表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/11

【プロローグ】マゼンタ色の髪の姫君

 レヴァンヌ城にある美しい庭園に、一人の少女がいた。

少女が歩く度に、癖の付いたマゼンタ色の髪がふわふわと揺れる。

誰が見間違う筈もない。この城主の一人娘、アイリス=レヴァンヌ姫だ。


「はぁ、暇ねぇ~……」


 アイリスは、その日何度目かになる溜め息を吐いた。

城外に出ては行けない、と言われたから部屋に居たのに、

今度は不健康だと言われ、こうして追い出されたのだ。


(……部屋の掃除だなんて、毎日やってるのに。

 いくら明日が大切な日だからって、

 あの部屋のどこを掃除する必要があるのかしら)


 小国とは言え、一国の王女の部屋。

派手ではないが質素でもない煌びやかな調度品の数々に囲まれ、

部屋の隅から隅まで埃一つあってはならない、と言うのがメイド長の口癖である。


(みんな明日の準備で忙しそうだしなぁ。

 今、この城の中で何もする事がないのは、私くらいでしょうね)


その時、ちょうど回廊を通りかかったメイドたちがアイリスの姿を見とめて、何かを囁くのが聞こえた。


「あ、ほら見て。アイリス様よ」


「まぁ、本当。

 でも……お一人みたいね。

 こんな所で何をしていらっしゃるのかしら」


「やだ、あの御様子を見て解らない?

 きっと婚約の事がお辛いんだわ……」


「あ……そ、そうよね。

 いくら一国のお姫様だからと言って、見ず知らずの人と婚約するだなんて、

 辛くない筈がないわよね」


「お可哀相に……。

 そっとしておいてあげましょう」


 そう言って、メイドたちはアイリス姫に憐みの目を送りながら、その場を通り過ぎて行った。

 アイリス姫は、聞こえてるわよ、と心の中だけで突っ込みを入れながら、ため息を吐く。


「……図書室にでも行こうかしら」


 アイリス姫は、図書室のある方角に目をやった。

空は、まだ明るく、今日一日がとても長く感じた。


 レヴァンヌ城の一角には、誰も足を運ばない図書室がある。

たまにメイドたちが掃除に来るくらいで、普段は誰もいない。

アイリスは、こうして一人きりになりたい時、よくこの図書室を訪れる。


(やっぱり図書室は、落ち着くわ。

 静かで、本の香りが良いのよね)


(……それに、私を哀れむ目で見る人もいないし)


「……別に辛いだなんて、思ってないんだけどなぁ」


 誰ともなしに呟いた声は、誰もいないがらんとした図書室に陰を落とす。

それは、先程のメイドたちが言っていた事を肯定しているようで、

いたたまれなくなったアイリスは、手当たり次第に書物の背表紙を声に出して読み歩いた。


 アイリスは、このレヴァンヌ国で唯一の王位継承者である姫君だ。

彼女の母親が早くに亡くなった為、他に嫡子を持たないからである。


 レヴァンヌ国とは、周りを海に囲まれた島国で、大国とまではいかないが、緑豊かで平和な国だ。


 この国を狙った他国の王侯貴族らは、争うことなくレヴァンヌ国を手に入れようとアイリス姫との婚姻を求めた。

それは、レヴァンヌ国が他国に支配される事を意味する。


 そこで王様は、アイリスが16歳の誕生日を迎えるまで待つという条件で婚約話を引き延ばしてきた。

つまり、アイリスが16歳の誕生日を迎えたら、婚約者を決めなくてはならないということになる。


(明日は……私の16歳の誕生日…………)


 自分には決められた結婚相手がいると、

幼い頃から周囲に聞かされて育ったアイリスは、それを辛い事だとは思わなかった。

レヴァンヌ国の一王女として、それが当たり前の事だから。


(婚約者候補の方達って、どんな人なのかしら。

 明日の夜会前に、お会い出来るのよね)


 明日の夜会は、アイリスの生誕祝とは名ばかりの、婚約者お披露目会である。

正式な婚約発表は、また後日行われる事になるが、

その場の行動一つで、婚約者が決まる事になるであろうことは、誰に言われるまでもなく明白であった。

アイリスが聞いた話では、婚約者候補の王子様は5人いるという。


(世の中には、結婚相手を選べない人だっていると聞いたわ。

 私は、〝可哀相〟なんかじゃない)


 周囲の人達は、政略結婚をさせられる悲劇のヒロインとして、アイリスを扱う。

それは、彼女のプライドをひどく傷つけた。


「……あら、この本は……」


 ふと何気なくアイリスが口にした本の題名は、どこか懐かしい響きのするものだった。

本棚からその本を抜き取り、手に取ってみる。


「ふふ、懐かしい。

 昔、眠れない時によく読んでもらっていたのよね」


 その古びた表紙を捲って中を覗くと、

益々それは、アイリスに幼い頃の記憶を蘇らせてくれる。


「……ちょっと読んでみようかな」


 アイリスは、近くの椅子に腰を下ろして、その本を読み始めた。


 ~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~


 あるところに、ひとつの小さな国がありました。

 その国には、一人のお姫様がいました。

 そのお姫様は、たいそう美しく聡明で、その事は、他の国々まで広く知れ渡っていました。

 王様は、愛するお后様を早くに亡くした為、そのお姫様をそれはそれは大事にしていました。

 お姫様は、誰の目に触れることなく、お城の中で幸せな日々を過ごしていたのです。


 ある年、王様は新しいお后様を迎えることとなりました。

 お后様は、それはそれは美しく、その姿を見た誰もが息を呑む程の美しさでした。


 しかし、王様がお姫様を大事に想う気持ちを妬んだお后様は、

 ある日、お姫様を森の奥深くにある塔の中に閉じこめてしまったのです。

 王様は、突然に姿を消したお姫様を想って、嘆き悲しみました。


 そこで王様は、国中に次のような御触書を出しました。


 『お姫様を無事に見つけ出し、連れ帰った者をお姫様の婿としよう。』


 この御触書を見た若者達は、お姫様を手に入れる為、国中を探して回りました。


 それに困ったのは、お姫様を隠してしまったお后様です。

 様々な罠を仕掛けて、お姫様を捜す若者達の邪魔をしました。

 そのせいで、お姫様を探そうと試む若者たちが次々と脱落していきます。

 王様は、また嘆き悲しみました。

 もうお姫様を捜し出してきてくれる人は、いないのでしょうか?


 しかし、お后様の罠にも負けず、お姫様を捜し続ける一人の若者がいました。

 それは、とある国の王子様でした。

 そして、王子様は、とうとうお姫様が閉じこめられている塔を発見したのです。

 お后様は、居ても立ってもいられず、自らの姿を竜に変えて、その王子様の行く手を阻みます。

 それでも王子様は、勇気を振り絞って竜と闘い、ついに竜を倒すことに成功しました。


 こうして、お姫様を塔の中から助け出した王子様は、約束通り、お姫様と結婚し、

 二人は幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。


 ~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~


「……私と少し、境遇が似ているわね。

 私のお父様は、未だに独り身だけど」


 それは、何度も何度も読み聞かされた物語。

王子様がお姫様を助けてくれる件が特に好きで、

まだ字が読めない頃は何度も読んでくれとせがみ、

侍女を困らせたものだ。


 憧れていた、夢見ていた、幼い頃の記憶。

どうして忘れてしまっていたのだろうか。


「でも……」


「〝何故、塔に閉じこめられたお姫様は、

 自分から王子様を捜しに行こうとはしなかったのかしら〟」


 幼い頃に、そのような疑問を抱いて侍女に聞いた事があった。

 しかし、その度に答えはいつも決まっていた。


『そうゆう物語なんですよ』


 それでは納得出来ず何度も質問をするアイリスに侍女達は、

やはり曖昧な答えしか返してくれなかった。


 お姫様が塔から脱出できなかったから?

 自分を助け出してくれる人を試そうとしたのだろうか?

 それとも、自分を閉じこめた憎い継母をやっつけて欲しかったから?


 物語は物語なのだと、そう理解出来る年齢になった。

 しかし、物語のお姫様と自分の境遇が重なる。


(でも……でも、私は違う)


 この城から出ようと思えば出る事が出来る。

ここに居るだけでは、誰かを試すことも出来ない。

憎い継母もいない。


「私なら……

 待ってるだけのお姫様なんて、退屈すぎて死んでしまうわ」


 アイリスの心の中に忘れかけていた何かが込み上げてくる。

 そう、これは誰の物語でもない。

 『私の物語』なのだ。


「……ええ、そうよ。

 私がするべきことは決まっている」


――もう一度、夢を見たい。――


 その日の夜が明ける頃、レヴァンヌ城から一人のお姫様の姿が消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ