母の赤い靴。
ふとした時に思い出してしまう出来事をまとめてみました。
理由はわからないけれど、ふとした時に思い出すことがある。
母の、赤い靴の話だ。
今から30年以上も前のこと、母が嬉しそうに見せてくれた1足の靴。
赤と白の2色で、白い部分には赤い小さな水玉模様。
甲の部分には小さな赤いリボンがついていた。
商店街の靴屋で割り引かれていたというそれを、
『思い切って買っちゃった!』と、母はとても嬉しそうに見せてくれた。
そしてその日の夕食時、母の買い物を知った父は、
彼女を怒鳴りつけた。
「いい年をしてこんな物を!」
「こんな若者の靴なんか履く年齢じゃないだろう!」
「見苦しい!」
「無駄な買い物をするんじゃない!」
このようなことを聞きながら、どんどん暗くなっていく母の顔を見ていた。
それから靴は靴箱に仕舞われて。
私の記憶の限りでは一度も履くことがないまま、数年後に母は死んだ。
私にとっては悲しい話なのに、何故か忘れられず、
何度も思い出してしまう話だ。
数年前、片付けをしにいった実家でこの赤い靴を見つけた。
買った時のまま、とても綺麗な状態で靴箱の奥に仕舞われていた。
今の感覚では決してお洒落とは言えない赤い靴。
それでも母のことを思い出し、ふと履いてみようと思ったのだが。
どうやっても入らない自分の足を見て、なんだか無性に悲しくなってしまった。
私はとっくに母より年上になり、足だってこんなに大きくなっていたんだ。
今の私なら、あの時の母に何か言えただろうか。
少しでも母の悲しみを和らげることが出来たんだろうか。
たまらなくなって、赤い靴をゴミ袋に突っ込んだ。
とにかく、悲しかった。
赤い靴はなくなってしまったけど、今でもふとした時にやっぱり思い出す。
本当は、私があちらへ行く時に持って行くべきだったかもしれない。
いや、1日でも早く届くようにこれでよかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、あちらでやっと赤い靴を履けた母を想像して、嬉しくて、悲しくなる。
なんとも言えない、ただの私の思い出ですが…
読んでいただき、ありがとうございました。