空色の髪の王子
リアード王子が私の腕を掴む手に力を入れる。
私は、先程の仕返しに一発殴られることを覚悟して目を瞑った。
「【魔王】討伐の旅に、お前を同行させてやってもいいぞ」
「…………え?」
「その代わり、条件がある。
お前がその条件をのむと約束するなら、連れて行ってやる」
私は、無表情のまま、顔の前で手を振って見せた。
「いえ、結構です。自分で他のアテを探すので。
というか、さっきあなた【魔王】討伐の旅には行かないって、言ってませんでした?」
私の話を聞いているのか、いないのか、
リアード王子は、ふんと偉そうに鼻を鳴らすと、口角を上げた。
「お前を俺様の愛妾にしてやる」
「………………………………は?」
「……あ、いや。愛妾ではない、召使だ、奴隷だ。
今まで、俺様のことを殴ったやつなど一人もいない。
お前のことは、俺様がこき使ってやるから覚悟しておけ」
(この王子…………性根どころか、頭まで腐ってる!!)
開いた口の塞がらない私を見て、リアード王子は、何を勘違いしたのか、満足げな顔をしている。
そして、待ち合わせ場所だけ私に伝えると、再び部屋の奥へと戻って行った。
***
「なんっなのよ、あのクソ王子!!」
「……姫、そのような汚い言葉を口にしては、いけません」
ルカが眉をひそめて私を窘める。
私は、店の外で待っていたルカと合流すると、リアード王子への罵詈雑言を口にしながら次の場所へと向かっていた。
「まさか……他の婚約者候補の王子たちも、あんなのばっかじゃないでしょうね」
さて、どうでしょう、とルカが困ったように肩をすくめる。
「私から見たリアード王子は、とても素直で愛嬌のある方に見えましたが……
……まぁ、国王陛下の御前で、本性は出さないでしょう。
こうして事前に知ることが出来たのですから、良かったではないですか」
それもそうか、と私は気持ちを切り替えることにした。
「それで、他の王子たちは、どこにいるのかしら?」
「ここから近いのは、薬屋ですね。
エルバロフ国の第二王子リュグド様がそこにいらっしゃいます。
青い髪をした背の高い好青年……といった印象を私は受けましたが……」
「リアード王子のこともあるし、あまり期待しない方がよさそうね。
…………あ、薬屋は、あれかしら」
私が薬屋の看板を見つけて指さすと、ルカが肯定して頷いた。
しかし、薬屋の前に大勢の女性たちが集まっているのを見て、眉を寄せる。
開かれた扉の隙間から見える店内も女性でいっぱいだ。
どうやら彼女たちは、店の中に入りきらないので、外に溢れ返っているようだった。
普段は、城の兵士たちや年寄りが訪れるくらいで、こんなに若い女性たちが大勢集まっている光景を見るのは珍しい。
「薬の大バーゲンでもやってるのかしら……」
私は、再びルカに外で待つように言うと、女性たちの群れを掻き分けて店内へ入ろうと試みる。
「ちょ、ちょっと通して……」
「あなた、割り込みしないでよ!
私たちが先に並んでるんだから!」
ぽーん、と並んでいた女性たちに押し出された私をルカが受け止めてくれる。
ルカに後ろから両脇を抱えられながら、私は、憤然とした表情で女性たちの群れを眺めた。
「これでは、中へ入れませんね」
「せめて中の様子がどうなっているかが見られたら……」
私が視線を泳がせた先に、薬屋と隣の店が接する側に小窓が見えた。
僅かな隙間しかなかったが、私一人くらいなら通って行けそうだ。
私は、女性たちの群れを避けながら、狭い隙間に身を捻じ込んで入って行った。
小窓は、ちょうど私の視線の高さに作られていて、カーテンも何もかかっていなかったので、遮る物もなく、店内の様子を見ることが出来た。
店内は、やはり女性たちで溢れ返っていたが、ちょうど正面に店のカウンターが設えてあり、そこから背の高い青年の頭が飛び出して見えた。
見たことのない青い髪をしている。
(もしかして、あの人がリュグド王子かしら)
窓越しで見ている上に少し離れてはいるが、端正な顔立ちに優しそうな雰囲気が一見して感じられる。
私は、部屋の中の声が聞こえないものかと小窓を押したり引いてみたりした。
どうやら鍵が掛かっていなかったようで、小指二つ分ほどの隙間が空く。
途端、中から女性たちの黄色い声と、青年のものらしき柔らかな落ち着いた声が聞こえてきた。
「……これは、一般的に風邪をひいた時とかによく処方される薬だけど、実は、美容にもいいんだ。
毎日少しずつ容量を守って飲み続けたら、今よりずっと肌の調子が良くなるよ」
「私、これ買います!」
「私も!」
「あ、私にもください!」
「こっちは、不眠症によく使われる薬だね。
このままでも良い薬なんだけど、この薬草を混ぜると、夜ぐっすり眠れて疲れがとれる。
朝の目覚めがスッキリして、1日元気で過ごせる」
「そ、そうなんだ……試してみます!」
青年の横で薬草の入った籠を持っているのは、薬屋の店員のようだ。
教えられた方法を紙に書いている。
(へぇ~、薬に詳しい人なのね。
薬屋の店員すら知らない方法を知っているなんて、一体どこで覚えたのかしら。
それに、とっても優しそう……)
これで薬屋が女性たちで溢れ返っている理由が判った。
皆、若く見目麗しいあの青年と、その処方する薬が目当てなのだ。
「すみません。僕、そろそろ行かないと……人と待ち合わせをしているので」
それを聞いた女性たちから残念そうな声が上がった。
店員もまだ話を聞き足りなさそうな顔で青年のことを目で追い縋る。
青年は、困った顔で、また用事が済んだらここへ来ます、と約束をし、店の外へと向かった。
(……あ、出てくる。話しかけるチャンスだわっ)
私は、慌てて店の前へ戻ると、女性たちに囲まれている青年を見つけた。
頭二つ分以上抜きん出ているので、遠目からでもすぐわかる。
そして、何より目の冴えるような空の色をした髪が一際目を惹く。
青年は、自分に声を掛けてくる女性たち一人一人に優しく謝罪すると、私の居る方へと歩いて来た。
私は、思い切って青年に向かって声をかけた。
「あ、あの! あなたは、リュグド王子……でしょうか?」
「そうだけど……君は?」
リュグド王子が足を止めて私を見た。
近くで見ると、その端麗な顔立ちがよく解る。
少し長めに切り揃えられた髪が頬に掛かり、どことなく色気すら感じさせる。
その中性的な美は、腕の良い芸術家によって描かれた一枚の宗教画のようだ。
そして、対面して初めて分かる、彼が身に纏う柔らかく穏やかな空気は、周囲の人たちに安心感と落ち着きを与えている。
「【魔王】討伐の旅へ行かれると伺いました。
どうか私も一緒に連れて行ってもらえないでしょうか?」
私が両手を組んで見上げると、リュグド王子は、少し困った顔で笑った。
「あたなのように愛らしい女性が【魔王】討伐だなんて……
何か理由があるなら、聞かせてもらえるかな?」
私は、驚いて目を見開くと、リュグド王子を真っすぐ見上げて聞き返した。
「人を助けることに、理由が必要でしょうか?」