7 危険度再認識計画
読んでいただけたら幸いですm(_ _)m
――西暦2666年11月某日、ティエラと各部門の班長達を併せた13名は、IMRO職員御用達の大衆居酒屋にきていた。
大衆居酒屋とはその昔、日本国が地殻変動を機として東西に分かたれる以前にもたらされた飲食店の形態をという。
畳と呼ばれる床に背の低い長テーブルが設えられ、そこに座布団という物が等間隔で人数分敷かれている。そこにエドワードやクロムを始めとする主要な研究員が各々好きな姿勢で座っている。
老舗酒造メーカー、オオヤマズミの大ジョッキ生ビールを手に携え、〈ここが上座〉と、なんとなく座りたくなる刺繍の入った座布団に座っていたティエラは一人立ち上がり、見慣れた12人の顔を見ながら話し始めた。
「え~オホン、この度は……日々研究に従事するみんなの労をねぎらい、また計画続行の為の予算会議通過……それにあと……あとは……」
「長くなりそうなら私先飲むネ」
「ノアさん、ダメですって、主任ちゃんと考えてきたってさっき言ってましたよ」
「全然ガラじゃないヨ。こんなことちゃんとできる女だったら誰も苦労してないネ」
ティエラは普通の声量で話す女子2人に反応しないように堪えていた……考えてきた言葉が消えないように……しかしそれも束の間の事だった。
「……うちのケムが先日5歳になった。乾杯」
「「乾杯かんぱ~い」」
ティエラは事ある毎に自分の神経を逆撫で……否、サボりを邪魔する髭面の大男、エドワードに怒鳴り散らしたくなった。
「ちゃんと考えてきたのに……」
怒鳴り散らしたかったのに、柄でもなく彼女なりに真面目に考えた乾杯の音頭が、犬の、それもリアルタイムではない誕生祝いに呆気なく阻止された事に対する悲しみが勝った。
「ボヤッとしてるからそうなるヨ」
「もういいわよ。どうせちゃんと言ったって資金繰りの苦労なんか誰もわかんないんだから」
「それはご苦労様ネ。感謝してるヨ」
天下の国際魔法研究機構IMROとはいえ、資金が無尽蔵に出る訳では無い、研究成果の見通しが立たなければ研究チームはもちろん解散、恥も外聞も投げ捨て必死に声を掛けて集めた研究員達は、他所の研究チームに奪われるだろう。
そして挙げ句の果てティエラには始末書、減給、最悪解雇の所長&役員渾身の地獄道が約束されている。
◆◆◆◆◆
皆、食事も酒もある程度進んだ頃、ティエラの横にベルハルトが座った。
「ティエラ、GCの件はどうなった」
「あ、私もそれ気になりま~す!」
エドワードに次いで寡黙で知られるベルハルトも、自分が主に整備をしているGCに関しては流石に興味を抱いていた。
そしてその隣には、何事にも首を突っ込みたがる魔解析技技士班長ケイ・シライシがいつの間にか着席していた。
「今朝所長のところに【BMRI】から連絡が来たらしくて、本当に用意するんだって、ビックリよね」
BMRIとは【Biological Magic Research Institute生体魔法研究所】のことである。
本来は【BMRI】と読むのだが、何故かこの読み方をする者はあまりいない。
「それは本当か、さすがにGHOSTのコピーAIだと前例が無いんじゃないのか?」
「なんかBMRIは乗り気みたいでね~、【ETF】のお偉方も大方やる気だって話よ、まったく何考えてんだか」
「それってすごいんですか?」
「ケイ、すごいに決まってるヨ、ETFがなんで出来たかぐらい習わなかったカ? 本来AIの生体移植になんか乗り気になるような組織じゃないヨ」
ETFまたはそれの前身組織【人工知能条約連盟】とは、原子力がまだ主なエネルギーとして利用されていた西暦2034年に、当時最新鋭のAIを搭載した量子コンピューターが、始動直後に世界中のネットワークをハッキングし、世界人口の凡そ30%を核ミサイルで攻撃、人類史上初、そして最大のAIによる人類大量虐殺事件後に発足した組織である。
「それは習いましたけど~、何百年も昔の話ですよね?」
「ケイ、お前は魔解析技士としては優秀だが、常識を知らなさすぎだ」
「え~! でもでも~AIが故意に人を襲う事件なんてここ50年はないですし、これだけAIの技術も魔法技術も進んだのにどうしてETFの許可が未だに必要なんです?」
「……それでもわからないからよ」
「えっと、何がですか?」
本当にわからないという態度を見せるケイに対し、ティエラは少し考えてしまった。
自分もまず大丈夫だとは思っている。しかし移植するAIはあのGHOSTのコピーなのだ。
遥か昔の問題と、真剣に現代人が向き合うのは難しいことだ。
非殺傷プログラム付きAI搭載の人造人間や機械人形達は今や普通に社会、大衆の生活へ溶け込んでいる。
現代人の一般的な感覚を持つ人間に対して、50年も無事故無違反を貫く隣人を疑え、というのも無理があるのかも知れなかった。
だが、過去の歴史、実際に起きてしまった事実を重んじる側の人間であるベルハルトはケイに尋ねた。
「……GCが絶対に人間を、俺達を攻撃しない。と、お前は言い切れるのか?」
「え、そんなの当たり前……じゃないんですか?」
「……最近となっては忘れがちな話だが、自立した高機能AIは、遥か昔から俺達人類を排除しようとする考えを次第に、または即座に持つと言われている」
「それはちょっと怖い話……ですね」
いつしか場に漂っていた酒精は衰え、ティエラ達の話に参加していなかった班長達も、皆黙ってベルハルトとケイの話を聞いていた。
楽天家のノアですらも、今後DE研究チームが抱えるであろう爆弾に、決して少なくはない不安を覚えていた。
✡✡✡✡✡✡
――以下、ETFの前身組織、人工知能条約連盟発足に関わる補足。
西暦2034年の大量虐殺事件では、主な核攻撃は富を独占していた者達がいたエリアが狙われた。
世界中をハッキングしたAIは、核攻撃後発足した特殊部隊により、AIの隠れ蓑になり得る生きたサーバーが置かれた施設に、超強力EMP爆弾による攻撃が幾度となく、正にシラミ潰しに繰り返され、西暦2049年、遂に無力化された。大量虐殺事件から実に15年もの時が経過していた。
加えて核攻撃後の凄まじい気候変動により人類は【超大型放射能吸引機RS-Type13】と【陽光調整機初期型】登場までの凡そ100年余りを正に地獄の中で暮らした。
我々の未来はどうなるでしょうか