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第2話「仲間にする相手はちゃんと選ぼう」


 開拓地生活2日目。

 

 昨日はリリーが倒したジャイアントグリズリーを解体するのに悪戦苦闘するだけで1日が終わり、なんとか見た目は悪いが、皮と食べるための肉に分けることが出来た。

 

 冒険者時代にもユーキはギルドの下仕事などで、狩られて来た獣の解体などを手伝ったことがあってある程度の勝手はわかっていたし。昨日はもう領地へ帰って行ったが、騎士たちからワイルドボアなどの大型獣の解体の仕方も教えてもらい、それを早々に実践できたのもよかった。


「皮は普通に布団なんかに出来そう!」


 生活レベルが早速上がりそうで、ユーキは目を輝かせた。

 ちなみに、ジャイアントグリズリーの肉はとても血なまぐさくて調理するのが大変だったが、リリーはあまり気にしていなかった。


「(こういったところは種族の違いなんだろうか?)」


「どうかしたのお兄ちゃん?」


「なんでもないよ。おいしい?」


「うん!」


 残りの肉は干し肉にした。持ってきた塩を大量に使うことになったが、保存食は大量にできた。これでしばらく飢えに悩まされることはないはずだ。



「よし!今日は飲み水の確保だ!」


「おー!」


 次の日、ユーキとリリーは飲み水の確保に動いた。


 持ってきた水はまだあったが、昨日の解体のときなども汚れを落とすのにも使ったうえ、生活用水や飲料水、さらにもしもの事を考えると優先事項は一番上だとユーキは考えたからだ。


「お兄ちゃん、こっちー?」


「…うん、こっち!」


 地図とにらめっこをしながらユーキがリリーを連れて森を歩く。


 もともとユーキ達が住むことになったこの開拓村は何十年か前に1回放棄されたが、前住人たちはある程度の情報を残してくれていたらしい。ユーキが支給された地図もその産物の1つだ。


 ユーキたちは村の近くに流れているはずの川に向かって歩いていた。


「(きっと前の開拓村の住人も適当にあの開拓地を選んだわけがない。生きるためには水を最優先に考えなきゃいけないし、きっと生活用水や飲料水としても利用できる川の近くにあの開拓村を建設したはずだ。だからこの地図に載ってある、この川が今後の俺たちの生きていくための生命線だ)」


 村から出て、森を進んでいくこと数十分。2人の耳に川の流れる音がしてくる。それを聞いて、2人がその音の方に近づくと、段々とはっきりした音に代わり、途端に開けると、目の前に川幅の大きな川が現れた。


「うわーおっきな川だー!」


「水だー!」


 目の前に広がる川に2人共思わずテンションが上がった。


 透き通った水が太陽の光に反射してきらきらと輝き、2人の目を刺激し、川に転がっている石や岩に生している苔や水草が目を癒した。よく見ると転がっている石や岩の間を川魚が悠然と泳ぐ姿を見ることが出来た。


「お兄ちゃん!あれ!おっきな魚がいる!」


「マジか!釣り出来るじゃん!夢だったんだよ渓流釣り!」


 そうやって、2人はしばらく川岸で騒いだり、靴を脱いで少しだけ足を川につけたりなどをして楽しんだ。


「(川幅の割には水深は俺の膝くらいか。流れも速くないし、いざとなれば川の向こう側にわたることもできそうだから、川が逃げ道を塞がれる事もなさそうだな)」


 そうユーキが目の前の川を観察しながら強かに考えていた。


「(…いずれはこの川の水を開拓村に引きたいな…ま、そのうちだな)」


 そう一瞬考えもしたが、現状人手も道具も足りないため、しばらくはここから水を調達しようと考え、当座、2人は家の近くに水源を手に入れることが出来、水の心配をしなくてよくなった。



「ふっふふーん♪」


「はぁ…はぁ…」


 あれからしばらくして、2人は村へと戻ることにした。無論手ぶらで帰るわけがなく、ユーキは持ってきた水筒全部に水を満杯に入れたリュックを背負い、リリーは薪代わりに使える枯れた枝を腕一杯に拾っていた。


 ちなみに、水筒が全部入ったリュックをユーキが背負ったとき、リリーが心配そうに「…おにいちゃん、重いならわたしももつよ?」と言ってくれたが、男の威厳にかけてユーキはそれを断った。そして心ながら後悔していた。


「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」


「大丈夫だよ。だから先に帰ってな…はぁ…はぁ」


「わかったー」


 なけなしの強がりをユーキが言うと、リリーは小走りで村へと先に帰って行った。


「はぁ…はぁ…お、重い…でもこれを毎日しなくちゃいけなくなるのか…」


 額に大粒の汗をかきながら先のことを考えて思わず気が滅入ってしまった。


「どうにかしなきゃなぁ…リリーが力持ちだからリリーに任せるって手もあるけど、リリーが病気で動けなくなったりしたときは俺がしないといけないし、なによりリリーに任せっきりにしてたらダメだよな…」


 現状、2人の間で決まっていることは、リリーが昨日のようなワイルドボアなど村に近づいた獣の退治。一方でユーキの仕事はリリーが倒した獣の解体や採取、簡単なモノの修理ぐらいだ。明らかにリリーの方が危険度は高く、重労働なのだ。


「…やっぱり人手が足りん…どうすれば…」


 ぶつぶつと呟きながら、どうしようかとユーキは頭を悩ませた。そして考えれば考えるほど、今の状況が絶望的にまずい状況なのだと再確認できた。


「…やっぱあの脳内ゴリラ野郎クソだわ…」


 ユーキの頭にヴィンセントの顔が浮かんだ。イメージの中でもあの取り繕った作り笑いと、細めただけの目で「ちゃんと内容を確認しない方が悪いんですよ」とユーキを小ばかにしてくる。


「…絶対に見返してやるからなあのゴリラぁ…」


 そう言って、ユーキが勝手にめらめらと燃えていると、村の方からリリーが「お兄ちゃん!」と言って、ユーキに向かって走ってきているのが見えた。


「おお、リリー。どうししししししし」


 リリーがユーキに駆け寄ると、ユーキの肩をつかんで思いっきり揺らした。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、落ち着け!何があったリリー!?」


 ガクンガクンと揺れた反動で声を揺らしながらユーキが言う。するとリリーがユーキの肩から手を離すと、不安と興奮したような声で口を開いた。


「い、家にしらないひと?…がいるの!」


「?…え、ちょ、なんて?」


「だから!家にしらないひとっぽいのがいるの!」


「ひとっぽいって何だよ!?そこ疑問形にしちゃダメだろ!」


「もう!じゃあはやく来て!」


 そう言うと、リリーはユーキの手を引っ張って村の方へ連れて行った。

 家の近くまで来ると、ユーキは家を出る前と今とで風景が違うことに気づいて「あれ?」と声を出した。


「…干し肉がない…なんで?」


 家の前に干していた干し肉がなくなっていたのだ。

 昨日ユーキが苦労して作っていた、ジャイアントグリズリーとワイルドボアの干し肉を、家の玄関近くで汚れないように板の上に大量に並べて干していたはずだがそれがほとんどなくなっていた。


 ユーキが呆然としていると、リリーが声を潜めて「…お兄ちゃん、アレ…」と言ってある一点を指さした。


 ユーキはリリーが指さした方を見ると、家の近くに置いていた荷車の上で、口の周りに食べかすをつけてお腹を膨らませたミニサイズの人間が大の字になって寝ているのが見えた。


 よく見ると、すらりと伸びた形のいい鼻に健康そうな白い肌で清楚そうなイメージを持たせそうな顔の造りをしているが、口の周りに付いた食べかすや大きく開けた口からよだれを垂らしているせいで清楚さなんかみじんも感じなかった。


「?」


 ユーキとリリーは顔を見合わせると、そのミニサイズの人間におそるおそる近づいて観察した。


「(ワンピースを着た、30~40センチくらいの人間?)」


 最初ユーキはそう思ったが、ミニサイズの人間は寝返りを打って背中を見せると、そのミニサイズの人間の背中から羽が生えているのが確認できた。作り物かとも思ったが、呼吸に合わせて時折ピクッと動いており、この羽が目の前の人間の体の一部なんだということがユーキは何となく理解できた。


「コイツ…もしかして妖精ピクシーか?」


 ユーキが思わず声に出していた。ユーキは咄嗟に「やべっ」と思い、ユーキは自分の口をふさいだが、目の前のピクシーは「むにゃむにゃ」と言いながら、またごろんと寝返りをうった。


「へへへ…もう食べられねぇ…」


「(…すごいベタな寝言いうなコイツ)」


「…どうしよっかこのひと…」


「…うーん」


 リリーが困ったような顔をユーキに向けてきたのでユーキは唸りながら腕を組んで頭を働かせた。


「(どうするかな…でもせっかく作った干肉食ったのってコイツだしな)」


 そう思いながらユーキが昨日の悪戦苦闘を思い出し、しばらく考えたのち、「よし」と呟くと昨日下ろした荷物の山からおもむろにロープを取り出した。



「う~ん…ん?あれ?」


「あ、おきた」


「なに?なんで人魔族がここにいる…ってええ!?」


「お、お兄ちゃん、しゃべった!」


「ああ、そしてうるさいな」


「な、なんなのデス?アナタたち…!?なんでワタシは縛られてるのデスか!?」


 あれから数十分後。


 ユーキは目の前のミニサイズの羽が生えた種族。ピクシーを捕まえることに決めた。

そのため、ユーキはリリーを見張らせている間に荷物からロープを持ってくると、逃げないようにピクシーをロープでぐるぐる巻きにしていた。


「なに?なに?どういう状況なのデス!?」


 捕まったピクシーは自分が置かれた状況にとても驚いた様子で慌てており、縛られている自分、縛っているロープから延びている先を持ったユーキ、そして後ろから興味深そうに見ているリリーと何度も往復しながら視線を動かしていた。


「くっ…まさかワタシが人間なんかに捕まるなんて…!」


「…縛った俺が言うのも何だけど、お前全然起きないのな。捕まえるのメチャクチャ楽だったぞ…」


「うう…アナタたち何が目的なのデスか!?ワタシが何したって言うんデス!」


「いやお前、俺たちの干し肉勝手に食っただろ」


 悔しそうにユーキを睨みつけながらピクシーがそう言う言葉に対して、ユーキは少し呆れた調子で残骸となった干し肉を指さすと、ピクシーは少しばつが悪そうな顔をした。


「う…仕方ないじゃないデスか。ここのところほとんどご飯を食べれなかったんデスから…」


「なんだそりゃ」


「!だから!悪いなーって思ったんデスけど、お腹がすいて倒れそうだったから少しもらっただけなのデスよ!」


「どこが少しだよ!ほとんど食っちまってるじゃねぇかよ!あの量がその体のどこに消えたんだよ!」


「いいじゃないデスか!あんなに一杯あったんだから!ひもじい思いをしているピクシーの1人や2人、満腹にさせてあげても罰はあたりませんよ!?」


「1人か2人どころか、それ以上の分を盗み食いしたやつが開き直るな!」


 そう言って、ピクシーとユーキはお互いににらみ合い、バチバチと火花が出そうなくらいの一触即発な雰囲気になる。しかし、その一方で、リリーはピクシーのことをしげしげと見つめようやくぽそりと口を開いた。


「…おねぇさん、ピクシーなの?」


 ピクシーはリリーの方を見ると、ユーキとにらみ合ってた時と違い、余裕のある表情を浮かべた。


「あら、もしかしてアナタは妖精族ピクシーを見るのは初めてデスか?」


「うん」


 リリーが目を輝かせながら頷いた。それを聞いていたユーキは「(へー)」と思いながらリリーの方を振り向いた。


 こちらの世界では、妖精族ピクシーは森の精霊の眷属と呼ばれる種族で、みんな総じて小さく、蝶々や蜂のような羽が生えている。そのため、腕力などは他の種族よりも劣っているが、魔法の扱いに長けた種族として知られている。


 大昔には神聖な森の奥深くに妖精族だけの王国があり、そこにだけ妖精族は住んでいたとされていたため、その神秘性や見た目の美しさから昔のおとぎ話では妖精族がよく出てきている。しかし、今では妖精族は普通に森以外にも進出しており、よっぽどの田舎やピクシーの相性的に悪い熱帯や寒冷地帯はともかく、大きな都市部でも見かけるようなそこまで珍しくもない存在になっていた。


 実際ユーキも前に住んでいた街で妖精族の旅人や冒険者を見かけることが多かったので、初めての接触と言うわけではなかった。


「(ピクシーを見たことがないって人は、この世界ではそこそこいるけどまぁ珍しいってぐらいだよな。リリーが住んでいた場所ってどんなところなんだ?)」


 ユーキはそう思いながらリリーが両親と前に住んでいた場所を想像し、「(田舎?それともピクシーが嫌うような熱帯?)」と勝手に想像していた。

 そうユーキが想像していると、目の前のピクシーは縛られた状態だが居住まいを正して優雅にお辞儀をした。


「では、ご挨拶を…こほん。はじめまして。ワタシ、妖精族のソアラと申しマス。以後お見知りおきを人魔族のお嬢さん」


「はじめまして!私はリリーだよ!そしてこっちはお兄ちゃん!」


「俺はユーキ。よろしく」


「リリーさんにユーキさんデスね…とても素晴らしいお名前デスね…ではワタシはこの辺で失礼させてもらいマスわ。それでは…」


 そう言うと、ソアラと名乗ったピクシーはピョンと地面に降り立つと小走りで森の方へ逃げようとした。


「あたっ!」


 しかし、ロープの先はユーキが持っているので、少し走ったところでこけてしまった。


「いたたたた…何をするんデスか!今更デスけど、初対面の人をいきなりロープで拘束するなんて今までどんな教育を受けてきたんデスか!この変態!」


 顔を赤くしながら、ソアラが叫んだ。


「人の家のものを盗み食いする奴が言うな!何どさくさに紛れて逃げようとしてんだよ!」


 ユーキがそう言うと、ソアラはぐるぐる巻きの状態で尊大な態度で「う、うるさい!うるさーい!」と叫んだ。


「まったく!1度も話したことのない初対面の女の子をいきなりロープで縛るなんて、束縛系彼氏もびっくりデスよ!それに困っている人を助けることも出来ないなんて、ワタシよりも体が大きいのに心はワタシよりもちいさ―」


「リリー、キャッチボールしようぜ。ボールコイツな」


「ごめんなさいデス。謝りますから許してください」


 ユーキがソアラの胴体部分を掴んで驚かすと、ソアラは別人になったかのように先ほどの態度を変えた。


「許してくださいよ~…ほんとうにここ数日何も食べれないまま森をさまよってて、魔力も底をつきかけてたんデスよ~」


 ソアラが涙目になってしおらしく訴えてくる。それを見てリリーはさすがにかわいそうに思い、ユーキを宥めるように話しかける。


「お兄ちゃん、さすがにかわいそうだよ。おねえさんを離してあげたら?」


「!ほ、ほら!彼女さんもそう言ってマスよ!?」


 リリーの言葉に、ソアラは希望の光を見たかのように表情を輝かせるとリリーに便乗するように言った。


「調子いいなお前…それに彼女じゃねぇよ。妹」


「え?いもうと?」


 ユーキの言葉にソアラは「?」の表情をして、ユーキとリリーを交互に見比べる。


「ほえ?本当に?でもアナタは人族で、ソッチは人魔族だし…たぶん年だって…」


「まぁそれは色々あったんだよ。確かに、俺とリリーは血は繋がってないけど、今は義兄妹きょうだいだよ」


「うん。わたしとお兄ちゃんはきょうだい!」


「…ほーそうだったんデスか…」


「うん、そうだったんです」


「…てっきり彼女に「お兄ちゃん」って言わせるそういうプレイなのかと…」


「お前ほんとブン投げんぞ?」


 ピクシーと言うのはおとぎ話では神秘的な存在だが、やはり生き物なので個性があるのはしょうがない。しかし、ソアラはその中でも変わっている部類の方だったらしい。ユーキはここまでのソアラとの会話から、そのことをなんとなく察することが出来た。


「ぷれ?…お兄ちゃん、今のってどういう意味?」


「リリーは知らなくていいんだよ」


 純真無垢なリリーの疑問をそうかわすと、ユーキは掴んでいたソアラの体を離すとソアラと向き直った。


「いいか?今からロープを解くけど逃げるなよ?」


「も、もちろんデス!なんなら食べた分働きます!」


「本当か?じゃあ大人しくしてろよ?」


「ハイ!」


 そう言ってソアラが自信満々にそう言うのを聞くと、ユーキはソアラをぐるぐる巻きにしていたロープを解き始めた。


「あ、ちょ、ちょっと!どこ触ってるんですか!」


「ああもう動くなよ。解きにくいだろ」


「で、でも…あッ!」


「お、おい変な声出すなよ」


「出してませんよエッチ!」


 そんな会話をしながらユーキがロープを解くのに悪戦苦闘をしつつ、なんとかあと少しでロープが解ける、となった時ソアラの目がギラリと鋭くなった。


「ッ!」


 ソアラはロープが解ける一瞬を狙うと、素早く背中に生えている羽を羽ばたかせると、一気に空へと舞い上がった。


「ああっ!」


 リリーが声を上げたころにはソアラはユーキやリリーたちよりもずっと高いところに飛んでいた。


「へへーん!自由になった今はもうこっちのもんデス!」


 ソアラは上空でユーキ達の頭上をブンブン飛び回りながら勝利宣言をするように大声を出していた。よっぽどうれしいのだろうか、もう捕まえられないと知っているからなのか、かなり余裕のある表情になっている。


「おーい食った分働くんじゃなかったのかー?」


「ふーんだ!あんなのウソ八百のから約束デス!誰が働くもんデスか!」


 ワハハハハ!と高らかにソアラが笑う。


「え、え…どうしようか?お兄ちゃん?」


 リリーがソアラを見ながら不安そうにユーキに聞いてくる。それに対して、心配ないと言わんばかりにユーキは笑って見せた。


「大丈夫問題ないよ…クソー今度見つけたらただじゃおかないからなー」


「ワハハハハ!心配しなくても2度とこないから安心してくだサーイ!ではサイナラー!」


 そうソアラが言うとビュンッ!とスピードを上げて森の方へ逃げて行った。リリーはその姿を呆然と見ており、しばらくした後「行っちゃった…」と呟いた。


 しかし、ユーキは手をパチンと叩くと「よし!変なのも帰ったし、片づけるか」と言って、さっきまでソアラを縛っていたロープや干し肉を片付け始めた。


「え、ええ!?いいの?お兄ちゃん!」


「いいのいいの。どうせ捕まえててもどこかで逃げると思ってたし。だったら、ここに来たらヤバそうって言うのを覚えさせてさっさと逃がそうと思ったんだよ」


「そんな淡々と!?」


 ユーキはリリーが驚くのを横目に説明を続ける。


「確かに作った食料が食べられたのは驚いたけど、食べられたものはもう戻らないんだし、獣に食べられたと思って諦めるしかないよ」


 そうユーキは淡々と説明した。


「(それに、あのままロープで縛ったまま働かせてもあの小さい体じゃ肉体労働もできないだろうなっていうのもあったけどな)」


 そう思いながらユーキはソアラがあの小さい体に大きな水瓶を運ばせる姿をイメージしたが、どう考えても虐待にしか見えなかった。


「で、でもまた来たら…」


「そんときはそんときさ…ま、あれだけ驚かせたんだからよっぽどのことがないとまた来ないって。本人も2度と来ないって言ってたんだしだいじょーぶ!大じょーぶ!」


 リリーの不安そうな声にユーキは楽観的にそう答えると、ユーキは今晩の夕食はなんにしようか考えていた。


 



 ユーキとリリーとの2人だけの開拓村に思いがけず初の訪問者(食い逃げ犯)があった後、ユーキとリリーは夕方になるまで薪木になりそうな枯れ枝を拾う傍ら、開拓村を囲んでいる森の浅いところをぐるりと歩き回っていた。他に食料になりそうな食べ物が自生していないかを確認するためだった。

 結果は芳しくなく、季節でもないからなのか自生している食べることが出来そうなものは発見することが出来なかった。


 その後、自宅と定めた家にユーキとリリーが戻り、干し肉に適さなかったワイルドボアの脂身肉などを調理して「明日は何しようか?」と話しながら夕食をとっていると、コンコンとドアをノックする音が鳴った。


「!?」


 いきなり鳴ったノックの音にユーキとリリーは驚いて顔を見合わせると、ユーキはゆっくりとドアに近づくと、これまたゆっくりとドアを開いた。


「ど、どうも~こんばんはデ―」


バタン!


 ドアの前に飛んでいた人物を確認するとユーキは勢いよくドアを閉めた。


「ちょっ、ちょっと!なんでいきなり閉めるんデスか!?」


 ソアラが勢いよくドンドンと扉を鳴らす。


「…お兄ちゃん、いまのって…」


「幻覚。幻。これは夢!2度と来ないって自分で言ってた奴が1日も経たないうちに戻ってくるわけないだろ!」


 そう言って、ユーキは頭を抱えて呆れ調でそう言った。実際頭の中で「(気のせいだ。気のせいだ)」と繰り返し念仏のように唱えているが、どうやってもやっぱり、扉はドンドン来訪者を告げているし、「開けてくださいよ~」と、扉の外で半べそをかいているソアラの声が聞こえてくる。


「…はぁ~~」


 ユーキはしばらく考えた後、大きなため息をついて扉を開けた。

 すると、そこにはやはり昼間に会ったソアラが飛んでいた。


「ああよかった!やっぱりアナタはいい人です!」


 そう言ってソアラは目を輝かせた。


「また調子のいいことを…ん?お前なんか傷だらけじゃね?」


「あ、ほんとだ。どうしたの?」


 リリーがユーキの後ろからソアラをのぞき込む。

 実際、ソアラは昼間にユーキ達から逃げて行ったときよりも、体に切り傷や引っかき傷が多くなっていた。


「いやあ…それが色々ありまして…それよりも」

 

 ソアラは歯切れの悪い感じで続ける。


「…あれから逃げたのはいいデスけどなかなか大変だったというか、1人じゃ無理だなぁ~と思い直したというか…」


「?」

「?」


「すみませんでした!1人じゃこの森で生きていくのは無理なのでこの家に居候させてください!」


 そう言うと、ソアラはふわふわと地面に着地すると、見事なまでの土下座をした。もしこれが漫画であったならばきっと「ビシイッ!!」っという風に効果音が書かれていただろう。


「…」



ギイ……

…ガン!



 ソアラの土下座を見てユーキは無言のまま扉を閉めようおと思うと、閉めさせまいと小さな手がすべりこんできてがっしりと扉を掴んだ。


「ちょ、ちょっとなんで無言で閉めようとするんデスか!」


「うるせぇ!食い逃げした奴を居候させるなんて冗談じゃねぇ!そんな余裕はウチにはない!」


「そんなこと言わないでお願いしマスよ!さっきも暗がりの中で獣に襲われるし、危うく食べられそうだったんですよ!?このままじゃ食べられて死ぬか、空腹で死んじゃいマス~!」


 そう言って、ソアラが本気の懇願をしてくる。森の獣に食べられそうになったことがそうとう応えたのか、昼間にユーキから逃げるために言ったその場しのぎの嘘とは違うかなり切羽詰まったような声だ。


「お願いデス~!見捨てないで~!」


 遂にはソアラがワンワンと泣きだした。それを見たリリーが哀れに思ったのか、リリーがユーキに喋りかけた。


「お兄ちゃん、ゆるしてあげよ?かわいそうだよ」


「お前なぁ…昼間のを見ただろ?コイツ下手したら働くどころか飯だけ食ったらまた逃げるかもしれないんだぞ?」


「おねがい!あたしがちゃんとめんどう見るから!」


「ウチはペットは飼えません!ダメです!」


「聞こえてマスよ!私は犬や猫じゃないんデスよ!?」


 ドアの隙間からソアラのガーンとショックを受けたような声でツッコミが入った。そしてなおも、ソアラは扉を開けようと力を入れてくる。ユーキも力を入れて閉めようとしているが、生存本能なのか火事場の馬鹿力なのか、その小さな体のどこにあるのかと疑問を持つような力を出してくる。


「うぐぐ…もう諦めろよ…!」


「ぬぬぬ…絶対いやデス…!」


 ユーキとソアラが二人でドアを逆方向で引っ張りあい、ドアがプルプルとしている。両者とも必死になっていると、リリーがほほを膨らませた。


「もう!お兄ちゃんのわからずや!…えい!」


 そう言うと、リリーはユーキが閉めようとしていたドアの隙間に指をするりと入れるとそのままドアを難なく開いた。


「え?」


「おわっ!?」


 するとユーキは後ろに倒れ、反対に外にいたソアラはふわりと家の中に入ることが出来た。

 ソアラとユーキが突然のことで呆然としていると、リリーはソアラを手のひらからすくい上げるように優しく拾い上げ、笑顔でソアラに話しかけた。


「よろしくねソアラちゃん。ようこそわたしたちの家へ!」


「よ、よろしくデス」


 ソアラがまだ驚いた様子だったが、とりあえず頭を下げた。

ユーキは目の前のことを呆然と眺めていたが、はっと我に返り口を開いた。


「リ、リリー!」


「いいでしょお兄ちゃん!困っている人は助けるべきだよ!」


「でもそれとこれとは…」


「ほら!お兄ちゃんも人手がほしいっていってたじゃん!ソアラちゃん、これからはリリーと一緒にお兄ちゃんのおてつだいできるよね?」


 リリーがそう言うと、手のひらにいたソアラが素早くコクコクと頷き、リリーも笑顔で「ほら!」とユーキに向かって言った。


「~!!…わかった、わかったよ」


 ユーキはいろいろと反論しようとしたが、確かにこのままソアラを追い出すと獣に殺されるだろうなと思い、さらに実際問題、この開拓村を開拓していくのに人手はいくらあっても足りない状態であったため、結局はソアラを家族として認める結論になった。


「ただし!面倒はお前が見ろよ!」


「うん!わかった!」


「だ、だからワタシはペットじゃな、ぐえっ」


 ソアラがユーキ達のペット扱いに反論しようとすると、リリーから抱きしめられた。


「やったあ!よろしくね!ソアラちゃん!」


「ぐえええええ…わかりましたからギブギブ…ユーキさん助けて…」


「とりあえず、夕食の途中だったけど、ソアラの分も作るから座って待っててくれー」


「聞いてー!」


 ソアラの悲鳴を余所に、ユーキはもう一人分の夕食の準備を始めた。



 開拓生活3日目。

 水場を見つけた。

 ソアラ(ペット?)が新しい住民、もとい仲間に加わった。


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