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願わくば、幾千万のスキルを  作者: 追々タマネギ
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プロローグ 

 

 俺― 田堂(たどう)(かえで)のこれまでの人生を振り返ると、特筆すべきことや取り上げて語りたいこともないが、それなりに幸せで順調なものだったと思う。


 その中で最も記憶に残っているのはやはり、駅のホームで電車を待っている時に、先日リストラを告げた元部下に包丁らしきもので脇腹をグサリと刺されたことだ。普段からジムに通ってたくせに、いざという時に俺の筋肉は全く役に立たなかった。彼の恨みがこもった一突きは深く深く身体に入り込んでいき、熱を持った痛みが俺を襲った。一瞬で死を悟った。


 冷たいコンクリートの上に倒れ込み、浅い呼吸を繰り返す。脳内で走馬灯が流れる中、俺の瞳に映った最後の景色は、恨みに染まった元部下の鬼のような形相だった。




(さて、現実逃避はこのくらいにしてそろそろ現状と向き合うとするか)


 楓の意識は、生前の記憶から眼前に広がる光景に戻る。それはどこまでも続く真っ白な空間であった。すでに平衡感覚を失いそうになっている。


「あのー、田堂楓様。よろしいでしょうか?」


「あぁ…はい。すみません、もう一度ご説明をお願いします」 


 これぞ女神といった西洋風の美しい顔をした女性が楓の返答に少し困り顔をした後、元の貼り付けたような微笑みに戻る。というか顔は少しぼんやりとして、身体も強く発光しており、よく見えない。何となくの判断でしかない。


「もちろん、何度でも説明しますよ。

 この度、田堂様には私の管理する世界―アルシラに転移してもらいます。その際にどんなスキルでも取得できる能力を授けます。そのかわり、その能力以外でスキルを取得することはできません。その点はご了承ください」


 転移にスキルと、訳の分からないことを言われ、楓は困惑していた。元来、神の存在や非科学的なことを信じていなかった楓にとってはかなり衝撃が強い内容だった。


(とりあえず、気になることを片っ端から聞いていくか)


「いくつか質問があるのですか、よろしいですか?」


「いいですよ。時間が許す限り、いくらでも」


 時間制限があるそうなので、早速、楓は質問をぶつける。


「では、まず、なぜ私は転移しなければならないのでしょうか?」


「転移の理由は、世界をやりくりする中で余ったリソースの処理です。無作為に選ばれた人の中で最も適性が高かった田堂様が転移する運びとなりました。こちらの事情に巻き込んでしまい、申し訳ないです」


 なんとも事務的な理由に、楓は少し微妙な気持ちになる。


「ついでに言うと、田堂様が元々いらした世界の担当者の協力のもと、異世界間の転移自体はすでに済んでいます。この空間も一応、アルシラの一部なので」


(おいおい…、神とは何とも理不尽だな。そもそも拒否権はないのか……)


 終わったことはしょうがない、と気持ちを切り替え、次の質問へと移る。


「先程仰っていた、スキルとはどのようなものなのですか?」


「端的に言いますと、先天的な特性や後天的な技能・技術などを世界に認識させるものです」


(世界に、認識か。…よくわからん)


「概念的なものですのであまり難しく考えないでください。アルシラでは、魔素によって魔物という凶暴な生き物が生まれます。その魔物から身を守る力こそがスキルであるというのがアルシラでの主流な認識です。」


 女神から魔素や魔物といった、何ともファンタジーな説明がなされる。


「では、スキルを取得し多くの魔物を殺すのが私の使命ということですか?」


「いえいえ、そんな必要はありませんよ。田堂様を転移させた時点で私の目的は達成しておりますので。強いて言うなら、既存の生態系を大きく崩すのはやめてほしいですね。後処理がとても大変なので」


(これといった使命や縛りを付けずに異世界人という異物を放逐するのか……。かなり危険なことだと思うが、神からしたら大したことではないのだろう)


「承知しました。女神様に迷惑をかけないように最大限努力いたします」


「そんなに畏まらなくてもいいですよ。固くならずにのんびりと生きていただければ幸いです。」


 機嫌を損ねたら存在ごと消されかねない神相手に気を緩めるなんてできるわけないだろうが、という言葉を飲み込み、楓はさらに質問を重ねる。


「ところで、私が転移するアルシラとはどのような世界なのでしょうか?」


「そうですねぇ。魔物に対抗するために、スキルの中でも特に『魔法』の発達が著しい世界です。田堂様がもといた世界のような化学面の発達はほとんど見られないですね。ですから田堂様からしたら文明レベルが低いと感じるかもしれません」


(まぁ、魔素や魔物なんてものがある時点で魔法があることはある程度予想はついていた。文明レベル云々も暮らしていけば慣れるだろう)


「また、存在する種族は多い順に普人族、獣人族、地人族、森人族、そして魔人族がおります。さらに細かく分類することはできますが、あまり意味はないのでここでは言及しませんね」


(普人族は普通の人間、獣人族は狼男や猫娘みたいなことなのか?地人族はドワーフで森人族はエルフ。そのままでわかりやすいが、最後の魔人族だけはよくわからんな。名前的には悪魔っぽいが詳細はわからんな。)


 楓が次の質問を考えていると、突如女神が申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。


「っ!……すみません。そろそろ、お時間になってしまいました。今から田堂様をアルシラの地上へ転移させていただきます。転移先に何かご希望などはございますか?」


 急かすように聞かれるが、楓にはこれといって希望はなかった。


「そうですね。出来るだけ人が少なく、安全な場所でお願いします。」


「わかりました」


 女神の発する光が徐々に強くなり、ついには真っ白な空間を光が満たす。あまりの眩しさに楓は目を開けることができなくなった。


「では、田堂様の二度目の人生に幸多からんことを」


 女神の言葉を皮切りに、楓の意識は少しずつ遠のいていく。その中で楓はやっとの思いで目を開くと、女神は貼り付けたような微笑みでこちらを見つめていた。


(最後の最後まで、その嘘…くさい、表情か……よ)


 ―楓は意識を完全に失った




 楓を送り出した女神はその場で立ち尽す。そして、引きつる顔を揉みほぐしながら、いつのまにか現れていた玉座に倒れ込む。


「あーあ、疲れた疲れた。やっとここから追い出せたわ。今回の転移者は質問の多い面倒なタイプだったなぁ。まぁ、こういうやつは大体長生きするんだよなー。スキルを取得して、まだまだ余ってるリソースを程よく使ってくれれば、文句はないけど」


 女神は少しの間ダラけながら、世界の様子を確認した後、転移した楓の様子を観察する。


「……あ!ヤベ。転移先が大森林になってんじゃん。転移なんて久しぶりだったから、細かい調整ミスったなぁ。このままだとあいつすぐに死ぬな。………。そしたら次の査定に響くしだるいなぁ。…とりあえず『身体能力上昇』と『自己再生』でも付けとくか。よし、これで仮にすぐ死んだとしても、本人の能力不足ってことにできる!完璧だ」


 自身の判断に満足した女神はすぐに観察をやめ、そのまま永い永い眠りについた。


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