私とあったかい人
日向が好きだ。
あったかくて優しい。
単にそれだけ。
いや?
ストーブとかコタツも好きだから単にあったかい場所が好きなのか。
まだ、秋だというのに、吐いた息は白い。
コートを着て出てきたのは正解だったな。
私はなんとなくスマホの電源を切ってベンチの背もたれに体重をかける。
安全のために遊具が封印?された公園は平日の昼下がりということもあってか誰もいない。
昔はブランコとかジャングルジムで遊んだんだっけな。
使用禁止の張り紙のされた遊具を見ながら昔のことを思い出す。
たかが10年くらい前の話かもしれないが、それでもずっと遠い昔に感じる。
「おや?美人が1人で何してるのかな?」
視界の外から女の声がした。
知らない人だ。
何度か街でナンパされたことはあるが、女のナンパは初めてだった。
私がそいつを視界に入れないように遊具の方を見ていると、
「君だよ。美人が暇してちゃ勿体ないよ?」
そう言いながら視界に入ってきた。
暗い茶髪を腰のあたりまで伸ばしている。
染めているのだろうか。
顔はモデルみたいに整っている。
メイクもバッチリって感じ。
歳は20ぐらい?
私より年上に見える。
「なんか用?」
興味なさげに答えてみる。
いや、下手したら補導されるのか?
びじんきょく…?というあれだ。
「うん?なんもないよ。ただ美人が座ってるから絡みに来ただけ。」
なんだコイツ。
いつの間にか隣に座ってるし。
不意に花のような甘い匂いがした。
女は、ふぅ。と息を吐くと私の方を見る。
「君はどう思う?」
と、いきなり疑問を投げかけてくる。
反射的に、は?と答えてしまった。
「簡単な質問!君はこれどう思う?」
そう言ってスケッチブックを取り出してイラストを見せる。
「そういう商売は他を当たりなよ。私は金持ってるわけじゃないから。」
私が立ちあがろうとすると、女が私の腕を掴む。
結構、力が強い。
「そういうのじゃない!お願いだから見て!」
なんというか、必死な感じがした。
気のせいかもしれない。
けど、掴んでいる手の力がそれを感じさせたように思えた。
私はベンチに戻るとスケッチブックを改めて見る。
すらっとした女性の立ち姿。
至る所に書かれた注釈は服から伸びている。
どうやら服のデザインみたいだ。
「私にこういうのは期待されても困るんだけど。」
そう断って思ったことを言ってみる。
「ジャケットの色が濃い。もう少し薄い色のほうがいいと思う。これだと下のニットと喧嘩してる。」
あえて辛辣に言ってみた。
素人目に酷いと思うことはなかった。
けど、なんというか無駄に芸術的で、白い服をペンキに浸けたような印象だった。
「だよね!じゃあこれは?」
女は興奮気味に他のページを見せる。
これも同じだ。
色が喧嘩して、1人に対していくつもの色が強く主張して統一感がない。
そう答えると、女は次々にページを開き、その度、私に感想を求める。
隣でバタバタ動く女の長い髪が揺れるたびに花のような匂いがした。
なんとなく落ち着く匂いだ。
「あ…えっと…」
さっきまで子供みたいなテンションで話していた女が急にしおらしくなる。
「ちょっと…恥ずかしいんだけど…」
私はいつの間にか、女の髪を手にしていた。
「そう?綺麗だと思うけど?いい匂いするし。」
「ちょっ!嗅がないでぇ!」
慌てふためく理由がよくわからない。
サラサラで綺麗だ。
「暴れなくていいでしょ。」
私はそう言って女の頭を軽く押さえる。
「ひょぇぁ!」
なんだその鳴き声。
肩にかかった髪を揃えるように手にする。
「ひゅん!」
首に指が触れたからかまた変な鳴き声を出す。
じいちゃん家の犬みたいだ。
私は特に当てもなく彼女の長い髪をいじる。
「大変そうだよな。」
「いゃ…あの…確かに先生のセンスが少しズレてて…ダメ出しされて…自信無くなって…」
うん?
なんの話だ?
「いや、髪。私は面倒だから短くしてるけど長いと手入れ大変でしょ?」
ふぅ。
本当に落ち着く匂いだ。
なんの花だろうな。
ん?
右手の指にタコができてる。
やっぱりデザイナーってそういう感じなのか?
私は彼女の手を取った。
うわっ。
スベスベじゃん!
「ぇっと…?」
爪も綺麗に整えてある。
何より、あったかい。
私は無我夢中で彼女の指を撫でる。
「ゃ…っん…く、くすぐったい。」
「後ろ向いて。」
「へ?」
「後ろ向いて。」
彼女の髪の全てを手にしてみる。
鮮やかなそれは光のうねりさえ取り込み黄金色に光るようだった。
私はなんとなく彼女の髪を左肩から前に出す。
よくわからないが震えているようだ。
ふむ。
耳まで真っ赤にして、寒いのか?
体温高そうなのに。
私は後ろから抱きしめるようにする。
「あんたのそれ、綺麗だね。」
「ぁ…ぃや…ふぇっ?!」
ほんと綺麗な髪だ。
指に絡めると一本ずつ溢れていく。
まるで砂みたいだ。
そして砂が落ちるたびに落ち着くいい匂いがする。
思わずため息が出る。
「ひゃっ!」
うーん。
肌もスベスベ。
美人だ。なんていってナンパしてきたのが嫌味に思えるよ。
「ぁ…ぁのー?」
ふんふん。
「やっぱりあったかい。体温高いんだね。」
「そ…それは…は…はじゅかしぃ…からで…」
すぅぅ…。
うん。
食べてしまいたいぐらい甘い匂いだ。
だけどそれは良くない。
人として。
「ありがと。あんたいい匂いするしあったかくて気持ちよかったよ。またね。」
公園を出て家路に着く。
あったかいものを求めるのは私が冷たいからだろうか?
自分に冷めているから?
そう!
あったかいものを求めるのは私が自分に冷めているから!
うーん。
イマイチカッコよくない…
別に自分に冷めてるわけじゃないし。
木枯らしが吹いて思わず両手で自分の口に持っていく。
息を吐いて指先をあっためようとすると彼女の匂いがした。
よし。
おでん買って帰ろ。