3.勇者一本釣り
投稿が滞り、本当に申し訳ありません。
「ほほう!」
デランは、目を輝かせながら、シャープとテーブルをはさむ位置にある椅子に座った。
「なるほど、モス=エイスロウのパーティー一行が、ロープの結び忘れで死ぬなどありえないと」
「モスのオヤジに限って絶対にない」
シャープは声のトーンを数段落とした。だが、その声音の怒気が衰えることはなかった。
「一体、どんな証拠でこんなふざけた報告書を書いたのかは知らないが、はっきり言って侮辱以外の何物でもない。オヤジがそんなミスをするはずがないんだ」
「なるほど、なるほど……」
デランは二度、ゆっくりと頷くと、テーブルの脇に置いてある箱を手元に引き寄せて、その蓋を開けると、シャープに見せた。エリカも、なにが入っているのか気になって、さりげなく箱の中身を見た。
箱の中には、使い込まれたロープが二つ、とぐろを巻いて入っていた。
「これが何か、わかりますか?」
「……ああ。オヤジの使っていたロープだ」
シャープがそう答えた。
「ダンジョンの入り口付近にロープの端を括り付けて、探索をするんだ。自分の歩いた道にロープを垂らしながら。こうすれば、ダンジョンの中で遭難することもない。
オヤジは厳格だった。俺たちに、ロープの長さが足りなくなったら、すぐに撤退をしろと叩き込んだ。たとえ、十数メートル先に宝のありそうな場所があってもだ。ロープなしで探索は絶対にさせなかったし、しなかった」
「ふむふむ」
デランは頷いて、箱の中のロープ二塊を両手にとった。
「どうぞ見てください。こっちが、ダンジョンの入り口に残されていたロープ。こっちがパーティーのご遺体の近くにあったロープです。ロープはそれぞれ七十リール(一リール=一メートル弱)ほどの長さがあります。遺体が発見されたのが、入り口から約百七十リールといったところでした。
パーティーは、ダンジョンの入り口にロープの端を結んだ後、七十リールほど進んだところで、一本目のロープが限界の長さまで達したので、二本目のロープを一本目のロープに結び、探索を開始したのでしょう。
で、ちょっとこの、ロープの端のほうを見てください」
デランは、両方のロープの先端を、シャープに見せた。
「……綺麗なもんだな。岩とかですり切れたわけではない。かといって、人為的にナイフで切られたような跡もない」
シャープはじろりと、デランを見やった。
「ロープとロープをつなぐの結び目が不適切で、ほどけてしまったという結論になったわけだ」
「その通り、ついでに、その時間帯、他パーティーがモス=エイスロウのパーティーと同じところにいたという記録はないので、第三者がほどいたという線もないでしょう」
デランが自信たっぷりに言い切る。
が、一方で、シャープはため息をついた。
「……あんた、ダンジョンを大して知らないな。
ま、そんなことだろうとは思った。見ればわかるさ」
シャープは健康的に脂肪を付けたデランの腹を呆れたように眺めた。
「お前はデスク仕事しかやってない」
「げ……現場にも出てるっすよ」
いたたまれなくなったエリカは、デランをフォローした。シャープはエリカの方をちらりと見ただけで、すぐデランに視線を戻した。
「ダンジョンで死人が出た時限定なんだろう。普段のダンジョンの様子がどうなのか、お前はわかっていないんだ。違うかい?」
シャープの指摘はかなり痛いところを突いたに違いないが、デランは表情を変えなかった。
「なるほど、確かに、ウチの人手不足は問題です。実際にダンジョン探索を行って、ダンジョンの実際を知ったり、クエスト受付嬢たちとパイプを作ることができれば、どれほど良いか。
現状、ダンジョン事故調査委員会は、実質私一人で仕事をさばいているんです。ペーパのみで仕事をするのがやっとです。
ですから、元勇者で、ダンジョン経験を積んだあなたを、お仕事に誘いました。どうか、検討してくれませんか?」
「ふざけるな。小僧」
シャープがデランを睨んだ。
「この事故をダシに俺を仲間にしようとしているのか? 舐めるなよ。本当に。だが、そこまで俺を苔にしたいのなら、乗ってあげようじゃないか」
シャープが椅子から立ち上がった。
「今からお前らの真似事をして、親父の死の真実を白日の下にさらしてこよう。俺なりに調べて、お前らの仕事がどれだけ雑なのかを証明してみせる」
「それはどうも。お手伝いいただけて何より……」
「その代わり、一つ約束しよう」
シャープは、きっぱりとした態度になった。
「もし、親父の死因が、縄の結び目のミス意外だった場合……ダンジョン事故調査委員会を解散してもらう」
エリカの顔がさっと青ざめた。
「ちょっ、そんな勝手に……」
「いいでしょう!」
デランが、パチン、と手を鳴らして頷いた。
「約束いたしましょう。今回の事故が、モス=エイスロウ氏率いるパーティの過失が一因ではないと証明された場合、『ダンジョン事故調査委員会』は解散いたします」
「デランさん……!」
エリカは、悲鳴のような声を出す。だが、デランは自信たっぷりのようだった。彼は机の上の一枚の書類を手に取ると、それをシャープに渡した。
「では、これを持っていってください。あなたが私の権限で、自由に動けるようにするための証書です。あと、助手として、そこにいるエリカをお貸ししますよ」
「それはどーも」
シャープは、デランから書類を引ったくると、すぐに怪訝な顔になった。
「あんた自身は動かないのかい? デランさんや」
「ハハ、私はダンジョンには不向きな体をしていますので」
デランは太ったお腹をさすった。
「それに、モス=エイスロウ氏の事故について、上に報告書を書かなければならないのでね」
「なっ……」
シャープは一瞬、デランを凄まじい形相で睨みつけた。その眼光には、殺意に近い憎悪が宿っていて、エリカは、「ひっ」と短く悲鳴を上げた。
そのままの勢いで、シャープはデランを殺すのではないかとさえエリカは思ったが、シャープはすぐに視線を逸らした。
そして、応接間のドアに向かって数歩歩くと、今度はエリカの方に顔を向けた。
「そういうわけだ、ついてこい。手伝ってもらう」
エリカはシャープに恐れをなして、こくこくと頷いた。
読んでくださりありがとう。
次回投稿は、10月1日午後11時とします。
どうかよろしくお願いします。