王家の墓での密会
これからどうしようか、と考えた時、
私の頭にまず浮かんだのは、お母様のお墓参りに行くことだった。
(……そうだわ。
出発する前に、お母様に挨拶をしてから行きましょう)
王家の墓は、盗掘から守る為、町から少し離れた森の中に造られている。
そこには、レヴァンヌ国歴代の王族達が葬られ、幾年もの時を経た神聖な場所だ。
もちろん、王族の者しか入る事は許されない。
(……ここは、いつ来ても変わらない……)
毎年、お母様の命日になると、お父様とルカの三人でひっそりとここを訪れていた。
周りの側近達に弱みを見せることをお父様も私も嫌うからだ。
お母様が亡くなってから、もう十年以上が経つと言うのに、
ここはいつも決して雑草で生い茂る事なく、手入れが行き届いている。
手入れを欠かさないよう、お父様が墓守に頼んでいるからだろう。
それは、お父様がお母様をどれだけ愛していたかという証でもある。
私は、何かあるとよくここへ来て、お母様に語りかけていた。
お母様は、私がまだ幼い頃に亡くなった為、お母様との思い出は数える程しかない。
それでも、優しかったお母様の声と、誰よりも綺麗だった笑顔は、今でもしっかりと胸に刻まれている。
例え答えは返ってこなくても、ここでお母様の墓石に語りかけているだけで心が落ち着くのだ。
(お城を抜け出して、王子様を捜しに行くだなんて……
生きていた頃のお母様が聞いたら、何て思うかしら?)
想像するとおかしくなって、くすりと笑みを零した。
お母様のことだ、それは素敵な考えね、と笑顔で応援してくれるだろう。
お前のお転婆なところは母親譲りだな、とお父様がよく小言を洩らしていた。
「……お母様。
私、もう一度、夢を見ても良いかしら?」
その時、アイリスの背後で誰かの足音が聞こえた。
「……やはり、ここでしたか」
声に驚いて振り返ると、そこには、軍服を身に纏った、近衛隊長ルカ=セルビアンの姿があった。
「……る、ルカ!?
どうしてここに……?」
「あなたは、何かある度にここへ来ていた。
……私が気付いていないとでも?」
今まで誰にも気づかれていないつもりでいたのに、ルカには、しっかりとバレていたようだ。
「今度は、私が尋ねる番です。
今朝は、他国の王子様方との面会がある事を御存知で?」
「……え、えぇ。知っているわ」
「そんなにこの婚約がお嫌ですか?」
私は、はっと表情を固くした。
ルカの私を見る目に憐みの色が浮かんでいるように見えたからだ。
(違う、そういうことじゃない……)
否定したかったが、どう言葉で説明すれば理解してもらえるのか分からない。
私が黙ったまま俯いているので、ルカは、それを肯定と受け取ったようだ。
「もし、このままあなたが戻らなければ、国際問題になる!
そうなれば、この国がただで済む筈がない事くらい、あなただってお解りでしょう」
ルカの表情から、その怒りの度合いが見て取れる。
当たり前だ。それだけの事を私はしているのだから。
ルカが溜め息をつく。
「実は、もう今更、姫が城に戻られても、どうにもできない事態に発展してしまっているのです」
「……え、それは、どういうこと?」
驚いて私が顔をあげると、ルカが困った顔で私を見ていた。
「国王陛下は、お集まり頂いた王子たちに、
アイリス姫は、【魔王】に誘拐されたと話されたのです」
「ま、魔王?!」
「【魔王】を倒し、アイリス姫を無事に連れ戻してくれた者を姫の婚約者とする、と」
「なっ、そんな勝手な!」
私の抗議に、ルカが恨めし気な視線を送る。
「勝手なのは、姫様です。
そもそも姫が城を抜け出していなければ、こんなことには、ならなかったのですよ」
それを言われると返す言葉もない。
「王子達は、既に【魔王】討伐の準備に取り掛かっています。
今更、間違いでした、では済まない事態にまでなっているのです」
「そ、そんな……」
「こうなったら、こっそり王子達のあとをつけて行き、
王子達が【魔王】を倒した後で、姫が姿を現せば、何とか……」
「そんな面白そうなこと、どうしてもっと早く言わないのよ!」
「…………は?」
「この国に、【魔王】がいるなんて話、私は、生まれて初めて聞いたわよ」
「え、えぇ……それは、私も初めて聞きました。
どうやら、古より伝わる伝説のような話らしく、
本当に【魔王】が存在するのかどうは……」
「決めた。私もその【魔王】討伐に参加するわっ」
「なっ、何を仰られるのです?
あなたは、【魔王】に浚われた、ということになっているのですよ」
「それなら、偽名が必要よね。
アイリスだから……【アリス】とかどうかしら?」
「つまり、身分を隠して王子達について行くということですか?
そんな無茶苦茶な……バレたらどうするんですか」
「大丈夫よ。ルカが黙っててくれたら、バレないと思うわ。
王子達は、私の顔も知らないわけだし。
それに、私の婚約者候補たちなんでしょう?
正体を隠して一緒に同行すれば、彼らの本性が見極められるじゃない」
「それは、まあそうでしょうが……第一、何と言ってついて行くおつもりですか。
【魔王】討伐に女性の身でついて行くと言って、受け入れてもらえる筈がありません。
それに、本当に【魔王】がいたとしたら、危険すぎます」
「理由なら、その場の成り行きで何か適当に考えるわ。
危険なら、ルカが一緒についてきて、私を守ってくれればいいのよ」
「そ、それは、まぁ……私がついていれば、姫に危険が及ぶようなことには、絶対にさせませんが……それとこれとは話が……」
「さあ、王子様たちを探して、【魔王】退治よー!」
「………………どうなっても知りませんよ、私は」