2.この男、勇者なわけない信じらんない!
「信っじらんない!」
エリカは、顔を真っ赤にしてそう叫んだ。
「な、何なんすか、二次創作って! 大体、エクセリオ様もカゲコ様も、ご存命じゃねぇですか!!」
「えーと、その、何といいますか。勇者の方々はなんかもうすごすぎて、その界隈ではフリー素材になっていると言いますか……」
「本人たちが認めたん!? こんな本を?」
「いえ、認めてないです。すみませんです、はい」
エリカの鋭い追及に、シャープは平身低頭だ。
「大体、こ、こんなエッチな本、どうしてこんなところにあるんすか!?」
「え、エッチでしたか? よかった……」
「ほめてないほめてない。どういう人生歩んだら今ので褒められてると思うんっすか!」
エリカは頭を抱えた。
「まったく……あと少しで、あたしこの本破くとこでしたっすよ」
「ああ、ダメダメ!!」
シャープは慌てて、エリカの持っていた薄い本――【エク×カゲ! ~魔王の力で女の子になっちゃった! エクセリオをやさしく包むカゲコの魔手~】を、取り返した。
「そんなことされたら困るよ。200部ほど印刷して、今度のイベントで売るんだから」
「イベントで売るぅ!? 世界の危機はどうするつもりなんですか?」
「嘘だけど?」
シャープはさらりと言ってのけた。
「魔王亡き今、俺たち勇者が戦う必要なんてないからなぁ。国から出る勇者補償で当分楽に暮らせるし」
「……それ、働かない理由になるんっすか? それが勇者のセリフっすか?」
「グっ……」
シャープは、みぞおちにダメージを食らったような声をだした後、急に背筋をピンと伸ばして、早口でまくし立てた。
「勇者だから働かなくちゃいけない。それってぇ! 偏見ですよねぇ!?
大体なんでみんな汗水たらして働いているかといったら結局は自分のためなんですよ。お金のため、名誉のため、やりがいのため、確かにこの本は褒められた本じゃないですけど、俺はこの趣味に大きなやりがいを感じてるんですよ! あなたのいう、まじめに働くことと、一体何が違うって言うんですか? エッチだからですか! 百合だからですか! BLもダメなんですか!」
「無許可はだめでしょ。最後なに言ってるかわからんし」
「それな! ド正論!」
シャープは、指をパチンと鳴らした。
「でも、働きたくない!」
「知らないっすよ!」
エリカはとうとうしびれを切らした。
「来てくれよ! 勇者でも趣味人でもなんでもいいから。あたし達はたしかに嫌われ者だけど、それでも絶対必要で、いつだって人手不足なんだよ……なぁ、頼む。ダンジョンで死ぬ人を減らすために、あたしたちの仕事に手を貸してくれよ」
「まぁ……うん。ダンジョン事故調ねぇ」
シャープは頭をポリポリと搔きながら、困ったような表情を浮かべた。
「気持ちはわかるよ? ダンジョンで人が死ぬのが減るのは、喜ばしいことだし。
でもねぇ……正直、ダンジョンに事故調なんているのかってことが、俺はそもそも、疑問なんだよね。
ダンジョンって言うのは、そもそも、人間の生息圏じゃない。『ダンジョンは棺桶の中だと思え』って言うのは、俺が勇者になりたての頃、師匠が教えてくれた。死は隣りあわせ。どんな低級ダンジョンでも、人は死ぬ」
シャープは、肩をすくめた。
「棺桶の中を調べて、墓穴から死者が出られるようにするなんて、おこがましいんじゃないのかな?」
数瞬、沈黙が走った。シャープが恐る恐るエリカの様子を見る。彼女は思いつめたように俯いていて、その表情は読めなかった。
少し言い過ぎたかな。
シャープがだんだん気まずくなったその時だった。
「ふざっけんな! だれもがそんな理屈に納得すると思ってんじゃねぇよ!!!」
エリカの声が、小さな部屋に響き渡った。その声に、裂けるような悲しみの響きがこもっていて、シャープは目をしばたたかせた。
ごしごし、と、エリカは、目に浮かんだ涙をこすると、嗚咽を押さえつけるような声で、短く言った。
「今日は、帰るっす……絶対、あたしたちのところに来てください」
エリカはそれだけ言って、シャープの部屋から駆け出して行った。
シャープは、急に静かになった部屋に、一人、取り残された。
「……根本から価値観が違うはずなのに、それでも来てください、か……」
シャープは一つため息をつく。
そして、書斎に戻ると、エリカが持ってきた手紙を読み始めた。
やっちまったなぁ……。
エリカは、数十分前の自分の行動を思い出して、ため息をついた。
新しい仲間を迎えに行ったつもりが、相手の言葉に勝手にキレて、捨て台詞を吐いて出ていってしまうなんて。
怒りのままに走って走って、デランの待つ、ダンジョン事故調査委員会の建物に着いた頃には、怒りは収まって、今は自分の情けなさで辛くなり始めた。
「あ、そうだ。シャープさんの家の門も弁償しなきゃ……」
デランさんに、どんな顔して会えばいいんだろ。
エリカは唇を噛んで建物に入ると、項垂れながら、応接間へとつながる扉を開けた。
「……ただいまっす」
「ああ、おかえり、エリカ」
応接間でエリカを迎えたデランの声はやけに明るかった。きっとエリカがちゃんと仕事をしたとでも思っているんだろう。
エリカは心をチクチクと痛めながらゆっくりと顔を上げる。
そして、目を丸くした。
応接間に、険しい表情をしたシャープが座っていたからだ。
「あ、あんた、なんでここに!」
思わず驚きの声をあげるエリカ。だが、シャープは先ほどとは打って変わって、冷たい反応を見せた。
「ちょっと静かにしてくれないか? ダンジョン事故調の仕事について、重要な話をしにきたんだ」
「てめーがそれを言うか……」
エリカが呆れて小声で愚痴る。
一方、デランは上機嫌だ。
「いやぁ、まさか、本当に来てくださるとは思っていませんでした。素晴らしい仕事ですよ! エリカ。
君が帰ってくるほんのの二、三分前に、シャープさんが来てくださったんです。いや、見事な飛行魔術でしたよ。空から颯爽とウチの建物の玄関にひらりと舞い降りてね。流石元勇者といったところか……」
「御託はいいんだ。デランさんとやら」
先ほどから不機嫌顔のシャープが、デランの調子の良さそうなセリフをあしらう。
「あんたが、その女の子に持たせた手紙の中に、こんなのが入ってた」
シャープは封筒から、一枚の紙を取り出した。
「なんだこれは」
「ああ、それは先日起きた事故の報告書ですね」
デランは、肩をすくめた。
「時々ありますよ。初級ダンジョンでのパーティ全滅。いやまったく悲惨なことで……」
「死亡者の中に」
シャープがデラン言葉を遮る。
「モス=エイスロウという老人がいたはずだ」
「そうですね」
デランはそう、さらりと答えた。シャープの声音が段々と怒気を孕んでいくのに気づいていないのか。エリカは、ヒヤヒヤして二人を見比べる。
「モスのオヤジは俺の師匠だ」
シャープは鉛のように重い声音でそう言った。
えっ、と、エリカは思わず声に出しそうになる。
「俺に戦い方の全てを教えてくれた。俺だけじゃない。エクセリオ、トール、カゲコ、ナオミ……5年前の魔王討伐に参加した勇者も、あいつからダンジョンを教わったんだ」
シャープは遂に怒りを爆発させた。
「モス=エイスロウ以下5名のパーティは、ロープの結び忘れによる遭難で死亡しただ?
あるわけないだろそんなこと! 適当な報告書作るな!!」
大の大人がこんなに怒ることがあるのか。シャープの剣幕に、エリカは怯えてしまって恐る恐るデランの方を見やった。そして唖然とする。
デランは薄く笑みを浮かべていた。漁師が大物を釣り上げた時のように、目を輝かせながら。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回更新は未定ですが、一週間後にはあげられると思います。