【第二章:我が姉妹】 Das zweite Kapitel: Meine Mitschwester
悲痛な別れの話です。
【第二章:我が姉妹】 Das zweite Kapitel: Meine Mitschwester
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1151年にヒルデガルトの代表作、 ,,Scivias (道を知れ) '' が完成した。これは全三巻 (Pars I, II, III) で構成されている。
第一巻は「幻視其の一 (Visio prima) 」から「幻視其の六 (Visio sexta) 」。
第二巻は「幻視其の一」から「幻視其の七 (Visio septima) 」。
第三巻は「幻視其の一」から「幻視其の十三 (Visio tertia decima) 」。
全巻とも全てヒルデガルトが体験して来た幻視と、それらに対する彼女なりの解説が記されている。
この中で特異なのは、第三巻の「幻視其の十三」であろう。
擬人化された「諸徳」、「忠実な魂」、「謙虚」、「悪魔」、「神の知識」等に因るやり取りが、叙事詩の様に著され、このオペラの様な体裁をした著述が大半を占めている。
,,Ordo virtutum (諸徳の階程) '' なる宗教歌劇を、同時期にヒルデガルトは完成させているが、これは ,,Scivias'' の第三巻の「幻視其の十三」の内容に即しているので、これを基盤として作成したと思われる。
ある日、ヒルデガルトはリヒャルディスを誘って、ルーペルツベルク女子修道院の内外の散策に誘った。
未だ設立して一年。聖堂、修室、図書室、厨房等の祈りの場と生活の場は出来ているが、庭の果樹園や草花を栽培している庭園は未だ充実していない。
「ミットシュヴェスター・リヒャルディス。私も貴女も此処暫く目を酷使しています。この様な時には散策をして、遠くの森林の緑を見て、目を癒すのです」
「はい、エプティシン・ヒルデガルト様」
小柄でか細いヒルデガルトはこの時53歳。実質彼女の秘書のリヒャルディスは20代半ば。
リヒャルディスは高貴な身分の出自から来る美麗さと、修道生活での慎ましやさを併せ持った若い女性だ。
母娘程年齢が離れているが、二人は姉妹、いやそれ以上の強い結び付きが有った。
緑。ヒルデガルトが薬草やハーブの類に精通しているのは、夙に有名だが、現代人には驚くべき事に、疲れた目を癒すのには、散策して遠くの自然の緑を見るのが一番だ、と彼女は既に喝破している。
この様な事も幻視による直感から、体験して知り得たのであろう。
二人は院から出て、共に寄り添う様にゆっくりと歩く。この辺りの地はライン川の中流域とあって葡萄畑が多い。
ヒルデガルトがリヒャルディスに言葉を掛ける。彼女との会話、共に居る事はヒルデガルトにとって一番の楽しい時だ。そしてそれはリヒャルディスも同様だった。
「果樹園には林檎が沢山成る様にお願いして有ります。林檎は果実の中で最も体に好いのです。そのままでも温めても茹でて食べても。それと栗ですね。栗は粉末にしても色々と用途が有りますから」
「果実は分かりました。花や草の効用を教えて下さいますか」
二人は目を癒す様に、遠くの木々の緑を見ながら話す。
「先ずは薔薇ですね。セージと合わせると、その香りは気分を落ち着かせます。ラヴェンダーも好いですね。葡萄酒、無ければ蜂蜜入りの水で煎じたラヴェンダーを飲むと、肝臓や肺の痛みを和らげます」
「百合はどの様な効能が有りましょうか?」
「その香りは心を落ち着かせ、正しい考えを導く事を手助けします」
またヒルデガルトは続ける。
「フェンネルは人を快活にし、顔色を良くし、体臭も抑え、何より胃腸の消化を好くします」
ディジボーデンベルク修道院から、この地へ移って来たのは、ヒルデガルトを初め修道女十八名。
彼女たちは祈祷、そしてそれ以上に、果樹園や庭園で、これ等の生育の仕事に精を出している。
二人が外から修道院内に戻ると、一人の若い修道女がヒルデガルトに言った。
「エプティシン・ヒルデガルト様。オルド・ヴィルトゥートゥムの歌劇を行いたいと思っています。それで……、あの……」
「分かっていますよ。”悪魔”の役を誰が遣るか、でしょう。フォルマール様に頼みましょう」
早くもヒルデガルトの宗教歌劇のオルド・ヴィルトゥートゥムは、1151年にルーペルツベルク女子修道院の竣工祝いの様に、当院内で初演されたと伝わる。 (※1)
2
この1151年から、翌1152年はヒルデガルトにとって重要、いや恐らく彼女自身からすれば、何とも辛い年であった。
何とリヒャルディスが、ブレーメン司教区管轄のバッスム (Bassum、現在のニーダーザクセン州ディープホルツ郡に在る市) のザクセン女子修道院長に選出され、当地へ赴く事をブレーメン大司教のハルトヴィヒが命じたのだ。
ハルトヴィヒ大司教は、リヒャルディスの実の兄で、兄としては妹を身近な処で、置いて於きたかったのだろう。
既にルーペルツベルク女子修道院が属する、マインツ大司教のハインリヒもこれを了承し、ヒルデガルトの与り知らぬ処で、彼女は大切な娘であり妹を奪われる形と為った。
その生涯を通して、常に控えめで、謙虚と静穏を心掛けていたヒルデガルトだが、この一件では人が変わった様に、拒絶の行動を明確に起こした。
先ず、ハルトヴィヒとリヒャルディスの母親に急いで手紙を出した。
兄妹の母親に頼んで、息子のハルトヴィヒに、この決定を翻意させる為だろう。
「如何かお願い致します。私の大切な姉妹、リヒャルディスを困らせないで下さい。彼女に苦しい決断を迫り、痛々しい涙を流させないで下さい」
然し、リヒャルディスは静かにこの決定を受け入れて、ヒルデガルトに別れの挨拶をして、ハルトヴィヒが用意した連れの者たちと共に、遠くのバッスムへと赴いた。この時代、遠方への移動手段は、基本的に河川を使った船旅だ。
「ヒルデガルト様。如何かお体をお大事に。神の祝福が有らん事を」
リヒャルディスとの別れ際、ヒルデガルトは言葉が出ず、彼女の手を握り、瞳には涙が溜まり、身を屈めたこの愛する娘を立ち上がらせて、彼女の唇に自分の唇を軽く合わせた。
だが、如何しても、リヒャルディスが忘れられないヒルデガルトは、ハルトヴィヒ大司教、ハインリヒ大司教、更には教皇エウゲニウス三世にまで、リヒャルディスをルーペルツベルク女子修道院に戻して欲しい、との懇願の手紙を書いたが、殆ど相手にされなかった。
幻視、と云う霊感に満ちた彼女の著作の関心には高くとも、いち修道女の人事等に、彼らが関心を払わないのは当然であろう。
一方、フォルマールも、教皇にまでにこの人事の変更を願い出るヒルデガルトには注意を喚起した。
「ミットシュヴェスター・ヒルデガルト。今貴女が行なわなければ為らないのは、この人が多くなった修道院を指導する事です。若き修道女たちを教え導くお立場である事をお忘れなく」
ヒルデガルトの名声に因り、ルーペルツベルク女子修道院には、多くの新たな修道女が入っていたのだ。
ヒルデガルトはフォルマールに礼を言い。漸く落ち着きを取り戻した彼女は、リヒャルディスに手紙を書く。
「……私は貴女の行動の高貴さ、貴女の魂の英知さと清さ、そして何より貴女の事を愛しています」
3
この手紙をバッスムにてリヒャルディスは読んだのか。彼女は日々ヒルデガルトを想い出しては涙を流し、食も喉を通らず、眠る事も出来ず、遂にはルーペルツベルク女子修道院に一人で戻る計画まで立てた。
然し、それは果たせなかった。既に精神的にも肉体的にも憔悴し切ったリヒャルディスは床に伏せる様に為り、翌1152年十月二十八日に彼女は死去した。
兄のハルトヴィヒから、ヒルデガルトにリヒャルディスの急死が知らされたのは、この年の末である。ハルトヴィヒは以下の真摯な手紙をヒルデガルトに送った。
「……私たちの妹、否それ以上に貴女の妹は、死すべき肉体の魂が入る処へ赴きました。……妹が貴方を愛していた様に、貴女も妹を愛し続けて下さい。妹は日々涙を流して過ごしていました。この過ちは妹では無く、私に有ります。如何か妹を責めず、私を責めて下さい。若し突然の死が無ければ、私は妹が貴女の元に赴く許可を出していた筈です。神がお望みで有れば、妹に代わり私が貴女の元に赴きましょう」
ヒルデガルトの悲しみは想像に難くないが、この一事は広く知れ渡り、一般の市井の人々が、それも近辺からでなく、遠方からもルーペルツベルク女子修道院を訪れ、この女子修道院長を励ましに引っ切り無しに訪れたのだ。
中には律法の教えを固く信じるユダヤ人たちまで、彼女と討論する為に現れたが、彼女は彼らに対して、「キリストの信仰を受け入れる事が出来ます様に」、と彼らの教えを否定するでも無く、自分たちの教えを強制するでも無く、単に祈り励まし、静かに追い返しただけだった。
ヒルデガルトが生きた時代は、様々な異教や異端に溢れていた。彼女は怒りのままに彼らに対処する事を否定し、自身を魂と肉体の尊さで律し、彼らと争う事は認めず、如何しても事態が好転しない場合には「関わる事を避けるのです。殺すのではありません」、と主張している。
ヒルデガルトも人々の励ましで、立ち直り、ハルトヴィヒに返礼の手紙を書く。
「……私は全く不束な者ですが、貴方様の手紙で救いの光を見た事を思い出しました。……実は、命ある光が、ある強烈な幻の中で、私に彼女を私自身の様に愛せよ、と教えていたのです」
ヒルデガルトはリヒャルディスの生前に、彼女に対しての幻視を見聞きしていた事を告白する。彼女は美しい花で、幻視の光が「さあ、王の部屋に入りなさい」、と囁くのを聞いていたのだ。そして、彼女と云う花は、事実摘み取られ、聖なる身分へと旅立って行った。全能なる神は彼女を世に置く事をお望みでは無かったのだろう、と。
「……司教様、彼女が何時も兄である貴方様を気遣っていた様に、貴方様も彼女の魂と同じ思いをお持ちに為って、彼女の熱情に沿って善行を行なって下さいます様に」
この頃より、ヒルデガルトは修道院長の仕事と並行して、又も著作を着手する。
それは対を為す二冊の本で、一冊は ,,Physica (自然学) '' 、もう一冊は ,,Causae et Curae (病因と治療) '' と、どちらも題名からして医学書である事が判る。
これ等が、後に「ヒルデガルト医学」として、後年に影響を与える。
この二書からは、まず基本的な事を教示している。それは人の健康とは、バランスのとれた食事、適度な運動やマッサージ、沐浴や清掃による清潔な生活、十分な睡眠等だ。
薬草に関すると、まるで各草花の名と効用が辞典の様に列挙され、また温めた植物を布で包んで、傷む患部に当てる罨法まで記している。
薬草の療法と同時に宝石療法に関しても多くが割かれ、ヒルデガルトは「宝石は人間にとって薬の宝庫である」、とまで記している。
現代でも、薬草療法や宝石療法は代替医療行為として、広く使用されている。 (※2)
植物で特質すべき物を二つ挙げてみよう。
先ず、ヒルデガルトは「ソラマメ」を称揚している。ソラマメは他の豆類より優れている、と強調しているのだ。
事実、ソラマメは他の豆類より、でんぷん質を多く含み、でんぷん質を多く含む食物と云えば、私たちは一般にジャガイモを思い浮かべるだろう。
周知の様にジャガイモは所謂「新大陸」。つまりアンデス高地から15~16世紀頃にヨーロッパに伝わり、更に食用としてヨーロッパで栽培が本格的に始まったのは、それから一世紀程経ってからだ。 (伝わってから暫くは主に観賞植物とされていた)
ソラマメに関して、次の様な一節が有る。
「……ソラマメの粉は健康な人にも病人にも良く、また有益である。何故なら軽くて消化し易いからである」
次に、「スペルトコムギ」がどの麦よりも優れた穀物だと指摘している。小麦やライ麦の有用性も指摘しているが、スペルトコムギこそが最良だと、ヒルデガルトは力説している。事実、スペルトコムギが現在の成分分析で、最もビタミン等がバランスよく含んでいる穀物である事は明らかとされている。
後年の「ヒルデガルト医学」の研究者たちの必読の書、とされているこの二作は、1158年までには完成された。
また、彼女が共同体として居た、二つの修道院、ディジボーデンベルク修道院とルーペルツベルク女子修道院の名と為っている、聖ディジボードと聖ルーペルトの伝記も著している。
前者のディジボードは、アイルランドから来た修道士で、ライン川付近で隠者生活をして700年頃に死去した修道士だ。埋葬された地がディジボーデンベルクの名の由来と為っている。
後者のルーペルトは、メロウィング王家に連なるフランク人で、ヴォルムス (Worms、現在のラインラント=プファルツ州に在る都市) の司教だったが、未だ異教の残滓が強い時代だった為、当地を追い出され、レーゲンスブルク (Regensburg、現在のバイエルン州のオーバープファルツ行政管区に在る市) に避難したが、近辺に修道院を造り、更にその周囲には都市が形成された。それがザルツブルク (Salzburg、現在のオーストリア共和国のザルツブルク州の州都) の始まりである。
ルーペルトは結局ヴォルムスに戻り、718年に死去し、同じく地名と為るルーペルツベルクに埋葬された、と伝わる。
僅か八歳で修道生活を初め、師であり、母であり、姉であったユッタを壮年期で失い、秘書であり、娘であり、妹であったリヒャルディスを初老期で失ったヒルデガルト。
生まれつきの病弱から、静かに穏やかに、目立たずにひっそりと、神と共に暮らしたい彼女の人生は、未だ様々な人々との出会いと、波乱と苦悩が続くのである。
【第二章:我が姉妹】 Das zweite Kapitel: Meine Mitschwester 了
※1:YouTubeで「Ordo virtutum」で検索すると、約1時間10分ほどのこのヒルデガルトの宗教歌劇が出てくるはずです。お時間と興味がある方はどうぞ。
※2:ただし、きちんと精製法と成分が明記された物でない、怪しげな療法もあります。特に鉱物はそのままだと鉛中毒になる危険性があります。医療機関との相談は必須です。
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何とも悲しいですね。彼女たちは本当に愛し合っていたのでしょう。
あと、食材の効能ばかりで、会食シーンがないのは、ちょっと問題ですかね。
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