聞こえるのです
統合失調症の現状
聞こえるのです
作・三雲倫之助
静かに発狂する、そのようなことが可能なのだろうか。私のケースは私以外という外野からひっきりなしに悪口雑言が投げつけられて怯えの中にいる、それによりいつも鬱である。気層が怯えの感情に共鳴し、倍増する、気層それ自体も怯えなのだ、息をしても怯える、反抗しても怯える、迎合しても怯える、退路がない、怯えるしかない四面楚歌、更に怯えの濃度が増して臨界点まで届こうとする。だがそれを超えることはけしてない、完全に狂うまで行かず、完全に正気まで行かず、どっちつかずで揺れ動く神経の針、そのぶれの幅に私の怯えは比例する、苦悶し蠢動する私の脳、常に怯えている。喜怒哀楽は怯えで消し飛んでしまい一つの状態、怯えしか感じない、生きているがいつも眠りにつくと同時に死んでいたらいいと願うのが祈りとなった。それが叶うことはない、三年も続けて、その様なことを願うことは無駄、馬鹿だと思い知った。怯えが私に薄ら笑いを浮かべて暴れ回り、吐き気を催したほどだった。怯えはしばしば金縛りを伴い、フリーズした私に充満し、目だけが他人の声を追い、怯えを乞い求めるような転倒した関係になり、蛇が自分の尻尾を飲み込むような状況となる、人間の世界は怯えに満ちて溢れ出して私に襲いかかる、だが助けてと誰にも叫べない、言えない、一人きりの七転八倒、それも他人にばれないように密かに享受しなければならない、それが漏れたら罵詈雑言を浴びせかけられる、それは針のように静かに突き刺さってくる、誰にも知られてはいけない丸秘なのだ。私はアルマジロのように身を丸くし耐えるだけだ。このような時だけが与えられ、怯えの独裁は私を支配し跪かせる。そこには罵詈雑言、冷笑、蔑視の一々に怯える私が団子虫の丸くなった私がいる。そうしても怯えは私を追い続け苛み消えることがない、私の意識がある限り怯えは付き纏い苛んでくる、これが一秒たりとも休むことなく続けられ、気が休まることはなく十年となった。
医師は言った。
「この病気は一度発症して、治る人。一生、薬を飲み続ける人。入院し続ける人、この三例です」
この意味を勘違いした。一生飲み続けるとは薬で怯えがなくなるものと早合点した。薬を飲んでも怯えは治まらず、入院もできず、宙ぶらりんで世の中に、正確に言えば人の言葉の間を漂うことになる、けして根は付かず、怯えの中でどうにか世の中に浮かんでいる、足のある誰にも見える幽霊となったのだ。私に彼らの真意は掴めない、なぜならそこには怯えしかないからだ。罵詈雑言、失笑、蔑視。全てが私を否定するものだ。どうして一瞬でも私を褒めてくれる時間がないのだろうかとも思った、なぜ皆に蛇蝎のごとく嫌われるのか分からない、せめて一日に三十分、五分、いや一分さえあったら、それを糧にして辛い一日を今より遙かに幸福に過ごすことができるだろうに。心が安まる時間があれば私は救われるのだ。地獄に仏という言葉を信じられるだろう。仏はあらゆる所に現れる、鬼子母神のように極悪非道の鬼にも。もう二十数年になるが仏はついに姿を現さなかった。私の青春は壮年期は怯えの中で芽を出すこともなく消えた。その間友人知人の溌剌とした仕事ぶり、結婚、家族、出世を目の当たりにしに来た。悔しかった、だがそれよりもずっと怯えが勝っていた、なんでもばりばりと私の神経を食い尽くすのだ。仏も神もいない、それが私の意地となった。なぜだか、私に信念というものができた。怯えでは絶対に死なない、自殺しないと言うことだ、それが怯えへの私のできる唯一の抵抗だ。だが死なないというだけの人生とはあり得るのか、そこに一切の喜怒哀楽などありはしないからだ。その人間は何のために生きているのか。仏教はこの世は、生きることは苦だと宣言しながら、世の中の人々泣いて笑って人生を謳歌している、金を稼ぐ坊主さえもそうは思ってない、葬式仏教だからだ。肉食妻帯も禁止のはずが、結婚もよし、肉を食ってもよしとなった、快楽を求めたからだ、矛盾だ。私に尊厳死、安楽死は適応するのか。このことでも、怯えながら考えるのだ。怯えは罵る。
「お前にそんな余裕などあるのか、考えるだけ無理だ、我思う、ゆえに我ありか。ばかだ。世の中の大部分の人が考えずに働き家族を食わしているのだ、その中で慎ましく暮らし幸せを感じている。お前にはゴミの中で暮し、そこでなんて綺麗なんだろうと思っている一般大衆か。お前はそれにさえなれず、怯えて暮らしている。彼らが羨ましいが、それは酸っぱいブドウだと言う哀れな狐だ、嘘つきだ、その嘘つきは嘘つきの自覚さえもなく、自分は正直で善良だと思い込んでいる。貧しきものは幸いなり。それを爪の垢程も信じてはない、怯えだけがお前を生かしているんだ、それがなければお前は無だ。哲学的無ではない、生きた屍という意味だ。それに延命治療を必死に施しているのはお前だ。朝目覚めなければいいと思うのは、実は生きていたいというお前のマントラだ。お前は生きたい生きたいと願っていたのだ。そのようなお前が怯えでは自殺はしないだと、死ぬのが怖くてできないだけだ。小さくても英雄になりたかった。芥子粒ほどの英雄だがな。私は死にたくありません。世間の人に嫌われているお前が、一番世間の人だったってことだよ。初めて笑わして貰った。灯台もと暗しという奴だ」
こう言えばああ言う、上げ足取りがめんめんと続き切りが無い。部屋に籠もり窓を閉め切り耳栓をし毛布の中に隠れ胎児のように丸くなっても震えは止まらず、声は呟きだが一言一句クリアに聞こえてくる、そして呪詛が続く。働くこともできず、外を何の差し障りもなく歩くこともできず、一日中部屋に籠もっている。部屋に籠もるのが発作的に耐えきれなくなり、外に出る、異様な異風な風景が私を飲み込む、私だけが風景から滲み出て、皆の視線の先となっている、水族館の魚だ。軽蔑、唾棄、意味深な冷笑、全てに私は否定される、反論などで気はしない、怯えが脳裏に入り込み、風船のように膨れ上がり、いつ爆発するのかと縮み上がる。だが破裂はしない、境界で浮沈するばかりだ。思わせぶりだ、だが神経に障る、息の根を止めには入らない、生かさず殺さず、甚振るのが性癖だ。
私は笑わなくなった、友達は口を揃えてそう言っていた。そのことに気づいたのは罹病してから十年後だった。その間は一瞬たりとも心の安まるときはなかった。その時、私は已に三十五歳になっていた。
私は笑っているつもりだったが、他人から見れば顔を引き攣らせているだけだった。私はうまく誤魔化しているつもりだったが、そうではなかった。
両親、強い味方と思うだろうが、そうとは限らない、これが天敵である。私は喋らない、それは違う、否定することができないだけだ。詰まり話しかけられれば受け答えは必ずする、だが自分からはまず話しかけない、人間にいつも怯えているのだと言えない、言えば相手の顔が悪意に満ちた陰険な顔に見え激しい叱責が私を震え上がらせ、その怯えが話すのをブロックしてしまうからだ。
「寝て食って、いい身分だ。なんでもいいから働け」と父は言いたいところを、思いやりのある言葉のオブラートで包み諭す、だが腹の底は煮え繰り返っている、透けて見えるのだ。アメリカの大学まで行かせて中退で統合失調症、精神異常になって帰ってきた。だが見た目は以前と変わらない。授業について行けないので辞めて帰ってきましたでいいじゃないか。なんで嘘を吐く、父さんと母さんの親戚にも精神異常者はいない。世間体もある、働いてくれ、どんな職業でもいい、コンビニの店員、なんなら私の知り合いの警備会社の夜間の警備員でもいい。仕事をしないと、近所の目が五月蠅くなる。「オタクのお子さんは何をされているんですか、アメリカから帰って、余り見かけませんね、またアメリカへ行ったんですか」などと。普段はこちらが会釈をしても知らぬ振りのお隣さんが愛想良く話しかけてくる。母さんが息子はアメリカに留学しているとか、修士まで行くとかで、自慢げに隣近所に話すし、私は私で同僚に聞かれたら留学していると話しているし、精神病で帰ってきましたと言えるか。せめて英語が難しくてついて行けませんでしたとで一件落着としよう、それで世間とは折り合いが付く。私と母さんの弁解も少なくて済む。お前には期待していたんだ、だからアメリカにまで行かせたんだがな、お前が行きたいと言ったんだ。遅い思春期だった、そう思えばいい。それには部屋に籠もらずに外に出た方がいい。私と母さんから見たら、お前は全然変わってない、もともと話すタイプではなく、大人しい方だったからな。
「こういう時には仕事をすればいい、体を動かすんだ、そうすればお前のもやもやなどすぐ消える」勉強ばかりでは世の中を渡れん、私は貧しくて中学までしか行けなかった、だから子供たちには最高学府まで進学させると決めた。でも向かない子供もいる、私みたいに裸一貫で建設会社を建てて社長にまでなった者もいる。お前は私の血を引いている、一から自分で築いて行け、それもいい人生だ、立派な人生だ、先生や学者だけが職業じゃない、なんでもいい、仕事をしろ。お前は世間の噂の屈辱を知らない、いい笑いものだ。世間はお前の成功には目も呉れないが失敗には目を輝かせて食いつくんだ。そして私に言う、「大変ですね、お父さんも大変でしょう」野良犬の生肉の奪い合いだ。人の不幸は何よりも面白い世間話、娯楽なんだ。
するともう一人の親、母があなたを愛しているのよと告げた。私の脳裏には母の声で『あなたなんかを愛するって、無理な話、無い物ねだり、それぐらい分からないと、とんだ間抜けだわ」
どいつもこいつも、肉親も赤の他人も一斉に私を嘲笑しだした。私はあなたを全く知らないんです、なぜ私を蛇蝎のごとく忌み嫌うんですか、それは道理に合わないでしょう、それは憎悪犯罪ですよ、警察に訴えたい、マスコミに訴えたい。だが彼らも私の敵なのだ。寄って集って弱い者苛めですか、私は泣き寝入りで四六時中悶々不楽、気の休まるときがない。
友人が家に訊ねてきた。「近くまで来たから顔が見たくて寄ってみた」まずは中に入れ部屋に連れて行き、階下からペットボトルの麦茶を二つ持って行った。私は彼が何を言うのだろうかと怯えながら、顔を凝視し固唾を飲んだが、彼は元気だったかとスローカーブを投げて会話を始め、そのような挨拶のやりとりの後、異様な沈黙があった。探りを入れているのだろうかと不安になり、顔を見たが無表情に笑っていた。凍り付いたが私は思いついたように無理に引き攣った顔で笑った。「上間美春が結婚したよ」、俺たちも結婚する年になった、いつまでも遊んでいられない、仕事に本腰を入れなければと言っている。私が無職、つまり遊んでいることへの当て付け、忠告、私が友達付き合いが悪いことへの敵情視察に来た、どうもおかしいと思った。普通なら酒を飲もうと、晩になってから電話で誘う、ところが直接昼間に家に訪れた。もし私が不在なら、いや、私が外に出ないことを想定済み、引き篭もりの恐いもの見たさにやって来た。やはり家にいた、そして視察の結果を皆に逐一報告する。単なる好奇心か、「私は思ったんだよ、日本で大学に行くべきだった、そうすれば退学などと中途半端に終わらなくても済んだ、今のあいつは高卒だよ、就職はどうするんだ、前途多難だ、少年よ、大志を抱いて自爆かよ、夢を見て、足を掬われて、手酷く転んだ、もう立ち上がれません、皆に合わす顔がない、人生の敗北者、負け組の烙印を押された。アメリカへ行くまでのあの揚々たる気分、約束された将来、それに微塵の不安も抱かなかった、喜色満面の自分はいい面の皮だ、こうやって真綿で首を絞めてゆく寸法だ、なぜはっきりお前は世間の恥さらしだと言わないのか。だがそれを私には言えない、もしそうでないならば私はそれこそ異常であるとのレッテルを貼られ世間に流布することになる。歩いている私を見て、世間の奴らは、あのおかしい奴がお出かけだと、散歩だと、何見ているんだ、世間はお前に注目するほど暇でもないし、お前には人を引きつける魅力もない、しゃちほこばらないで普通に歩けないのか、いつも私は人の目を気にしていますとの神経過敏な奴、自意識過剰か、鏡に映る自分を大好きになったナルシストか、化粧に女装の趣味もありか、鳥肌ものだ。お前は真っ裸の上にコートを着たチンドン屋だ、どうぞ見てくださいと触れ回っている、だが誰も笑わない、それは醜悪で腐臭がする、生き腐れ、見たくないから、近づきたくないから目を背け、逃げるんだ。目障りだ、迷惑だ、家から出るな、公序良俗に反する、公然猥褻罪だ、いい年をして、子供じゃないんだ、恥を知れ。誰だ、そんなことを言うのは、口さがない奴は下品だ、言葉尻を捕まえてあげ足取りか、どんな格好をしようが、どんなことを言おうが、表現の自由の範囲内に収まっている、相手の、他人の自由を侵害しない、これが鉄則だ。だが他人と来たら私のプライベートにずかずか踏み込んでくる、そして言いたい放題、これでは一方的で、私は彼らの奴隷だ。いつの時代まで遡っているのだ、奴隷貿易か、アメリカの南北戦争、アジアアフリカの独立、外からトラックのけたたましいクラクションが鳴り響いた。あいつを見張れ、あいつとは私だ、びびっと閃いた、一挙手一投足を見逃すな、そしてラジオの電波に乗せてつぶさに報告しろ、あいつは如何にして天下に謀反を起こすのか、そのサンプルになる、顕微鏡の中の細胞だ、謀反の生成過程を観察し、それが個体になる前に抹殺する。このような奴がアメリカでは銃乱射を起こしている、ここなら包丁で無差別殺人だ、取り押さえられると人を刺してみたかったなどと真顔で言ってのける社会の害虫だ、ゴキブリだ、鼠だ。こいつらは我が物顔で侵入してきて凶器を持って暴れ回る、ただ興奮している獣だ、そんな奴は拳銃で射殺すればいい、目には目を歯に歯をだ、きっとそいつは死刑になりたいのだ、無差別乱射殺人犯を死刑のないフランスではどうするか。このまま監獄に入れて生かすと世論が許さない、だから逮捕の時に射殺してしまう。やはり復讐はしないと気は休まらないのだ、どうして皆は私に復讐するのだ、彼らに、他人に反旗を翻すことなく、黙って部屋で閉じ籠もり、外に出れば前だけを向いて他人の背中しか見ないようにまっすぐに歩いている、それも息を殺してだ、歩いていること、そこにいることを悟られたくないのだ、足音でさえ立てないように神経を研ぎ澄まして歩いている。だが彼らの些細な仕草に大きな私への悪意が手に取るように分かる、これ以上の何をすれば無視してくれるのか、付き纏わないのか、望みは何だ。「死ね」、もう一度行ってみろ「死ね」、そうか、お前は私に自殺させたい、生殺与奪の権利があるのか、お前に、「ない、提言だ、要望だ、世間から逃げて引き篭もり、年がら年中無為徒食、パラサイト、居候の穀潰し、それでいていつも怯えているだと、引き籠もったから、怯えるようになったんだ、何でもかんでも自分の都合のいいように解釈するんじゃない」
老人はいつものように公園でガキどもに笑われて家に戻り、一人息を引き取った。それから二週間後に異臭に気付いた郵便配達によって発見された。孤独死というもので、互いに助け合っていると信じていたコミュニティはかなりの衝撃を受けた。
私は誰からも干渉されたくないが、孤独死を享受する運命かと思うと自分は哀れな人生を送っているのだと骨身に染みた。
なぜか私の考えていることが公園の幼児にまでも漏れているのか。他人は私の心をいつから読めるようになったのか、以心伝心の友人以上の仲間か、笑わせる。そんなことは有り得ない。私の脳波によって彼らは私を読み解いて、じっくりと誹謗中傷する、プライベートな事まで知っている、そしてにやりとして、もうお分かりだろうと目配せをする。
私を横目で見据えて品定めをしている。生きていい人間か、社会の片隅で身を隠すように生き長らえる人間か、刑務所に収監される犯罪者か、精神病院を終の住処とする精神病患者か。
私は知っている、私以外の人間が私だけを標的にして笑い物にすることは不可能だと、しかし道を歩いていると出会う人全てが私を蔑み冷笑する。この事実が私を圧倒し、怖じけさせる。
なぜ変だと思いながらも声を無視できないのか、それでも声は聞こえ続ける、耳に侵入してくる、その声を消す術がない。今も私を蔑み罵倒している、きっとこれは幻聴だ。しかしのべつ幕なし聞こえ、私は怯え、一瞬も心の安まるときがない。
言葉の槍に刺し抜かれ、言葉の劫火に焼かれるのです。私は地獄とはこのようなことだと確信した。
声に攻められる日々が十年も続いて三十五歳になっている。二十四時間、肉親、友人、知人に悪口、嘲笑、罵倒に晒されて平気でいられますか、耳を覆ってもはっきりと聞こえるのです。壁をぶち抜いても外からの恐ろしい声が聞こえるのです。
外部の少しの変化が、人々の一挙手一投足が全体を覆う雰囲気の変化となってしまう。
外界と他者との間に境界がある。自分と他人とは異なるものであり、その間に相手側には通り抜けれる透明な壁があり、私には永遠に通り抜けられず触れられない相手側の私以外がいる。怯えは向う側から壁をすり抜け私に兵隊蟻のように纏わり付き死なない程度に少しずつだが確実に食い尽くす。私の人生はこのようにこれからも続く。
偶然見た教育放送の糞坊主の「私たちの心」への憤りだ。
ある精神科医が看取った生涯統合失調症から回復することのなかった患者が最後に正気に戻り、見守る肉親に今まで迷惑を掛けたこと詫び、感謝をし、医師にもお礼を述べて息を引き取ったとの感動的に美談のように最後を締めくくった。
死ぬ間際になって、自分の病の一生を歯軋りし振り返り、世界はがらりと様相を変え、静かな怯えのない以前の状態になり「もっとできたのに」との痛烈な挫折感が襲う。
病気に翻弄された一生を悔いさせ、正常者の都合のいいようなハッピーエンドで終わらせる転倒したヒューマニズムだ。
狂っていても、私は私だと叫んで、たとえ怯えの中でもそのように死にたいと思う。
聞こえることの辛さ、悲しさ、死ぬ間際の正気をどのように捉えるか。私と他人の違い。