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【完結済み】メグルユメ  作者: sugar
33.魔大陸
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54.――一簣に虧く

 口の中を噛み千切る。いわゆる気つけだ。痛みに意識を持っていかれないようにするための対処だ。


 魔力が練られないのなら、やりおうがある。オレは拳闘士だぞ? 武器は魔力ではなく、この肉体だ。


 体は熱く、脳は冷たい。


 冷静になっていくヲレスタが、構えを取った。右目はもう使えない。左目尻からはバチリと雷が出る。


 ここだ。この一撃にすべてを懸ける。ここに望むものがある。これこそが熱き闘争だ。

 利き腕の、この左腕を叩き込む。

 徐々に笑顔になっていく。

 嗚呼、ここに求めているものがあったのだ。


 対するコストイラも笑顔だ。サメのような笑みを浮かべながら、刀を水平にして、片手で構える。

 小細工など一切なし。左手と一刀のぶつかり合い。ただし、本当の全力。だからこその超威力。


 コストイラの上段からの一振りに対し、ヲレスタは絶対の拳で迎え撃つ。


 その時、刀が炎を纏った。


「ハァッ!?」

「悪ぃな。オレは神力を使えんだよ」

「ハハッ! よくここまで隠してたもんだなっ!」

「割と最初から使っていたぜ!」


 ズバッ!


 ヲレスタの左拳が斬れた。腕が肘まで二股に分かれた。

 ヲレスタ自身の犬歯で舌を貫く。これも気つけ。


 利き腕ではない右拳も振るう。

 コストイラは左手を何の躊躇もなく、右拳を合わせた。


 それだけで軌道がズレた。


 肉体への攻撃が外れる。


 コストイラは下からヲレスタの右腕を斬りにかかる。


「悪ぃな。オレのは神力で切れ味抜群だぜ」


 ヲレスタの右腕が斬られる。

 それでもヲレスタは笑っていた。これが熱き闘争だ。


 二つに分かれた左腕で、もう一度拳を握った。

 振るう拳の風圧で、さらに分かれてしまう。その傷口がコストイラの顔面を叩く。大した威力にならない。それでも体の内に響いた。


 熱い肉の味を舌に乗せながら、コストイラはサメのような笑みを浮かべる。


 そして、刀を振り下ろした。





 直前に後ろへと行こうとしていたこともあり、アシドはゴロゴロと転がりながら距離を取ることに成功した。

 しかし。


「グォオオオオ……」


 アシドは膝を抱えるようにして、蹲っている。手には膝の感触がない。

 当たり前だ。そこに膝がないのだ。左脚はもう太腿の半ばから先が存在していない。右脚は太腿の前半分以上が斬られており、もう皮と薄い肉しか残っていない。


「ぐぞ!」


 アシドは痛みで濁音が着いてしまう。ブチブチと自身の脚を無理矢理千切る。そのまま上着を脱ぎ、破ると、包帯代わりに足に巻いた。

 痛みを我慢するあまり、歯に罅が入る。高圧となる血管のせいで赤くなる眼でガストロを見る。


 ガストロは空を見ながら、虚ろな目でブツブツ何かを呟いている。


 あの圧倒してきた筋力は萎んでいる。有翼人種から奪った翼が、はらはらと落ちている。獣人から奪った鋭い感覚器官が剥がれ落ちている。もしかしたら、他のものも萎んでいるのかもしれない。

 痩せ細ってしまった腕では、もう大斧を振れない。両手でも、振り回されるだろう。


 アシドは両拳を地面に着け、上半身を起こす。

 ガストロは大斧を引き摺りながら、アシドに近づいていく。


 最後だ。


 互いに最後の一撃だ。最期? それとも最後?

 いや、どうでもいい。どっちにしろ、これで終わりだ。


 アシドは一度身を沈ませると、一気に伸ばした。頭上まで手を持っていく。そのまま力強く振り下ろす。

 威力を利用してアシドは宙を舞う。

 アシドが背を反らして槍を溜める。


 ガストロは重すぎる大斧を、アシドの軌道を見極めて精一杯に振るった。


 アシドが溜めていた槍を解放した。


「ガァア!!」


 ガストロが大斧を振るう。アシドの放った槍は、ガストロの額を貫いた。





 勝った。


 キスレは勝利を確信した。


 敵の大男は傷だらけ、相当体力を削っている。そのうえ、楯が砕けた。大剣を使う体力が残っていたとしても僅かしかないだろう。

 今のこの状態からの逆転は不可能! 勝った!


 その勝ち誇った顔面に巨拳が刺さる。鼻が折れ、歯が砕けた。

 キスレは目を白黒させながら、刀を振るった。


 レイドはその刀ごと殴る。刀が砕け、刃がレイドの拳とキスレの腹に刺さった。

 キスレの内臓が破裂する。その際の組織液、血液が口から吐き出される。


 キスレは空中に舞う刀の刃を蹴り飛ばした。しかし、刃はあらぬ方向に飛んで行った。


「ガァ!」


 レイドが巨拳を再び繰り出す。拳はキスレの口内に入り込み、下顎が砕けた。咬筋が千切れ、歯がたっぷりと抜ける。歯に貫かれた舌も千切れてしまった。

 レイドは後ろから何かが迫るのを感じ、真横に跳んだ。


 一秒後、レイドがいた場所に大斧が通った。

 その瞬間、レイドの見える世界がスローモーションになる。


 何だ、この大斧。誰のだ? いや、覚えはある。何か、背の低い、こう髭の立派な、何か、そんな奴が持っていた気がする。


 そこで時間が進み、戻ってくる。


 大きな斧はキスレの頭に向かっていく。頭の半ばまで斧が入り込んだ。完全に死んだ。目から光が消えており、穴という穴から血が噴き出している。

 キスレは力が抜けて、膝を着き、正座となった。





 エンドローゼは泣きながら、拳を固めた。そして、一歩、また一歩、と近づいていく。

 エンドローゼが迫るごとに、ネレイトスライは壊れてしまいそうになる。


 ここまで覚悟の決められる者だったのか。


 魔力はもうなくなったはずだ。しかし、魔力のようなものを感じる。というか、見える。何か、拳辺りに見える。何か、纏っている。あれで殴られれば、私は跡形もなく消える。


 ピシ、ピシと何かが自分(エンドローゼ)の中に刻み込まれいくのが分かる。私は自分の本名を知らない。エンドローゼというのは孤児院で名づけられたものだ。

 そのエンドローゼとしての歴史に何か大事なものが刻まれていく。


 徐々に髪の色が抜けていく。瞳の色も落ちていく。淡い紫色の髪は色をなくしていき、白色へと変わっていく。同色の瞳も白色へと。

 視力が変わっているわけではない。性能が変わっているわけでもない。


 エンドローゼの右拳が放たれる。ネレイトスライは構えるだけで精一杯であり、反応できても、体が動いてくれない。

 エンドローゼの拳はネレイトスライの頭に迫り、そして、その横を通り過ぎた。


『エ?』


 拳は開かれ、背に回され、熱く抱きしめられた。


 ネレイトスライが、骨しかないが、目を丸くする。エンドローゼは強く目を瞑り、抱き着いたまま何も言わない。


 ネレイトスライはそれが有難かった。声を掛けられていたら、もうどうすればいいのか分からない。最期に声を掛けてもらえる人生だと思っていないから。


 目がないにもかかわらず、涙が出てしまいそうだ。

 そう顎を動かすが、音は伴わない。もう、そこまで来たか。もう先端部の継ぎ目が剥がれ落ちている。とっくに両の手足はなくなっていた。


 エンドローゼは髑髏の頭を抱き、蹲って泣いた。






「あ、アストロさん……」

「言うな、何も」

「あ、げ、元気なんですね」

「五体満足を元気というなら元気よ、左腕ないけど。気力や精神を含めるなら元気じゃないわ。というか、眼付いてる? 私、俵担ぎよ」

「……何で俵担ぎ」


 現れたレイヴェニアはアストロを俵のように担いでいた。何かを話そうとアレンが口を動かすと、先にアストロに釘を刺された。声を出す余裕がありそうなので、安心する。しかし、アストロはアレンを責めた。聞き方にも配慮しろよ?


 サーシャはレイヴェニアに問いを発した。レイヴェニアはサーシャに笑顔を向ける。


「こやつが動けんからじゃ」

「動けなくしたの、お前だかんな」


 アストロは動けないながらに、レイヴェニアの髪を引っ張った。


『ウーム。明らかな強者の匂いじゃ。そこなチビ助よりも断然』


 臥せっているポラリスが呟いた。


「なぜ倒れて?」

『魔力がなくなって動けんのじゃ。元の我は魔族。魔力が必要なのじゃ』

「じゃあ何で生きて?」

混ぜこぜ(キメラ)じゃからじゃろ」


 サーシャの疑問をレイヴェニアは当然のように答える。


「魔の者もそうでない者も、いろいろと入り込んでおるから、魔の部分が死んでも、他の違う部分で生きておるのじゃろう」


 ポラリスが少し首を傾け、レイヴェニアを見上げる。


『我、まだ生きたい』

「しゃーないのー」


 レイヴェニアはアストロをサーシャの側に下ろし、伸びをした。首を一周ぐるりと回し、ポラリスに近づく。


 そこで、サクッと音がした。次いで、


「グォアア!?」


 と、アレンの叫び。悶えながら、両目を押さえてジタバタしている。眼球スレスレを摘まむと、硬い感触が引っこ抜けた。アレンの眼に鋭いものが刺さっていたようだ。とはいえ、何か分からない。


(なぁに)これェ~」

「どうしたの?」


 アストロがアレンの方を見る。身体が痛すぎて近づけない。代わりにレイヴェニアが近づいた。


「何それ? ……刃物?」

「これは……、この感じ、キスレの刀じゃな。さっき蹴っておったような気がする」

「チョ、気付いていたなら、言いなさいよ」

「いやぁ、てっきり避けられると」

「アレンには無理よ」

「ぬぁああああ、言い返せない!」


 アレンは悶えながらツッコミを入れる。


 レイヴェニアは刃を細い指で拾い上げ、光に当てながら観察する。


「痛みをなくすことはできるじゃろうが、視力までは戻らん。まだ眼球内に残っておるじゃろうしな」

「ううう、それでも」


 アレンが助けを求めて手を伸ばす。ちなみに伸ばした先にいるのはシキである。

 レイヴェニアは鼻から息を柔らかく漏らし、アレンの手を握った。


「ホイ」


 レイヴェニアは神力を使ってアレンを治した。そして、レイヴェニアはポラリスに近づき、失った魔の部分に神力を詰め込む。


『ホウェエッヘッヘッハッホォッ⤴!?』


 急激に神力を送り込まれたポラリスは、体を跳ね上げ、ビクビクと痙攣を始めた。身体の穴という穴から何らかの体液を噴き出した。


「あー、まー、これで大丈夫じゃろ」


 レイヴェニアは突っ伏した二人を見て、半眼を送った。


「魔力がなくなってんのに回復がさせられるんのか」


 顔を向けると、そこにはコストイラがいた。


「おぉ、いつぞやかの酒場にいた小僧。何じゃ、回復してほしいのか?」

「あぁ、いや。回復してほしいのはオレじゃねぇ」


 肉や骨が剥き出しとなっている左手を持っておきながら、真顔で別のところを指差した。






「くっそ! お前誰だよ! でも、そっちにいるってことぁ、テメェも敵だ!」


 ニシエが長剣を振り回す。コウガイは軽やかな足捌き(ステップ)ですべて躱す。


「くそ! 勇者一行のくそに!」

「なぜそこまで勇者を敵視しているんだ?」

「勇者は俺達を見殺しにした!」


 コウガイは物騒なことを吐くニシエに眉根を寄せた。


「アイツ等は周りの町村は救っておいて、俺達の村は救ってくれなかった!」

「オレはアンタの村のことは知らない。何があったらそこまで勇者を恨む?」

「俺の村は化け物に殺された。村民は俺以外死んだんだ!」


 コウガイの眉の皺がさらに深く刻まれる。


「なんでそれで勇者を恨むことになるんだ?」

「勇者が俺の村に来てくれていたならば! 皆救われたんだ!」

「? ならばお前が護ってやればよかっただろう?」

「それができなかった!」

「なぜだ?」


 叫ぶニシエに対して、コウガイは本気で分からなさそうに答える。それが気に入らず、さらに声が大きくなる。


「敵が強大で、強力で、強敵だった!」

「強かったのならば、力あるものに助けを請えばいい。ただし、それが勇者である必要はない」

「ぐ!?」

「お前の憤りは正しい。しかし、その憤り方は間違っている」

「何だと!?」

「お前が恨むべきは、救わなかった勇者ではなく、救えなかった弱気自分だ」


 はっきりと言われ、ニシエは目を丸くする。


「自らの罪を認めるのはさぞ辛かろう。だが、それが事実だ。問題は救えなかったお前にある」

「お、れ、は被害者だぞ!」

「あぁ、そうだ。しかし、そこから何も成長していない。喪うばかりで一切何も得ていない。自分の辛い過去ばかりを振りかざして攻撃してくる化け物め」


 カタカタと剣先が震える。憤りを覚えているはずなのに、一部分に納得してしまう。


「もし、今と同じ程度の強さをお前が持っていたならば、村を襲った化け物は退けられたか?」

「そ、れは」

「もしできると思うのだとしたら、倒せずとも村民を逃がすに足る時間を稼げたと思うのだとすれば、それはお前の弱さが原因で起こったことだ」

「う、る、せぇえええ!!」


 大爆発した。我慢の限界を迎えたのだ。


 力一杯にコウガイへに剣を振り下ろした。

 コウガイは回避()けることなく、左腕を横にした状態で上部に掲げることで防御(ガード)する。それだけで剣は折れた。


「な」

「弱い。だから負ける。他者のせいにして吠えることしかできない」


 コウガイの鋭い眼差しに射貫かれ、ニシエは身を固くする。


「まぁ、幕引きはオレじゃねぇさな」


 そう言うと、コウガイは背を向ける。


 その向こうから、勇者が帰ってきた。

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