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夏の日ー遠い思ひで  作者: 江戸熊五郎
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織田家の純太(好きな様にして)

純太と直子の話が続きます。織田家での二人の様子です。

僕は、その日は其の儘織田のおじさんおばさんの家にとどまる事になつた。何でも家から電話があつて、僕をいいやうに使つてくれて良いとかだつたらしく、僕としてはもはや処置なし状態だつた。


「好きなように、か。まあ、煮るなり焼くなり好きにしてくれつてところだな」と僕は独り言を言つた。


おばさんと当の女の子は二人で台所に入つたまま出てこないし、おじさんはおじさんで、何やら書斎に入つたまま。結局なんだか僕一人居間に取り残されて仕舞つた。仕方なく、おじさんから借りたラジオのスイッチを入れ、NHK第二の気象情報を聞くことにした。気圧配置を理解して置くことは、今後の天気の動向を知ること。島では命に関はる事でもあるから、等閑なおざりには出来ない。普段は専門の用紙に書き入れるのだけれど、今日は仕方ない、おじさんに言つて、裏紙を貰つてきた。場所と風力、気圧を順に記録して、其れを後で書き写す事にした。


「ウラジオストク、東の風、風力三。千十三ミリバール。天気は晴れ‥」


黙々と読み上げられる都市の名前と気象情報をすつかり書き留めた丁度その時に、おばさんと二人で、女の子‥「直子」は出てきた。


「純太君、お迎へお疲れさまだつたね。外は暑かつたらうし、西瓜でも食べなさい。よく冷やしてあるから」


おばさんはそんな事を言つて大きな西瓜を切つたものを皿に盛つて持つてきたかと思ふと、大きな座卓に人数分皿に取り分けて並べてみせた。


「あ、はい。いただきます」


確かに僕は喉が渇いていた。何時もこんなになることはないのだけれど、何だつて今日はこんなに喉が渇くのだらう。良く冷へた西瓜にバラバラと塩を振つて、ワシワシとかぶりついた。


「純ちやん、明日は天気が良い様子だから、直子に島を案内してやつてくれない?私もちよつと手が離せない用事があつて。大丈夫かな?」


おばさんがいきなり切り出してきたので、少し僕は戸惑つた。でも、まあ、予想してゐた事だし、勿体を付けても始まらない。


「分かつた。島の案内でいいんだよね」

「助かるわ。今日は歓迎の会を夕食の時に一緒にするから、純ちやんも一緒しなさいね。今夜は此方に泊まつていく樣にお母さんには話したから。一番奥の仏間が純ちやんの部屋よ。ゆつくりしてらつしやい」


もう、ああもかうもなく、全部決められてゐるんだ。まあ、いいけどね。それはさうと‥


「あの純太さん、私、とても楽しみにしてこの島まで来たんです。ご迷惑かも知れませんけれど、宜しくお願ひします」と女の子‥直子と云ふ名の女の子が云ふ。


「あ、全然迷惑なんかじや‥。なんでも聞いて。あと、えつと、名前といふか、あだ名とか、東京でじや友達になんて呼ばれてたのかな?」

「え?ええと、直ちやんとか、あとは、短くナオ!とか‥」

「じやあ、僕も君の事をナオつて呼ぶからね。僕の事は純太か純とかでいいから。なんか堅苦しいからさ、直子とかさ、話しにくいから」


僕がさういふと、「ナオ」はとても嬉しさうに顔を輝かせた。


「嬉しい!そんな風に呼んでくれるなんて!じゃあ、純君、此から宜しくお願ひします」

「ああ、もうお願ひはいいよ!其れより、おばさんの料理、本当にご馳走だから。島の魚も最高だからさ。沢山食べて栄養取らないと。明日途中でばてちまうぜ」


そんな僕と「ナオ」の遣り取りをおばさんは目を細めて眺めてゐた。


何はともあれ、遠くからわざわざこの島迄来てくれたんだ。歓迎の気持ちで接しないといけないもんな。それに病気の療養だとかいふし。僕はなんとかは風邪を引かないで、風邪一つ引かず元気だけが取り柄ってやつだからなあ。まあ後は流れに任せて、と。其れにしても僕の心臓はどうしてしまったのかなあ。ナオと話すとドキドキが止まらないんだけれど。何かの病気なのかな‥


僕は早速ナオを連れて、神子の浦の展望広場に向けて、軽い散歩に出掛けた。ナオの体力が心配だつたけれど、ナオは健気に散歩を続けた。海が見へる展望広場迄来ると二人は立ち止まつた。ナオは僕より二、三歩離れた場所で、午後の海風を気持ち良ささうに受けてゐた。ナオの長い髪がサラサラとひらめいてゐるのを僕はじつと見てゐた。


「あら?」

「あ?」


余程僕はナオの髪を見詰めてゐたのか、暫くするとその視線に彼女は気が付いた様子だつた。


「私の髪の毛、何か付いてる?」

「あ、いや。何でもないよ」


またしても僕の心臓は早鐘状態だつた。もう早めに散歩は打ち切つて戻ることにしやう。‥


その日の夜は、確かに「歓迎会」だつた。織田の姉さんも、ナオの事が可愛くて仕方ないらしく、始終何かかつかと話しかけてゐた。すつかりご馳走になり、風呂までいただいて、奥の仏間には布団迄敷かれてゐた。なんだかこんなにお客様扱いされて、ちよつと申し訳ない気持ちにもなつた。其れだけ、ナオは織田のおじさんおばさんから大事にされてゐるのだらう。僕も気合いを入れて相手をしないといけないな。


天井の木目を見ながらそんな事を思つてゐる裡に、いつの間にか眠りについてゐた‥


翌朝。僕は夏休み中、朝は大体五時位に目を覚まして家の手伝い等をするのだけれど、今朝は少し寝坊をして、気が付くともう七時を回つてゐた。織田のおじさんおばさんの二人も当然の様にあれこれ働きはじめてゐた。島の暮らしは夜明けと共に始まり、日没で終了する。例外もあるかも知れないが、そんな自然の流れに沿つた暮らしが基本だ、と僕は思ふ。


顔を洗いに洗面所迄行くと、歯ブラシコップが僕の分は僕の分として用意してあつた。

モショモショと歯を磨き、口を漱ぎ、顔を洗ふ。寝間着の浴衣のままだつたので、仏間に戻り、短パンに半袖といふ、夏の何時もの格好になる。浴衣を畳み、布団を上げ、お仏壇に手を合わせてから、居間に向かつた。


居間ではナオが卓袱台に本を広げて読んでゐた。


「おはやう」


僕が声を掛けると、ナオは視線を本から上げ、僕の方に向けた。


「おはやうございます。純君もやつぱり早いのね。私は興奮して早くに目が覚めて仕舞つたの」

輝く樣な笑顔でそんな事をナオは言ふ。


「朝ご飯、私も未だなの。一緒に食べよ!」

「う、うん!」


ナオは栞を挟み本を閉じ、卓袱台に手を突いて立ち上がると、トコトコと台所に向けて歩き始めた。僕は僕で、一緒に歩き始めた。少しだけナオが前を歩く。台所では織田姉が食器を片付けてゐた。


「あ、お早う。父母、私はもう済ましてしまつたけれど、二人とも慌てなくていいからね。そこ用意してあるから。食べ終わつたら水に浸けてをいて。後はいいから」


織田姉はそんな事を言ふ。


「んじゃ、お言葉に甘へます。織田姉は今日はお出掛け?」と、僕。

「さうよ、一軒しかない島のお店でお手伝ひね。その後は、此方に戻つて家の手伝ひ、と。何時の通りよ!仕事仕事!後で店にでも寄りなさい。直子紹介したいから」

といいながら、パチンとウインクしてみせる織田姉。


「分かつた。後で行くよ」

そんな遣り取りをナオはじつと側で見てゐた。


「随分と‥」

「え?」

「随分と真知子お姉様と親しくしてゐるのですね‥」ナオが蚊の泣くような声で聞くので思はず聞き直して仕舞つた。

真知子お姉様とは、つまり織田姉の事だ。


「え、仲良く?織田姉と?仲良くつていふか、まあご近所付き合いつてやつかな?何しろ島は狭いし、お互い樣な事ばかりだからね!」

「さうですか‥分かりました‥」

「?」


僕はガキだから何も分かつてゐなかつたのだけれど、後で聞いたらナオは二人の様子がちよつと悔しかつたのださうだ。其れはまたずつと後の話。


(続く)

この後、二人は島内を彼方此方に出掛ける様子です。またお楽しみに。

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