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赤い髪の王子

リュグド王子は、私の言葉にはっとした表情を浮かべると、突然、相好を崩して笑い出した。


「まさか、いつも僕が口にしている台詞を誰かに返される日が来るとは、思わなかったな」


笑うと途端に親しみやすい印象に変わる。


「つまり、リュグド王子も私と同じお考えということですね」


「それはまぁ、そうなんだけどね。

 僕としては、危険な旅に無関係な人を巻き込みたくはない、とは思っているよ。

 でも、僕にも信条があるように、あなたにも信条がある。

 それを否定するのは、僕の信条を曲げることにもなる」


「……ということは、連れて行って頂けるんですか?」


「僕の一存では決められないかな。

 ただ、他の同行者たちが良いと言ってくれるなら、僕は、止めないよ」


「ありがとうございます!」


その代わり、とリュグド王子は、喜ぶ私に釘を刺す。


「身の危険を感じたら、真っ先に自分のことだけを考えて逃げるんだ。

 間違っても、僕たちを助けようとか考えて、無茶をしないように」


私たちは、待ち合わせの場所だけ示し合わせると、一旦その場で別れた。

残る王子は、あと二人。


   ***


ルカに案内されて着いた場所は、鍛冶屋だった。

ここに、ジグラード国の第一王子アランが居ると言う。


「アラン王子は、かなり腕の良い剣士と伺っております。

 燃えるような赤い髪の大男なので、すぐに分かるかと。

 ただ、口調や態度が粗野と言いますか、多少乱暴な印象を受けました」


気を付けてください、と心配そうな表情で見送るルカに手を振って、私は、鍛冶屋の中へと入って行った。

中は、竈の熱気で息苦しいくらいだった。

入ってすぐに、赤い髪をした大男がこちらに背を向けて立っているのが目に入った。

赤い大男は、竈の前で、店主らしき男から一振りの抜身の剣を受け取ると、宙にかざして眺めている。


(きっと、あの人がアラン王子ね)


私が声を掛けようとすると、突然、赤い髪の男が振り返った。

そして、あろうことか、私に向かって手にした剣を振りかざして来たのだ。

空を切る音と共に剣先が私のすぐ目の前を掠めて行った。

驚いた私は、声も出せず、思わず尻もちをついてしまった。

だが、アラン王子は、私のことが目に入っていないようで、にやっと口角を上げると、手にした剣を掲げたまま店主を振り返る。


「いい剣だ。これをもらおう」


(乙女を転がしておいて、無視するなんて……)


私は、頭にきた。

勢いよく立ち上がると、こちらに背を向けて店主と話を続ける大男の背中に向かって行った。


「あなた、アラン王子?」


話しかけられて初めて私の存在に気が付いたように、大男が私を見下ろす。

その髪と同じ色をした瞳には、何の感情の色も見られない。


「……だったらなんだ?」


体格の差だけではない、大男の威圧感に気圧されながら、私は、負けじと胸を張った。


「私を【魔王】討伐の旅に連れて行って欲しいの」


アラン王子は、あからさまに不快そうな表情を浮かべる。


「女は好かん」


それだけ言い捨てると、店主に向かって金貨を投げた。

呆気にとられたまま動けないでいる私を素通りし、店の扉へと向かう。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


私は、アラン王子の広い背中を追って外へ出た。

暗い所から急に明るい所へ出たので、一瞬目がくらむ。

私が瞬きをしている間に、アラン王子は、さっさと人混みの中へと歩いて行ってしまっていた。

私は、慌てて、彼を追い掛けた。


何度も待って、と声を掛けたが、人通りが多く、私の声は、喧騒に掻き消されて届かない。

私は、ぴたりと足を止めて、息を吸った。


「乙女が待てって……言ってるでしょう!

 そこの赤頭っ、止まりなさい!!」


自分で思っていたよりも声が出てしまった。

はたと気付いた時には、その場にいた人たちが皆、私の方を向いている。

急に恥ずかしくなった私は、穴があったら隠れたいくらい顔が熱くなった。


「お前……面白いやつだな」


頭上から少しざらついた声がして、顔を上げた。

そこには、私が呼び止めようとしていたアラン王子がいた。

よく日に焼けた肌は、健康そうで、にっと笑った顔は、力強さと自信に満ち溢れていた。

私は、怒っていたことを一瞬忘れて、思わず、どきっとする。


「あ……あなたねぇ、こんなに可愛い乙女がお願いしてるのよ。

 無視するなんて、騎士の風上にも置けないわ」


「乙女ねぇ……」


アラン王子が顎に手を当てて、値踏みするような視線で私を眺めた。

なんだか急に自分で言ってて恥ずかしくなってくる。


「生憎俺は、騎士道なんてものを持ち合わせてないんだ。

 あんたを連れて行って、俺に何の得がある?」


つまるところ、足手纏いは御免だ、ということだろう。

私は、ぐっとお腹に力を込めると、アラン王子の目を見据えて言った。


「炊事洗濯物持ち雑用……なんでもやるわ。

 長い旅になるなら、女手が必要なことだってあるでしょう。

 それに、男所帯には、華があった方が絶対に楽しいじゃない」


アラン王子がふうむ、と考える仕草をしている。

私は、じっと答えを待った。


「本当に何でもやるのか?」


「ええ、乙女に二言はないわ」


私が真面目な顔で返答をしたのに、何故かアラン王子は、笑いをこらえるような表情で言った。


「それじゃあ、俺と賭けをしよう」


「賭け?」


「ああ。道中、俺を満足させることが出来たら、お前の勝ち。

 俺が役に立たないと思ったら、俺の勝ち」


「勝ったらどうなるの?」


「俺が勝ったら、帰りの旅には同行させない。

 魔王城からは一人で帰れ。

 お前が勝ったら、無事に町まで送り届けてやる。どうだ?」


「……いいわ。その賭け、受けて立つわっ」


「いい度胸だ。その心意気は、嫌いじゃないぜ」


(まぁ、ルカも一緒だもの。

 帰りが一人になることはないわよね)


私は、ちらと後ろに視線をやった。

人混みに隠れて見えないが、きっとどこかで私を見守ってくれている……筈だ。


「……にしても、そんなビラビラした恰好のまま付いて来られてもなぁ。

 何かもっと動きやすい服に着替えて来い。いいな?」


アラン王子は、それだけ言うと、さっさと踵を返して人混みの中へ消えて行く。


「あっ、待ち合わせ場所……!」


手を挙げて呼んでみたが、既に姿はなく、声も届かない。


(……まぁ、いいか。

 他の王子たちと同じだろうし)


それよりも、と私は、自分の服装を見返して見る。

城の中で着ているような派手なドレスではなく、町中で見掛けても浮かない地味なドレスだ。


(でもまぁ、確かに、旅をするには、ちょっと動きずらいかしら)


私は、次の王子を探すついでに衣装屋も覗いて行こうと思った。


残る王子は、あと一人。

一体どんな人なのだろうか、と考えるも、今までの王子たちがかなり個性豊かだったことから、全く予想がつかない。

せめて変な人ではありませんように、とだけ願いながら、私は、王子の居場所を知っているルカを捜した。



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