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夏の日ー遠い思ひで  作者: 江戸熊五郎
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孫娘が聞いた昭和な祖母の過去

昭和五十年代でしたか、アマチュア無線と関連した「少年漫画」が当時のある出版社の雑誌に掲載された事がありました。今思へば何と云ふ事の無い内容でしたが、不思議と記憶に残つてをり、出版社に問い合わせてみた事があります。しかし、余りに漠然とした情報しかない為、どの号に掲載されたか、当の出版社もお手上げ状態でした。


仕方ない。無いものは作りださう。


記憶に残る物語を大幅に拡大しながら執筆してゐます。

「じいじ!ばあば!來たよ!」


どこまでも青く高い空と果てしなく廣がる海。兩者を分ける水平線が大きなカーブを描き出すのは、地球の姿そのもの。この島に嫁いで早や三十五年。東京都青箇島といふ島の名前などよりも、今はただこの地で幸せに過ごせてきたことに感謝する日々。


舊式の柱時計が十二時を告げるのとほぼ同時に、大きな聲と共に飛び込んできた少年一人。續いてやや照れくさげに玄關の土間に入つてきた少女が一人。

穩やかな毎日の連續でも、時に若々しい命が目の前に現れると、矢張り氣持ちは暖かなものとなる。


「まあ。まあ、いらつしやい。ヘリコプターは搖れなかつたかい?」

「ううん、全然。八丈島からあつといふ間だつたよ!ぴゆーんつてね!」


私の名前は河合直子。この島に嫁いでから、三人の子供達に恵まれ、彼らが島で育ち、そして各々巣立つていつた。今は子供達である彼らの間に合はせて五人の孫達がゐる。今日、たつた今、元氣な聲を聞かせてくれたのは、次男直太と嫁の由美子夫婦の長男圭一郎。孫の中でも一番年下。


「圭くん、あんまりはしやがないで。あ、おぢいさん、おばあさん、一週間お世話になります。これ、お父さんとお母さんから」

さう言つて親から渡された手土産を差し出すのは、孫の優子。長女だけあつて、あれこれ弟の事が心配らしい。


「まあ、まあ、有難うね。二人とも疲れたでせう。上がつて麥茶でも飮みなさいな」

「をう、來たか。上がれ、上がれ」


普段は顰め面の多い夫も孫達が顏を見せると相好を崩すのは何時もの事。


「じいじ、僕達が來て、嬉しい?」

「ああ、そりやあ嬉しいさ。をを、大きくなつたな。どれ抱つこしてみるか」靴を玄關に脱ぐや否や一直線で夫にところに驅け寄つてきた圭一郎をさう言つて抱き上げる。


「いや、これは、これは。一年で隨分と成長したもんだ。じいじびつくりだなあ」

「あなた、これ」


孫の優子が持つてきた土産と一緒になつてゐた息子夫婦からの手紙を手渡す。


「どれどれ。ああ、直子すまないが佛壇にある眼鏡をとつてくれないか」

私の背後にある佛壇から、眼鏡ケースごと取り上げて夫に手渡すと、夫は早速封を破つて讀み始めた。


「何だつて‥ふーん、さうか」と云ひながら讀み終はつた手紙をひよいと私に手渡した。


讀むと、直太の嫁の加奈子さんからだつた。子供達を預ける事に對する禮と、そしてもう一人、孫が増へさうである事の報告だつた。


「まあ‥」


餘り身體の大きい方とは言へない加奈子さんが三人目を授かるなんて。思はず佛壇の前に坐り直し、ご先祖樣達に心の中で報告と感謝をし、手を合はせた。氣が附くと優子も私の隣に坐り、線香に火を附け、線香立てに插したかと思ふと手を合はせた。


「さすがお姉さんね。きちんとご先祖樣にご挨拶するのね。偉いわね、立派よ。圭一郎、けいちやんもこつちへいらつしやい。一緒にチンしませうね」

「分かつた!チンする!」


圭一郎は夫の膝から飛び出してパタパタつと佛壇の前に掛け寄ると線香を一本手に取つた。


「姉々、線香に火を附けて。一人でするとすぐお母さん怒るんだよ」


そんな事を云ひながら、姉の優子に了解を求めながら、線香に火を附けるのを催促してゐる。優子は默つて線香を受け取ると燈明の蝋燭からすつと火を受け、數瞬燃えた線香を手で煽つて火を消した。煙が立ち籠める樣が面白ひのか、圭一郎は目を輝かせながら、一連の動作を追つてゐた。


「はい、圭一郎のだよ」

「うん」


圭一郎は頷くと器用に線香を線香立てに插すと、佛壇の前にある坐布團の上にちよこんと正坐し、きちんと背筋を伸ばした。鈴棒を取ると、愼重に一囘鈴を鳴らした。子供の心にも儀式めいたものが何かを感じさせるらしく、しをらしさを見せながら兩手を合はせてゐる。讀經でもないのに鈴をならすものではないとか、色々と煩ひ向きがあるのは承知はしてゐるものの、五感を通して幼い子供が祈る氣持ちを妨げる氣にもなれない。


「ご先祖樣に挨拶した!」


さう云ふとぴよんと飛び上がり、夫の方に再び驅けてゐつた。


「じいじ、またじいじとばあばのところに來たよ!姉々もさうだよ!じいじとばあばの事大好きだからね!」

「二人とも手を洗つていらつしやい。一番奧の部屋をあなたたちの爲に用意してあるから。二人とも普段着に着替へていらつしやい。よく冷えたスイカがあるわよ」


私がさう言ふと圭一郎は即坐に反応して、


「スイカ!僕スイカ大好き!」

と、一目散に手洗ひに向かつて部屋から飛び出していつた。


「圭一郎、走ると危ないよ‥」と姉の優子は言ひながらも、圭一郎が可愛いのは一緒の樣子であつた。


二人が見へない間、夫は珍しく、煙管を取り出し縁側で刻み煙草を詰め始めた。


「あら、あなた煙草は隨分昔にお止めになつたはよねえ?だういふ風の吹き囘しかしら?」

「ん?ああ、市販の紙卷きは身體に惡いがナ。純然たる刻みはちと違ふさうだよ」


そんな事を云ひながら、夫は煙管の先に詰めた刻みに火を附けると、大きく吸ひ込んだ後に、大空に向けて煙を吹き出した。


「ああ、孫が來たときに吸ふ天然の刻みは格別だなあ」


優子と圭一郎が戻る間に、私は臺所に立ち、冷藏庫から半分に切つたスイカを取り出し、更に二囘疱丁を通し、子供達に食べやすいサイズにして皿に盛り附けた。


「さあさ、スイカよ。タンと召し上がれ」

「やつたあ、スイカだ!ばあば、お鹽頂戴。ばあばのところのお鹽、スイカに凄く良く合ふよね!」


何時は夫と二人の坐卓はやや廣過ぎると感じるものだが、今日は子供達が二人増えて、廣い十二疉ある居間も活氣づいてゐる。


「いただきます」


二人は手を合はせると、さすがに喉が渇いてゐたとみへ、子供には大きいかと思はれた西瓜に、ぐいぐいとかぶりついて行く。小さな圭一郎すら、みるみるうちに平らげて仕舞つた。


「ふー、ご馳走樣。ちよつと休憩ね」

「圭一郎、お行儀惡いよ。それにほら、玄關に靴を脱ぎつぱなしでほつたらかしなんだから。今夜からお泊まりなんだから。ちやんとしないと」

「いいのよ、慌てないで、ゆつくりしていきなさい。一週間は長いのだから」

「有り難うございます」


優子はべこりとお辭儀したかと思ふと、圭一郎を促し、玄關に向かつた。


「まあ、なんだ。孫つてのは、可愛いもんだな」


樣子を一部始終眺めてゐた夫がそんな事を言つた。いつの間にか、煙管を仕舞つた樣子である。


「あなたは昔から子煩惱でしたからね」と私が言ふと、よせやい、とばかりに手でしつしと追ひ拂ふ手眞似をした。

二人が戻ると、圭一郎は早速夫の手を取つて言つた。


「ねえ、じいじ!また島の探檢に連れていつて!僕冒險したくて冒險したくてうずうずしてゐたんだ!」

「をを、元氣だな。まづは慣らしから行くか。靴は持つてきたか。あ?さうか、洒落た靴じやあすぐに汚れちまふからな。じやあちよつくら行つてくるか」

「ちよつくら行つてくるか!」


圭一郎が夫の口まねをする樣子が可笑しく、私はくつくつと笑つてしまふ。


「圭一郎、あんまり我が儘を言つてじいじを困らせては駄目よ。あ、おぢいさん、宜しくお願ひします」


優子は夫に頭を下げ、少し不安さうな顏つきであつた。


「ああ、そんなに心配せんでも。遠くにはいかんから」

「よ、宜しくお願ひします」


優子は同じ事を二囘言つて、なんとか自分の不安を打ち消してゐる樣子であつた。


「行つてきまーす!」


半袖に麥わら帽といふ出で立ちで圭一郎は縁側の向かう側から手を振る。それを後ろから手を腰に囘して見守り附き添ひする形の夫。


「行つてらつしやい」


聲は屆かないにしても、私と優子は居間から手を振つて二人を見送つた。


「さて‥」

茶卓の上を片附けて、臺所の洗ひ物を濟ませようと立ち上がつた丁度その時だつた。

(続く)

...こんな感じでお話が続きます。大体原稿用紙で百枚程度になりさうな気がします。宜しければ引き続きお付き合ひ下さいませ。宜しくお願ひ致します。

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