序文 ハルハラ叙事詩 天道迷宮攻略譚より
奈落の底のさらに底。昏き闇の奥の奥。
舞台は世界最古にして最大の迷宮。
その最下層。
「『釜よ。釜よ。煮込めや、煮込め』」
若きエルフの魔女サーシャの呼び声に応えて、異界より魔法の大釜が召喚される。一抱えもある巨大な石鍋だ。様々な色のマナが渦を巻き、ボコボコと虹色の泡が弾ける。
「ィイヒィーヒッヒッヒ!!」
不気味な高笑いはサーシャ曰く不可欠なものらしい。魔法の質が格段に上がるのだとか。
長い詠唱は続く。
「あと十五節! なんとか凌げ!」
そう叫び、鉄兜の衛士コノルが盾と短槍構える。
「はいっ!」
コノルと並んで、アキトは声に気合を込め、必殺の槍を構えた。
魔法の光が照らす回廊に、巨大な影が浮かび上がる。迷宮最後の守護者。
巨人が掘ったとされる地下通路に、見上げるほどの体躯が立ちはだかる。
獅子の身体、狼の尾、カニの脚にカエルの頭……ウサギの耳。
どこか愛嬌のある、名も無き魔獣だった。
名前がないと不便なので、仮にカエル頭と呼称しよう。
「突進! 来ます!!」
アキトは腰を落として力を込める。カエル頭はカニ脚にもかかわらず、馬よりも速く強く、真っ直ぐ猛進した。
のちに、ハルハラ叙事詩、天道迷宮攻略譚の一説として語られる場面である。