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前日譚 春原アキトは夢と希望を胸に女神アリアと出会う

 ハルハラ叙事詩。それは輝ける大地ティルソリウスに伝わる英雄譚。

 全知全能の勇者と言い伝えられる男の物語である。


 ハルハラとは主役となる男の家名だ。

 かの叙事詩の語り出しはこうはじまる。


『その男は異界より現れた。漆黒の髪と瞳をもつ偉丈夫(いじょうふ)である。男はアキト・ハルハラと名乗った』


 こと神話や叙事詩というものは往々にして話が盛られるものだが、ハルハラ叙事詩も例外に漏れない。これから語るのは、「語られなかった物語」である。


 二十歳になる誕生日に、日本人、春原アキトは異世界ティルソリウスに転生した。


 八月十三日。早朝より行動開始。

 同人誌即売会に参加して、夕方から友人連中と打ち上げ。

 飲酒解禁の儀と銘打った人生初の飲み会は終電間際まで行われ、千鳥足で家路についた。


 初めての酒の味はよくわからなかったが、はじめての酩酊は存外、心地良い。大人になった気分も悪くない。上機嫌だった。

 なによりそれ以上に、アキトは背中の重みに胸躍らせていた。

 リュックいっぱいに詰まっているのは、夢と希望という名の戦利品。

 期待を胸に、酔いが回った肥満気味の身体をゆらゆらと揺らしながら、どの本から読もうかと顔がニヤける。そのときだ。

 ガクンと視界がずり落ちた。階段を踏み外したのだとわかった。

 ふらつく足元、重い荷物。つんのめったアキトの身体が宙に投げ出される。

 テレビの電源を落とすかのように、アキトの意識はブツリと切れた。


「アナタが落としたのは、楽しかった人生ですかァ? それとも残念だった人生ですかァ?」


 黒い空間に薄着の女が一人。アキトはその前に転がっていた。

 アキトはこの光景に覚えがあった。

 異世界転生定番の女神邂逅(めがみかいこう)である。


「ボクは、死んだんですか」


 つまりはそういうことなのだとアキトは悟る。

 すると女は柔らかく微笑んだ。


「ハイ、亡くなりましたァ。荷物が重すぎたんですねェ。薄い本もお酒もほどぼどにィ。大事なことですよぉ?」


 白い布を巻きつけただけのような簡素な姿。透けそうなくらい薄い布は豊かな曲線を描き、長く波打つ黄金の髪と黄金の目は優美の一言に尽きる。まさしく女神。美術品といっても差し支えのない気品と端正さだが、その口調は残念なくらい軽薄だった。


「女神様でいいんでしょうか?」


 アキトは転がったまま尋ねた。起きあがろうにもこの空間には地面がなかったのだ。


「ハイ。正解です。ワタシ、女神のアリアっていいますゥ」


 女神は軽く拍手。小気味良い音がする。


「ボクはこれから異世界に行くんですか?」


「あらあらァ。さすが、即売会帰りの方は楽ちんでいいですゥ!」


 女神アリアは妙なイントネーションで嬉しそうに目を細めた。


「どんな世界がお望みですかァ? ワタシ罰ゲームでェ、『転生・無制限』ってクジ引いちゃったんですよォ。なんでも希望聞いちゃいますゥ」


「はあ……」


 希望を聞かれたところで、そもそもどんな世界があるというのだろうか。


「異世界ってどこも地球みたいな感じなんですか?」


 アキトは尋ねた。

 アキトの知る限り、異世界と呼ばれる場所は細かな設定に違いはあるものの、空気があり、人間が住んでいる。似たような食べ物もある。大まかに地球といって差し支えのない、そんな世界だ。

 ただ現実もそうだとは限らない。アリアはきょとんとしていたが、アキトの思考読んだのかはたまた察しただけなのか、得心したようにポンと手を打った。


「ハイ、ハイ。私は地球の神様やってるのでェ、ご案内できるのは地球の別の可能性なんですゥ。並行世界、パラレルワールドってことですゥ」


「じゃあ剣と魔法の世界でお願いします。チートマシマシで」


 アキトは迷わず即答した。

 異世界転生するなら剣と魔法の世界一択だろう。

 するとアリアは「うーん」と考え込むようにして、どこからともなく帳簿のような紙束を取り出した。パラパラとめくって、二度唸る。


「剣と魔法はァ人気なのでェ、枠がないんですよぉ。まだ出来立ての世界しかないんですけどぉ、いいですかァ?」


 出来立ての意味はよくわからなかったが、アキトは「よろしくお願いします」と首肯した。

 かくして、春原アキトは人生を終え、異世界ティルソリウスでアキト・ハルハラとして転生を果たしたのだった。

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