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天使のような悪魔

「あの子が【琳 楊賢】王子だったなんて……ルカ、知ってたならもっと早く言ってよ」


私に責められて、ルカがむっとした表情で眉を寄せる。


「そんなことを言う暇はありませんでした。

 姫がさっさと私を置いて中へ入って行かれるから……」


「だって、あなたを引き連れて歩き回るわけにはいかないじゃない。

 それにしても……私の婚約者にしては、ちょっと歳が下すぎないかしら?

 一体、いくつなの?」


「私も正確なご年齢は存じてませんが、婚約者候補の王子達の中で一番の最年少かと。

 歳は若いですが、とても勉強熱心で、頭の良い方だと噂に聞いております」


「とにかく、次からは、前もってちゃんと王子たちの特徴を教えておいてよね」


男の子の後を追って、私が馬屋の外へ出ると、門のところで待っていたルカが彼の名前を呼んだので、彼が王子だと判ったのだ。

もし、あのまま私が彼を見送ってしまっていたら、彼が王子だと気が付かないまま、すれ違いになってしまっていただろう。

ルカは、偶然そこを通りかかった風を装っていたけれど、楊賢王子は、見た目はまだ子供なのに聡いようで、私とルカの関係を訝しんでいるように見えた。

私は、自分が姫であることを隠したまま、半ば強引に【魔王】討伐の旅に私も同行することを彼に承諾させた。

最初、楊賢王子は戸惑っているようだったが、私が助けてもらった恩返しがしたいと強くお願いすると、意外とあっさり許してくれたのだ。

その時、王子の顔が何故か赤くなっていたように見えたが、どこか体調でも悪かったのだろうか。


楊賢王子は今、私の分の馬を調達するため、再び馬屋へと戻っている。

あとで落ち合う場所と時間を決めているので、それまで私は、次の王子の待つ場所へと向かうことにした。


「他の方たちは、商店街におられる筈です。

 旅支度のために、それぞれが必要な物資を買い求めているようですね。

 ただ……」


珍しくルカが言葉を濁すので、私は、意外に思った。


「ただ、何? 何か問題でもあるの?」


「レジェンス国のリアード王子は、その……大変申し上げにくい場所に…………」


一体どこにいるのかと私が聞き返そうとした時、ルカが足を止めた。

気まずそうな顔で私を見ると、視線を上にやる。

私がつられてルカの視線の先を目で追うと、そこには、見慣れない看板が出ている、何かのお店のようだった。


「ここは?」


「ここは、つまり……その……男が一時の慰めを買う場所と言いますか……」


「慰め? 何よもう、はっきりしないわねぇ。

 とにかく、リアード王子がここにいるのは確かなのよね。

 私が中へ入って確かめてくるわ」


「あ、ここは、姫様が行くようなところでは……」


私は、ルカが止めるのを無視して、店の中へと入った。


店内は、薄暗かった。

まだ朝だというのに、窓は全部閉め切られ、正面のカウンターに置かれた蝋燭の明かりだけが部屋の中を照らしている。

そして、香水のように甘く、頭の芯が痺れるような匂いがした。


「あら、可愛いお客さんね。

 お客さん……かしら?

 女の子は、いつでも大歓迎よ」


やけに艶めかしい女性がカウンター越しに声を掛けてくれた。

一体何のお店かと部屋の奥を覗こうとしたが、天幕に仕切られていて、何も見れない。


「あ、いえ。私は、お客ではなくて……」


「あら、それじゃあ、張り紙の募集を見て来てくれたのね。

 こっちよ、案内するわ」


「募集? いえ、私は……」


人を捜して、と私が言い終わる前に、その女性は、私の手を引くと、強引に部屋の奥へと連れて行った。

天幕の向こう側へ一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。

たくさんの女性が薄い布一枚を身に着けて長椅子に横になり、男の人から声をかけてもらうのを待っている。

中には、男女が絡み合いながら別の天幕の中へと消えて行く。

私は、ルカが言葉を濁していた理由を知った。


(ルカのやつ……あとで殴る!)


「なんだ、新入りか?」


女性に連れて行かれた先で、私に声を掛けてきたのは、私とそう年の変わらない天使のように可愛い顔つきをした少年だった。

周りにたくさんの女性を侍らせて、一際豪奢な長椅子に身を預けている。

白い肌に整った顔立ち、橙色の髪は、肩につくかつかないくらいの長さで切りそろえられ、宝石のように綺麗なエメラルドグリーンの瞳が私を見上げている。

そして、身に纏っている煌びやかな衣装と、難なくそれを着こなしている様は、それだけで身分の高さを物語っていた。

誰よりもこの場にそぐわない見た目をしているのに、誰よりもこの場にふさわしいような堂々たる態度をしている。


「ちょうど今、うちの募集を見て来てくれたんですよ。

 王子様と歳も近いですし、どうです?

 お気に召しまして?」


(王子様?! ってことは、この人がレジェンス国のリアード王子?)


「ちょっと待って。私、このお店で働くなんて、一言も言ってないわ」


私が女性の手を振り払うと、女性は、やっと自分の勘違いに気付いたようだった。


「あら、やだ。私ったら早とちりしちゃって……ごめんなさいねぇ。

 でも、お客でもなければ、募集を見て来たわけでもないって……

 お嬢ちゃん、一体何の用でここへ来たの?」


「私は、リアード王子を捜していたの」


私は、改めてリアード王子に向き合って言った。


「私も、【魔王】討伐の旅に同行させて」


「【魔王】討伐の旅? どうして?」


「それは、もちろん面白そう……じゃなくて。

 【魔王】を倒すために、少しでも力になりたいの」


リアード王子は、興味を失ったように掌を返した。


「それなら、他の王子を当たってくれ。

 俺は、【魔王】討伐には参加しない」


「参加しないって……どうして?

 アイリス姫を救うんじゃないの?」


「最初から俺は、この婚約話に興味などない。

 父王に兄弟の中から誰かが行って来いと言われて、観光気分で来ただけだ。

 第一、そんな危険で面倒なこと、何故俺様がやらなければいけない。

 そんなものは、城の兵士か、どっかの暇な王子にでもやらせておけばいいんだ」


「な、な、な……」


私は、開いた口が塞がらない。

だが、リアード王子の演説は続く。


「まぁ、浚われたアイリス姫は、可哀想だが、王子は、あと4人もいるんだ。

 俺が行かなくても、誰かが助けてくれるだろう。

 それに、いくら姫と言っても、顔も知らないんだぞ。

 不器量で性格のねじ曲がった化け物みたいな女だったらどうする。

 そんな女と結婚するなんて、俺は、絶対にごめんだね」


私は、無言でリアード王子に近づくと、その高慢な笑みを浮かべた綺麗な顔に向かって、渾身の一撃をお見舞いした。

ぐごっと鈍い音を立てて、リアード王子がのけぞる。

非力な女の一撃なのだから、たかが知れているが、私は、少しだけ気持ちがスッキリした。


「きゃー!」「いやー!」

「お、お嬢ちゃん、何てことを……」


周りにいた女性たちが叫び、真っ青な顔で見守る中、

私は、リアード王子に向かって人差し指を突き付けて怒鳴った。


「この最低のクズ王子っ!!

 性格のねじ曲がった化け物は、あんたの方よっ。

 あんたみたいなのと結婚なんて、絶っっ対に御免だわ!」


言いたいことを言ってスッキリした私は、くるりと向きを変えて、来た道を戻った。


(あんな王子、こっちから願い下げよ!

 先に本性が解って良かったわっ)


そのまま天幕を抜けて、店の扉に手を掛けた時、背後から誰かに腕を掴まれた。


「……お、おい。待てっ」


振り返ると、そこには、赤い顔をしているリアード王子がいた。

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