というシリーズの4つ目です。→https://ncode.syosetu.com/s8970h/

 こんな筈じゃなかった。

 私の結婚に対する感想を述べるなら、この一言に尽きると思う。


 同盟国の王太子殿下が派兵の交渉に訪れたとき、その佇まいに息を飲んだ。


 その当時、翌年には国内の伯爵子息と結婚することが決まっていた。選ばれた彼は優秀で、その一点だけで選ばれたと聞いている。

 勿論私に愛の言葉を囁いてくれていて、それが嘘ではないと知っていたわ。

 難しいことは彼に任せ、私は自由にして良いと言われていたの。





 私はこれでも、私自身あまり頭が良くないことを自覚しているのよ?



 二人居る姉は優秀で、上の姉は王太女として辣腕を振るい、下の姉は代々外交を担当している侯爵家に嫁いで国外を牽制する当主を盛り立てることになっていて、彼女等が居ればこの国は安泰だ、と皆が言っていた。


 私も努力はしたのよ?

 家庭教師と首っ引きで国内の情勢や海外の様子を必死に勉強した。

 でも、熟してはいたけど、これが何の訳に立つのだろう、といった思いを持っていたのも確か。



 だって、私の将来はこのとき既に決まっていたのだもの。



 国内の子息と結婚し、公爵位を得て女公爵となり社交をするように。

 お父様にも、お姉様にも、侍女や宰相、大臣や挨拶にくる貴族、みんなみんなそう言っていた。


 女公爵となるなら、立派な人間にならないと。


 そう考えていたけど、父が選んだ婚約者は、何というかこう、一を聞けば十も二十も理解し、考えを発展させ、私の思いも行動も、みんな先回りして良いように叶えてくれていたから、そんなものだと思っていた。

 だって私が出す意見より、彼の方が良い意見を出してくれるし、また皆がそちらの方が良いと言うし。

 私が何を言うべきか、どうすれば良いかを一生懸命考えている間に、これはこうでしょう、こうすれば良いのでは?と先回りしてくれるのだもの。



 とても楽。だってその通りにしていればいつもいつも、私は褒められ、上手くいっていたの。



 どうしてそんなに尽くしてくれるの?と聞いたことがあった。

 それに対して彼はにっこりと笑いながら、貴女のことが好きだから。貴女には、そうされる権利があるし、そうあるべきだ、貴女はこのままで良いのですよと答えてくれた。


 そうか。こんなに賢い人が、こんなに尽くしてくれるなら、私はこのままで良いのだろう。そう思ったの。


 勿論私だって、王女としての役目はきちんとこなしてきたのよ。

 茶会を設け、内外の令嬢やご夫人方を持て成して我が国は、王家は安泰だと、こんなに良い国なのよと訴えるの。

 他にも贈り物と称してどんどん増えるドレスや宝石を身につけて、最新のファッションはこれよと皆に示し、布地や宝石、加工技術などを他国の方をお呼びした茶会で紹介して売り込んでみたり、美味しい紅茶や珍しい食を紹介したり。これだって立派な外交だもの。


 お父様からは、流石だと、お前が身につける物はこぞって皆が欲しがる、とても立派に役目を果たしていると、大いに褒めていただいた。






 あの日は婚約者のパートナーとして自慢の、一番のお気に入りのドレスを纏い、精一杯お洒落をして外交の席に臨んだの

 そこで見つけた。柔らかい微笑みを浮かべながら交渉の席に座る彼を。


 時折見せる、少し困ったような顔を見て、助けてあげたいと思ったの。

 「大変だ」と呟く声に、癒してあげたいと、貴方は精一杯頑張っているのよ、と伝えてあげたいと思ったの。







「離縁してください」


 伝えると、驚いた顔を見せた彼に、あら珍しい、と私も少し驚いた。


 いつもにこにこと笑い、思いやりあふれる所作でエスコートをしてくれたわね。

 一緒に散歩をするときは、「この時間が大切」とか「貴女の顔を見ると頑張れる」と言いながらそっと抱きしめてくれた。執務が終わって居室に戻られたとき、「お疲れ様」と迎えた私に、そっとキスをして微笑んでくれた。

 一緒に庭園をそぞろ歩いていたとき、名も知らない花をそっと手折って差し出してくれた。その花は小さめで華やかさはあまり無かったけれど、外側から淡い桃色のグラデーションを見せる、可憐な花だったわ。

 「貴女のようだ」と差し出してくれた花を手に、満面の笑顔を見せたのを覚えている。


 愛されている、と思っていたの。

 私が愛するのと同じくらい、彼も私のことを愛してくれていると。

 私が求めるくらい、求められていると。この愛は正しいものだと。




 


 この国に来て初めて茶会を催したとき、最初だし友人を作るためにも国内の令嬢を、と集められた彼女たちは、扇の下でくすくすと笑って、それが何とも嫌な笑い方だったのが気にかかった。

 仕方ないじゃない。今日の紅茶はアレイスト産の茶葉ですね。なんて言われても、この国の茶葉の産地など知らないもの。

 輿入れしてすぐ、王太子妃教育として座学は受けたのよ?

 でも私にとっては貴族家の家名を覚えるのでせいいっぱい。

 夜会でちゃんと答えられるよう、挨拶に来た貴族達の名前くらいは覚えないと、と頑張ったけど微妙に違う私の国とこの国の言葉で躓いてしまっていた。


 ゲオルグ様、と呼びかけた時におかしな顔をするから不思議に思ったら、隣に居た令嬢から「彼はジョルジュですよ」などと言われて赤くなってしまった。

 書き文字は似ていたから、読み書きは大丈夫だったけど同じ綴りで違う読み方をするなんて、知らないもの。

 お名前を間違うのが一番失礼だと思ったから、優先して教えを乞うた。

 なんとか皆のお名前を覚えたけれど、それしか学ばないうちにそこそこ時間が経ってしまったから「知っているでしょう?」と当然のように問われた国内の気候や、出された菓子に使われていた爽やかな果物の産地について答えられなかったの。

 だって仕方ないじゃない。前は元婚約者の彼がいつも後ろに立って、ちゃんと答えてくれたもの。

 流石に彼が帯同してくれることはなかったからとても困ってしまった。


 でもね、困っていたら第二王子殿下の婚約者の彼女、カリーナ様が助けてくれたのよ。

 ほっとしたわ。


 ああ。ここでも助けてくれる人はいるのね。

 だったら良いじゃない。苦手なものは苦手なんですもの。得意な人に頼れば良い。

 これまでもそうだったし。これからもそうなのね。


 それより、私には大事なお役目がある。

 夫である皇太子殿下。ディディエ様。

 重圧を負う彼のため、彼ただ一人のための「私」であることが大事。

 そう思っていたの。






「王太子殿下も大変ですわね。ご苦労なさっているのでは」


 そんな声が聞こえて、足を止める。

 後ろに控えた侍女達が、一歩前に出ようとするのを手で押さえて。


「そのような事をおっしゃるものではありません。妃殿下はよく務めておられますよ」


 擁護してくれているカリーナ様の顔も苦笑を浮かべていて困ってしまったわ。なぜ理解されないのかしら。私は望まれてここに居るのに。


「あら、先の帝国でのお話はお聞きになっているでしょう?とんだ失態。まぁ、妃殿下の事は皆知っておりますからね。皆王太子殿下に同情していると聞いていますよ。殿下とてさぞ気苦しいでしょう」

「そこまで」


カリーナ様が鋭く遮った。


「妃殿下は立派にお役目を果たされています。王家がそれと良しとした以上、私たちはそれを支えるのみ」


 言われた令嬢が、カリーナ様に近寄ってひそひそと囁いたあと、ほほ、と笑いながら去って行くの視界の端に収めながら、眉を寄せるカリーナ様を見つめてしまった。


 帝国の夜会。苦い記憶が蘇る。


 確かに何か問われたけど、難しい言い回しだったからよくわからなかったのよね。

 ディディエ様とお部屋に帰ったあと、泣いてしまったのは悪かったと思っている。

 帰ってからもう少し勉強しておいた方が良いのでは?と思って一念発起、座学を再開したけどあまり身には付いていない。


 だって今更じゃない?


 何度か居心地の悪い思いをして、私はすっかり諦めてしまっていた。

 ああ、こんなはずではなかったのに。あれから何度も思ったの。

 

「お労しい。なぜこの国の者達は、王太子妃様を理解しないのでしょう」

 生国から付いてきてくれた一番の侍女が嘆くのを聞いて、そうよねぇ、と思う。

 彼女と二人きりになってから、先ほどの令嬢がカリーナ様に何を囁いたのか、聞いてみた。

 私の後ろに控えていたからわからない、とのことだったけどすぐに探ってきてくれた。本当に優秀な彼女は大切な侍女。

 結婚してから付けられたこの国の令嬢である侍女達には、こんなことは聞けないわ。

 不安や不満がある。そう誤解されたらとても嫌だし、ディディエ様だって良い気分にはならないだろうから。






「カリーナ様には、白百合よりもアイリスの方がお似合いではなくて?その方がより輝くのではと皆思っておりますわ」


 ドレスのことでしょうか?と首をかしげる侍女に、なるほど、と思った。


 たしか、この国のご令嬢方の比喩で、アイリスはディディエ様、白百合は弟のレアンドル様を指すと伺ったことがあるわね。

 「恥ずかしいから止めて貰うよういつも言っているんだけどね」と、ディディエ様が肩を竦めてぼやいていた。

 耳にしたのは国元に居た時だから、侍女は知らない。

 聞いたのはお茶会の席で、飾られていたアイリスを見てなんだか複雑な顔をしたディディエ様を、同席した外交官の一人が揶揄ったとき一度だけ。

 子どもの頃の話だよ、とディディエ様は笑っていた。二人とも可愛い顔をしていたから、そんな喩えをされてしまった、良い年をして花に喩えられても嬉しくないよ、と笑った顔が屈託なくて、ますます好きになったのだ。




 なるほど。なるほど。

 



 私はこんな時怒ったり悲しんだりすべきなのかしら。

 蔑ろにされている、と思わなくもないけど。でも、帝国で苦い思いをしたのは事実だし、この国で、私の有り様が歓迎されていないのも、あの時ちゃんと理解したのだけど。

 だから帰ってからは頑張って、勉学に励んでみたけれど。



 でもねぇ。


 


 なんだか面倒になってきてしまったわ。

 勉強するのも大変だし、無礼を働いたと指摘して啀み合うのも私には合わないし。

 知っているかしら。泣くのも怒るのも、とっても疲れてしまうのよ?

 ディディエ様の事は愛しているし、結婚したことに後悔は無いけれど。

 

 嫁いで3年。まだ子は出来ない。

 焦ることはない、と皆言うけれど。




 今ならまだ、間に合うのかしら?





「姫様。帰りましょう」




 ある日、侍女が決然とした様子で進言してくれたのよ。

 そう、そうよね。

 居心地の悪いところに何時までもいるより、帰った方が良いかもしれない。

 その方が、ディディエ様にとって良い方がお隣に立つことができるかもしれないわね。


 国元に居た時を思い出してみる。



 あの頃、私の周りはいつも春の日差しに包まれているようだったわ。

 今はそうね、喩えるなら秋かしら。冷たい風を予感させるような。



 

 なら、帰ろうかしら?


 姉からの手紙では、まだあの子息は独り身だとのことだった。

 もしかして、私を待っているのかしら。




 もしそうなら、どんなに嬉しいことかしら?

なんか思ってた結婚生活とちがうなー。国にいたときの方が楽だったし楽しかったなー。

王太子の事はちゃんと好きだけど、努力してもなんとなーく認められないのが分かってきて、だんだん穏やか~に心折れつつあった模様。


国元から連れてきた侍女に「帰ろうよー」て一押しされて、「姫様」って呼ばれて、うわーーーーっとふわふわ楽しかった日々を思い出しちゃったとき、ぽきりと。


国にいたときはお父さんも婚約者(実はいた)も周りのみんな全肯定で、スポイルされちゃってたから、初めて自分で立ち向かう日々に疲れちゃった、てところ。

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